第三話 少女の祈り、勇者の決意

 少女クレアは、ぱちくりと瞬きをして、孝也を、勇者リーンを見上げた。

 数か月前。突如として街に出現した巨神。王様に仕える魔導士は、それを世界を救う勇者であると言っていた。

 そして勇者は選ばれし御使いだけと心を通わし、力を授けてくれるのだと。

 つまり、御使いこそが真の勇者なのだと語った。

 しかし誰も勇者と心を通わせることができなかった。王様は世界中からたくさんの人を集めて試していたけれど、誰一人として勇者を呼び覚ますことはできなかった。

 そんな勇者が、自分の目の前で頭が飛び出して、見たこともない鳥になって、今度は小さな勇者になった。

 それでも、自分よりははるかに大きい。


「勇者リーン」


 勇者は優しい声で、そう名乗った。

 その声は、クレアにだけ聞こえたあの声と同じだった。あの時、友達と勇者へのお供えものとして花束を置きに来た時に聞いた声と、同じものだった。

 小さくなった勇者は膝を着き、まるで物語に出てくる騎士様のように、大きな腕を差し出していた。


「わ、私は……私はクレア、です」


 そして、クレアも名乗りを返した。


「クレア。可愛い名前だ。安心してくれ、君たちは、俺が守る」


 勇者リーンはそう言って、フッと笑った。鉄の顔が、その時だけは優しく、柔らかな微笑みを向けてくれた。

 同じくして、勇者の背後からもう一つの声が響いた。それは、街を襲っていた怪物の狂ったような、恐ろしい叫び声ではない。天高く轟き、全てを切り裂くような勇ましい鳴き声。


「わぁ!」


 勇者の背後から、巨大な影が羽ばたいた。甲高い鳴き声と共に姿を現したのは鉄の体を持った巨大な獣。勇猛なる獅子の体、鮮烈なる鷲の顔、そして翼を羽ばたかせたそれは、伝説に語られる最高神の使者『グリフォン』であった。

 鉄の体を持ったグリフォンは雄叫びと共に動き出そうとしていた化け物を抑え込む。

 勇者と聖獣。今、クレアの目の前で呼び起こされた二つの奇跡は、確かに、迫りくる害意を打ち払おうとしていた。


「勇者様が……目覚めた?」


 同時に、その真実はクレアに一つの答えを突きつける。


「私が、御使い?」


 クレアの呟きは、グリフォンの唸り声によってかき消された。

 茫然とする少女を頭上を飛び越え、勇者リーン・孝也が飛び出していく。


「ど、どうしよう」


 クレアはそれを見つめながら、もう一度、呟いた。


「私、御使いになっちゃった……」


 確かなのは、クレアにしてみれば、それは思いもよらないものだという事だった。


***


 勇者リーンなどと勢いで名乗ってしまった孝也は、猛烈に恥ずかしい気分だった。何が、「俺は勇者リーン」だ。そんな言葉、今になって大真面目に言う事になるなど思っても見なかった。

 だが、あの場においては、あの言葉が最も適していたとは思う。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。そして恥ずかしいついでに、孝也は飛び出した。

 いつまでも恥ずかしがっているわけにはいかないからだ。ともかくとして、自分は勇者リーンであり、少女を、クレアを守らないといけないのだから。


「グリフォン、ね……」


 孝也は自分の背後から飛び出し、今もなおモンスターを抑えつけている鉄の獣を眺めた。メカニカルな姿をしているが、その独特の姿はやはり漫画やゲームに出てくるグリフォンそのものだ。

 しかもそのメカグリフォンを構成するパーツには見覚えがある。一体どういう変形をしたのか、それは、巨大だった時の体だ。それが、変形して、グリフォンとなっているのだ。


「なんつーか、アニメだよな」


 僅かに孝也の表情がほころぶ。昔、幼い頃に見ていたロボットアニメそのものの展開だった。


「へっ、上等だろ。だったら後は勝つだけだしな!」


 そうだ。この展開が、ロボットアニメそのものだとすれば、自分がなすべき行動ははっきりとしている。

 いやそれ以上にもっとシンプルな答えがある。助けを求めた女の子の思いに応える。それを無碍にしては、男が廃る。

 勇者であるとか、ロボットであるとか、そんなものじゃない。男として、それは無視できないことだから。


「レイ・ブラスター!」


 孝也は両腕を突き出す。今の彼の腕にはビームキャノンが搭載されていた。使い方もわかる。

 そして、こちらの動きに合わせてくれたのか、グリフォンがその場から飛翔。

 タイミングを合わせた一瞬。二条のビームが撃ち込まれる。

 爆発と閃光。モンスターは悲鳴を上げながら、さらに広場から吹き飛ばされていく。


「こいつぁすげぇぜ……」


 勢いのまま戦ってみたが、いざ実感すると自分の体がとてつもないものへと変化している事を自覚する。孝也は変り果てた己の体をまじまじと見返した。

 そして、傍らに降り立ってきたグリフォンを見上げる。


「なるほど、お前が、俺の相棒ってわけか」


 パシンとグリフォンの前足を叩く。グリフォンは無反応だった。

 じっと前だけを睨みつけている。


「挨拶はあとってか?」


 不愛想な奴だな、と思った瞬間。遠くからモンスターの唸り声が聞こえてくる。

 一見すれば傷を負っているようにも見えるが、さては痛覚などが存在しないのか、モンスターは再び立ち上がった。


「随分とタフだな……さて、どこまでやれるか……」


 今の自分のスペックは理解できる。はっきり言って人間とはくらべものにならない強さだ。それだとしても、目の前のモンスターを倒すのは一苦労ではないかと思う。

 こちらの攻撃は通用しているようだが、どうにも力不足だ。


(だったら、合体しかあるまい?)


 白髪の女魔導士の声が聞こえる。


「合体? うおぉ!」


 思わず聞き返してしまったのが、油断となった。

 一瞬にして間合いを詰めたモンスターは長い両腕を触手のようにしならせ、孝也の体を締め上げる。すかさず助けに入ろうとしたグリフォンもまた、モンスターの両足に絡めとられ、身動きが取れなくなっていた。


(暫く、耐えてくれ。準備がいる)

「んだとぉ? テメェ、終わったら覚えてやがれ! うおぉぉぉ!」


 ぶつりと電話が途切れるように女の声は聞こえなくなった。

 しかも、締めあげられるたびに体に痛みが生じる。ロボットのはずなのに、痛みがあった。


「だぁぁぁ、どうなってんだよ! しかも、俺、かっこわりぃ!」


 勇ましい台詞を吐いて、飛び出して、結果が触手に縛られるなんて、孝也には耐えられなかった。


***


 その光景を目の当たりにしたクレアはどうすればいいのかわからなかった。

 自分は、勇者と心を通わせた御使いになってしまった。だからといって、何かできるわけでもない。クレアはただの女の子だ。今年で九つになったばかりで、花屋を営む両親の下でやっとお手伝いを始めたばかりの子だ。

 

 剣なんて握ったこともない。魔法なんて使えない。ただひたすらに普通の女の子だ。

 そんなことは自分がよくわかっている。

 それでも、御使いに選ばれてしまった。ならば、何か、何かできることがあるはずだ。


「ぐあぁぁぁ!」

「勇者様!」


 勇者の絶叫が耳に入る度に、クレアは祈るしかなかった。ただひたすらに、勇者の勝利を祈るしかなかった。

 本当にそれでいいのか。そんなことに何か意味るのか。

 でも、自分にできる事なんて、あるのか。


(聞こえるかい?)


 ふと、女の人の声が聞こえた。それは聞き間違いではない。あたりを見渡しても、姿は見えないけれど、確かに声が聞こえる。


(君は御使いとなった。故に勇者は目を覚ました。だが、御使いの使命はそれだけではない。君は、勇者と共にあらねばならない)

「わ、私に何か、できるんですか?」

(転生合体)

「え?」

(唱えろ。転生合体を。さすれば、勇者は真の姿を取り戻す)


 その言葉に一体どんな意味があるのか、わからない。少女は戸惑った。

 クレアは不安な面持ちで、勇者たちを見る。魔法か何かだろうか、勇者リーンは両腕から光を放っている。グリフォンは爪を使って、反撃に出ている。それでも、縛り付けられたままだった。このままでは、負けてしまうかもしれない。

 そうなったら、自分は、両親は、友達は……。


「そんなの、ダメだよ」


 その時、風が吹いた。

 ひらりと、クレアの目の前に花びらが舞った。それは、お供えしようと持ってきた花束のものだった。踏み潰され、汚れ、千切れてしまった花びらだった。

 そして、花びらが光輝く。


(さぁ、受け取ってくれ。今、私にできる最大の加護だ)


 声に促されるように、クレアは光輝く花びらを手にする。暖かな光に包まれたそれは、一瞬にしてペンダントに変わった。花びらを模したペンダントであった。掌に収まるそれを握りしめたクレアは、ぎゅっと目を瞑った。


「……転生、合体!」


 目を見開き、ペンダントを掲げ、叫ぶ。

 クレアの叫び声に反応するように、ペンダントが眩い光を放つ。一枚の花びらだったペンダントは両開きとなり、翼のような形へと変化する。その翼は光輝き、巨大化し、クレアの背に張り付いた。


「え、えぇ! うわわ!」


 刹那。クレアの体がふわりと浮かぶ。自分の意思とは関係なく、クレアの体は光に包まれ、真っすぐに勇者リーン・孝也の元へと飛んでいった。

 そして……。


***


「なんだ!」


 未だ拘束から抜け出せないままでいた孝也は、驚愕していた。

 翼を生やしたクレアが一直線に飛んできたかと思えば、自分の中に吸い込まれていったのだ。

 当然、感情としては驚く。しかし知識としては理解できていた。

 これは、これこそが、現状を打開する術であるとわかっているから。

 それでも、孝也は驚くしかなかった。

 驚きの中で、孝也はあふれ出るパワーを一気に放出した。


「ぬあぁぁぁ!」


 それはグリフォンも同じだった。大きく翼を広げ、雄叫びと共にモンスターの拘束を引きちぎると、天高く舞い上がる。

 追いかけるように、孝也も、戦闘機に変形し、飛ぶ。


(リーン・カーネーションシステム、起動を確認)


 飛翔したグリフォンに変化が訪れる。前足の鋭いかぎ爪は両肩に、そこから伸びる二つの巨腕。後ろ足の爪は膝となり、力強い両脚を形成する。翼は両肩の後ろに、鷲の頭部が排出され、空洞を作り出す。


(リーンドライヴ出力上昇。ホーリーエネジー循環)


 そこへ、戦闘機となった孝也は、再び人型へと戻り、両脚を背中へと折りたたむ。両腕を広げ、胴体へと収納する。奇妙な態勢となった孝也はその姿のまま、変形したグリフォンの空洞へと収まる。

 排出された鷲の頭部が孝也の頭部へと覆いかぶさる。鷲の頭部は巨人となった孝也の胸に移動し、甲高い雄叫びを上げた。

 そして、孝也の頭部に兜が装着され、顔を覆う。マスクによって最終固定がなされた時、それは完成する。


「転生合体! リーン・ブレイバー!」


 全身からあふれ出るパワーを実感しながら、孝也は、勇者リーン・ブレイバーは己の名を叫んだ。

 それこそが、世界を救う勇者。大空を舞う希望。鋼鉄の勇士。


 勇者リーン・ブレイバー。

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