第七話 説明しすぎがちょうどいい
暴力は何も生まない。
そもそもそんなことすらできないのを理解している孝也は今まさに溢れようとしている怒りを何とか抑えることが出来た。
実体がない以上、干渉することができないのだ。それがわかれば、我慢のしようもあるというものだ。
「そもそも、あんたは何者なんだよ」
それは重要な事だった。いや、実の所、孝也にはある程度の予測が着いていた。
孝也は、ネリーの事を知っている。というよりは、この異世界にて初めて出会った存在だというのは間違いない。
真っ白な空間、自分に何事かを問いかけていたのはネリーに違いない。
あの時ほどの神々しさこそないが、ネリーの姿はまさにその時と瓜二つの顔をしていた。
「創造神」
ネリーは口元に笑みを浮かばせ、きっぱりと答えた。
「はぁ?」
帰ってきた答えに孝也は首を傾げる。それは予想していた返答と似て、異なるものだったからだ。
クレアも無言ではあるが、懐疑的な視線を向けていた。
「嘘じゃないぞ。まぁ正確には、最高神だけどね。といっても、話し合いの結果、その席に座っていただけだが」
遠い昔の事でも思い出すように、ネリーは窓の外を睨んだ。
「おい、ちょっと待て、話のスケールが大きすぎて意味が分からん」
淡々と説明を続けるネリーに対して、孝也はつい突込みを入れてしまった。
それにはクレアもこくこくと頷いていた。
「ネリー様は、魔導士様じゃないのですか?」
少女は純粋な疑問を投げかけた。
「そうだよ? 今は人間で、魔導士。だが、かつては神だった」
クレアの問いに、ネリーはフフンと得意げに笑って答えた。
その答えに、クレアはポカンと口を開け、孝也としては怪訝な顔を向けてやったつもりだ。
「あのわけのわからん世界で会った時から、なんとなく想像はついていたけどよ……創造だの最高だの、またデカイのが出てきやがったな」
孝也がこの世界で思い出せる最も古い記憶。突如として真っ白な空間に呼び出され、このネリーと出会い、いきなり勇者として任命された時の事だ。
やはり神様……しかもただの神様ではないと来た。ならば、どうしても聞きたいことがある。
「じゃ、神様、今すぐに……」
「すまないが、それは出来ない」
「……わけを聞こうか」
孝也は心のどこかで「やっぱりな」と呟いた。
もしこいつが本当に神様だとすれば、自分は今頃元に戻っているはずだ。
「言い訳をさせてくれ。私だって、失敗するつもりはなかったんだ。でも、ジャべラスの妨害があってね、君の肉体と魂が分離しちゃったんだよ」
「妨害ね……でも、あんた創造神だか、最高神だか知らないが、偉い奴じゃねぇのかよ。なんで失敗してんだ」
「まぁなんていうかね……恥ずかしい話なんだけど、負けちゃった」
ネリーは指先で頬をかきながら、視線をずらした。
まるで親に悪戯を叱られる子どものような姿だった。問題なのはそのスケールがケタ違いだということだろうか。
「んな軽い言葉で済ますな」
だが、その対応はあんまり、気分の良いものでもないのだ。
「ノリが悪いなぁ。あぁ、わかったよ。ここからは真面目な話だ」
彼女は咳払いをして、佇まいを正す。
「私が創造神であり、最高神だというのは本当。でも、さっきも言ったが私一人で作ったわけじゃない。神ってのは私一人じゃなくてね。他にも何人かいるんだ。そのうちの一人が、ジャべラス」
曰く、この世界がまだ無だった頃に、無数の神々がいかなる世界を作るかを話し合ったという。その協議の結果、今、孝也の目の前にいる女がトップとなり、今の世界を作り上げたのだという。
「んで、そのジャべラスってのは、大地の神様なんだよな?」
「何を思ったか今は破壊の神なんて名乗ってるいるけどね。まぁ定着せず、魔王扱いだ。かくいう私は、元は天空神でね、世界を管理する名目で、一応創造神だとか最高神だとか名乗ってるけど」
なるほどな、と孝也は頷いた。
未だ疑わしい部分はあるが、あの白い空間での出来事も踏まえれば、ネリーという女が神に近しい存在であるのは間違いないわけだ。
「ま、よーするに、あんたはジャべラスって奴に下克上されたと?」
「そういうことだね。奴のせいで私の力の大半は零落、他の神々も寝首をかかれて大半が封印されたか、消滅させられたか……私は、今はこうしてしがない魔導士として、人間としてじゃないと動けない始末さ」
「そんな……なんで、神様が私たちを滅ぼすんですか? 私たちが、悪い存在だからですか?」
クレアとしては信じがたい話が続いていた。クレアにとって神様とは加護を授けてくれたり、世界の為に働いてくれる偉い存在という認識が殆どであった。それは、この世界に住む多くのものが抱くイメージでもある。
彼らは神を敬い、奉り、その威光を称えながら日々の感謝を祈っていたのだ。それが一転して自分たちを滅ぼそうとしているなどと言われれば、困惑もする。
「さてね。私は、別に君たちを滅ぼそうなんて考えたこともなかった。この地に君たちが繁栄したその時から、私は世界は委ねたつもりだからね。それは他の神々の承認したことだ。神の干渉は、一切不要であるとね。それが、ジャべラスとしては気に食わなかったんじゃないかな? だから、私を蹴落とし、世界をかすめ取ろうとした」
「てことは、あの時、俺がこんなになる前に起きたあれは……」
孝也は白い空間の崩壊を思い出す。
今にして思えば、あれはそのジャべラスという存在との戦いだったのだ。
「そもそも、私は戦いの神じゃない。むしろ争いごとは苦手だ。だから、私は、自分の力を、戦いの為の半身として転用した。それが君の体だ」
「なるほどな。あのロボットはあんたの渾身の力作ってわけだ」
「ロボット?」
孝也の言葉にネリーは頷き、クレアは再び首を傾げた。
「ロボットてのは、まぁ、なんだ。機械で作った人の形をしたもん……あぁ、あれだ動く石像みたいなもんだ」
「……魔導士様たちが使うゴーレム?」
「そう、それに近い!」
孝也によるクレアへの補足説明を終えると、ネリーが咳ばらいをして、場を整える。
「話を戻すが、ジャべラスだ。奴は突如として神々の座から離反した。そして、宣戦布告と同時に世界各地に自分の私兵を送り込んでいった。そこで、私はジャべラスを討つべく計画を立てたのだが、私の計画に感づいた奴に先手を打たれた。本当なら、君は勇者としてこの世界に降り立ち、そしてリーン・ブレイバーの御使いとして戦う予定だった」
「そもそもリーン・ブレイバーってなんだよ」
なぜ異世界の神がロボットなんてものを作り上げたのかは気になっていたのだ。
「なんでロボットなんだ? それにグリフォンなのはまぁ、いいとして、俺は戦闘機になったぞ?」
「せん、とう、き? へんてこな鳥さん?」
孝也の単語にクレアは首を傾げた。ある意味、それが正しい反応だ。
恐らく、この世界の人間にしてみれば戦闘機の形状はまさに怪奇なものに見えるだろう。孝也とて、技術的な説明ができるわけじゃないが、一見すれば到底空を飛ぶような形には見えない。
そもそも戦闘機という形状すら、この世界では思いつくには何百、何千年と掛かるはずだ。
「君が変形した戦闘機という代物は、つまりは兵器だろう? 君の世界の」
「あぁ、まぁ、そうなるな」
「だから、参考にさせてもらった。君の世界は、凄いね。兵器というものに関してはこの世界を遥かに凌駕する。いやはや、あれが人類の行き着く先だと思うと、恐ろしいねぇ」
ネリーは首を振って、わざとらしいため息をついた。
「ま、君の世界について、私がとやかくいう権利はない。ともかく、私は、戦いが苦手だ。しかし、最高神としての力はある。その私の全エネルギーを注ぎ込んで作り上げた神による神殺しの決戦兵器。それが、リーン・ブレイバーだ。こうして完成はしたんだけど、その直後に、ね」
「襲われた……と」
何ということだ。孝也は頭を抱えた。
「大丈夫ですか、勇者様?」
「あぁ、なんとなく予想はしていたからな……」
その姿にクレアは心配そうな声をかけてくれる。優しい娘であった。
一方のネリーもそれとなく慰めの言葉をかけてくるのだが、次いで出てきたのは新たな言い訳だった。
「い、いやね? これも緊急、致し方のない処置だったんだよ? リーンと君の魂を融合させないと、君は消滅していた。だから、私は最後の力を振り絞って、君に鋼の肉体を与えたんだから」
「で、俺の元の体は?」
ネリーは口ごもり、視線を落とした。
「わからない……恥ずかしい話だけど、見つからなかった。可能性としては……あの異空間の中で漂っているはずだ。私が力を取り戻せたのなら、呼び戻すこともできるだろう」
異空間。
最後に残っている記憶を辿ると何もない、不気味な空間だったような気がする。そんな場所に元の体があるとか大丈夫なのだろうかと不安にもなる。
「仮に、君の肉体に何らかの損傷があっても、私が力を取り戻せば、いかようにもできる。アフターケアは充実しているつもりだよ?」
いよいよもって目の前の女が胡散臭くなってきたが、孝也はその言葉は堪えた。
「力を取り戻すって……えらい簡単に言うけど、できるのか?」
「あぁ、その為にはまずジャべラスを倒さないといけない。奴に最高神の座を奪われている以上、私の力は戻らないからな。だから、私たちは、神殿を目指しているってわけさ」
ネリーはそう言って遠くを指さす。孝也もそれを追って、眺める。
「なんも見えねぇけど」
視線の先は青い空が広がるばかりだ。
「この大陸には巨大な塩湖があるのだが、その塩湖の中央には、神々の世界、天界といえばいいかな? そこに通じる門がある。つまり、私のかつての住居さ。ジャべラスもそこにいるはずだ」
ネリーは透き通るような空を睨みつけた。青い空が広がるだけの光景、しかし、ネリーには全く別のモノが見えているようだった。
「もし、仮にジャべラスが最高神となった場合。世界各地に巨大モンスターがあふれるだろうな。しかし、今の事、巨大なモンスターの出現例は少ない。なぜなら、私が神殿に結界をかけたからな」
「結界?」
「神殿をまるまる牢獄にしたのさ。これで、奴が下界に干渉する力を遮ることができる。とはいえ、完全じゃない。事実、わずかな力の残滓が漏れ出すだけでも、人間たちは滅びかけている」
それこそが、巨大なモンスターの出現であるという。
「結界だって、いつまで持つかわからない。さっきも言ったが、私の力の殆どは君を作り出すことに使ったからね……」
「随分とぎりぎりの所ってわけか」
タイムリミットは不明。しかし、聞く限りは手早くその魔王ジャべラスとやらを倒さないと面倒なことになるのは確実だった。
「ジャべラスが最高神の力を手中に収める前が勝負だ。その為の準備もしてきた。確かに、細かな予定は崩れたが、リーン・ブレイバーは完成し、勇者はいる。私とて、幼子を戦場に向かわせるのは心が引けるが、もうそんなことを言ってる場合じゃない。神殺しの勇者よ。君は、なんとしてでも奴を殺せ。さすれば、肉体は戻り、世界は安寧に委ねられる。神の干渉なんて、この世界には……」
その時だった。
大地を引き裂くようなうねりと共にパキ、パキとガラスが割れるような音が響いた。音が響く度に、城が、半壊した街が揺れる。
「なんだ!」
孝也は驚き、立ち上がり、窓へと飛び移った。クレアもネリーも同じように窓の外を眺める。
そこに広がる光景は、異常なものだった。
大地が歪んでいる。首都の周囲に広がる広大な森林地帯が、渦のようなものに引き寄せられ、ねじ切られ、黒々とした空洞を形成していた。それは、あたかも魔法陣の一種にも見えた。
「バカな……神の牢獄だぞ……」
その光景を目の当たりにして、ネリーは蒼白となった。どこか余裕を感じさせる姿を見せていたネリーからは想像もできない声と顔だった。
「なぜ、ジャべラスの気配を感じるのだ……!」
ネリーは窓を開け放ち、渦を睨んだ。
まるでそれに応えるかのように、渦の中から巨大な腕が伸びる。地の底から這いあがるように、分厚い筋肉に包まれた両腕が、周囲の木々を押しつぶしながら、その肉体を引き上げた。
現れたものは、無数の目を持っていた。人間のような両眼、額の一つ目、肩、腹にもそれぞれ目が一つあった。三つ目を携える顔には鋭く伸びる牙が二本、顔の中央から垂れ下がる長い鼻、垂れ下がり、ただれ落ちる皮膚のような両耳。
まさしく人の体を持った巨象であった。土色の鎖帷子を纏った巨象は未だに広がり続ける渦の中へと両腕を突っ込み、そこから分厚いチェーンに巻かれた鉄球を引きずり出す。
「オォォォォォン!」
甲高い咆哮が響く。それは衝撃となり、周囲の木々を吹き飛ばし、脆くなった岩盤を抉り取り、余波だけで、首都を震わせた。
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