第六話 地の底から天上へ至る者

 そこは、荘厳な空間であるが、わずかな歪みも生じていた。確かなる足場となるむき出しの岩盤が地平線の彼方まで広がり、それらが時折隆起して柱を作る。しかし、天井はなく、そびえ立つ巨石の柱は延々と伸びていた。

 その周囲を無数の岩が浮かび、破砕し、また組み合わさり新たな岩を作り出す。

 神殿と称しても良い空間でありながら、廃墟のようにも見え、いまだ建設途中のような拙さも見せる空間の中央には玉座が鎮座していた。

 しかし、その玉座には本来腰掛けるはずの存在は姿を見せていなかった。

 であるにも関わらず、玉座の前には二つの影が蠢き、形を現した。


「ルカーニア、カイザス大陸の制圧、完了致しました」


 一つは、巨漢であった。五メートルもの巨躯、およそ人間離れした肉体を分厚い毛皮で纏い、岩石のような筋肉を包み隠す男は傅き、頭を垂れ、己の戦果を報告した。


「同じくゴシーシャ、フラーベスの都を制圧致しました。霊脈も確保しております」


 ルカーニアと同じく、頭を垂れるゴシーシャもまた巨大であった。ルカーニアよりは頭一つ低いが、それでも人間からすれば巨大な存在である。傍らの男に比べれば、わずかばかり体つきは細く見えるが、それでも圧倒的な筋肉量を誇る。


「今やこの星の霊脈の多くは我らが手中にあります。零落した神々など我らの敵ではありません」


 唸り声のようなルカーニアの声は空間に響き渡る。その振動で空中に浮かぶ岩石が震え、音を反響させた。響き渡る音は次第に重低音へと変化し、しわがれた老人の笑い声へと変化していく。

 声を受け、巨漢二人はさらに恭しく頭を垂れた。それはまさしく歓喜の声であり、そして賞賛の声であった。


「素晴らしい、結果だ」


 再び空間を揺るがすような威圧を含んだ声が轟く。

 すると、ゆらりと玉座に影が出現した。それは、不定形であり、かろうじて人のような形を保っているが、時折崩れ、また再生していく脆いものだった。

 だが、巨漢たちはその姿が出現すると、より一層の緊張感を体に走らせた。その存在こそが、空間の主であり二人の主君であったから。


「霊脈を、絶たれれば……神と言えど、力は出せぬ。支配を、忘れた神など、その程度のものだ」


 影の声は途切れ途切れであった。


「だが、他の神々など、どうでもいい。真に警戒するべきは、天空神だ」


 僅かながらに怒気を含んだ声で、影は二人の部下に投げかけた。


「いましたが、鉄人形の起動を確認した」

「なんと!」

「ありえませぬ、御使いは死んだはずでは!」


 ルカーニアとゴシーシャは同時に面を上げた。主の発した言葉に耳を疑ったのだ。全能なる主の行いに万に一つのミスもないはず。彼らはそう信じて疑わなかった。故に、主からでた言葉に驚きを隠せないのだ。


「零落したとはいえ、奴は、最高神だったもの……なれば、策の一つや二つ、当然用意している。この忌々しい牢獄のようにな」


 影の怒りは更に上昇した。それに伴い、空間にも揺れが生じ、地面となる岩盤に亀裂が走り、岩山がさらにそびえ立つ。破砕した岩石は砂となり、砂塵を巻き起こした。その空間は、影の心象を映し出す鏡でもあったのだ。

 全能なる主に怒りに、巨漢二人は震え、怯えた。


「なれば、その鉄人形めの破壊。この私にお任せください」


 刹那、もう一人の声が響いた。老人のようであり、青年のような声。カツン、カツンと岩肌を踏みならしながら、巨漢たちの間を通り抜ける影が一つ。

 現れたのは金色のラインを刻んだ漆黒のローブで覆った仮面の男、それは闇の神官というべきもの。

 その異様な出で立ちもさることながら、彼は、自分の真横に並ぶ巨漢よりもはるかに小さい。いうなれば、普通の人間と同サイズであった。


「この二人では、少々荷が重いでしょう。天空神の鉄人形、恐れる事はありませんが、それでもかつての最高神の作り上げた神殺し故……」

「ヴィーダー卿……貴様!」


 ヴィーダーの言葉に激昂するのはルカーニアであった。鼻息を荒く、今まさに踏み潰さんとする勢いで立ち上がるルカーニアであったが、ヴィーダーがパチンと指を鳴らした瞬間、ルカーニアの体を漆黒の光が巻き付き、拘束する。


「ぐ、おぉぉぉ!」


 それだけではなく、巨躯を締め上げ、骨を軋ませる音とルカーニアの呻き声が漏れる。


「やめぬか」

「はっ!」


 主の声に、ヴィーダーは傅く。それと同時にルカーニアの拘束が解かれる。


「主よ! 鉄人形めの破壊、なにとぞこの私にお任せください。いえ、それだけにとどまりませぬ。天空神の庇護する大地、その霊脈すらも閉ざしてみせましょう!」


 解放されたルカーニアは荒い息を吐き出し、ヴィーダーを睨みつけながらも、主へと宣言した。


「かつての最高神と言えど、所詮は零落した神。全能なる主より生み出されし我らをもってすれば、鉄人形など……」

「愚かな。所詮仮初の肉体を作り上げられた土くれが何をほざく。私は、主の全霊を持って作り上げた最高傑作。貴様らとは出来が違う」

「貴様、我ら二神を見くびるなよ!」


 巨漢の咆哮のような進言に対しても、ヴィーダーは冷徹な言葉をねじ込んだ。

 当然、ルカーニアの怒りは再び跳ね上がることになる。彼の赤熱化した両腕からは湯気が立ち込めていた。


「その通りだ。貴様は術者、我らは戦士。我らには我らの戦い方がある!」


 相応の冷静さを保ち、無言を貫いていたゴシーシャもその言葉には怒りがあふれる。


「やめろ、といった」


 だが、それも主の一声で、沈静化する。三人は再び頭を垂れる。


「ルカーニアよ。貴様の忠義は、理解している。ならば、やって見せよ。かの街を我が大地に帰すのだ。そして見事、鉄人形を討ち取って見せよ」

「は、ははぁ!」


 任を下されたルカーニアは体の内側からあふれる喜びを隠さなかった。大任を任されたのだから当然である。

 一方で、ヴィーダーは仮面から冷ややかな視線を向けていた。


「ならば、お手並み拝見と行こうか」

「ほざけ。貴様の出る幕などないわ。主よ、吉報をお待ちください」


 そう言って、ルカーニアの巨躯は光の中へと消えていった。


「ゴシーシャよ、貴様も出陣せよ。アルバス大陸の制圧が、済んでおらぬ。霊脈は、多い方が良い」

「ハッ!」


 同じく任務を受けたゴシーシャも消えていく。

 残されたのはヴィーダーただ一人だった。


「ヴィーダーよ……」

「はい」

「ルカーニアが下手を打った時に、備えよ。グランド・エンドを起動させよ」

「はっ!」


 そして、ヴィーダーもまた姿を消す。

 玉座に佇む影は誰もいなくなった空間の中で、再び眠りにつこうとしていた。

 自身を体を封じる結界。現世に出現できぬ窮屈感を紛らわせるのは、ただ微睡に沈む眠りだけだった。


「強き、神々の、世界……我らの栄光……再び取り戻す為だ。ネリー……なぜ、それを理解できぬ……」


 その言葉は、そこにはいない者への恨みであり、嘆きであり、怒りであった。

 それを最後に、空間の中には誰もいなくなった。そして、暗闇が全てを覆う。

 

「神の時代が、再び到来するのだ」

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