第八話 邪悪が呼び寄せるもの

 出現した巨大な象人間は己の体の具合を確かめるように、肩をまわしたり、鉄球の重さを確認するような仕草を取った。

 その巨大な姿こそ、ルカーニアの真の姿であった。巨人の姿は所詮、仮初に過ぎず、窮屈なもので、ルカーニアにしてみればこの姿でいる方が圧倒的な解放感と高揚感に包まれるのだ。


「ぐ、ふっ」


 大きな息を吐く。それだけで森がざわめく。

 体の各所で蠢く無数の目が一斉に一点を見つめる。

 遥か彼方に位置する首都から聞こえてくる悲鳴を耳にしながら、ルカーニアは笑った。いつ聞いても、人間の悲鳴とは面白いものだった。ひとたび自分が姿を現せば、奴らは恐怖に震え、打ちひしがれる。

 これまで数多の国を、大陸を制圧してきたが、自分たちにかなうものなど存在しなかった。


 それは、当然だ。自分たちは全能なる神であるジャべラス様に作られた新たなる神だからだ。この地を治める最も新しき神、それこそが自分たちであるのだと、ルカーニアは自負していた。


「フン、鉄巨人の姿が見当たらぬな」


 なおも聞こえる悲鳴や絶叫を聞き流しながら、ルカーニアは無数の目で首都を睨んだ。彼の目には街の細かな部分まで見渡すことが出来たが、主であるジャべラスが言っていた鉄巨人の姿など、どこにもなかった。


「隠したか、はたまた既にこの地を去ったか……まぁいい。あぶりだせばよいだけの事だ」


 自身の頭部程もある鉄球を引きずりながら、ルカーニアは進む。その度に地面が踏み抜かれ、大地が震えた。

 否、それだけではない。ルカーニアが通り過ぎた森に異変が起きていた。それは、豊かな緑の色が次々に消え失せ、灰色のものへと変色していく様であった。それは木々だけではなく、大地も、そこに住まう動物たちも同じであった。

 飛び立ち、逃げようとしていた鳥は、一瞬にして色を失い、落下し、砕けていく。木々の合間に隠れていた陸上生物も、その場を離れる前に、活動を停止していた。


 ルカ―ニアが突き進む度に引き起こされる揺れで、灰色に変わり果てた世界が音を立てて崩れていった。

 石化である。


「えぇい、鬱陶しい」


 その一方で、ルカーニアは羽虫を払うように左腕を振るった。

 街から放たれる砲弾や魔法の類が飛来していたのだ。しかし、ルカーニアにしてみればそれらは豆鉄砲以下のものだ。当たった所で痛くもなければ、感覚すらない。

 彼にしてみれば、まさしく鬱陶しい以外のなにものでもないのだ。

 人間の武器で、魔法で、自分たちが傷つくことはない。戦いの為に生み出された存在であるルカーニアたちは、単純な力だけではなく肉体面においてもこの世界に住まう生命体とは一線を越えた領域にいる。


 神より創り出されし人造生命体。それが、ルカーニアとゴシーシャであった。


「どれ、ちと掃除をするか」


 ルカ―ニアはギィと口角を歪ませた。むき出しになった破砕機のような歯がガチガチと鳴る。


「吹き飛べ」


 腕に力をこめ、鉄球を引き寄せ、勢いよく回転させた。その回転の力はすさまじく、それだけで砕かれた地面の破片が巻き上がり、一つの竜巻を作り出す。

 それは一瞬にして百メートルもの巨大な竜巻となり、ゴウゴウと空気を切り裂き、舞い上がっていた。

 ルカーニアが鉄球を振り下ろす。大地が割れ、大爆発が起きたような轟音と共に、竜巻は真っすぐ街へと打ち出された。


 竜巻を打ち消すように、無数の弾丸が撃ち込まれるものの、それらは全て竜巻に命中するよりも前に弾かれ、無意味な爆発を引き起こすばかりだった。

 木々をなぎ倒し、そこに住まう生物を切り裂き、竜巻はひたすらに、街へと迫る。

 そのまま行けば、街は飲み込まれ、跡形もなく消滅する。


「グリフォン・ストーム!」


 しかし、そうはならない。

 ルカ―ニアの巻き起こした竜巻は、新たに発生した竜巻によって打ち消されてしまったのだから。


「なに!?」


 驚愕と共に、ルカーニアは身構えた。

 新たに発生した竜巻は、そのままルカーニアの下へと迫り、飲み込む。


「う、おぉぉぉ!?」


 ルカーニアの巨大な体が天高く巻き上げられて行き、さらには竜巻内部の真空刃によって切り刻まれる。

 いかにルカーニアが強大なパワーを有していても、脱出できるものではなかった。

 数秒と経たぬうちに、竜巻から吐き出されるように、空中へと躍り出る。上空二百メートル。自力で飛行するこができないルカーニアにしてみれば初めてとなる場所であった。


 それだけではない。今、自分が放り出された空中よりも遥か上空から、何かが降りてくる。それは一直線に自分目がけて接近し、拳を叩き込んできた。

 ルカ―ニアは顔面に拳を叩きこまれながら、急降下。数秒後、彼は大地に叩きつけられる。


「ごあ!」


 衝撃と、激痛、巻き上がる土砂の中でルカーニアの無数の目は、その向う側に立つ青い影を見た。

 それは間違いなく、探していた鉄人形、リーン・ブレイバーの姿であった。


「そ、そうか……貴様が!」


 二百メートルもの上空から叩きつけられ、かなりのダメージを負っているのにも関わらず、ルカーニアは笑い声を上げながら立ち上がった。

 ギョロギョロと無数の目が痙攣するように振るえ、蠢く。


「貴様が鉄人形かぁ!」


***


「あんの野郎、まだ立てるのかよ」


 叫び声を上げながら健在を示すルカーニアを見て、孝也はげんなりとしつつも、警戒を怠らなかった。


(油断はするな。奴らは恐らく、ジャべラスの作り上げた生物兵器だ)


 孝也のコクピット内部、通信機からはネリーの警告も飛んできた。


「生物兵器ね、どうりでグロいわけだ」


 無数の目を持つ象人間など、真っ当な感性じゃないなと孝也は思った。

 そういう意味では、この体を作り上げたネリーの感性に感謝である。


(奴を街に入れるなよ。奴は、恐らくだがジャべラスの加護を受けている。先ほど、確認したが、奴が通った後は霊脈が遮断されているんだ)

「霊脈?」

(この世界を構築する力が流れる川と思ってくれ。とにかく、これを乱され、遮断されるとあのありさまだ。人間が耐えられるものじゃない)


 ネリーの声は切羽詰まっていた。つまりは、彼女がそれだけ焦る程のものだという事。孝也も気を引き締める必要が出てきた。


「クレア、行けるか?」


 それ以上に、孝也が気になるのは自身の中にいるクレアの事だった。また、彼女を戦場に引き出すような事をしなければならない。そうしなければ自分が戦えないというのもあるが、やはり幼い少女をこのような場所に連れていくのは気が引ける。


「大丈夫だよ、勇者様。こ、怖いけど……勇者様となら、大丈夫!」


 クレアは、やはり震えていた。だが、ほんのわずかに目に涙を浮かべながらも、少女は笑顔を作った。なけなしの勇気を振り絞って、少女は答えたのだ。


「ありがとう、クレア。ならば、俺も全力で君を守る!」


 だからこそ、孝也は勝たねばならない。クレアを守るには、目の前の敵を倒すしかないのだ。世界の命運がかかっているなどと言われても、あまりピンとこないが、間近にいる女の子を守るというのであれば、まだわかりやすい。

 リーン・ブレイバー、孝也は拳を握りしめた。先ほど殴り飛ばしたルカーニアが動き出したのだ。


「ぐははは! 我が名はルカーニア。全能神、破壊の王たるジャべラス様の臣下、新たなる世界を治める神が一柱、ルカーニア! 天空神の鉄人形よ、潰れるがいい!」


 ルカーニアは象そのものの鳴き声で笑い、鉄球を振るう。

 二つの巨大な球体が孝也に迫った。


「黙れ、マンモス野郎!」


 対する孝也は鉄球を避けることもせず、前進。両腕で振り払い、露わになったチェーン部分を掴み、一気に手繰り寄せる。


「ぬおぉ!」


 対抗するルカーニアも腰だめに力を入れるが、それは何の意味もなさずに、彼の体は孝也の元へと弾かれるようにして飛んでくる。

 それに合わせるように、孝也の胸部、グリフォンの頭部の瞳に光が瞬き、くちばしが開かれる。


「グリフォン・ブレスター!」


 グリフォンの咆哮と共に閃光が放たれる。黄金の光が、ルカーニアと激突する。その瞬間、ルカーニアと鉄球をつないでいたチェーンは千切れ飛び、彼の巨躯は勢いよく弾かれていった。


「ば、馬鹿な……この俺が、こうも容易く……!?」


 苦痛にもだえる声を漏らしながらも、ルカーニアの体は、未だ原型を保っていた。目のいくつかは潰れているようだったが、その傷口がもぞもぞと蠢いているのを見れば、再生しているというのがわかる。


「あぁ、クソ。見た目通りにタフな野郎だぜ。クレア、止めだ!」


 孝也は千切れた鉄球を放り投げる。

 敵、ルカーニアを目にした時から、相当にタフな相手だとは予測していたが、案の定であった。初手で放ったグリフォンストーム、そして先ほど放ったグリフォン・ブレスター、そのどちらもまさしく必殺の一撃となる威力を秘めているはずなのだが、敵はまだ動いていた。


「うん! リーン・ソード!」


 クレアの声と共に天空より、黄金の剣が舞い降りる。孝也はそれを掴むと、切っ先をルカーニアへと向ける。


「石にされちゃ敵わねぇ! さっさと始末する!」


 孝也の体から雷光が放たれる。それは一瞬にして、ルカーニアを締め上げ、空中へと固定する。そこめがけて、孝也は剣を振りかぶり、飛びかかった。


「リーン・ブレイカー! いっけぇぇぇ!」


 クレアも叫ぶ。彼女も、ルカーニアの危険性、恐ろしさは理解していた。

 早く倒さないといけない。街が、みんなが、両親が石にされるなんて、絶対に嫌だったからだ。

 だから、クレアは、警告を発するアラート音に反応することができなかった。


「なんだ……!」


 一方の孝也は、体の異変に、アラートによる警告に気が付いた。それは奇妙な感覚でもあったが、変形、合体に比べればまだマシだった。いや、それ以上に、何かが近づいてきている。そういう警告である。

 一瞬にして、孝也は周囲をスキャン。敵は、ルカーニアしか見当たらない。だが、膨大な反応が検知されていた。


「どこだ!」


 かといって、リーン・ブレイカーを中断するわけにもいかない。そもそもそれができるのはクレアだけだ。


「クレア、気を付けろ!」

「え……?」


 虚を突かれたクレアは、その一瞬だけレバーを握る手を緩めてしまう。

 だが、既に勢いのついた孝也の体は既に必殺を放つ態勢のまま、加速していた。

 クレアが姿勢制御をおこなわない限り、孝也の体は止まらない。


(真下、何か来るぞ!)


 そして、ネリーの叫びが聞こえたと同時に、地中から音が、木霊した。

 その音は、甲高く、鋭く、それでいてあらゆるものを抉り、引きちぎり、破砕する音であった。


「クレア、避けろ!」

「遅い」

 

 くぐもった声が、孝也へと伝わった。

 刹那、地中から現れたのは、血に染まったかのような真っ赤な、二つのドリルであった。

 高速回転する二つのドリルは、孝也の胴体へとぶち当たり、押しのけていく。


「ぐあぁぁぁ!」

「きゃあぁぁぁ!」


 孝也は激痛で、クレアは衝撃で悲鳴を上げた。

 ほんのわずかにだが、孝也の装甲に傷が出来ていた。魂が融合しているせいなのか、それとも他の要因があるのか、たったそれだけの事なのに、孝也にはすさまじい痛みが走っていた。ドリルで体を抉られるというのはこういうものなのか、そんな体験したくもない感覚に苛まれていた。


「堅牢だな」


 そんな二人を見下ろすように、現れのは、先端に二つのドリルを装着した、漆黒の戦車であった。

 二つの砲門、二つのドリルをそびえさせたドリル戦車は地中から完全に姿を現すと、その勢いのまま、宙へと飛び出す。

 瞬間、戦車が変形を始めた。上部に位置してた砲門は両脇へ、キャタピラを構築していたパーツは後部へと押し込まれ、翼が広げられる。


「戦車の次は、戦闘機だと!」


 その光景を目の当たりにした孝也は痛みで若干朦朧とする意識を揺さぶり起こしながらも、唖然とした。己の存在もそうであるが、今目の前で変形を見せつけたドリルメカもまたこの世界には似つかわしくない存在であるから。

 ドリル戦闘機と化した漆黒の機体は、空中で翻り、機首を孝也へと向ける。同時に二つの砲門から赤黒いビームを発射した。


「くそ……!」


 孝也は剣を盾に、ビームを防ぐ。

 だが、元よりビームは直撃させるつもりはなかったらしく周囲の地面に直撃し、土砂を巻き上げ、視界を遮る。牽制射撃であった。


「クレア、無事か!」

「はい、大丈夫です! で、でも……!」


 ビーム攻撃が止み、なんとか態勢を立て直した二人は、剣を構え直した。

 すると、まるでそれを待っていたかのようにドリル戦車がルカーニアの前に降り立ち、浮遊する。


「なるほど、最高神の力を授かっただけはある。大した力だ」


 パチパチと乾いた拍手と共に再びくぐもった声が聞こえてくる。

 いつの間にか、ドリル戦闘機の真上に、漆黒のローブと仮面をつけた男が立っていた。ヴィーダーであった。

 彼は、拍手を終えると、今度は深々とお辞儀をする。


「お初にお目にかかる。我が名はヴィーダー。全能の神ジャべラス様の力を受け継ぎしもの」


 パチンと指が鳴る。


「ま、息子といえばわかるかな?」


 すると、ヴィーダーの体はドリル戦闘機の中へと吸い込まれていく。

 そして、変形が始まった。

 機体そのものを九十度に傾けると同時に、二つのドリルを装着した機首は両脚へ、エンジンユニットと機体両脇に収納されていた腕と肩が広がる。

 コウモリの羽を広げたような兜が展開し、真っ黒なバイザーを装着した頭部が出現する。


「そして、これがグランド・エンド。ジャべラス様より承った、神殺しのマシーンだ」

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