第25話『12月17日(4)』

 吸血鬼化症とは? という質問にラファエラは今まで何度答えたか覚えてはいない。

 立場上何度も何度も説明し、答えるからだ。

 彼女の記憶力に問題があるわけではなく、意味のないことを覚えておく性格ではないからだ。

 ただどう答えていたかだけは覚えている。意味があることだからだ。

「風邪をひいたらどういう症状が出る?」

 いつもの言葉。

「咳や鼻水……あと、頭痛とかですか?」

 顔も思い出せない、性別すらも思い出せない誰かが答える。

「ああ、そうだな。問題ない」

「……」

「吸血鬼化症っていうのは、咳や鼻水の代わりに人を瞬時に切断出来たり、人を一瞬で燃やし尽くしたりする能力が身につくという症状が出るってだけだ。まぁ、控えめに言って風邪の延長だな」

「薬は死しかない?」

 誰に聞かれたか、誰に答えたかは覚えていないし、それがどんな日だったかも覚えていないが締めくくりはいつも同じ言葉だった。

「特効薬っていうのは意外なとこに落ちてたりするもんだ」


               

                        ※



 小雨がはっきりと大雨と言えるものに変わるまで、五分とかからなかった。

 校庭に叩きつけられる雨粒が霧のような飛沫を上げる。

「随分と優等生なんだな、まだ六時間前だ」

 傘も差さず、少女が校舎から出て来るのを待って、いつもより冷えた首元を触りながら私は話しかけた。

 もし出てこなかったら多少面倒なことになっていたので、寒い中待った甲斐があったってものだ。

 他はともかくとして指先が冷えてかじかんでいる。銃を撃つのであれば致命的だが、私の場合寒さでのかじかみなど、どうとでもなる。

「あなたを呪いに来たのかもしれませんよ? あそこに見えませんか、ちょうどいい大きな木があるんです。あなたはこんな遅い時間に散歩ですか?」

 校舎の掛け時計の針は丑三つ時を指している、確かに人を呪うにはいい時間だ。

 私が手に持っているジュラルミンケースと同じように、予備の物だろうか。彼女の制服から数時間前に私が撃ち込んだ弾痕が消えていた。

 まさか、縫い合わせたわけではあるまい。

「もう少し早く来る予定だったんだ、だけど打ち合わせに思いの他時間がかかってしまった。ああいうタイプは腕はいいんだが話が長くていけない。まぁ、その分巻きでいかせてもらう」

「でも、どうして私がここにいるってわかったんです?」

 私の見え透いた挑発に乗る様子はない。淡々と、言葉に感情を乗せずに自分の思ったことを話しているといった感じだった。実に落ち着いている。

 私のシミュレートではもう少し動揺するはずなんだが、どうやら当てが外れたようだった。

「気があまりにも合うんで、引き寄せあったんじゃないか?」

 そんな嘘を吐いてみる。

 本当は彼女、ええと、佐々木 百夜か、に撃ち込んだ銃弾の一発に超小型のリアルタイムGPS(グローバル・ポジショニング・システム)発信機が組み込んであっただけで、後は携帯電話を逐一確認していれば位置がわかるというわけだ。

 だが、彼女がどうしてこの時間にここへ来たか、という理由まではわからない。これから始まることを考えれば、ここへ来た理由など瑣末なことだが。

 白夜をここで処理すれば、あとは教会がうまくやってくれるだろう。

 明日からめでたく年間八万人いるという行方不明者の一人として仲間入りすることになるわけだ。

 笑えない冗談だ……。

 自分のやっていることに歯噛みする、私が男ならその辺に唾を撒き散らしているかもしれない。

 ただただ苛立つ。

「確かに気が合うのかもしれません。私もあなたを探していたので……凄く嬉しいです」

 心底嬉しそうに、白夜は言葉を紡いだ。

 表情一つ変えず。

 その言葉が合図だったように私と彼女との距離が詰まった。

「待った!」

 予想外の言葉に一瞬動きを止める百夜。

「ええ……私を殺しに来たんでしょ」

「手順を踏むのを忘れていたから、ちょっとそこで大人しくして聞いていてくれたらいい」

「手順……?」

「あなたが抵抗せずにこのアンプルの中にあるワクチンを打ち込み、投降してくれるのであれば、こちらは危害を加えない。ただし、ある場所に行って貰い研究の手伝いをして貰うことになるけど……どうする?」

 相手の答えなど決まりきっているが、一応アンプルと針の付けられた注射器を懐から取り出し投げ渡す。

「研究?」

 受け止めることを拒否されたアンプルと注射器は校庭に落ち、雨に降られすぐに泥と水に塗れた。

 こうなってしまっては使い物にはならない。

「その身体の研究と受け取ってもらっても構わない。明らかに普通じゃないのはわかってるだろ?」 

「私に生きたまま献体になれと言うんですか? 馬鹿馬鹿しいです。それに得体の知れない薬なんか怖くて使えるわけないですよ」

 白夜の言うことはもっともである。私も逆の立場なら同じことを言う、そもそも数ヶ月前に同じことを言った。

「それなら仕方ない、駆除しなきゃな」

 一張羅の民族衣装のディアンドルを脱ぐ。ここから先の展開を見据えると脱いでおく必要がある。

 服の下には下着の変わりに、伸縮性に優れたラバーキャットスーツを着込んでいた。

 これなら破れる心配はない。

 私は全身の筋肉に命令し、大きく身体を震えさせた。

 ラバーキャットスーツに付いた雨粒が霧散する。

 体内で熱を発生させるためだ。

 熱の巡りを良くする為、心臓の鼓動を早める

 シバリングの応用みたいなもの。

 普段ここまで大きく使うことはないが、あらゆる筋肉を自由に動かせる私の得意技の一つだ。

 今夜は出し惜しみなしで、いかせてもらう。

 私の計算が正しければ、そうしないと白夜に勝てる見込みが薄い。

 今晩はやけに雨音が大きく耳に響いた。

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