第十九話 捻じれ、重なる道

 星空の下を爆光が煌き、破裂音が響く。静寂の夜はなく、騒がしい戦の音色が奏でられていた。

 爆炎と湧き上がる煙を切り裂くようにして、青い戦闘機が駆け抜けてゆく。飛行形態へと変形した勇者リーンこと孝也であった。孝也は眼前に迫る飛翔体をロックオンすると、ミサイルを放つ。それが最後の一発となった。

 ミサイルは即座に目標へと命中し、破裂、敵を撃墜する。火球となって落ちていくのは十五メートルのコウモリのようなモンスターであった。


「だぁぁぁ、数が多すぎる!」


 ミサイルの残弾はゼロ、機首機銃などとうにすっからかんであり、残る武装は機体両脇のビームキャノンのみ。しかもそのビームを放つだけのエネルギーも残っていない。本来であれば、孝也はほぼ無尽蔵のエネルギーを保有するが、そのエンジンを起動させるには御使いであるクレアが必要であった。


 しかし今の彼はそのクレアとは離れ離れになり、完全な性能を引き出せないままでいる。本来であれば、孝也は動くこともままならないはずだが、そんな彼を無理やりに動かすのは魔導士ネリーのおかげである。

 だが、ネリーによる起動は彼女の魔力を急激に消耗する。孝也が戦闘をつづける以上、ネリーの魔力と体力はドンドン削られていくのだ。


「う、くっ……無駄な戦闘は避けたい所なんだがね……」

「んなこたぁわかったんだよ! でも、こう壁になるように出てこられちゃなぁ!」


 疲弊の色を見せ始めたネリーの事を気遣う余裕もなかった。世界滅亡まで残り僅か。二人にも焦りがあった。なんとしてでもクレアを取り戻し、この現象を引き起こしている元凶を倒さなければいけない。

 やることは多く、さらには困難が予想されていた。しかも幸先も悪い。土の竜を倒した直後、孝也とネリーはわき目もふらずに大陸中央の塩湖を目指した。


 初めのうちは順調であったが、突如としてコウモリ型のモンスターの襲撃を受けたというわけだ。一体の脅威は低いものの、数が多く、まとわりつかれれば厄介だ。

 しかもこれらは壁になるように、進行方向を遮るので、強行突破するにも武装を使わないといけない。

 その武装も今はもう品切れ状態。

 と、なればもう突っ切るしかないのだ。


「ネリー、あとどんだけ踏ん張れる!?」

「私の事など気にするな。君が飛ぶのに必要なぶんには余裕がある。だが、長引かせるな、相当キツイ」


 多少の無茶は我慢する、と付け加えてネリーはコクピットの操縦桿を握りしめた。ネリーが操縦するわけではなく、殆どは姿勢固定の為の支えだ。


「了解だ。掴まってろ、舌噛むなよ!」


 孝也もネリーの心意気をくみ取り、アフターバーナーを点火する。

 ドゥ。激しい加速がネリーを襲ったが、事前に意識していたこともあって、なんとか耐える事が出来た。風を切り裂く鋭い音と共に青い閃光と化した孝也はコウモリの群れに突っ込んでいく。


「うおぉぉぉ! どけどけぇ、戦闘機の主翼は鋭いんだぜぇ!」


 昔、何かの本で読んだ知識だ。それが正しいものかは知らないが、もはや孝也に残された武器といえば、それぐらいのものだ。重量のある質量に加速、そこに鋭さがあればもう武器だ。

 孝也の思う通り、彼の主翼は剣となり、敵を切り裂いていく。孝也の姿はあたかも夜空を飛ぶ輝く剣のようであった。

 青く輝く聖剣は真っすぐに大陸の中央を目指す。その光景は生き残ったわずかな大陸の住民たちも目撃していた。

 誰も、それが勇者であるなどとは知らない。しかしならが、人々は願った。もはやそれにすがるしかないからだ。美しく輝く青い剣、あれこそが我らの救いであると信じて。


***


 並み居る敵が真紅のドリルによって破砕されていく。


「えぇい、力任せに眷属を生み出したか!」


 もう数も数えていないが、休む暇もなく襲い来る敵を前に、ヴィーダーはイライラしていた。

 孝也たちと同じ頃、正反対の方角ではグランド・エンドが飛翔していた。ドリル戦闘機形態はそれそのものが一つの必殺形態であり、ただひたすらに加速し、飛ぶだけで敵は撃滅されていく。

 さらには孝也のような制約もなく、十全にエンジンを稼働させ、エネルギーを贅沢に使用できる。その点においては、グランド・エンドの進行具合は孝也の何倍もあった。


「ゴシーシャめ、神の力を得たとはいえ、やはり神殺しは怖いと見える」


 再びグランド・エンドの眼前に巨大な敵が現れる。口のない人型の巨人、背中にはコウモリの羽が生えた飛翔タイプである。

 だがそれも恐れる必要はない。所詮、雑魚に羽が生えた程度。グランド・エンドドリルは何の抵抗もなく、巨人を引き裂いた。


「う、うぅぅぅ!」


 後部座席にしがみつきながら、そこへ魔力で編んだロープによって図らずもシートベルトのような効果を得たクレアであったが、加減を知らないヴィーダーの操縦のせいで、多少の酔いがあった。顔をしかめ、食いしばり、それでも何とか我慢をする。


「フン、耐えるではないか」

「あ、当たり前です。私は、御使いだから、こんなことで、倒れちゃいけないんです!」

「そうかい。なら、私も遠慮はせん。精々、気張るのだな」


 その会話は、グランド・エンドの中で初めて交わされた会話となった。クレアは微塵もこちらを心配しないヴィーダーに向かってべぇと舌を出した。初めから期待もしていなかったが、それをしないと気が済まなかった。


「舌を出すな。噛むぞ」

「フン!」


 一方のヴィーダーもクレアのしている事に気が付いていたが、その程度でイラつく程短慮ではない。むしろゴシーシャが放つ眷属、モンスターの方が厄介だった。何一つ恐れることもないが、こう数が多くては鬱陶しいだけだ。

 だが、その煩わしさも解消されようとしていた。


「見えた……!」


 その一瞬、ヴィーダーの声音はいつもの不機嫌そうなものではなかった。クレアもその事に気が付き、猛烈な加速の中、前方を確認する。それは、いつか見た広大な塩湖だったが、少し違う。湖は淡く輝きを放ち、その光は天にまで昇ろうとしていた。星や月の光ではこうはならない。湖そのものが自ら光を放っているのだ。

 その光は昼間であっても確認できたものなのかもしれないが、夜の闇の中で見るとより一層の美しさを放っていた。


「これが、本当の姿……」

「見惚れている暇はない。このまま突入……!」


 激しく機体が揺れた。衝撃は真上からだった。急激なスピードで落ちていた敵にヴィーダーは反応が出来なかった。何者だと思い、ヴィーダーは頭上を見上げ、そして仮面の奥で驚愕した。


「貴様……!」


 そこにいたのは、ルカーニアの姿だった。


「おのれ、蘇ったか!」


 ルカーニアを振り払おうと機体を翻そうとするが、それよりも前にルカーニアの力づくの拳がグランド・エンドに叩きつけられる。


「うおぉぉぉ!」

「きゃあぁぁぁ!」


 いかなグランド・エンドでも物理的な衝撃の影響を受ける。機体バランスを崩したグランド・エンドはそのまま塩湖へと沈む。

 その後を追うようにルカーニアは『コウモリ』の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと下降していく。体中の眼は一斉に真下を覗いていた。

 そして、変貌を遂げたルカーニアが塩湖との距離を詰めていく最中、水面が渦を巻く。


「貴様! ルカーニア、操り人形になりさがったか!」


 渦の中央から飛び出したのはドリル戦車形態のグランド・エンドであった。二門の主砲を放ち、水上を駆ける。

 放たれたビームの直撃を受けたルカーニアはそのまま貫かれていく。しかし、ヴィーダーは攻撃の手を緩めなかった。ずたぼろとなり、落ちてくるルカーニアめがけて、戦車形態のグランド・エンドは突撃する。


「カオス・クラッシュ!」


 お返しと言わんばかりに力任せな一撃がルカーニアを襲う。


「なにぃ!」


 しかし、その必殺の一撃は容易に防がれてしまった。高速回転するドリルをルカーニアは受け止めたのだ。ドリルは依然、回転を続けている。それを掴むルカーニアの腕は当然えぐれていくのだが、即座に再生を始めているのだ。


「このパワー! 神の力がそそがれているのか!」

『ハハハ! その通り!』

「ゴシーシャ!」


 驚愕するヴィーダーの前にゴシーシャの幻影が姿を見せる。以前、見た時は品のないモンスター然とした姿だったゴシーシャは、今では漆黒のマントを羽織っていた。


『今のルカーニアを、かつてのそれを同じと思うなよ。そやつは新たに生まれ変わったのだ。そう、貴様と同じく御使いとしてな!』


 ゴシーシャの言葉と共にルカーニアはグランド・エンドを放り投げる。


「御使いだと!」


 ヴィーダーは放り投げれならがも人型に変形し、着地する。

 が、それと同時にグランド・エンドの四肢を植物がからめとる。引きちぎろうとするが、関節に至るまで全てに食い込み、固定されては思うように力が発揮できなかった。


「チッ、花と木を司る豊穣の神の力か!」


 それはジャべラス配下だった頃に倒した神の力だ。ゴシーシャ如きがそれを使いこなせるという事実にヴィーダーは再び直面した。


「う、く、抜け出せん……むぅ!」


 何とか脱出を試みるが、グランド・エンドを拘束する植物は強靭であった。そうこうしている内に傷を再生させたルカーニアが真正面まで迫っていた。

 拳による殴打がグランド・エンドを襲う。思考を取り除かれたのか、ルカーニア無言のまま力任せの拳を叩きこむ。その衝撃はかつてのそれとはくらべものにならない破壊力を秘めていた。


「ぐおぉぉぉ!」

「うわぁぁぁ!」


 コクピットが激しい揺れに襲われる。ヴィーダーとクレアの絶叫すらもかき消す轟音が響く。


「おのれ、貴様ら如きに遅れをとってなるものか!」


怒りのヴィーダーは唯一使用できる武装、グランド・エンドの両目から放たれるビームで応戦するが、ルカーニアの肉体に弾かれてしまう。そして反撃を受け、衝撃によってヴィーダーの仮面が吹き飛ぶ。


「チッ……」

「う、うぅ……!」


 危機的状況であった。

 ヴィーダーは何とかしてこの窮地を脱する方法を模索していた。

 そしてクレアは、今の自分では何もできない事を悟りつつも、諦めてはいなかった。ただひたすらに祈るのだ。


(勇者様、お願い!)


 それは、他力本願である。とはいえ、今のクレアにできるのはそれだけだ。今の自分は何の力もない子ども。勇者がいなければ、自分の価値はそれだけだ。だとしても、クレアは諦めない。


(お願い……来て、ください)

「おう!」


 刹那、クレアの耳に届いたのは一番安心できる、力強い声だった。

 激震に苛まれるコクピットから見える青い聖剣。揺らめく青い炎を纏ったそれは、高速でグランド・エンドのそばを通り抜ける。

 同時に、グランド・エンドを拘束していた植物が瞬断されていった。


「ぬ、う?」


 解放されたグランド・エンドはその場で膝を着く。

 ルカーニアは混乱をすることなく、倒れたグランド・エンドへと拳を叩きつけようとするが、その前に聖剣の一太刀で、振り上げた拳を切断され、横転する。


「見つけたぜ!」


 グランド・エンドの前に降り立ったのは、人型に変形した勇者リーン、孝也であった。


「クレア、無事か!」

「勇者様!」


 クレアは今にも飛び出す勢いで立ち上がった。その瞬間、彼女の体が白い光に包まれる。


「なに!」


 その光景に驚くのはヴィーダーであった。


「悪いけど、彼女は返してもらうよ?」

「ネリー、貴様生きていたのか!」


 ちろっと舌を出し、不敵に笑みを浮かべるネリーの顔がグランド・エンドのコクピットの表示された。

 クレアはそのまま光の消失と共に消え去り、そして、孝也のコクピットへと転送されていた。


「勇者様! ネリーさん!」

「おう、待たせたなクレア!」

「すまない、到着が遅れたようだ」


 ネリーはいつの間にか後部座席へと移動していた。メインのシートはクレアのものだ。


「感動の再開と行きたいが、時間がない。クレア、行けるか!?」

「はい!」


 孝也の呼びかけにクレアは力強く頷く。そして、ペンダントを強く握りしめ、叫ぶ。


「転生合体!」


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