第18話『12月16日(3)』


『十二月十六日』

「どうした、蒼太?」

 首を傾けなくとも見える赤い車輪のような夕日は、校舎のコンクリート製の壁を赤く染め上げていた。

 校門に寄りかかる私は、私の前を通り過ぎようとする蒼太に声をかける。

「どうもしないよ、そっちこそいきなりなにさ? 鞄まで持ってきて、まさか変なもの持って来てないよね?」

 蒼太は憮然とした表情で私に言葉をぶつける。

 いつから私がここにいたかが気になるのだろう。

 目立つことが嫌いな蒼太が如何にも考えそうなことだ。そういう意味ではこの学園は蒼太にしっくり来るのかもしれない。

 制服や制服に付ける装飾品では学年がわからない。どの生徒も性別の違いというパターンはあっても同じ制服を身に纏っていた。

 私では誰がどの学年の生徒かはわからなかった。それは生徒側も同じようで、いや、同じじゃないと意味がないのか。

 蒼太の話だと学園の校風の一つに上下関係を無くすというものがあるらしい。それがいいか悪いかは私には判断がつかないが、随分と珍しい校風だと感じた。

 自然、見た目で学年の判断がつかなければ先輩に会えば挨拶をするということが起こらなくなる。先輩側は後輩がわからないし後輩側も先輩がわからないからだ。

 クラブ活動をやっていれば挨拶程度はあるのかもしれない、上下関係も生まれることもあるだろう。

 クラブ活動を行っていない、蒼太は誰にも挨拶をすることがない。下手をすると一言も発することなく下校することすらあるのではないだろうか。

 そう考えると、目立つことや人と大きく関わることが嫌いな蒼太向けの学校といえた。

 私の容姿は日本では目立つ。現に一時間前からここに立っているが、私の横を通り過ぎていく生徒達の視線は私に釘付けだった。

 ついでに警官から職務質問も二回だけだが受けた。当然だ、私のようにドイツの民族衣装、ディアンドルに身を包み校門の前に立つ人間に声をかけ根掘り葉掘り聞かなければ、それは職務怠慢に他ならない。

 ちょっとした泥棒程度なら無視してでも、私に優先的に声をかけるという選択肢まである。

 職務質問されたところで、ラファエラの名前を出せばさっさとどこかへ行ってしまうので最早どうでもいいことだが、今日は暇つぶしに相手をしてしまった。

 蒼太を待つ間のいい時間潰しになったのでありがたかったが。

 だが、私の目立つ容姿は一緒に住んでいることを隠したい蒼太に取っては都合が悪いのだろう。

 学校で目立ちたくないのだから、それは正しい判断だと思う。それに蒼太は私のように根掘り葉掘り聞かれることに馴れてはいない。

 蒼太は人から見てもらいたい私とは正反対の価値基準を持っていた。

「顔色が悪いと思っただけだ。それに最近物騒だからな、鞄くらい持ち歩いたっていいだろ?」

 用心に越したことはない。

 足元に置いてある鞄を爪先でつつく。分厚い鉄と鉄がぶつかる重い音がする。

 サイズはタワー型のパソコンほどあり、重さも似たようなものだろう。

 丈夫さだけが売りのこの鞄の中には、早く初陣を飾りたいとそわそわしている私の仕事道具が入っている。

 蒼太の顔色は色白な女性の二の腕の内側と例えるとわかりやすい。

 そんな色合いをしていた。

「そういうことじゃないよ。何でここにいるのかって――」

「二人目だぞ?」

 蒼太の言葉をぶった切り、私は指を二本立てる。ピースではない。指の数はこの学校で出た被害者の数を示していた。

「今朝の朝礼で改めて言われたよ、出来るだけ明るいうちに下校しろって。部活動も当面禁止だし、学校全体が揺れてるよ」

「だろうな、賢明な判断だと思う。そう言っておけば、もう一度事件が起こった時に何も対策を講じていなかった、と世論と保護者に叩かれにくくなるからな」

 無駄に髪を掻きあげてみる。赤土で作ったレンガのような色の髪が風に流された。

 ちょっと小難しいことを言った後にこういう動作を入れると格好よさそうだったからだ。

「随分嫌な物言いだね、そんなに斜に構えなくても」

「で、今、日は暮れようとしている、どういうことだ?」

 校舎に設置してある壁時計は十六時半を指している。

 前日の日没時間は十六時半となっていた。今日の日没時間もそう変わらないはずだろう。

「日が暮れることにどういうこともそういうこともないよ。暮れない日はないからね」

「なんで私がここにいるか、想像がつくだろ? 学校と同じだ、何も対策を講じてないと何かあったときに言い訳が出来ない」

「僕に何かあった時にラファエラさんに言い訳が出来る云々って感じかな」

 実のところ、ラファエラの評価などはどうでもよかった。

 無意識のうちにここに足を向けていた。

「そう思ってもらって構わない。で、学校の言いつけを破り帰宅が遅くなった理由は?」

「教諭と熱い議論を交わした後、机を持って階段を上ったり降りたりしてた」

 あえて話の趣旨ををぼやかした言い方をしているのだろう。そうであれば、追求は禁物だ。

 深く掘り下げようとしたところで適当なことしか言うまい。蒼太はそういう男だ。

 だが、後ろめたい事をするような人間ではないことは私が一番よく知っている。 四ヶ月前の事件のおかげで。

「随分と熱心な筋トレだな。明日からは少しヌルめのメニューにしてもらうんだな」

 私は校門から背中を浮かせる。蒼太と合流できたのだからこの寒空の中、私には長居する理由がみつからなかった。

「明日からはない……と思いたいけど」

 蒼太は私の前から歩き始める。

「寒かったんじゃないかな? ごちそうするよ」 

 蒼太の背中から聞こえる言葉に釣られた私は足元に置いてあった鞄を拾い、早歩きで歩を進めた。

 確か……天気予報では今晩から雪が降ると言っていた。

 寒くなるわけだ。思い出したかのように冷えた指先が痛くなる。実際に感覚を閉じて忘れていたようなものだから、急に指先が冷えた、と感じるのは当然といえば当然だ。

 皮膚の感覚、触覚を封じていた。

 私の能力は平たく言うと身体を自由に操れるという能力だ。

 それは文字通り身体のすべてを自由に操れる。筋肉はもちろん内臓から血管、神経に至るまですべてを自由に操れる。

 先ほどまでは触角を司る神経を操って寒さを防いでいた。触覚程度なら二、三時間は感覚を閉じることができるが、割と疲れる。

 私は自分の能力について、『開ける』、『閉じる』という言葉を使っている。

 能力を使い始める時に『開ける』、使い終わる時に『閉じる』、頭でそう思い浮かべるとスムーズに能力が使える気がする。まぁ、自己暗示のようなものだ。

 特に現在は私自身吸血鬼化が抑えられている状態だ。少しでも能力が使いやすいようにしておかなければ命に関わる。

 右腕に巻いてある時計に目を向ける。

 五パーセント。

 これが私の吸血鬼化進行度、今は殆ど人間と変わらない。昔のように吸血鬼の代名詞とも言われる超再生能力や諸々の能力に制限がかかっている。

 とはいえ、発症していない人間や発症したばかりで能力や身体の使い方がわかっていない吸血鬼などに後れを取ることはない。

 特に発症したもの同士の戦いは発症してからの経験が物を言う。

 自分の能力を理解せず、最大限に力が発揮出来なければずば抜けた能力を持っていても宝の持ち腐れだからだ。

 自分の持ちうる能力を理解するのには時間がかかる、逆に言ってしまえば、発症して時間が経てば経つほど始末するのにてこずる可能性が出て来る。

 なのでこの仕事は、殺るならすぐに、が原則となる。

 今回の二件の殺人事件、どう考えても吸血鬼の能力が使われている。

 ラファエラから要請が来る日もそう遠くはないだろう。

 私には要請を断るという選択肢はない。

 私の首についている首輪型の爆弾はラファエラの気分次第で爆発させることが出来る、機嫌を損ねるなどは出来ない。

 さらに吸血鬼化が二十パーセントを越えても私は死ぬ。

 首にはまっている首輪を指で撫でる。

 首輪の内側には細い注射針が二本ついており、この二本の針が常時私の頚動脈に突き刺さっていた。

 そして頚動脈に流れる血液が一本の注射針で吸い取られ首輪の中の機械に流れていき、リアルタイムでどの程度吸血鬼化が進んでいるかが、わかるようになっている。

 その数値は私の手首に巻いてある腕時計を模したディスプレイに出るという形になっている。

 ちなみに残りのもう一本の注射針は首輪内に溜まった血液を私の首から体内に返す役割。

 吸い取り、そして返す。当初私はこの首輪を新しい循環器のように考えていたのだが、そんな生易しいものではなかった。

 吸血鬼化が二十パーセントを0.1パーセントでも上回れば、私の首が吹き飛ぶ仕様だ。

 無理やり外そうとしても、首に刺さっている二本の針が抜けると爆発する仕組みになっている、らしい。

 ブラフの可能性もあるだろうが、とても試す気にはなれない。BETするコインの価値が高すぎる。

 能力を使えば使うほど吸血鬼化が進む。

 今朝は三パーセント程度だったのにちょっと使っただけで五パーセント。

 理由はわからないが、能力を使うと体内の吸血鬼化ウィルスが増殖される。

 通常、この数値は下がることはないが、私は蒼太のおかげで下げることが出来た。

 ラファエラにとって私は信頼関係の築けない猟犬みたいなものなのだろう。

 構わない。

 それなりに報酬も貰えるし、血液も貰える。

 過去と照らし合わせると自由は少なくなったが、今の生活にそれなりに満足している自分がいる。

 今、昔の知人などに会えば、牙を抜かれた犬とあざ笑われるだろう。

 その通りだと思う。反論の余地はない。

 正直言って吸血鬼を力づくで従えるラファエラのこのやり方を、私は快くは思っていない。

 目的がなかった私に目的をくれたことで、それはチャラにしてもいいと思っていた。

 ラファエラの出世という目的達成のためには蒼太の吸血鬼化症の進行を抑える特殊な体質が必要で、その情報が教会に漏れた場合、喉から手がでるほど蒼太を欲する人間が出てきてもおかしくない。

 蒼太というワクチンが手に入れば教会での地位は約束されたようなものだ。

 ラファエラがワクチンを手に入れたことを教会に明らかにしない理由は、力のない今知られれば上層部に強引に奪われ、手柄を横取りされるのが目に見えているからだろう。

 そうなれば蒼太はどうなる? 

 活かさず殺さず、ワクチンになる可能性を持った血液を搾り取られ続けるかもしれない。

 情報に戸は立てられない。どこで蒼太のことが漏れるかわからない以上、蒼太を護衛する必要性が出てくるので私が必要になるだろう。

 私も蒼太がいるおかげで血液が手に入り、ある程度の自由を約束されている。

 蒼太だけが巻き込まれ、なんの得もないのではないかと最近考えてしまう。

 駄目だ駄目だ……考えすぎるのが私の悪い癖だ、止めよう。

 

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