第二十話 突入! 天空神殿!

 夜の帳を切り裂く青い閃光と共に巨大な魔法陣が展開された。湖は渦を巻き、天の雲は灰色に濁る。雷鳴が轟き、烈風が吹き荒れた。

 聖なる獣の雄叫びが響く。それは天空神の使い、最強の幻獣の一角をなす美しく、気高い獣。その名はグリフォン。鋼鉄の肉体を与えられた、その名はリーン・グリフォン。

 魔法陣を突き破るように、甲高い雄叫びと共にグリフォンは飛翔した。猛禽類の頭部、鋭いくちばしを開き、超高周波をルカーニアへと放つ。

 召喚直後の挨拶の一撃はルカーニアを吹き飛ばし、図らずも頭を垂れさせた。それを見下ろすように誇り高きグリフォンは再度、雄叫びを上げた。


「行くぞ、グリフォン!」


 久方ぶりの相棒の雄姿を見て、孝也も気分が盛り上がっていた。今ならどんな臭い台詞もノリノリで言えるそんな気分だった。

 対するグリフォンは威風堂々とした姿のまま、孝也の合流を待っていた。まるで、「さっさとこい」と言わんばかりの姿勢だった。


「リーン・カーネーションシステム起動! リーンドライヴ出力上昇!」


 ならばそれに応えてやろう。孝也は己の合体プログラムの起動を確認すると、グリフォンに向かって飛翔する。応じるようにグリフォンも雄叫びを上げ、上昇を始める。

 そして重なりあう二つの影。

 ここに再び、転生合体はなされた。


「転生合体! リーン・ブレイバー!」


 神々しいまでの青い光を放ち、青き巨神はここに復活した。

 最強の神殺し、天空の勇者、その名はリーン・ブレイバー。


「クレア、フルパワーで行くぜ!」

「うん! グリフォンストーム!」


 リーン・ブレイバー、孝也の両腕に強烈な真空波が形成される。孝也が両腕を重ね合わせると真空波はさらに強大になり、目に見える暴風となって、放たれる。風を切り裂き、竜巻がルカーニアを襲う。竜巻内部には真空刃が渦巻いており、囚われればズタズタに切り裂かれる。


「まだだ!」

「グリフォン・ブレスター!」


 グリフォンストームだけではルカーニアに致命傷を与えられない事は以前の戦いで知っている。しかもどうやら今戦っているルカーニアはかつてよりも力を増している様子だった。

 だが、そんなものは関係がない。一度倒した相手、ならば負ける要素がないのだ。


「いなくなれぇぇぇ!」


 クレアの勇ましい声と共に孝也の胸部を形成するグリフォンから咆哮と共に眩い閃光が放たれる。

 未だ真空波の中にいるルカーニアにはそれを避ける術はない。直撃を受けたルカーニアは呻き声一つ上げることなく、肉体を損傷させていた。


「いかん、再生している!」


 後部座席に座るネリーは険しい表情であった。

 ルカーニアにはダメージを与えているが、桁外れの再生能力がいかなる傷をも一瞬で癒す。


「これも神様の力って奴か? 化けもんにゃ勿体ねぇなぁ!」


 孝也は哀れな姿になりつつあるルカーニアを目撃したが、何の同情も湧かなかった。因果応報、これまで奴らがおこしてきた悲劇と比べればまだマシだ。

 閃光の中で、破壊と再生を繰り返すルカーニアの肉体はかつての巨象ではなく、形容しがたい肉塊へと変貌していた。

 破壊と再生という相反する要素が絶え間なく繰り返される中で生じたエラーであった。幸いなのはルカーニアに思考がないという事だろう。

 だが、意識はなくともルカーニアという存在はその光の奔流の中で煌く黄金の光を目の当たりにした。


「クレア、リーンブレードだ!」

「リィィィンブレェェェド!」


 それは剣である。雷光を纏った神殺しの刃。

 その光を認識した刹那、ルカーニアだった肉塊は一瞬にして両断されていた。


「輪廻」


 孝也は切り裂いた敵が浄化されていくのを感じた。


「両断!」


 クレアはルカーニアの最後をみとった。

 ある意味、ルカーニアは家族の仇だ。クレアはルカーニアという存在をあまり知らない。突然現れて、突然故郷を滅ぼした怪物。ただそれだけの認識だ。だとしても、仇であることに変わりはない。だからこそ、クレアはルカーニアの最後を目に焼き付けた。

 でも復讐を成し遂げたという感情は湧いてこなかった。


「やった……!」


 小さく、勝利を確信する事だけだ。


「さぁて、門番はぶっ倒したわけだが……」


 孝也はといえば、調子が戻り、いくらか余裕も出てきた。

 後ろを振り向くと、グランド・エンドがライフルでこちらを狙っているのがわかる。

 いや、奴が自分を狙っている事はとうの昔に気が付いていた。

 合体が完了した頃には、グランド・エンドも態勢を立て直していた。

 だが、狙いはつけても攻撃はしてこなかった。ルカーニアとの決着が終わるまでは手を出さないだろうと孝也としてもなんとなくだがわかっていた。


「流れでテメェを助けちまったが、やったことを許したわけじゃないんだぜ? なんなら、ここで決着をつけても俺は構わないんだがな」


 剣を構え、対峙する。グランド・エンド、ヴィーダーは微動だにしないまま、無言を貫いていた。


「フン、馬鹿か貴様は」


 グランド・エンドはライフルを降ろすと、わざとらしく両手を広げ、首を振った。やれやれ、と呆れている仕草だった。


「んだとぉ!」


 助けてやったというのにこの余裕振りが孝也には癇に障った。なぜかはわからないが、この男に対しては妙にイラつく。キザを気取っているのが気に食わないというのもある。しかも仮面をつけていやがる。この手のタイプは美形だというのはお約束だ。しかもいけ好かないタイプの。


「ありがとうございますの一言もねぇのかよ!」

「黙れ、我らは敵同士。塩を送ったつもりなのかもしれんが、それは状況によって生じた結果だ」

「ハッ! あのままだとやられてたに違いないぜ?」

「なんだと? 私がルカーニア如きに遅れをとるとでもいうのか?」

「実際そうだったじゃねぇかよ。第一、テメェのせいでクレアは危ない目にあうわ、俺たちも厄介な遠回りするわでなぁ!」


 孝也とヴィーダーの論争がヒートアップしていくのをクレアとネリーは茫然と眺めていた。


「おい、君たち。喧嘩なんてしてる暇はないぞ!」


 しかし、ここは元最高神のネリー。いち早く冷静さを取り戻すと同時に今の現状を伝えた。


「あのわけのわからない馬面が霊脈を完全に吸い尽くすまであとわずかだ。なんとしてでも奴を倒さないといけない。元も子もなくなるぞ!」

「当然だ。ゴシーシャはこの私が倒す。そして、ジャべラス様を復活させる。貴様らは大人しく……おい、待て!」


 ヴィーダーはクレアを寄越せ、というつもりだったが、孝也はそんな言葉など初めから聞く耳など持たず、塩湖からのびる光の柱へと飛び立つ。


「うるせぇ、お前の話なんて聞いてられるかよ!」


 孝也に人間としての顔があれば今頃は舌を出して挑発していただろう。


「貴様!」


 ヴィーダーは仮面に隠れているが、憤怒の表情を浮かべていた。即座に機体を戦闘機へと変形させ、孝也の後を追う。背後からキャノン砲を撃ち込んでやろうかとも思ったが、主復活のカギとなるクレアを殺してしまっては不味い。


「えぇい、躊躇いなど、らしくもない!」


 トリガーは引けなかった。クレアは殺せない。それだけの理由だ。

 リーン・ブレイバーとグランド・エンドはほぼ同じ軌道を描きながら、光の柱へと突入した。その瞬間、彼らの影は飲み込まれ、消え去る。

 激しい戦闘が繰り広げられた塩湖には再び静けさが戻る。まるで、何事もなかったかのように、穏やかな風が吹き、湖を揺らし、木々がざわめく。

 しかし、それもすぐさま消えていった。灰色の石化はもう塩湖周辺の森まで、侵食していたから。


***


 孝也はそこが奇妙な空間であると認識すると同時に既視感を覚えていた。

 間違いない。ここは、ネリーに召喚された場所と同じ空間だ。しかし随分と様変わりしていた。ネリーに呼ばれた時は真っ白な空間ではあったが厳かな空気に心地よい風の感触もあったが、今自分の目の前に広がるのは無機質な岩肌が延々と広がる荒涼とした大地だった。


「随分と模様替えされてるじゃねぇか」

「あぁ、全くだ。私の神殿をよくも……!」


 孝也としては冗談のつもりだったが、ネリーは本気で怒っているようだった。


「しかし、これは想像以上に不味いな。星の霊脈の殆どがこの神殿に集中している。ちょっとした火薬庫だな、ここは」

「危ない、って事ですか?」


 クレアはこの空間の事がいまいちよくわからなかった。


「危ないって騒ぎじゃない。爆弾の中にいるようなものだ。無茶苦茶だ。ジャべラスはもう少し賢いと思っていたのだがな」

「ジャべラス様はこの危険性をよく理解していた。こうなったのはゴシーシャの暴走のせいだ」


 孝也と横並びになるように降り立ったグランド・エンドからヴィーダーの通信が繋がる。


「大方、この膨大なエネルギーを前にしてゴシーシャが要らぬ野心を燃やしたのだろう。己、我らが父も同然であるジャべラス様に仇なすとは……許せん!」

「へぇ、あんた、もうちょいクールだと思ったが、ずいぶんなファザコンだな?」


 怒りに燃えるヴィーダーに対して、孝也は冷ややかな言葉を送る。

 当然、怒気を孕んだ視線がヴィーダーから突き刺さる。


「言葉の意味はよくわからんが、侮辱として受け取った。貴様の頭を吹き飛ばしてやりたくなった」

「やめないか、二人とも! 今はそんな喧嘩をしている場合じゃないぞ。ここは敵地だ」


 ネリーがぴしゃりと言い放つ。孝也とヴィーダーは無言だったが、ふてくされているのは伝わった。


「ヴィ―ダー、君の目的はジャべラスの復活なのだろう? 私たちとしては、それを容認することは決してないが、今はゴシーシャの暴走を止める事が先決だ。星を破壊されてはジャべラスの支配もなにもないだろう?」


 ネリーの言葉は暗に『力を貸せ』というものだった。

 ヴィーダーもそれを理解している。なので、鼻で笑った。


「そんなことは貴様に言われずともわかってる。だが、貴様らの力など不要。さっさとクレアを寄越せ。そして、去れ。その娘はジャべラス様復活の生贄となるのだからな」

「ふざけんじゃねぇ、誰がテメェなんかにクレアを渡すかよ!」


 孝也は食って掛かる。ネリーの提案の意図を孝也も理解はしているが、そんなことは御免だった。なぜヴィーダーの力を借りなければいけないのか。この男は街を襲い、世界を滅ぼそうとし、クレアをさらった奴だ。到底、足並みをそろえるなどということはできない。


「君たちになら、わかるだろう。この神殿に渦巻く瘴気の濃さを。これは、私たちが考えている以上に……!」


 刹那、二体の巨神はその場から飛びのいた。

 間髪入れず、荒く削り取った巨石が降り注いでくる。硬い岩盤で形成された大地に岩の棘が突き刺さる。凄まじい衝撃と轟音が神殿内部を響かせた。


「フハハハ! 来たか、哀れな神の下僕どもめ」


 空間にゴシーシャの声が木霊した。姿は見えずとも、孝也たちにはゴシーシャの存在は感知できていた。


「あれか?」


 孝也は反応を検知した空間へと視線を向ける。同時に機械の目は映像拡大を行い、クレアのいるコクピットへと届ける。


「王様の、椅子?」


 クレアには殺風景な空間の中にポツンと置かれた巨大な玉座が見えた。


「神の玉座だ……」


 後ろに座るネリーは、かつて自身が座していた玉座を恨めし気に見つめていた。

 その玉座に揺らめく黒い影が現れる。それは徐々にはっきりとした輪郭を形成して行き、実体化を果たす。

 

「ようこそ、我が神殿へ」


 ゆったりと玉座に腰を下ろす姿でゴシーシャは顕現した。漆黒のマントを身にまとい、歪な王冠をかぶった馬の巨人。マントの内側はどのような肉体を隠し持っているのか、不規則に脈動をしていた。


「古き神、古き生物よ。頭を垂れよ、我こそは新たなる世界を支配する神である」


 ゴシーシャが軽く右腕をかざす。すると、大地が海の波のようにうねり、孝也とグランド・エンドを飲み込む。

 変化した大地は巨大な岩の柱となり、二体を閉じ込める。


「へっ、何が神様だってんだよ」


 バキ、と岩の柱にひびが入る。

 リーンブレードを手にした孝也が柱を細切れにして、姿を現す。


「ジャべラス様の恩を忘れた裏切りものめ。恥を知るのだな」


 ドリルによって破砕された岩の柱は粉々に砕けていく。グランド・エンドは腕を組んだまま、不敵に現れた。

 ゴシーシャはその光景を無言のまま睨みつけていた。

 青と黒の巨神と歪な偽神が対峙する。

 

「行くぞ、クレア!」

「はい! 勇者様!」


 リーンブレードを構え、孝也が飛ぶ。クレアも気迫を乗せて、叫ぶ。

 奴さえ倒せば全てが終わる。そう、信じて。

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