リーンカーネーション・ブレイブ~勇者に転生したけど、一人じゃ動けないんです~
甘味亭太丸
一章 最強無敵の目覚め
プロローグ あいつこそ最強無敵の勇者
「こ、怖いよぉ……」
幼い少女は恐怖で震えていた。
まだ九つの少女にしてみれば、眼前に迫りくる巨大なモンスターは地獄そのものに見えるだろう。
「あんなモンスターに勝てるの?」
少女でなくとも迫る巨大モンスターの姿は恐怖以上のなにものでもない。
それは人のような形をしていたが、人ではない。隆起した筋肉組織は皮膚を突き破らんと脈打ち、触手のように蠢いていた。獣のように地を這うように進み、まるで尾のように長い手足をばたつかせながら、口もないのにどこからか咆哮を上げるその化け物を見て、恐怖しない者はいない。
「大丈夫だ。君ならできる。自信をもって」
孝也はそんな少女の恐怖を和らげるために、できる限り優しい声をかけた。
今、彼にできるのは、その程度のことだった。
孝也に恐怖がないといえば、それは嘘になる。
それ以上に孝也はこの少女を守りたいと思っていた。
彼は、はっきりと言ってしまえば無敵だ。目の前のモンスターなど一捻りで倒せる。それは、嘘ではないと自覚もしている。仮にこのまま無防備を決め込んでも、奴にこちらを傷つけるだけの力はない。
それでも、孝也一人では奴を倒すことはできないのだ。
「で、でも……私なんかがあんな化け物倒せるわけがないよぉ……」
「君をこんなことに巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。でも、ここにいる人たちを、なにより君を助ける為に、力を貸してほしい。俺一人じゃ、何もできないから」
孝也は自嘲気味に言った。とんでもない矛盾を言っている。
自分は言葉巧みにこの幼い少女を利用しようとしている。それは、恥ずかしいことだ。男として、それは到底許せるものじゃない。
しかし、今は、それをしなければいけないのだ。
目の前に迫る巨大モンスター。全長四十メートルと言ったところか。城壁をぶち壊し、民家を踏み潰し、ただ狂ったような雄叫びを上げながら、突き進む暴威の塊を倒すには、幼い少女に頼らなければいけないのだから。
「俺は、酷いことを言っている。君を守ると言いながら、君を戦わせようとしている。だから、恥を忍んで、君にお願いする。俺と、俺と一緒に戦ってくれ!」
少女の瞳にはまだ恐怖の色が残っていた。体は震え、唇もうまく動かせない。振動が伝わる度にびくりと跳ね上がる。
それでも、少女は、前を向いた。
「……うん、わかった……わかったよ!」
少女はコクンと、頷き、浮かべていた涙を払った。
それでも全ての恐怖は打ち払えない。でも、少女は勇気をもらった。そう、自分は一人じゃない。だって、勇者が付いているから。最強で、無敵で、カッコイイ勇者様がいる。
少女は決意を固めた。そして、少女は、レバーを握った。
そして、叫ぶ。
勇者の名を。
「いっけぇぇぇ! リーン・ブレイバー!」
「おぉぉぉ!」
孝也も少女の叫びに応える。
「リーンドライヴ出力上昇! ホーリーエネジー最大循環を確認、目標距離六〇〇メートル!」
孝也の、否、勇者『リーン・ブレイバー』の鋼の肉体が唸りをあげ、起動する。
全長五十五メートル、その巨体はあらゆる害意から世界を守るもの。その巨腕はあらゆる邪悪を撃ち砕くもの。その曇りなき眼は真実を見通し、蒼穹に輝く鋼の体こそ聖なる勇者の証。
それが今の孝也の肉体であった。
「来るぞ、クレア。恐れることはない。俺は、最強だ!」
「うん!」
こちらの起動を察したのか、モンスターは今まで以上に咆哮し、長い四肢を使って跳躍。一瞬にして数百メートルの距離を埋めながら、両腕を鞭のようにしならせ、孝也の頭部を狙う。
「効くかよ! クレア、唱えろ、リーン・フィールドだ!」
「リーン・フィールド!」
孝也と少女クレアの声が重なると同時にモンスターの両腕が迫る。
刹那、モンスターの腕は白く輝く障壁によって阻まれる。
「こっちはバリアも完備してんのよぉ! クレア、カウンターだ」
「か、カウンター?」
「反撃ってこと! 思いっきりぶちかませ!」
「うあぁぁぁ!」
孝也の内部、コクピットでクレアはうちに秘めた恐怖も何もかもを吐き出す勢いでレバーを押し出す。
それに合わせて孝也の剛腕が繰り出される。鋼の拳は一瞬にして赤熱化し、攻撃を弾かれ無防備になったモンスターの胴体を抉るようにして、打ち込む。
轟音と衝撃が響き渡る。その一撃をもってして、巨大なモンスターは遥かなる後方へと吹き飛ばされる。
一瞬にして蹂躙した城下町からはじき出され、広大な大地へと叩きつけられたモンスターは、壊れた道具のように痙攣し、その場でもがいた。
「止めだ! クレア、リーンソードを!」
今まさに好機。
孝也はすかさずクレアへと必殺の一撃を叩きこむように指示を出す。
「ど、どうやって……!」
「叫べばいい!」
「り、リィィィンソォォォド!」
少女の叫びが木霊する時、晴れ渡っていた空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟く。
「か、雷!? ま、魔法!?」
天候操作。それは、少女の常識の中では、高等魔法の類であった。
「細かい理屈は抜きだ!」
その時、一筋の雷光が孝也へと飛来する。
「ひゃあぁぁぁ!」
クレアは突然の事に身をすくめ、怯えるが、孝也はその雷を右腕でつかみ取る。
雷は剣であった。巨大な黄金の刀身を輝かせる剣が孝也の右腕に収まる。
たったそれだけの事なのに、大地が震えた。暗雲はさらに立ち込め、雷鳴も激しくなる。
「クレア、リーン・ブレイカーだ!」
「と、唱えればいいんだね!」
一連の流れで、要領を掴み始めたクレアは大きく頷き、息を吸った。
孝也もまた、己の内部動力を激しく稼働させる。
「フルドライヴ! オーバーチャージ!」
動力炉から圧倒的なエネルギーの奔流が体中を駆け巡っていくのがわかる。力があふれるとはまさにこのことだ。
孝也は己に体に充分なエネルギーが蓄積したことをクレアへと報告する。
「リーン・ブレイカー!」
クレアが頷き、叫ぶ。孝也もまた、叫んだ。
二人の雄叫びが重なる。
孝也の巨体は背部の大型スラスターを点火させ、一直線にモンスターへと肉薄する。
手にした剣を大きく振るい、腰だめに構える。それと同時に孝也の全身から白雷が迸り、未だ痙攣を続けるモンスターの肉体を撃つ。その瞬間、モンスターの巨体が締め上げられるようにして空中へと浮遊した。
そして、目前に迫った孝也が剣を振るう。横一閃。すれ違いざまに切りつける。
「輪廻・両断」
剣を血糊を払うように振った後、地面につき刺した孝也は静かに言い放つ。
刹那、白雷に包まれていたモンスターの肉体が両断され、絶叫を上げることなく、真っ白な粒子となって消滅していく。
孝也はゆっくりと巨体で振り返る。内部にいたクレアはくたくたになりながら、シートにもたれかかった。
空を覆っていた黒い雲はいつの間にか消え失せ、再び蒼天が広がっていた。
「これが……勇者様の力」
クレアの呟きは、孝也には聞こえなかった。
ただ、一つ確かなのは、この日、この瞬間。世界を救う勇者が復活したという事実である。
勇者の力を扱う御使いたる少女はその事実に浸りながら、押し寄せてくる疲れに意識を委ね、深い眠りに落ちた。
「眠ったのか?」
その様子を感じ取った孝也は安堵を漏らす。
本当は、今すぐにでもこの場所から立ち去りたいのだが、それは出来なかった。
なぜならば、孝也は己の肉体を己の意思で動かすことはできない。クレアの操縦がなければ、指の一本も動かせないのだから。
でも、今は、この幼い少女の眠りを妨げる必要はない。
「ゆっくりと休んでくれ、クレア……」
孝也はコクピット内部の照明を落とし、通信を遮断した。
「さぁて、厄介な事になっちまったなぁ」
半壊した城下町を見渡しながら、孝也は気分として溜息をついた。
「あーホント、どーしてこーなった?」
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