第一話 確かにそれはお約束
取り敢えず、真っ白な空間にいるとわかった時点で大井孝也は色々と悟った。
「や、ずいぶんと落ち着いてるね。いや、結構結構」
それでもって目の前に別嬪さんがいればそれはもうお約束といっても過言ではない状況だ。
真っ白なレースを一枚だけ羽織ったその女は、控えめに言っても美しい人だった。雪のように白い髪はこの真っ白な空間の中であっても光輝いているのがわかった。
美しい。孝也はそれ以上の感想を持ち合わせていなかった。
とにかく美人だった。
「先にいっておくけど、君は手違いで殺されたわけでもなければ、トラックに轢かれて死んだわけでもない。君はまさしく勇者の適正があったから、召喚されたんだ。いいね?」
彼女はそのことだけは強く、言い放った。
孝也もそれにコクコクと頷く。
「よろしい。それで、だ。実は時間がない。切羽詰まっている。だから要点だけをかいつまんで説明しよう」
曰く、その世界では古の神々が蘇り、世界を我がものとせんと動き出した。
曰く、それに嘆いた神が古き神々を討つべく勇者を求めた。その器として、孝也が選ばれたのだという。理由は勇者としての適性があったから。それ以上の理由は特になし。
「とにかく、この世界には勇者が早急に必要なんだ」
そして、その勇者の力は最強であるという。いかなる巨大なモンスターも一撃で倒し、いかなる攻撃をもってしても傷を負わず、衰えることのないパワーを持つ。
最強無敵の力を授けるというわけだった。
「つまり、チートってことだよな?」
一通りの説明を聞いて、孝也は質問した。
どこからどう聞いても、彼女の説明はチートパワーの説明だった。もう疑うことのないチートパワーだった。気になるとすれば、そんな説明を淡々とするものだから、ちょっと裏があるんじゃないかという部分だ。
「まさか、とんでもない代償を払うとかそんなオチはないだろうなぁ?」
「理論上は、リスクはない」
その一言に色々と突っ込みたい気分だったが、それを言う前に真っ白な空間が揺れたような気がした。
すると女は焦ったような顔をして、
「それより、時間がない。奴がこの空間の存在に感づいたようだ。とにかく、君は勇者として選ばれた。今から君を世界へと送る。運が良ければ、また会おう」
彼女はそう言うとウィンクをした。
同時に、爆発の音が聞こえた。
そして、真っ白な世界が崩壊していく。まるでガラスが割れるように、あちこちの空間が破片となって飛び散っていく。孝也に語り掛けていた女は背を見せ、手にした黄金の杖をかざしていた。
その向う側に、孝也は何かを感じ取ったが、それをうまく知覚できなかった。なにか、とてつもなく強大なものが迫ってきているように感じた。
同時に、孝也は奇妙な浮遊感を覚えた。
そして……
***
孝也が次に目を覚ました時。
彼の体は、巨大な鋼鉄へと生まれ変わっていた。なぜ、そうであるとわかったのか、その時はさっぱりわからなかった。
ただ、自分の体が何十メートルも巨大なものになっているということが感覚でわかった。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!」
孝也は叫んだ。
だが、それでも孝也の体はピクリとも動かなかった。声を出したはずなのに周囲に響いている様子もなかった。
「ど、どうなってんだよおい」
困惑する中でも、孝也は自分の周囲の様子を探ることが出来た。まず、自分の背後の巨大な城が確認できる。ならば、ここは城下町ということだ。そして、どうやら自分はその広場のような場所で膝を着いている状態らしいのだ。
なんでそんなポーズを取っているのかはさっぱりわからない。自分は真っ白な空間の中にいて、そこでえらい別嬪の女の人と会話をして……そして、何かに襲われた。
「いや、そんなことより、俺の事だ。一体、どうなっちまったんだぁ?」
体は動かせないのに、周囲の状況は見て取れる。何か奇妙な感覚だが、それが孝也に冷静な思考を取り戻させていた。
「あの人は俺が勇者だとか言っていたが、まさかな……」
思い出し、呟いていると、自分の周りにゾロゾロと人が集まってきているのがわかった。少なくとも現代日本では見慣れない服装ばかりがそこにはあった。
その中でもひときわ目立つのは、いかにも王様というような格好をした老人、彼が引き連れる重武装の兵士たち。
「な、なんだ? 何が始まるんだ?」
などと怯えて見せても、体は動かない。
そんな孝也の心情など無視するかのように集まった者たちはことを進めていた。
巨大な孝也の前に立ち、背を向けた王は声高らかに宣言した。
「我こそと思う勇士よ! 前へでよ!」
王の言葉に無数の若者たちが駆け寄ってくる。みな、性別も姿もバラバラだった。軽装の鎧に身を包んだ若い剣士もいれば、長い杖を携えた魔術師然としたものもいる。そこに集まったものたちは、みな、戦士であることが、孝也にもわかった。
そして、彼らは順々に孝也の前に立つと、何事かを念じたり、叫んだりしている。
聞き取れる範囲内では「動け」だの「答えろ」だの、時には呪文のようなものを唱えるものもいた。
孝也としても、それに答えてやりたいのは山々なのだが、いかんせん声が出ないし、体も動かない。むしろ、意図せず高見の見物をしている状態なのが、逆に恥ずかしかった。
「なにをしてるんだ……こいつら……」
その光景をぼんやりと眺めること一時間。
遂に最後の一人にも応じることができなかった孝也は何とも言えない気持ちだった。色々とむずがゆい気分だった。なにせ、自分に語り掛けてくる連中の大体がかっこよさげな台詞やら自分の過去語りやら呪文詠唱みたいなことを続けていたのだから。
それに対して、孝也は耳をふさぐこともできず、ずっとそれを眺めるしかなかった。そしてそれが終わっても、反応を示すことができなかった。
逆にどうしてやったらいいのか教えて欲しいぐらいだった。
「王よ、どうやらこの中に選ばれし御使いはいなかったようですね」
ふと、王のそばにフードをかぶった魔導士がいることに気が付いた。
「うむ、大陸中の腕自慢を集めたのだがな……我らに残された時間は少ないというのに……」
「左様です。一刻も早く、御使いを見つけ出し、リーンを起動させなければ、世界は滅びましょうぞ」
「わかっておる」
そのような会話が聞こえてくるわけだが、孝也としては話の内容よりも、魔導士の方が気になった。
声から察するに女だということがわかる。
そして、どうにも、この声に聞き覚えがあった。いや、むしろつい最近、聞いたことのある声のような気がしたのだ。
「ん? 待てよ、あの顔……」
その瞬間、魔導士の女はフードをまくり上げ、こちらを見上げた。
真っ白なフードから出てきたのは、真っ白な長い髪を持った女だった。
「あ、あぁぁぁ!」
その女は、間違いなく、あの白い空間の中でこちらに語り掛けてきた女だった。
見間違えるはずもない、他人の空似とも思えない。
何より、その女はこちらを見上げた瞬間、ウィンクをしてきたのだ。
「お前、お前ぇぇぇ! どういうことだ、おい、返事をしやがれ!」
届いているのか、聞こえているのか、さっぱりわからないが、孝也は叫ばずにはいられなかった。
すると、女は人差し指を唇に当てて「静かに」というジェスチャーをしてくる。
そして、王に伴われてそのまま去っていった。
「おい、こら、待て、説明しろ! つーか、元に戻せこのやろー!」
それが、大井孝也の、異世界初日の出来事であった。
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