第十一話 残された希望の光

「あまり、こういう言い方は良くないのだろうけど、人がいなくてよかった」


 転移魔法によって首都から離れる事に成功したわけだが、転移を取り仕切ったネリー自身、緊急だった為、どこに出るのかはわからなかった。とにかく、首都から遠く離れる。それしか考えてなかった。

 

「ちと、質は悪いけどシーツもある。食料はないみたいだけどね。しかし、ずいぶんと放置されていたみたいだね」


 ネリーは小屋の窓を開け放ち、テーブルに降り積もった埃を払った。そんなことをしてもつもりに積もった埃は完全には払い切れず、むしろ小屋の中に充満するだけだった。

 運悪く、それを吸ってしまったネリーはむせ返り、苦笑した。


「やれやれ、人の身の不自由さって奴かな」


 神であった頃に住んでいた神殿はつまらないところだが、思い返せば清らかな場所で、不浄とはかけ離れたものだった。それは穢れを払う神の気というものによる作用に他ならない。

 今のネリーにはそんなものなどない。それがないだけで、自分はこんな微細な埃だけで咳き込むような体になってしまっている。


「さて、着の身着のままで逃げ出したから、食料も水もない。取り敢えず、近くに川があるから、水を汲んでくるけど、どうする?」


 くるり、とネリーが振り向くと、顔を伏せたクレアが向かいに座っていた。その傍にはヴィジョンとして映し出された孝也の姿もあった。

 先の戦闘で気を失っていたクレアであったが、この小屋を発見した頃に目覚めた。当初は、半ば錯乱しており、街に戻ると言ってきかなかったのだが、今は、ずいぶんと大人しくなっていた。

 諦めがついた、というよりは状況を理解して、暴れても仕方がないとわかった。そのような具合だった。

 クレアは今の状況を納得をしなければいけないのだと、理解していた。それは、幼い少女にとってはとても酷な事なのは、間違いなかった。


「ふむ……それじゃ、行ってくるよ。体、休めておいたほうがいい」


 ネリーはそれだけ言って、小屋の扉に手をかけた。


「気休めを言うつもりじゃないが、これだけは伝えておきたい。君の御両親はまだ死んではいない。あれは大地に流れる霊脈による加護の消失、そしてジャべラスの呪いだ。奴さえ倒せば、呪いは解ける」


 扉に手をかけたまま、振り返らずネリーは語った。


「一方的に、君に使命を託した事は、悪いと思っている。仕方がなかったと言い訳をするつもりもない。私は、神だからだ。時として、人間に罰のような使命を与える事だってある。それが、たまたま君だった、それだけの事だ」


 酷い言い訳だなとネリーは思った。どれほど言葉を紡ごうと、それが余計に自分の手段への言い訳になるとネリーは理解していた。

 それでも、嘘は言っていない。


「私たちは、なんとしてでもジャべラスを倒さなければいけない。だから……今は、休んでくれ」


 最後の言葉は、自分でも何を言うべきか迷った挙句の言葉だった。

 

***


 残されたのは孝也とクレアだけだった。沈黙は、未だに続いていた。

 

(まずい……)


 腕を組み、あぐらをかきながら、孝也はこの重く、苦しい空気を持て余していた。


(気が、重い……でも、なんて声をかけてやればいいのかわかんねぇしなぁ……)


 故郷を失い、両親と友人を失った幼い少女への慰めの言葉である。まだ九歳のクレアには当然、ショックが大きい。そんな彼女へ、慰めの言葉をかけようにも、良い言葉が思い浮かばないのだ。


(大丈夫だなんていえねぇし、元気出せよとかアホすぎるし……あぁ、クソ。こういう時に気が利く台詞が言えるのが勇者ってもんだろうが……)


 クレアの前でぐらいは、勇者としてふるまってあげたい。心細いはずの少女に支えになる為なら、下手な芝居だってできる。


「ごめんなさい、勇者様……」

「え?」


 沈黙を真っ先に破ったのはクレアであった。出てきた言葉に、孝也は素の返事を返してしまった。


「私が、もっと強くて、御使いにふさわしい人だったら、きっとあんなことにはならなかったと思います……私、街が、パパとママがあんなになって、怖くて……」


 クレアは、涙を流さなかった。それでも、膝においた手をぎゅっと握りしめ、顔をうつむかせながら、震える声で続けた。


「あの時、私がもっと強い子だったら、きっとあの人たちも倒せたんだと思います……私みたいな弱虫が……」

「お、おい、待て、待てよ。クレア。それは違う」


 孝也は慌てて、立ち上がり、クレアの真ん前まで移動すると、身振り手振りを添えながらクレアの言葉を遮った。このまま放っておくと、延々と自分を責め続けかねないと思ったからだ。


「クレアが弱虫? そんな事ないぜ。君は、ずっと街の人の事を考えていたじゃないか。いや、それだけじゃない。俺と一緒に、初めて戦った時も、街があんな風になっちまった時も、君は逃げ出さず、泣き顔一つ見せずに戦ってくれた。そんな君が、泣き虫なわけがない。とても、勇気のある子だ。俺なんかと違うぜ」

「でも、勇者様はとても強いはずなのに……私が怯えていたばっかりに……」

「そりゃ、クレアはまだ九歳だ。それにな、戦うって、めっちゃ怖いんだよ。俺だって怖い。正直、君がいなきゃ、俺はまともに戦う事だってできねぇし、されるがままだ。そっちの方が怖いぜ。でも、君が操縦してくれるから、俺は戦える……うん? これは、ちょっと違うな、あーいや、なんていうかよ、そのなんだ」


 なんだかよくわからなくなってきた。下手に良い事を言おうとすると、全く言葉が思い浮かばない。勇者らしい言葉、勇者らしい言葉と意識してきたつもりだが、どんどんとボロが出てくる。それでも、クレアを勇気つけたいと思う孝也は、しどろもどろになりながらも言葉を続けた。


「と、とにかくだ。何が言いたいかって言うと、元気出せよ!」


 言った直後、孝也は固まった。なんと、アホな言葉を、一番言ってはいけない言葉を口走ったからだ。言うまい、言うまいと思っていたのに、ついつい言葉に任せて出てしまった。

 一方のクレアはきょとんとしていた。というより、孝也の言葉を聞いていた途中からそんな顔をしていた。

 数秒程、沈黙が流れた。


「うふふ、あははは!」


 そして、クレアは、久しぶりの笑顔と笑い声を響かせた。


「勇者様、なんか、変。かっこ悪い」

「う、そ、そんな言い方はないだろうクレア! 俺は、口下手なんだ。いいか、待ってろ、今からいい台詞聞かせてやるからな。えぇと、あれだ、つまり……」

「うふふ、大丈夫です。勇者様の言いたいこと、伝えたいこと、みんなわかります」


 ころんと、クレアはテーブルに寝転がり、顔だけを孝也に向けた。


「だって、初めてあった時から、勇者様は私を怖がらせないように、優しい言葉、勇ましい言葉を言ってくれました。私、ずっとそれを知っていました」

「そ、そうなのか? い、いや当然だ。俺は勇者だからな。自然とそういう言葉がでるんだ」

「でも、今はすっごくへんてこです」

「こういう時もある! いいかい、クレア。勇者にはユーモアが大事なんだ。常に真面目腐った顔でしかめっ面な勇者なんて誰も喜ばねぇだろ?」

「そうなんですか?」

「そうなんだ!」


 急に恥ずかしくなって、孝也はそっぽを向いた。それでも、その口元には笑みを浮かべていた。

 クレアが笑ってくれた。それは、孝也としてもうれしい事だから。


「ねぇ、勇者様」

「うん?」


 クレアの声に振り返る。すると、クレアは立ち上がっていた。

 孝也は自然と、彼女を見上げる形となる。


「私、もっともっと頑張ります。だって、みんなを救えるのは、私たちだけなんですものね?」


 クレアの瞳には、強い決心が現れていた。九歳の女の子がするには、似つかわしくない瞳ではある。しかし、力強い光が見えた。


「私、泣きません。泣いてたまるものですか! 私はパパとママも、みんなも助けたい。故郷をもとをに戻したい。世界がどうとか、ちょっと難しくてわからないけど、悪い人をやっつけて、全部元通りにします!」

「クレア……」

「だから、もう一度、よろしくお願いします、勇者様。私、御使いとして、頑張りますから!」

「……へっ、可愛い子に、そう言われたら、頑張らないとな」


 なんだこれはと孝也は苦笑した。まるで正反対だ。なんで、慰めるはずが、逆になっているんだと。

 そして、どうやら自分はこのクレアという少女を勘違いしていた。気弱そうな女の子だと勝手に思っていた。

 だが、違う。本当は、誰よりも勇気がある女の子だ。彼女は、涙一つ見せない。くじけても、立ち上がるだけの力がある。

 本当は、いっぱいいっぱいなのかもしれない。むしろ、自分に悟られないように無理をしているのかもしれない。それでも、笑顔を浮かべる事が出来る少女なのだ。


「あぁ、こっちこそだ。こっから大逆転だ」


 だからこそ、孝也も、戦うのだ。己の体を取り戻す。それも重要だ。一番大切な事なのは変わらない。だが、それでも、クレアの為に、この子が本当に笑顔を浮かべられるように、戦うのだと、孝也は決心を固めた。

 クレアにとって、自分は、勇者は希望なのだから。


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