第4話『12月12日(3)』

『十二月十二日』

 白夜は首を傾げた。

 登山が趣味だった父の持ち物である登山用ロープをベランダの手すりに縛り付け、もう片方を首に縛り付けるた。

 そしてベランダから飛び降りる。

 あとは重力に任せるだけで確実に死ねるはずだった。

 だが、死んでいない。

 佐々木 白夜は間違いなく生きていた。

 死んでいるはずが生きている、それだけでも不可解なことだが、ベランダで自殺したはずなのに気がついた場所は自室というのだから白夜が首を傾げたくなるのも当然だろう。

 一瞬、ロープが長すぎて地面に足が着いてしまったのだろうか? とも考えたが、それでも怪我くらいはするし、部屋に帰って来ていることの説明がつかない。

 よってすぐにその案は却下された。

 そして白夜が次に取った行動は、喧嘩を続ける両親に目もくれず、家から飛び出すことだった。

 それは無意識の行動。

 目的地はないが、自然と辿り着く。

 公園だった。

 ここが自分がいつも来ている公園ということにすぐに気がつけた。

 いや、気がつけたという表現は正確ではない。

 気づかされた。

 制服姿で息を切らせてただ立ち尽くす白夜の足元に、白い毛玉が一つ引っ付く。

 猫。

 猫は気の抜けたような、『ニャウ』とも『ミャウ』とも聞き取れる鳴き声をあげた。

 眼鏡を家に忘れてきたまま飛び出してきたので、一瞬戸惑った白夜だったが鳴き声で安心する。

 その猫は公園に住み着き、登下校の際、ここを通る白夜に何故か凄く懐いている。

 白夜は日常に触れることで冷静さを取り戻す。

 足首に真っ白い頭をこすり付ける猫の頭を軽く撫でてやると、満足したのか真っ白い身体を翻し、遠くへ走っていく。

 それを見送り空を見上げると、太陽は沈み、公園の屋外時計の針は午後七時を指している。

 昼間と比べると気温がぐっと下がり、外套が必須といえる気温になっていた。

 公園の外灯に照らされて出来る影は一つだけ。

 周りに人影はない。

 主要道路に面しておらず、遊具も少ないことも手伝って公園本来の機能を発揮しているとはお世辞にも言えないだろう。

 登下校時、この公園を通り道以外に利用している人間を白夜は未だに一度もお目にかかったことはない。

 もちろん白夜もその一人だった。

 景観のためにただ形だけ作られた張りぼての公園という名が相応しい。

 何の気なしに近くのブランコに座ってみた。

 そして、地面を蹴り漕ぎ出す。

 キコキコ、という鉄が擦れる音だけが夜の公園内に響く。

 足を上げる。

 足を下げる。

 そしてそれにあわせて、鉄の擦れる音。

 メトロノームのように同じリズムを刻むブランコの上で、一人思いを馳せる白夜。

 誕生日を祝ってもらうことは出来なかった。

 鶴も捨てられてしまった。

 白い息が弾む。

 身体が熱くなり、何も考えられなくなる。

 どれほどブランコを漕いでいたんだろう? ふとそんな疑問が白夜の頭に浮かんだ時、スカートのポケットに入れていた携帯電話が震える。

 クラスメイトからの電話だった。

 内容は、今すぐいつもの場所に来い、それだけ言うと切れてしまう。

 いつものこと。

 頭で考える前に足が自然とその場所へ向かう。

 徒歩でも時間はそうかからない。

 今日は早く終わるといいな、今日は機嫌が良いといいな。

 そんなことばかりを考えながら、重い足を引きずるようにして歩みを進めていく。

 少し強く風が吹く。

 先ほどの猫が白夜の変わりにブランコに乗り、ひとしきり大きく震えると丸くなった。

 白夜は家を出てから、一度も寒いと感じてはいない。

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