第20話『12月16日(5)』

「付いて来てるんだろ」

 言葉に呼応し、私のいる路地裏に尾行者は顔を出した。

 先ほどまで見ていた見覚えのある制服を着た、腰まで伸ばした髪が印象的な少女だった。

「私が店の中にいる時から見てただろ? そういうのには敏感なんだ」

「ええ、見てました。最近、よく見えるもので。先輩とどういう関係なんですか?」

 かけている眼鏡を外し、地面に捨てる。もう必要ないということだろう。

「見るのは自由だし、後を着いてくるのも自由だ。たまたま同じ道を通っているだけってこともあるからな。先輩? 蒼太のことか、その質問になんの意味がある? 私は質問に答えるつもりなんてないが、お前には答えてもらう――」

 たまたま私と同じ道を歩いてたのなら、私が声をかけた時に出てきたのはなぜか、という疑問が浮かぶが、どうでもいい。

 なぜならこいつは――

「――そんなに血の匂いをさせてどういうつもりだ?」

 ――まともじゃない。

「血? どこにも付いてないですよ? 制服に付いた血も漂白剤を使って落としましたし……でも、また今から手が汚れてしまう」

 目の前の少女は端から隠すつもりなんて無いといった口ぶりだった。

「で、どうして私なんだ? 誰でもいいなら他に人もいただろ」

 明らかに初対面のこの少女の恨みを買った覚えは無いし、私が目立つからといった単純な話でもなさそうだ。

「誰でもよくないです。無差別な殺人なんかしたくありませんから」

「二つの殺人事件はお前がやったんだろ?」

「はい、殺しました」

「同じ学校の生徒をよく殺せるな、なんて月並な言葉は使わないよ。どうでもいいからな」

「同じ学校の生徒だから殺すことになったんですけどね」

 喘息のような呼吸で言い切る少女は力なくうなだれるが、すぐに力のこもった視線を私に投げつけてくる。

「聞く必要があるのは、どうして殺した、だ」

「だって笑わないといけないから。私が笑うと何でも上手くいくの。両親も仲良くなったし、今日だって机が綺麗になった! もっともっと笑えば家族も学校ももっとよくなる!」

 少女は焦点の合わない目で、まくし立てる様に言い切る。

「大した信仰心だ、胸糞が悪くなる」

 私は右手を開く。

 重力に逆らわず鞄が地面へ落ち、あらかじめロックを解いていた鞄が落ちた時の衝撃で開く。

 鞄の中のバネに弾かれた私の得物が、やれやれやっと出られた、と言わんばかりに私の胸元に飛び出る。

 回転式拳銃(リボルバー)

 研ぎ澄まされた銀は刀の刃の如く明媚。

 精錬された銀は聖者愚者関係なく、有機物無機物も関係無く、お気に入りのもの、ちょっと大事な物だって壊し尽くす。 

 感情を持たない鉄の塊。

 銘はレイジングブルModel444改――44口径の高密度タングステン合金「ヘビーアロイ」を弾頭に使ったこの銃のストッピングパワーは計り知れない。        

 バレルの側面には壊滅の象徴、RAGING BULL(怒れる牡牛)と掘られている。


 ――躊躇せず、引き金を絞る。


 六つの穴が穿たれたシリンダーが回転し撃針が雷管を叩く。

 銃身内で火薬が燃焼し、弾が押し出されると、どん、と破裂するような音がする。

 原理は空気鉄砲と同じ。空気鉄砲は空気を圧縮して最大限に圧縮しきった状態で、先に込めた弾が膨張しようとする空気の圧力に耐え切れなくなって筒の先から飛び出す。

 銃はその空気の圧縮、膨張のプロセスが火薬の燃焼爆発に置き換わっただけ。

 ただ弾速が秒速数百メートルだったり、弾がコルクより重かったりするだけの違いだ。

 撃った反動で私の1.7メートルの身体が一瞬震え、追加装甲で強化されたフレームが軋む。

 通常の弾丸と違い二倍以上の爆発力がある特殊火薬が入っているのだから、いくらフレームを強化しても銃への負担は避けられない。

 ターゲットとなった少女は崩れ落ちる、がそれだけ。

「くぅぅ、い、痛い……いきなり何するんです!」

 起き上がると同時に、顔を真っ赤にし感情的な言葉を吐き出す。

 貫通なし。

 人間なら痛いじゃすまない。高密度のタングステン合金の弾だ、アンチマテリアルライフルレベルとは言わなくとも、女子高生の細腕くらいなら間違いなく吹き飛ぶ。

 ましてや私と少女の距離は五メートル程度しか離れていなかった。長距離射撃と比べると、威力の減衰など殆ど無視できる距離。

 貫通していないのに腕が吹き飛ばないのはとんでもない。あの細い身体で衝撃をすべて受けきっていることになるからだ。

 弾の威力は弾頭の密度と密接に関係している。このタングステン合金の弾頭の密度は弾頭で最大密度と言われる劣化ウラン弾とほぼ同等。

 それが初速六百メートルという速度で獲物を襲う。この至近距離ならコンクリートですら豆腐と化すが、少女にはちょっと痛いぐらいのダメージしか与えられなかったようだ。

 まぁ、貫通しないことを見越して撃ったんだけど、実際に目の前で見ると驚愕ものだ。象も一発でKO出来るはずの私の得物は、初陣で敗戦したというわけだ。

 ではどうして貫通すらしなかったのか。もう目の前の少女は人じゃないからだ。

 吸血鬼化症が進むと例外なく筋肉が発達する。初期の頃は見た目はほとんど変わらないが、質が大きく変わる。

 時には柔らかく、時には硬く。

 本人の意思とは関係なしに強化された筋肉が外部からの衝撃を和らげる。

 何故筋肉が強化されるのかは、ウィルスが宿主を守るためだと教会が行った研究の結果わかっている。

 おまけにウィルスが増殖すると宿主の都合のいいように身体が変化する。

 生まれつき歩けない者は歩けるようになるし、目が悪ければ目がよくなる、といった具合だ。

 このすべての情報はラファエラの受け売りだが、それが正しいことが証明された。

「何するって? 暴力の行使だよ……私の仕事はお前のようなやつを生かして帰さないことだからな。昨晩何食べたか今のうちに思い出しておいた方がいい。それがお前の最後の晩餐だったんだから――」

 少女の靴の底がコンクリートを叩く。

 跳躍。

 少女は一歩で私との五メートルという距離を一瞬で無にした。

 ずるい!

 格好のいいセリフを言っている間は待つのがマナーだ。

 戦隊モノでは常識だというのに、少女は観たこのがないのだろうか?

 少女は私に手を伸ばしてくる。

 反射的に触られるのはまずいと判断し、バックステップ。

 お腹に響く重い音をさせ、コンクリートが飛び散り私が元々いた場所の地面にソフトボール程の穴が空く。

 少女が力を入れた素振りは見えなかった、ただの怪力で空けた穴ではなさそうだ。

 これが少女の能力と見るのが妥当だろう。

 地面に穴を空ける能力? そんな限定的な能力ではない。人を殺しているのだ。それもペラペラにして折り畳んでいる。

 なんにせよ、触られるのは危険だ。

 私は更にバックステップをし、少女と距離を取った。

 恐ろしい能力だが、触れなければ発動しないのであれば、私の銃は少女の能力とは相性がいい。

 スピードで私が相手より勝っていれば一発では倒せなくとも距離をとり続けながら、引き打ちをしていれば相手はいずれ力尽きる……はず。

 私がこの場所を選んだのは人目に付かないという理由だけではない。

 銃が有効に使える一定以上の直線距離があり、銃弾が避けられない横幅が狭い場所。この条件を満たすこの路地裏は実に銃撃戦に適していた。

「無粋だな、話は最後まで聞くものだろ? 純度百パーセントの日本人の癖に戦隊モノのセオリーも知らないのか?」

 私はこれから激しく動くだろうと想像し、屈伸をし、背筋を伸ばす。いわゆる準備運動だ。

「あなたこそ知らなかったんですか? 最近の戦隊モノはそれを逆手にとってヒーローが見得を切っている間に攻められたりするんですよ?」

「知らなかった……」

 額から流れ落ちた汗が一つ、地面に落ちる。

 私は日本に来てから過去のものから順に観てはいっているものの、最近のものまではたどり着いていない。

 把握していなかった自分の不明を恥じる。

「そんなことより、あなた私が怖いの? そんなに離れてしまうと、声が聞こえないです」

「話すことなんてそれほどないから、気にしなくて構わない。あ、だけど、最期の言葉だけは大きめに言った方がいいかもな、誰かに覚えていて欲しいだろ?」

 安い挑発に乗る義理は無い。私は更に距離をとる。

 距離にして十五メートル超――この距離なら、距離を詰められる前に間違いなく数発は入れられる自信がある。

 でも出来れば次で終わりにしたい。

 出し惜しみはなしだ。

 私はレイジングブルのシリンダーから全弾取り出し、ディアンドルの内ポケットから新たに六発の銃弾を取り出す。

 これはとっておきのスペシャルなやつだ。

「お前さ、不思議だと思わないか? こんなでかい銃から出る弾を受けて、ちょっと痛いだけで済むなんて――」

「気づいてますよ、色々実験してますから。刃物で指を切っても数秒で治っちゃうんです、痛みもあまり感じませんし、焼いても、砕いても、削っても、折っても、ねじっても、裂いても、貫いても、そんなに痛く無いんです、不思議ですよね?」

 少女は表情一つ変えない。

 目の前に現れたときから一貫した表情。

 変わるのは顔色のみ。

 もう少女は壊れている。

 ここから先、この少女に未来は無い。

 前触れもなくいきなり殺すようになる。

 自分の痛みがわからなくなると、他者の痛みが想像できなくなるからだ。

 痛みをあまり感じなくなったことを不思議と思っているうちは救いもあるが、すぐに不思議とは思わなくなるだろう。それが日常になるから……。

 少女はすぐにでも自分の痛みの基準で動き始める。

 これくらいなら大丈夫だろうという行動で、相手を殺す。

「……」

 無駄口は叩かない、相手はもう人ではないからだ。

 当初の予定通り、時間はかかるが少女を削り殺すことにする。

 たった今取り出した弾をすべてシリンダーに詰め込み、撃鉄を倒す。ついでに引き金も引いておく。

 弾は射出され寸分違わず、少女の右の太ももに命中した。

 距離を取り続けて戦うために、足を潰すのは定石中の定石。

 流れ作業のように左の太ももにも撃ちこむ。

 これも狙い通りのところへ。 

 初めて使う銃だが不思議と手になじむ。弾道も素直でラファエラが紹介してくれた職人の腕はどうやら確かなようだ。

 しかし、血が噴出すのは数秒。傷がすぐに塞がる。

 右の太ももも同様。

 とはいえ、効いていないというわけではない。無限に傷の修復が出来るわけではない、熱量、カロリーが必要となる。

 しばらくは筋肉や脂肪を分解してカロリーを作るだろうが、上限がある。

 いくら吸血鬼がカロリーを効率よく使えるといっても、ゼロでは使いようがない。

 体内で作られるカロリーがなくなってしまえば、後は減り続けるのみ、すぐにガス欠になるという寸法。

 戦いの構図としては至ってシンプル。少女の腕が私を捕まえれば少女の勝ち。少女が力尽きるまで逃げ切れば私の勝ち。

 鬼ごっこめいた戦いが想像できた。

 私が攻撃の手を休めなければ、相手が戦闘不能になるまでの時間も速まり、それだけ自分や周りの人間も安全になる。

 兎にも角にも発症者が自我を失う前に処理しなければならない。

 自我を失い変異してしまえば、事だ。

 数百人単位で被害が出る可能性がある。そうなれば、教会本部が本腰を入れてここに大挙してやってきて、蒼太の存在が教会にもれる可能性もある。それだけは避けなければならない。

 相手が能力を使えば使うほど、吸血鬼化症が進行し変異の危険が高まる。

 慎重かつ迅速な行動が求められる。

 あれこれ考えながらも、攻撃の手と距離を取る足は止めない。

 腹にも二発撃ち込み、距離を詰めてくる少女から離れる。

 弾は残り二発。

 もうそろそろ、効き目が現れて欲しいんだけど……。

 少女の異能には真正面から異能をぶつけたいが、制限がかかっている以上、知能と技能で凌ぐしかない。

「あれ、動かない、どうして……? ごほッ、ごふッ――」

 足を完全に止めた少女が激しく咳き込み、膝を突く。

「痛みが薄れていなければもっと早く異変に気づけてたかもしれないけど、だけど気づけたところで何か出来るわけではないから一緒か」

 ラファエラから再生能力に長けた吸血鬼には毒が有効と聞いていたが、ここまで効果が高いとは正直驚いた。

 吸血鬼との十数年の戦いで、教会は対吸血鬼戦の対策を学んだらしい。

 この答えに行き着くまでに何人の屍を踏み台にしてきたかは考えたくも無いが、賞賛に値する。

 一人がやられても、その情報という名のバトンを誰かが繋いでいき、最終的にはどんな強大な敵も倒してしまう。

 これが人間の強さ。社会性万歳というわけだ。

 個では勝てなくても組織がいずれ個を破る、そういう仕組みだ。よって、個である吸血鬼に勝ち目は無く、未来は無い。

 種や組織は時間を武器に出来る。

 組織を一個人になぞらえれば、組織が滅びるまでが寿命となり、組織が滅ぶまでに組織全体を挙げて一つの事柄にあたれば大抵のことが成し遂げられてしまう。

「一体何を――」

「知ったところで何かが好転するなんてことはないと思うが、知りたいなら教えてやるよ。オゾンだよ」

「オゾン?」

「ほらオゾン層の深刻な破壊とか、一度くらいはニュースで聞いたことあるだろ? そのオゾン。あれを使わせてもらった。ちなみに自身の現状を見て気づいてるだろうが猛毒だ」

「どうやってそんなもの使ったっていうんですか」

「ついでだからその問いにも答えてやるよ。最近の戦隊モノと同じように私も逆手に取らせてもらった。吸血鬼が筋力を強化し衝撃を吸収するという特性を。さっきからお前に撃ち込んでいる弾丸あれはただの弾丸じゃない。弾頭の中に高濃度のオゾン水を入れてあるスペシャルなやつだ、そして弾頭の素材は強化ポリマー。分かりやすくいうとちょっと硬いプラスチックで出来ている弾頭がお前の体内で砕け、オゾンが拡散されたってことだ」

 低濃度のオゾン水は殺菌などに使われるが、高濃度のオゾンを含んだ水は猛毒だ。触れた箇所から容赦なく腐食させていく。

 傷は再生できても体内に残り続けるオゾンを外に出す術を持っていない。私が弾を撃ち込んだ場所は腐食し続ける。

「うあああああああああああああ――終わりたくない! こんなところで終わるなんて、嫌だ嫌だ! 動いて、動いて! お願いだから!!」

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