第十二話 ゴシーシャの暗躍

 神殿内部では荒々しい空気が渦巻いていた。


「ヴィーダー! 貴様、ルカーニアを見殺しにするとは何のつもりだ!」


 ゴシーシャは鼻息も荒く、ヴィーダーへと詰め寄った。


「いや、それだけではない。貴様、ルカーニアを撃ったな? それは明らかな離反行為ではないか!」


 常人と変わらぬ躯体を持つヴィーダーに対して仮初の肉体とはいえ、五メートルのゴシーシャはあまりにも巨大で、酷く滑稽なものにも見えた。

 しかしヴィーダーの背後に控える漆黒の騎士グランド・エンドのせいで、ゴシーシャは言葉だけは強くとも、踏み潰すという物理的な手段には出られないでいた。


「えぇい、何とか言ったらどうだヴィーダー!」

「フン、ルカーニアは自分が負ける戦いに挑み、死んだ。さっさと退いていれば、命は助かったのだよ。それにな、ゴシーシャ。霊脈はこのように確保し、ジャべラス様の御力となった。奴の犠牲は、無駄ではないさ」


 背後にグランド・エンドを控えさせているとはいえ、ヴィーダーはその体をさらけ出している。ゴシーシャが激高に駆られ、踏み潰してきた場合、かなり危険ではあるが、ヴィーダーは意に返さず、むしろ睨み返すような圧を放った。


「結果論でしかない! そういう貴様も、鉄人形めに手ひどくやられたではないか!」

「不覚を取ったことは認めよう。しかし、私はルカーニア程、短慮でも浅はかでもない。退くべきタイミングは心得ているつもりだ」


 神殿内の空気は二人の感情を現すかのように振るえていた。

 まさしく一触即発。


「静まれ」


 が、その震えを一声によって抑えるのが、ジャべラスであった。

 先ほどまで言い争っていた二人は、即座に傅き、玉座へと頭を垂れる。ややして、揺らめく影と共にジャべラスの姿が現れる。


「死んだ、ものの事など、どうでもよい」


 放たれた言葉は無常であった。


「し、しかし!」


 ゴシーシャにとってジャべラスの言葉は絶対である。それは間違いないのだが、あまりにもルカーニアが哀れだった。


「それではルカーニアが浮かばれませぬ。これまで、ジャべラス様に忠義を尽くし、神々を屠り、大地を制圧してきました奴の……」

「静まれ、といった」


 パンッとゴシーシャのすぐ傍で光が弾けた。

 その瞬間、ゴシーシャはゾッとし、深々と頭を下げた。


「は、ははぁ!」

「我が、世界に、弱きものはいらぬ。それが、次世代を担う神であろうと、敗れるのであれば、必要はない。それは、貴様たちも、同じだ」

「な、ならばヴィーダーも同じ事! こやつも、鉄人形に後れを取り……」


 再び、ゴシーシャの傍で光が爆ぜた。

 ゴシーシャは言葉を失い、身を縮める。


「次は、ない」


 ジャべラスの影は揺らめき、にゅるりと体を伸ばすと、ゴシーシャの周囲へと漂った。

 ゾッとする寒気が、ゴシーシャを包み込む。殺されるのではないかという恐怖感が振り払えなかった。


「ヴィ―ダーは、必要である。神殺しの器、それに唯一対抗できるのはグランド・エンドのみ。その御使いであるヴィーダーは、貴様たちとは、違う」

「は、はっ!」

(どういう、事だ! これでは、我らが道化ではないか!)


 顔を沈め、従ってはみるものの、ゴシーシャの内心は煮えたぎる程の憎悪によって埋め尽くされていた。

 露骨な程の、待遇の差であった。今の今まで、自分たちがどれほど尽くしてきたのか、主であるジャべラスが知らぬわけではないはず。それなのに、ポッと出の、息子と名乗るこの男に対しては、自分たち以上の寵愛を施しているのが、気にいらないし、理解ができない。

 だとしても、それを口に出すことはできなかった。


「時間が惜しい」


 ゴシーシャの周囲を漂っていた影は一瞬にして、玉座へと戻る。

 不定形の人型を作り、腰掛けたジャべラスの影は唸り声のような声音で、部下たちへと語り掛けた。


「足りぬ。我が、力を、最高神への高みに至るには、力が足りぬ。この星の霊脈だけでは、足りぬ。捕えよ、御使いを。ネリーめの力、その加護を宿した小娘を捕えよ。そして我が前に差し出せ! さすれば、この身に流れる霊脈の尽くを制御し、高次の存在へと、至ることができる!」


 影は激しく震えていた。高揚したジャべラスの意識を現すように神殿内部の空気もまた振動し、岩が隆起し、砂が舞う。


「ヴィーダーよ、小娘を我が前へ、連れてくるがよい。貴様ならば、できよう」

(なに!?)


 ゴシーシャは耳を疑った。まるで自分の事を無視された気分だった。

 主の命を受けたヴィーダーは返礼と共に、消えていく。それはつまり、出撃準備に入った証拠だ。

 ヴィーダーの姿が見えなくなったと同時に、ゴシーシャは恐るおそると面を上げ、主へと問いかけた。


「ジャべラス様、私めにも出撃を! 鉄人形の破壊、御使いの確保、私ならば必ずやご期待に沿えるかと!」

「……ゴシーシャよ」

「はっ!」

「貴様たちでは、鉄人形には勝てぬ」

「……!」

「神殺しの力を得た、人形。奴の、力は、そういうものだ。我とて、今のままでは、勝てぬ。そして、我の力で作り出された貴様らも、それは、例外ではない」

「お、お待ちください! その言葉が真ならば、ルカーニアは!」


 使いつぶされた、いや、もっと言えば当て馬にされたとしか思えない。ジャべラスは、鉄人形リーン・ブレイバーの特性を理解した上で、ルカーニアを差し向けたように聞こえる。

 神の力を宿した自分たちの天敵。それがわかっていながら、なぜ、ジャべラスはルカーニアを出撃させたというのか。


「ジャべラス様、お聞かせください!」

「しつこいぞ、ゴシーシャ。貴様には、霊脈の制御を任せる。戦いに、勝てぬとも、我が計画を担う、重要な、任務である」

「そ、それは、そうでございますが……」

「ならば、今すぐに取り掛かれ。数多の神々の力、我が肉体に、適合するように、調整せよ。霊脈を、改造せよ。よいな?」

「は、はっ……!」


 ジャべラスはそれだけを伝えると、さっさと姿を消した。

 一人残されたゴシーシャは、顔をうつむかせたまま、憤怒の色に彩られていた。それは、本来であれば、生まれるはずのない感情であった。ゴシーシャとしても、なぜそのような感情が生まれるのかは理解できなかった。


(ジャべラス様……あなたは、一体何をお考えなのだ?)


 理解ができない。ジャべラスの行動に、理解が追いつかないのだ。


(あなた様が支配する世界。その管理を、我らが二柱にお任せくださるのではなかったのか?)


 ジャべラスが作り直した世界において、自分とルカーニアは世界を大地を任せられるはずだった。世界そのものをジャべラスが担い、その土台となる星を支配する。新たなに創り出された秩序と、生命体を従え、強き生命のあふれる星を育む。その権利が、与えられていたはずなのに。


(ルカーニアは死んだ……なれば、次は、私か?)


 出撃は下されなかったが、ゴシーシャの疑念は酷く歪み始めていた。


(い、嫌だ! 死にたくない! 消されたくない!)


 ルカ―ニアは見殺しにされたとしか思えなかった。


(わ、私は世界を支配する権利を有しているのだ! ジャべラス様が創造した世界を、私は……!)


 いや、それは本当なのだろうか。

 そもそも、自分たちは、ジャべラスに創り出された人工生命体。いつでも、消される存在。ルカーニアは殺された。神殺しの人形に。そして、その神殺しと同じ力を有した男、ヴィーダーがいる。つまり、いずれは、消される。そうだ、そうに違いない。


(し、支配する。私が世界を支配するはずなのだ! こ、殺されてなるものか……殺されてたまるか!)


 しかし、所詮自分は作られたモノ。

 力が、足りない。


(いや……ある。力なら、ある!)


 神の力。


(霊脈だ。我らが屠ってきた神々の力だ)


 それらはジャべラスへと供給され、神の牢獄に囚われたジャべラスのパワーとなっている。いずれ牢獄を破壊し、神殿を制御する為の力。

 その全ては、未だジャべラスのものではない。膨大な量をジャべラスは持て余していた。いずれは、それを使い、完全なる神へと昇華するはずだが、牢獄に囚われたジャべラスでは無理だ。

 だから、制御が必要なのだ。


(……そうだ。世界は、私が、支配するのだ!)


 ならば、やることは決まった。

 ゴシーシャは玉座の間から姿を消した。慎重に事を進めなければいけない。これは、世界を、支配する為に必要な事なのだから。

 そして、自分が、生き残る為に必要な事なのだから。

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