第二十四話 超転生合体! グレート・リーン・ブレイバー!

 大井孝也の意識は何もない空間を漂っていた。勇者リーンのボディを破壊され、ネリーの加護を失った今、早速彼の意識は消滅する運命にある。心地よい暖かさと吸い込まれていくような焦燥感という二律背反な感覚をはっきりと認知できる程に、孝也の意識は覚醒していた。


「や、なんだかこのやり取りも懐かしいね」

「俺にしてみりゃ二日しか経ってないがな」


 目の前にはネリーがいた。だが、その姿は孝也の知る姿と少し違う。綺麗な白い髪と妙に余裕に満ちた顔はそのままなのだが、服装が少々きわどかった。

 いや、違う。孝也はその姿を見たことがある。それは、この世界の召喚された時の姿だ。あの時のネリーもそんな姿をしていた。

 だが、決定的に違うのは、彼女の背に十二枚の天使の羽があることだろう。その羽は、見たことがなかった。


「俺は、どうなった?」

「死んだよ。リーンのボディが破壊された瞬間にね。だが、魂は残っている。とはいえ、そのままじゃいずれ消える」


 だろうな、と孝也は冷静に受け止めていた。


「なんつーか、死ぬってこういう事なんだな……」


 普通に会話が出来ている事には驚きだった。体がないという点に目を瞑ればなんだか、普段と変わらない気分だ。


「クレアは、どうなった?」


 死というものに希望を持ったわけじゃないが、孝也はこれだけは聞いておかなければいけないと思ったのだ。

 たった一人で残された少女、クレアの事。あの時、ジャべラスに追いつめられた際に、孝也は咄嗟の判断でクレアを脱出させた。その後の事は、わからない。クレアを逃がしたと同時に自分は死んだのだから。


「生きてるよ。今の所は、ね」


 ネリーは表情を変えずに言った。淡々とした答え方に、孝也は少しだけ怒りを覚えたが、考えてみればネリーも神。そういう意味では、死生観は人間と違うのかもしれないと、納得するように努めた。


「……あの子には悪い事をしたかもしれないな……」


 それ以上に、孝也はあの時の判断を悔やんでいた。クレアと一緒に死ねばよかったなどとは決して思わないが、だとしても、あの場に彼女を残しているのは殺したも同然だ。

 ジャべラスはネリーの加護、つまりは力を求めていた。ならば、奴はクレアを見逃すはずがない。彼女にもネリーの加護は施されているのだから。


「すまん」


 体はないが、孝也は頭を下げた。そんな感覚だった。


「なぜ謝るんだい?」


 ネリーは淡々と応じた。


「世界を救えなかった。あんたは、俺に言ったよな。最強の力を与えるって。だっていうのに、俺と来たら初めからぐだぐだしてたしよ。なんていうか、いまいちパッとしねぇ戦いだったなぁって。それに、最後はあのザマだろ?」


 孝也の言葉を受けてネリーはふっと微笑み、首を横に振った。


「私としては、君はよく頑張ったと思うよ。むしろ、謝るべきはこちらさ。敵の事を過小評価していたのもある。私自身がもっと慎重になっていれば、なんて後悔もするさ」


 最後にネリーは苦笑した。

 そして、その直後に信じられない言葉を発した。


「が! もう何も心配はいらないぞ! なぜならば、私は神様だからね!」


 いきなりテンションを変えてきた。孝也に顔があればきょとんとしていただろう。

 そんな孝也の心情を知ってか知らずか、ネリーはドンと胸を叩く。意外と大きかったネリーの胸が揺れた。


「ふっふっふ。私は賭けに勝ったんだよ、大井孝也」


 何気に、初めてまともに名前を呼ばれた気がする。


「賭けってなんだよ」

「まぁ、そのあたりの細かい事はおいおい説明しよう。そして、時間がない。私は今すぐ現世に戻る。君も準備をしてくれないか?」

「準備って、何するつもりだよ?」

「鈍いなぁ、君は。今の私は神様だよ? 君を復活させるぐらいなんてこないのさ!」


 ネリーは朗らかな笑みを浮かべて杖を掲げる。


「あー、それと。できるなら、彼も説得してほしい。方法は問わない。ジャべラスに勝つには、彼の力も必要だからね」

「彼?」

「任せたよ」


 孝也の疑問に答える前に、ネリーはその空間から姿を消した。言葉と表情には余裕があったが、どこか急いで消えたようにも見える。実際はかなり切羽詰まっているのかもしれない。

 孝也は取り敢えず、件の「彼」を探すべく、周囲を見渡す。すると、すぐに見つける事が出来た。


「お前は……」


 それは、形のない何かだった。目には見えず、明確な存在としてそこにあるわけではない。しかし、確実にそこにいるのだ。孝也はそれに近づくように意識する。存在がさらに強く感じられた。


「おい」


 孝也は声をかけた。


「お前、ヴィーダーだろ?」


 それは、ヴィーダーの意識とも呼べるものだった。

 両者がお互いを認識した瞬間、どういうわけか二人はお互いの存在を視覚的に捉える事が出来た。

 黒髪の少年。黒い服……それは学校の制服だと孝也は気が付いた。そういえば、自分は学校帰りだったはずだと思い出す。

 制服を着た自分の前には全く同じ姿の自分が目の前にいる。

 ヴィーダーらしき自分はやや目つきに鋭さがあった。


「貴様は……大井、孝也……か」


 声まで同じだ。その時、孝也は妙な寒気を覚えた。自分と同じ姿をした奴が、なんだかクールなキャラの口調で話しているのを見るとなんともいたたまれなくなるのだ。


「私の、オリジナル……いや、違うか。私は、貴様の肉体を動かす為の仮初の魂にすぎない……」

「難しい事言ってるなぁ。ま、俺としてはどうでもいいけどな。お前は俺たちの敵だし、クレアをさらった奴だ。しかも、ジャべラスの手先だった。正直、俺の顔をしてなければ今頃ぶん殴ってる頃だぜ」

「……殴りたければ、殴れ。どうせ、お互い消えゆく運命だ」


 どうにも張り合いがない。その表現が正しいのかはわからないが、ヴィーダーはいじけていた。仮面をつけていた頃とはまるで違う。何もかもに絶望した男の顔だった。しかもそれが自分なのだから余計に腹が立つ。


「かぁぁぁイライラするぜ! 俺の顔と、俺の声でなぁ、いじけてんじゃねぇよ。お前、悔しくないのかよ? 散々利用されて、挙句がポイ捨てだ。父親だかなんだか知らないが、お前はそれで納得してるのかよ!」

「私はジャべラス様に生み出された生命だ。ジャべラス様の為に死ねるなら……」

「本気で言ってんのか? お前も、あの化け物二人も、最初から捨て駒だったんだぞ。俺は悔しいね。それにお前にも切れてんだよ。良くも俺の体を好き勝手使ってくれたなぁ、そして最後が消滅だと? ふざけんじゃねぇぜ。お前は俺に貸しを作ったようなものなんだよ!」

「無茶苦茶な理屈だ……」


 そんな事、孝也は百も承知だ。屁理屈を言ってるのだから当然である。


「なにをどうしたってお前は悪党だ。お前らが散々暴れまくったせいで、あの世界は滅ぶ。ジャべラスの野郎に力を与えたのはお前らだし、奴の為に殺しだってやってきたんだろ」

「……そうだ。俺はいくつもの国を滅ぼした。時にはこの手で殺した。神も人も、あの世界に住む生命体を手にかけた。ジャべラス様の理想とする世界に、古き生命はいらない……そして、霊脈の確保の為に、私は……赤子すら、殺した」

「うるせぇ! お前の過去語りなんて聞きたくもねぇ! どっちにしろ許さねぇんだよ!」


 やはりヴィーダーは許せない悪である。その事に変わりはない。孝也は決してヴィーダーの悪行を許す事はないだろう。

 しかし、だ。ネリーは言ったのだ。彼の、ヴィーダーの力も必要だと。

 そして孝也はなんとしてでもジャべラスを一発ぶん殴ってやりたかったし、クレアを救いたかった。その可能性があるのなら、もう何だって利用してやるつもりだった。


「てめぇは悪党だ。悪魔だ。その事実はどんな事があっても塗り返らねぇ。だがな、ムカつく事に今はお前の力が必要だ」

「私に、正義になれと言うのか?」

「誰がてめぇに正義の味方をしろって言った。俺はな、ジャべラスの野郎に仕返しするのと、クレアを助ける為に、お前を利用するだけだ」

「利用……」

「あぁ、そうだ。利用だ。だらかお前も俺を利用すりゃいい。理由なんてあとで考えろ。お互いに利用しあう。それであとくされなしだ」

「私は……」


 ヴィーダーは言い淀み、視線を落とした。孝也は本気で目の前の自分を殴ってやろうかと拳に力を入れたが、そのタイミングで、少女の声が聞こえた。


『転生合体!』


 それは、クレアの声だ。そして、孝也はその言葉に応えなければいけない。何もないはずの空間に、光の道が示された。そこを通っていけば、恐らく、考えている通りのことが起きるはずだと孝也は確信した。

 孝也はヴィーダーを置いて、その道へと足を踏み出す。


「ま、待て……! 私は、私はどうすればいい! 私は、なんの為に産まれたんだ? なんの為に……」

「知るか」


 孝也は振り返らずに答えた。


「お前の感情に従えよ」


 孝也は駆け出した。

 正直、説得しろなんて無茶な話なのだ。結局、罵詈雑言の嵐をヴィーダーにぶつけただけに終わった。

 あとはもう、どうにでもなれという開き直りである。

 孝也はただひたすら、クレアの声が聞こえる向う側へと駆け抜けていった。


***


 雷鳴が轟いた。

 クレアの切なる声に応じるように、暗雲立ち込める空から一条の雷光が落ちる。

 その雷は干上がった湖に直撃し、群がっていた獣たちを吹き飛ばしていく。バチバチと帯電する土煙の中に揺らめく巨大な影があった。

 それは、青い装甲を持ち、グリフォンを胸に抱いた巨大な機械の化身。あらゆる邪悪を打ち払い、神すら滅ぼす勇者。

 その名は、リーン・ブレイバー。


「勇者様!」


 クレアは弾けるような笑顔を浮かべて、飛び出した。その声に応じるようにリーン・ブレイバー、孝也が振り返る。


「おおぉ!」


 両腕を広げ、クレアを迎え入れる孝也。

 クレアは背中に光の翼を作り出し、真っすぐにコクピットへと吸い込まれていく。まだ数分しか経っていないはずなのに、その感覚はとても懐かしいものだった。

 クレアが乗り込んだ瞬間、孝也は全身のエネルギーが迸るのを感じた。あらゆるシステムが全力稼働しているのがわかる。


「クレア、無事だったんだな?」


 己の中にいる少女のぬくもりを感じる。優しく、そして力強いクレアの意識を感じた。


「はい、勇者様のおかげです!」

「いや、すまない。君を危険な目に合わせたのに……だけど、クレア。もう一度、俺と一緒に戦ってくれるか?」

「当然です! だってあなたは世界を救う勇者、そして私は勇者に付き添う御使い……いいえ、聖女ですから!」

「せ、聖女?」

「はい、ネリーさんがそう名乗れって言いました!」


 キラキラと輝く笑顔でクレアは答える。

 孝也は、困惑したような感覚で、ネリーを見上げた。先ほどの神々しい姿のまま、しかしその顔は人間の時のような飄々としたものだった。


「聖女か、御使いよりは、可愛いじゃないか」


 まぁ、良いだろう。孝也は苦笑しながら、納得した。

 

「さぁて、俺が死んじまった間にとんでもない事が起きてるみたいだな」


 孝也はリーンブレードを取り出し、周囲の群がる獣たちを見据え、そして、ジャべラスを睨みつけた。


「ぐ、ぐぐ……復活だと?」


 ジャべラスは狼狽しているだけではない。明らかに初めてみた時よりも力が弱まっている。それでも自分を圧倒するだけの圧を感じるが、孝也はもう恐れはしなかった。


「へっ、驚く事はねぇだろ。ネリーは元は創造神なんだろ? だったら、これぐらいは余裕ってわけだ」


 だからこうした軽口も言える。


「そして……おい」


 孝也は己の背後へと呼びかけた。

 振り返らずとも、それが誰なのかはわかる。漆黒の巨神グランド・エンドだった。しかしその頭部には変化があった。コウモリの羽を広げていたようなパーツが消え去っていたのだ。たったそれだけの変化だった。

 グランド・エンドは連結したライフルを構えていた。


「ヴィーダー……貴様までもが!」


 ジャべラスの怒りはもはや制御の利かない領域にまで高まっていた。


「貴様……魂をグランド・エンドに移し替え、生き延びたか」


 ジャべラスは、グランド・エンドのコクピットに誰ものっていない事を見抜いていた。それは当然だ。ヴィーダーの肉体、すなわち大井孝也の肉体は消滅しているのだから。

 なのに、グランド・エンドが動いている。その理由は簡単な事だった。

 ヴィーダーもまた、孝也と同じく機械の体に魂を埋め込み、転生したのだ。


「誰が生み出したと思っている、誰が貴様という存在に命を与えたと思っている!? よもやその血に濡れた手で、勇者の真似事などするつもりでは――!」


 ジャべラスの言葉を遮るように、グランド・エンドはライフルを放った。ジャべラスには大したダメージは与えられないが、その衝撃は口を閉じさせる事が出来た。


「貴様――!」


 ジャべラスが次なる言葉を紡ぐ前に、グランド・エンドのライフルが火を吹く。グランド・エンドは執拗に攻撃を続けていた。


「……誰がそのような事をすると言った」


 低く、唸るような声でヴィーダーは叫んだ。


「私は貴様に復讐を果たすだけだ。その為に、私はネリーを利用し、復活した! ジャべラス、私はもはや貴様の操り人形ではない。私は貴様を殺すものだ!」


 それは決別の言葉だった。もはやヴィーダーには、ジャべラスに対するなんの畏敬の念もなかった。あるのはただ憎しみと怒りだけだ。

 その瞬間であった。孝也とグランド・エンド、両機のボディが眩い光を放ち、共鳴を起こしていた。


「これは……」


 孝也は自分の身に訪れた変化に困惑した。謎のプログラムが起動しているのがわかった。


「温かい……光」


 クレアはコクピットにも満ちる光に抱かれていた。


「神の力……いや、これはそんなものじゃない。もっと高次元の力……これが、創造神の力だというのか?」


 ヴィーダーもまた己の変化を理解した。


「そうだ。私が作り上げた本当の神殺しの力を今、解禁する」


 天空に座するネリーは杖を掲げた。


「其れは、全てを滅ぼす力だ。其れは、創造の神にだけ許された力だ。其れは、永劫の輪廻を断ち切る破壊の力だ」


 謡うように、ネリーは言葉を紡ぐ。

 その度に孝也とヴィーダーに施された封印が解除されていく。


「唱えよクレア! 超・転生・合体!」


 カッと目を見開いたネリーはその瞬間、無数の光の粒子となって飛び散り、ジャべラスへとまとわりつく。


「むぉ!」

『君はそこで大人しく見ているがいい。君を滅ぼす、絶対の力の出現をね!』

「ネリー! 貴様……!」


 光の粒子となったネリーはジャべラスを抑え込んでいた。


「ネリーさん!?」


 クレアにはまるでネリーが爆発したように見えた。


『心配するな、クレア。私は今、純粋なエネルギーとなって君たちの傍にいる。創造神が力を貸しているんだ。怖いものなんてないさ』


 どこからともなくネリーのいつもの調子の声が聞こえてきた。

 それに背中を押されるように、クレアは頷いた。


「行きます、勇者様!」

「あぁ」


 孝也も頷く。

 ヴィーダーは無言だったが、早くしろと言う雰囲気を醸し出していた。

 クレアは息を吸い、そして大きく吐き出す。

 レバーを握りしめ、目を見開く。

 そして、少女は叫んだ。


「超・転生合体!」

『おぅ!』


 少女の叫びに応じるように、二体の巨神は同時に天高く飛び立った。

 その瞬間、グランド・エンド、ヴィーダーのボディはバラバラに分離されていく。

 分離したパーツはそれぞれが複雑な変形を行い、孝也の全身へと鎧のように装着されていく。

 二丁のライフルは連結し、孝也の右腕へ、ドリルも連結し左腕へと装着され、グランド・エンドの頭部は変形し、覆いかぶさるように孝也の頭部へと装備された。

 それこそ。それこそが、リーン・ブレイバーの真の姿。真の神殺しのマシーン。

 全身にみなぎる膨大なパワーを確かめるように、合体した孝也は拳を握りしめ、叫び、名乗った。


「グレート・リーン・ブレイバー!」


 全ての闇を切り裂く青き光。聖と邪、善と悪がせめぎ合う青と黒の混在したその姿は、本来想定されていたものとは違う。だが、そんなことは些細な問題である。

 今ここに、誕生したのは絶対なる力の具現化。

 グレート・リーン・ブレイバーなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る