第15話『12月15日(4)』


 夕方、僕が学校から帰ってくるなり和月が煎餅を食べながら何やら話しかけてくる。

 こういう時は大抵の場合、悪いニュースで嫌な予感をヒシヒシと感じながら、玄関で靴を脱ぎ和月がいるだろうリビングへ向かう。

「二人目がでたぞ」

「なんの話?」

 和月の隣に腰を下ろし、話を促す。

「被害者の話だよ。さっきニュースでやってた、死体が見つかったのは昼過ぎで、そして犯行時刻は昨晩」

 昼間に貰ったクワガタの角を開いたり閉じたりして遊んでいると和月が不吉な話を振ってくる。

「同じ事件とは限らないんじゃなかな?」

「馬鹿なことを言うなよ。こんな殺しが別人に出来て堪るか」

 和月の口ぶりからして、どうやら今回の殺され方も前の事件と同じ手口らしい。折りたたまれて亡くなっていたのだろう。

 同じ人物が犯行を重ねているかどうかは置いておいて、テレビでの報道を聞く限り、他殺なのはほぼ間違いないだろう。

 自殺や事故で身体のあちこちを折りたたまれて死んでしまう方法が僕には思いつかないからだ。

「そしてまた、被害者はお前の学校の生徒と来ている」

「でも、朝そんな話は……って、死体が見つかったのが昼過ぎならそりゃそうか」

 僕の口ぶりは軽いが、気分は重くなる。

 僕のクラスで今日休んでいるクラスメイトはいなかった。

 となると、亡くなった生徒は部活動などに参加していない僕とは接点がほとんどない生徒ということになる。

 会ったことのない生徒に対して胸を痛めるほど僕は人が出来てはいないが、残された遺族や友人の事を思うとなんとも言えない気持ちになった。

 複雑な気持ちを抱えていると、ふと思い出す。

「最初の事件、ニュースで被害者は折りたたまれて亡くなったって言ってたけど、あれはどういう意味なんだろう……ちょっと想像できない」

 想像もしたくはないが、一度耳にしてしまったせいで気になる。

「身体のあちこちが数ミリ程度まで薄くされ、色んな方向に折られていたって話だな」

 僕の顔に顔を近づけエメラルドグリーンの目で僕の目を見つめてくる。和月の悪い癖だった。興奮すると距離感を間違える。肉体(そと)も精神(なか)も。

「これは驚いた……随分と調べてあるね」

 感心しながらも、和月に気づかれないようにジリジリと距離を離していく。

「時間だけは有り余るほどあるからな。インターネッツで調べた、とはいってもネットで調べられることなんてそこら辺に溢れている噂話とそう変わらない。だからといって信憑性が皆無というわけでもない、うまく取捨選択出来れば情報集めには中々役立つ」

「……」

 話の腰を折らないために、あえて口を挟まない。口を挟むと和月の性格上、話題が本筋から外れて無駄に話が長くなる可能性が高いからだ。

「ネット上に落ちている情報はゴミと再利用できるゴミくらいの差しかない。が、これが私にとっては大事なんだ。この再利用出来るゴミをどう再利用するか、が。御託は置いておいて、私の結論からすると、これはただの人間の仕業ではない。ウイルス発症者の能力で行われた可能性が高い。それもきわめて強力な発症者のな」

 そこまで言い切ると、ウィルスの進行度が三十パーセント程度までは進んでいるかもしれないな、などとブツブツ呟く。

 もうこうなってしまってはもう僕の言葉が届かないのは知っているので、晩ご飯の用意をするため腰を上げる。

「……」

 台所に向かうと冷蔵庫を開ける。

「あっ……」

 これを入れた時は余程食欲がなかったのだろう、奥のほうに封印していたのですっかり忘れていた。

 水の入ったペットボトルや納豆のパック、ヨーグルトに紛れて冷蔵庫の中に数日前の焼肉弁当が鎮座していた。

 色々手遅れになる前に食べないと――

「やっと食べるのか。いつ食べるのかいつ食べるのか、とヤキモキしてたんだぞ」

 独り言タイムが終わったのか、台所にひょっこりと顔だけを出してキラキラした目を向けてくる。

「和月も食べるかい?」

「私は蒼太の食べてる所を見るだけでいい。じーっとな」

 吸血鬼ウィルスに感染し発症した者は発症していない人間と比べると摂取カロリー量が少なくても生きていける。

 ラファエラさんが言うには筋肉や臓器がカロリーを必要としていないのではなく、カロリーを効率よく使えるとのことだ。

 じょじょに吸血鬼になっていくこの病気が進めば進むほど、必要摂取カロリーは少なくなる。ある程度、病気が進んだ発症者で一月近く何も食べなくても生きていたそうだ。

 和月は今現在そこまで吸血鬼化が進んでいないはずなのに、ここ数日煎餅やアイスくらいしか食事を取っているところをみていない。

 まぁ、和月の『今の』身体はそんなにカロリーが必要ないのか、もしくは僕が学校に行っている間に食べているのかもしれないけど、少し心配だ。

「あれ止めて欲しいんだけどさ……出来れば早急に。あまりそういう経験のない和月には理解できないかもしれないけど、食べにくいよ」

 和月は食事をしない代わりに、人が食べているところを観察するのが好きだった。

 異常に情熱を注いでいると言ってもいい。

 和月と会うまで食事時に人の視線を意識したことなんてなかったけど、必要以上に顔を近づけられて咀嚼しているところを見られると変な恥ずかしさと緊張感を覚える。

 初めて何かを見る子供のような瞳で見られても、だ。

「そうだ……そろそろ血をいただきたい。大分進んできた」

 和月は上唇を少しめくってみせる。

 犬歯が長いように見えた。

 鉄分補給やらなんやらで和月は定期的に僕の血を飲む必要があった。

 食べ始めるまでに時間がかかりそうだったので、一度冷蔵庫に焼肉弁当を仕舞い込んだ。

 幸か不幸か数日前に負った指の怪我がまだ治っていなかったので、指で圧力をかけてやるとすぐに血が滲んできた。

「これで足りるかい?」

「私にはこれで十分だ」

 和月は僕の前で正座をすると、表情を変えず傷口に薄い唇を近づける。

 温かい息が当たり、くすぐったく感じた僕の指は無意識に和月の口から距離を取り始める。

「ん、動かすと飲めないのだが……」

「ごめん、つい……」

 和月の唇から離れてしまった指を再び近づけた。

 軽く口をつけられると、チュッ、と水っぽい音がした。

 一度口を離しピンク色の舌が、傷口に触れる。

 舌先で指の第二関節の辺りから指先にかけて強めに舐められる。どうやら、血を押し出そうとする動きのようだ。

 舌の刺激によって傷が痛まないかどうか、上目遣いで僕の表情を確認しながらその作業を続ける。

「んっ……ふぁ……んふぅぅ……」

 夢中で血を舐めているせいか、時折苦しそうな息と声を漏らす。

 吐息を漏らしながらしばらく舌を上下させると、和月はなんの前振りもなく僕の指をふわりと咥え込み、クチュリと音を立て顔を沈めていった。

 身体を細かく揺すりながら頭を上下させる。

 口内は想像以上に熱く、時折指に当たる内頬はゼリーのように柔らかかった。

『チュプ……ジュプ……』

 血を吸っている和月を見ていると、唾液で指がふやけてしまうんじゃないだろうか? などというあり得そうであり得ない疑問が頭に浮かび上がってくる。

 やけに静かな部屋の中で、時計の針が進む音と、雨の日にずぶ濡れになった靴を履いて歩くような音だけが空気を震わせていた。

「……ふぅ……はぁ……あ、ふぅ……」

 口に僕の指が詰まっているせいだろう、十分な量の酸素が取り込めずに眉間に皺を寄せ目をつぶり苦しそうにしている。

 一心不乱な和月の様子を見ていると、なんとなく喉の奥に指を突っ込んでみる。特に理由はない。

「けふけふっ! ――何をする!?」

 全身をこわばらせ目を白黒させた和月が顔を上げると、抗議の声をあげる。

「いや、奥まで突っ込んだらどうなるんだろうと思って」

「次からは思っても実行しないで欲しい。私との約束だ」

「……」

 あえて返事はしない。守れそうもない約束はしたくないからだ。

 それを悟られないように和月から目線を外し、先ほどまで和月が咥え込んでいた指に目線を落とす。

 和月の唾液と僕の血液が混ざった混合液が、部屋の照明に照らされて妖しく輝いていた。

「あ、もったいない!」

 指についた二人のミックスジュースに吸い付き、舌を上手く絡ませ、血を嚥下する。

 喉がコクリと二鳴き、血液によってほんの少しだけ生臭くなった息を吐き出した。

「もうそろそろ満足かな?」

「名残惜しいが、今日はこのくらいで勘弁してやろう」

 何を勘弁してくれるのかよくわからないが、あまり気合を入れて飲むのは勘弁してもらいたい。

 吸血を終えた和月が立ち上がると熱のこもった吸血行為の代償か、部屋のカーペットが和月の汗で湿っていた。

「でも、なんか雰囲気でないよね。吸血鬼といったら首から血を吸わなきゃいけないって風潮があるから」

「どこの風潮だ、まったく……吸血鬼化とは言っても、元々は鉄分補給のためえに血を飲まないといけない、ただそれだけのことで付けられた名称だからな。映画や漫画に出て来る吸血鬼のように首から血を吸う必要はない」

 僕の指を吸っている時、余程酸欠状態だったのか、顔を紅潮させたまま呆れ顔を浮かべる和月。

 僕は洗面台まで行き和月の唾液でべとべとになった指を洗うと、押入れから引っ張り出した救急箱から絆創膏を取り出し指に巻きつけた。

 救急箱をしまうついでに押入れに収納していたあるモノを和月に渡す。

「はい、ヤスリ。爪きりだけどヤスリの部分だけ使うといいと思うんだ」

「ふぁっ!?」

 爪きりを渡した和月が素っ頓狂な声をあげる。

「ああ、二日前にコンビニで買ってきた新品だから歯に触れても汚くないよ、そこは安心して」

「さてはお前馬鹿だろ」

 僕なりに気を利かせたつもりだというのに、はっきりと馬鹿にされた。

「なんでさ」

「当然ながら痛覚はあるんだぞ? 痛覚は。ノー麻酔でそのようなもので削ったら大惨事になるぞ」

人を馬鹿にした表情に呆れと怒りをバランスよくトッピングした複雑な表情を浮かべながら、爪きりを突っ返してくる。

「そんな数ミリ程度、痛くないと思うよ、多分。色とかピンクだし」

せっかく買ったと言うこともあり諦めきれない僕は言葉を重ね、何とか説得をしようと試みる。

「色は関係ない。じゃ、自分でやって見せてみろ」

「やだよ、僕は歯、伸びないんだから、バランス悪くなるだろ?」

「じゃ、両方同じだけやすり掛けすればいいじゃないか……」

 口を尖らしすねたような表情を和月にされると、僕は降参とばかりに手を挙げ、新品の爪切りを押入れの奥に封印した。

「それにだ……今は別に伸びっぱなしでもいい。どうせすぐに戻るんだ、気が向いて時間が出来た時にでも医者にかかる」

「そんな髪が伸びたから美容室に行くみたいな感じでいいんだね」

「口を開かなければ犬歯が一本伸びてたところで誰も気づくことはない。ただ、舌を噛んだ時、いつもの三倍痛いくらいだ」

 それは想像するだけで口の中が痛くなる。

「ああ、そうだ。蒼太、お前は才能があるんだ、気をつけろよ」

「気をつけるって何に? それに才能ってなんの話さ?」

「面倒ごとを呼ぶ才能だよ」

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