第二十二話 倒れる者たち

「どういう……事だ?」


 ジャべラスより告げられた真実。それは孝也にとっては衝撃であった。

 大井孝也。それは間違いなく自分の名前だ。

 グランド・エンドを操る仮面の男ヴィーダーの名前ではない。


「ヴィ―ダーが、俺だと? 大井孝也は俺だ、俺の名前だ!」

「ゆ、勇者様?」


 孝也がなぜそこまで困惑しているのか、クレアにはわからない。


「そうか……ジャべラス、貴様!」


 その中で、ネリーだけは全てを理解した。ある一つの結論に達した。


「肉体に別の魂を埋め込んだのか!」

「その通りだ」


 八十メートルの巨体を揺らしながら、ジャべラスは低く喉を鳴らして笑った。


「なに、難しい事ではない。事実、お前とて同じ事をしているではないか。勇者として呼び出した少年の魂をその硬い鉄の人形の中に封じ込めた。ならば、魂が抜けた肉体に別の魂を封じ込める事など、容易い事だ」


 ジャべラスは無造作にグランド・エンドの頭部を掴み、持ち上げる。すると、グランド・エンドから黒いもやが湧き出て、ジャべラスへと吸収されていく。その度にグランド・エンドの漆黒のボディは灰色へと変化していった。それは、大陸を包み込む石化と同じものであった。

 数秒と掛からず、グランド・エンドの全身は石となった。ジャべラスはもはや用済みと言わんばかりに、石となったグランド・エンドをその場に落とす。


「グランド・エンドに与えた我が加護が戻った。ならば、次は……」


 ジャべラスは崩れ落ちたグランド・エンドのコクピットに手をかざす。

 黒い球体に包まれたヴィーダーが現れた。体を貫かれ、とめどなく血を吹きだし続けていたが、ヴィーダーには微かに意識があった。

 落下の衝撃で生じたのか、それともジャべラスの攻撃によるものか、ヴィーダーの仮面にはひびがあった。かろうじて仮面の崩壊を防いでいるきわどい状態だったのか、ジャべラスによって連れ去られていく最中で、ヴィーダーの仮面は音を立てて、崩れてゆく。

 そして露わになるのは黒髪の少年の素顔であった。


「嘘、だろ……」


 ヴィーダーの正体。黒髪の少年の顔を見て、孝也は狼狽した。

 間違いない。あれは、自分だ。


「なんで、なんで俺の体がそこにあるんだ……なんで、俺が、ネリー!」

「そうネリーを責めるな少年」


 激高する孝也を諭すように、ジャべラスが言った。


「貴様はネリーに救われたも同然だ。本来であれば、あの時、貴様がネリーに召喚された時、私は貴様を殺すつもりだったのだぞ?」

「なんだと!」

「だが、ネリーの加護は強力だった。あの時の、ただの大地の神でしかなかった私では完全に貴様を滅することが出来なかった。だが、貴様の魂を肉体から分離させることは出来た。それは死と同義だった。だが、ネリーは姑息にも貴様の魂をリーン・ブレイバーに移植し、生きながらえさせた。そして、放置された肉体は、私が手に入れたというわけだ」


 ぐったりとしたヴィーダーを掌の上に乗せたジャべラスは観察するように眺めた。敵意を向ける孝也など全く警戒していないのか、それはくつろいでいるようにも見える。


「加護を得た貴様の肉体は素晴らしい力をみなぎらせていた。神の力を高純度にまで濃縮し、それを人体と融合させたようなものだからな。ならば、有効活用するのも悪くはあるまい?」

「返せ、俺の体を!」


 孝也はもはやジャべラスの言葉など聞いていなかった。憤怒の声が荒々しい空気を誘発する。しかし、孝也が暴走で突撃しないのは最終的なコントロール権はクレアにあるからだ。

 当のクレアも、あまりの衝撃に唖然としていた。


「ど、どうして……」

「うん?」

「どうしてそんなことを! ヴィーダーさんは、あなたを、あなたを父親だって、私を誘拐したのだって、あなたを復活させる為だって! 世界を滅ぼすつもりだったとしても、ヴィーダーさんは、あなたの為に……それを!」


 クレアは、孝也とヴィーダーの関係性も、ジャべラスの思惑もよくわからない。ただ一つ、彼女が怒りを燃やすのは、ジャべラスがヴィーダーを裏切った事だ。

 ヴィーダーはただひたすらジャべラスの為に動いていた。彼の行動を容認する事などできないが、だとしても、クレアから見たヴィーダーは純粋に父の為に動く子どもであった。

 それを、ジャべラスは簡単に裏切ったのだ。


「何を言っている小娘。初めからヴィーダーは我が息子などではない。邪魔な神々を滅ぼす為に利用した道具にすぎぬ。そして、その役目も終わりだ。今や多くの神が我が肉体に融合した。残るはネリーの力のみ。三つに分けられたネリーの力だ」


 ジャべラスは掌にのせたヴィーダーへと意識を向けた。


「不味い、止めろ!」


 ジャべラスの意図を察知したネリーが叫ぶ。


「うおぉぉぉ!」

「やめてぇぇぇ!」


 孝也もクレアもそれぞれの怒りと憤りを胸にジャべラスへと向かう。


「リーン・ブレイカー!」


 二人の声が重なる。黄金に煌くリーンブレードから雷光が放たれ、ジャべラスへと降り注ぐ。


「邪魔をするでない」


 だが、虫でも払うかのようにジャべラスは左手で雷光を払いのけ、その手を孝也へと向けた。放たれる赤い光線。五つの光は右腕、左わき腹、左右の翼と孝也を次々と貫いてゆく。


「ぐおぉぉぉ!」

「きゃあぁぁぁ!」

「うぅぅぅ!」


 激痛が孝也を襲う。破損個所からスパークが迸り、その衝撃はコクピットにいるクレアとネリーにまで伝わっていた。

 そして、最後の一本が孝也の頭部へと向かっていた。


「……!」


 その光線だけは寸での所で交わす事が出来たが、右側の頭部の角が融解していく。

 損傷を負った孝也はそのまま地面に落下し、膝を着く。


「バカな、リーン・ブレイバーのボディがこうも易々と……!」


 警告アラートが鳴り響くコクピット。モニターに映し出される損傷表示を見て、ネリーは驚愕した。ジャべラスにこれほどの力があったとは信じられなかったのだ。


「大地の力のみでは不可能だった。しかし、今の私にはあらゆる神の力が内包されている。ネリー、人間に転生したとはいえ、貴様も元は神。ならばわかるだろう?」


 ジャべラスは悠々と一歩を踏み出し孝也を踏み潰す。


「ぐお!」


 何とか抵抗しようとするが、敵わず、押しつぶされる衝撃で再び全身にスパーク走り、激痛として孝也へと伝わる。

 ジャべラスは勝ち誇ったように笑い、ヴィーダーを乗せた手をかざした。


「ハハハ! 見ろ、まずは第一の加護! 勇者の肉体だ!」

「うぐわぁぁぁ!」


 絶叫を上げるヴィーダーの肉体は徐々に金色の光へと変質し、ジャべラスへと吸い込まれてゆく。一秒と掛からず、ヴィーダーの、大井孝也の肉体は消滅した。

 そして、孝也は、その光景をまじまじと見せつけらていた。


「うわぁぁぁ!」


 怒りしかなかった。怒号をあげながら、孝也はジャべラスの足をどかそうともがく。だが、びくともしなかった。むしろ、ねじ込まれ、更に押し付けられる。バキバキと全身が軋み、ひびが入っていくのがわかった。


「そして、第二の加護! 神殺しのマシーン!」


 孝也を踏み潰し続けながら、ジャべラスは身を屈め、覗き込む。

 同時に孝也は全身から力が抜けていくのを感じた。両腕に力が入らないばかりか、灰色に変色していく。間違いなく、石化だった。


「や、べぇ……!」


 このままでは本当に死ぬ。焦りが孝也を支配した。何とかして抜けださなければならない。だが、どうすることも出来なかった。コクピットではクレアも必死に操縦を続けているが、もはや機能しないシステムの方が多かった。

 その時であった。ガコン、と音が響くと、孝也は胴体から射出された。


「分離……!?」


 自分もクレアも分離命令は出していない。ならば、これは、ネリーの仕業なのか? 問いただそうとする孝也であったが、いつの間にかネリーがコクピットから消えている事に気が付く。


「ネリー!?」


 勇者リーンの姿となって、排出された孝也は空中で体勢を立て直す。

 すると、合体解除の影響か、ジャべラスの足から抜け出したらしいグリフォンの姿があった。グリフォンはもはや全身の三分の二以上が石化しており、飛ぶのがやっとの状態である。

 そして、その頭部には、ネリーの姿もあった。


「ネリー、何してんだ!」

「こうなってしまったのも全ては私の責任だからな。部下の不始末は、上司の責任だ」

「ネリーさん!」


 二人の呼びかけにネリーは振り向かずに応えた。


「私を信じろ」


 その言葉を最後に、ネリーとグリフォンは濁流のような光に飲み込まれて行き、そして……消えていった。


「ネリー!」

「ネリーさん!」


 孝也とクレアの叫び声が神殿内に木霊する。


「ネリーめ、どこまでも私の邪魔をする……」


 ジャべラスの手にはヴィーダー程の輝きはないが、黄金の光が集まっていた。それは、リーン・ブレイバーへと与えられた加護の半分、グリフォンのものだった。その光すら吸収したジャべラスは冷たい仮面の視線を孝也たちへと向けた。


「だが、これで貴様たちに勝ち目はなくなった。さぁ、残った加護を寄越せぇい!」

「うるせぇぇぇ!」


 孝也は両腕のビームキャノンをやたらめったらに乱射した。だが、毛ほどもダメージを与えていないのがわかる。その間にもジャべラスの手は伸びていた。

 孝也は下降しながら、その腕から逃れ、再びビームを放つ。だが通じない。


「勇者様、ネリーさんがぁ!」


 クレアの悲壮的な声が耳を打つ。

 孝也は、返事を返してやることが出来なかった。

 ネリーは死んだ。もうどこにも反応がない。グリフォンも消えた。呼び出しには応じない。そして、ヴィーダーも死んだ。それは自分の肉体の死でもある。

 孝也は、絶望した。もう、自分には、何もできないのではないかと。


「くそ、だけどなぁ……」


 それでも孝也は攻撃を続ける。例えダメージがなくとも、孝也はビームを撃ち続ける。孝也はまだ戦いを放棄できないだけの理由がある。


「クレアだけは、守ってやらねぇといけねぇだろ!」


 クレアだ。まだ小さいのにここまでよく戦った。本当は怖いはずだ。心細いはずだ。故郷も、両親も、友人も失った九歳の少女に、この運命は過酷すぎる。それでもクレアはここにいる。

 ならば、それは、孝也にとって戦う理由となる。


「うるさいハエめ」


 業を煮やしたのか、苛立ちの声と共にジャべラスは手をかざす。赤い閃光が伸びる。孝也はそれを避けてゆくのだが、直線を描いていた光線はぐんと軌道を変え、背後から孝也の四肢を貫く。


「なんだと!」


 そして残る一本。それは胴体、コクピットを狙っていた。


「……クレア!」


 その時、孝也が取る行動は一つだった。


***


「え……?」


 ボンという音と共にクレアの体は宙へと放り出されていた。クレアは座席に座ったままだった。自由落下、ややして座席からパラシュートが展開する。

 その時、クレアは自分が勇者の中からはじき出されたことを理解した。


「勇者様!」


 ハッとなって、真上を見上げる。


「すまん、クレア……!」


 それと同時に、赤い閃光が孝也の胴体を貫いた。爆発が起きた。衝撃はクレアにまで届き、大きく揺らす。その衝撃で、パラシュートに亀裂が入ったのか、クレアは一気に落下していく。

 しかし、地上との距離はそう離れていなかったのか、クレアは無事、着地できていた。


「あ、あぁ……」


 爆発が収まると、ボロボロになった孝也が目の前に落ちてくる。

 クレアは急いで駆け寄った。


「勇者様!」


 孝也は呼びかけに応じなかった。

 クレアは両手で顔を抑えた。嫌々と頭を振り、後ろへとのけぞる。目の前で起きた事が信じられなかった。


「いやぁぁぁ!」


 クレアは、絶叫した。

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