第二話 選ばれし勇者は君だ
孝也は唖然としていた。
自分の置かれた状況はいまいち理解できないが、とにかくとんでもないことだというのは確実である。
動くこともできずに、自分は放置されている。気が付けば大勢がいたはずの広間には映画やゲームで見たことのある鎧と槍を持った警備兵が四名ほど残っただけだった。
それ以外では、何やら自分をお地蔵様か何かの代わりみたいに拝んでくる住民がかわるがわるやってくるぐらいだ。
大半が老人、あとは好奇心旺盛な子どもぐらいだ。
「聞こえてねぇんだよなぁ」
で、やはり彼らにも孝也の声は聞こえていない様子なのだ。
試しに大声で叫んでも見たが、誰一人こちらに反応を示すものはいなかった。
「気が付けばロボットになっていただぁ?」
第一、なぜ自分はロボットになっているのか?
自分の元の体はどこに行ったのか?
そして、ここはどこなのか?
考えた所で、わかるはずもない。孝也が思い出せる最後の光景は真っ白な空間が崩壊していくさまだ。あの時、あの場所で一体何があったのかはわからない。何かとてつもない恐ろしいことが起きたのは間違いないのだろう。
だとすれば、その時に自分の身に何かがあったとしか言えない。
「くそ、全く意味が分からん。あの魔法使いっぽい姿をした奴……間違いなくあいつなら全てがわかるはずなんだ。この体が動けば、とっちめてやるんだがな……」
やはり、何度試しても体が動かない。自分の意識はあるし、周囲を見渡すことができるのにも関わらず、体が動かない。奇妙な感覚だった。
「あぁ、クソ! 一体何がどーなんてんだよぉぉぉ!」
「きゃっ!」
どうせ聞こえてないんだろうが、文句は言わずにはいられない。そう思った孝也は大声で叫んだ。
すると、予想外の返事が来たものだから、きょとんとしながら、真下を見下ろした。
そこには、数人の少女たちがいた。全員、花を手にしていて、同じような花をあしらった刺繍をつけた衣装を着ていた。
その集団の一人が、びっくりしたような顔でこちらを見上げているのだ。大きく、くりくりとした瞳はぱちくりと瞬きし、ペタンと尻餅をついているが、決してスカートが翻らないように両手で抑えていた。亜麻色の長い髪はさらさらと風にゆれていた。
「うん?」
今、この女の子は自分の声に反応していなかったか?
そう思った孝也はもう一度、声をかけてみようと思った。なるべく、怖がらせないように、びっくりさせないように、フレンドリーな言葉を捻りだそうとした。
「あー……」
で、結局言葉に詰まるのだ。幼い少女へ話かけるなど、早々体験するようなものではないので、困ったというわけである。しかも、自分は巨大なロボットなわけだから、なおさら怖がらせるような真似はできない。
さて、一体どうしたものかと悩んでいたその時である。
地の底から響き渡るような、おどろおどろしい雄叫びがあがった。
「なんだ?」
人の出せる声ではない。無意識のうちにそれを理解した孝也は、唯一感覚として動かせる視界を真正面へと向けた。
その時、彼の視界は、おぞましいものを捉えた。無数の民家が広がる先、緑の生い茂る大地の果て、かなり距離はあったが、今の孝也はそこから迫りくる黒い影をしっかりと確認できていた。
「化け物か……!?」
それ以外の感想は出てきそうになかった。まず、大きさが異常だ。自分と同じぐらいに巨大であり、人のような形をしているが、獣のように四つ足で地面を這いながら真っすぐにこちらを目指している化け物。長い手足に、異様に発達した筋肉、ギラギラと黄色く光る両目に対して、その生物には口や鼻にあたる器官はない。
それでも、どこからか狂気に染まった雄叫びが上がった。
孝也がモンスターを認識したのと同じくして、街全体にカンカンと警鐘が鳴り響き、住民たちの悲鳴が一瞬にして全体を覆った。
「あいつ、こっちに来るのか!」
モンスターは進行方向を変えることなく、真っすぐに突き進んでくる。
ややして、背後の城から兵士たちが慌ただしく出動していく。その中には今朝、自分の前に立って何事かを叫んだり、祈ったりした戦士たちの姿もあった。
入れ替わるように逃げ出した住民たちが広場へと集まってくる。背後には城があり、ここが一種の避難場所となっているのだろう。
「でも、止められるのか?」
孝也の嫌な予感はまさしく的中していたといえる。我がもの顔で大地を突き進むモンスターに対して、兵士たちは果敢に挑んでいく。弓矢や大砲を放ち、時には魔法と思われる火球は氷の矢などが発射されているのが見えた。
投石器などの兵器も用意されてはいるが、どれもが通用しているようには見えなかった。
しかし、彼らの武器が効果をなす為にはかなりの距離まで、モンスターの接近を許すこととなった。気が付けば、モンスターは既に街に侵入しており、迎撃にむかっていた前線の兵士たちは容易に蹴散らされていた。
その状況を眺めるしかできない孝也は焦った。このままでは街は蹂躙される。それに、自分もただでは済まないのではないかという恐怖だった。
「もうあんなに近くまで来てやがる……! くそ、動けよ、俺の体!」
もはやがむしゃらであった。ロボットの体になったり、動かなくなったり、果ては意味の分からない怪物まで現れた。このまま何もできないまま、自分はどうなってしまうのか。
そんな恐怖に駆られた孝也であったが、不意に聞こえてきた声に、思わず耳を傾けた。
「勇者様、私たちを助けてください」
「……!」
その声は幼い少女のものだった。
孝也は思わず、真下をみた。先ほど、自分の声に驚いたであろう少女が花を握りしめ、祈るようにして、その言葉を繰り返していた。他の少女たちは泣き叫び、恐怖に怯えた姿でいる中、その少女だけは自分に向かって祈りを捧げていた。
「……勇者」
勇者。確か、真っ白な空間にいた時、自分は勇者として選ばれたと言われたことを思い出す。世界を救う勇者として、呼び出されたのだと。
「お願いします、勇者様……!」
少女は今なお、祈り続けていた。
いや、よく見れば、少女は震えていた。それは当然だと孝也は感じた。怖くないわけがない。この女の子だって怖いのだ。だからこそ、彼女は世界を救う勇者に祈りを捧げている。
そして、自分は、その勇者だったらしいのだ。あの空間でのやり取りが嘘でないなら、自分はあの巨大なモンスターと戦う必要があるはずなのだ。
しかし、動けない。いくら、身じろぎしても、この機械の体は動いてはくれない。
「き、きたぞ!」
住民の絶望に染まった悲鳴で、孝也は我に返った。
一体いつの間にそこまで迫っていたのか、巨大モンスターはとうとう広場の目と鼻の先まで接近していた。
「不味い……!」
モンスターは狂った叫び声を上げながら、広場へと侵入しようとする。
その瞬間、パァっと光が生じた。何事かと思えば、一人の魔導士が杖を掲げ、広場を覆うバリアのようなものを展開していた。
「あいつは……」
バリアを展開していたのは、真っ白なフードをかぶった白髪の女魔導士だった。
モンスターはそれに阻まれ、先へ進むことができないでいたが、同時に醜く歪んだ爪でバリアをひっかき、打ち破ろうとする。
その光景と、響き渡る怪音は不愉快であり、恐ろしいものだった。
故に、住民は、我さきにと背後の城へとなだれ込んでいく。
「うあ……」
その流れの中で、祈りを捧げていた少女は蹴飛ばされ、その場に転ぶ。手にしていた花は次々と踏み潰されていった。
混乱の波となった人々の中で、少女は立ちあがることもできずに、その場にうずくまるしかなかった。
一方で、モンスターは巨腕を振るい、遂にはバリアを破り裂く。白髪の女魔導士はその衝撃で大きく吹き飛ばされていくのが見えた。
そして、邪魔をするものがいなくなり、これ幸いにと、モンスターは唸り声をあげ、再び腕を振り上げる。
広場には、まだ、少女が残っていた。
「だ、ダメだろ!」
あの腕を、降ろさせてはいけない。
「動け、動けってんだよぉぉぉぉ!」
「助けて、勇者様!」
孝也と少女の叫び声が重なった。
刹那、眩い光がその場を包み込む。瞬間、光は、モンスターだけを弾き飛ばした。それは、雷鳴のように轟き、つき刺し、しかし太陽の光にもにて暖かな光であった。
(やれやれ、まさか、そんな女の子だったなんてね……)
その時、孝也はあの女の声を聞いた気がした。どこだと、声を上げ、探そうとしたが、次の瞬間、彼の足下から巨大な円形の魔法陣が展開される。その魔法陣はゆっくりと、上昇する。
魔法陣が体を通過する度に、全身に力が入る。まるで孝也の体を縛り付けていた鎖を溶かすかのようだった。
同時に孝也に膨大な『データ』が流れ込んでくる。それは、己の体の事、この力の事、そして何より、怯える少女を救う為の方法であった。
(契約は、なった。さぁ、目覚めろ……!)
女の声が終わらない内に、吹き飛ばされたモンスターがぐりぐりと首を蠢かしながら態勢を立て直していた。奴から感じられるのは敵意のみ。
「うおぉぉぉ!」
即座にそれを理解した孝也は唸り声をあげながら、己のもう一つの体を飛び上がらせた。五十五メートルの巨体から頭部と胸部を構成するパーツがすっぽりと抜け出す。
それは一瞬にして、『戦闘機』へと変形した。
「おぉぉぉ!?」
体が小さくなった。かと思えば今度は戦闘機に変形した。何が何だかわからないが、とにかく、今この瞬間だけは、自分の体が自由に動かせることだけはわかった。
そして、この体での戦い方も、膨大なデータのおかげで不自由なく、理解できる。
機首にはバルカン砲がある。機体の両脇にはビームキャノン、ミサイルが搭載されている。
だが、今はそれを使わない。使ってはいけない。自分の近くにはまだ少女がいる。だったら、なすべき攻撃は一つ。
「リーンチェンジ!」
咄嗟に頭に浮かび上がった言葉を叫ぶ。その言葉をコールした瞬間、オフになっていたシステムが稼働していく。
刹那、戦闘機の機首が真下へと折れ曲がる。その中からは顔が現れた。両脇を構成するパーツは両腕に、エンジン及び尾翼を構成したパーツは両脚へと変形。
戦闘機から人型へと変形したのだ。人の形をしているのであれば、やることはただ一つ。拳を叩きこむだけだ。
「ぶっ飛べ!」
戦闘機形態での加速度を維持したまま、人型へと変形した孝也の拳がモンスター醜悪な横っ面にぶち込まれる。今や自身の何倍もの巨体となっているモンスターは、その一撃によって再びのけぞり、仰向けになる。
孝也は殴り飛ばしたモンスターの確認を後回しにして、即座に広場へと降り立つ。なるべく衝撃が起きないように、ゆっくりと下降していた。
そして、孝也は一連の戦いを眺めていて、唖然とする少女に対して、膝を着き、腕を伸ばした。
「大丈夫か?」
孝也の問いかけに、少女は肩を震わせた。
しかし、震えながらも少女は孝也の差し出した腕に自分の小さな手を伸ばす。
鉄の腕と少女の手が触れ合う。
「あ、あなたは……」
「俺は……」
少女の問いに、孝也は応えるべき真の名前を既に知っていた。それもまた、膨大なデータの中にあった。
「俺は、勇者。勇者リーン。この世界を守る為に、俺は蘇った!」
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