第十四話 全ては振り出しから
体が重いと感じるのはもう慣れた。それよりも、機械の体なのに痛みが激しいというのはやっぱりどうなのかと思う。
孝也はぴくりとも動かせない体に溜息をつきたくなった。体が痛いというのに、身じろぎ一つできないというのは、奇妙なものだ。
「……ん?」
ふと、孝也は違和感に気が付いた。
自分は今、リーン・ブレイバーではない。そのコアである勇者リーンの状態だ。この形態ならば、ある程度自分の意志で動けたはずなのだが、全く起動しない。 これは一体どういう事だ。孝也は目を開けるような意識で、カメラアイを再起動させた。どんよりとした雲が空を覆っていた。
どうやら、グランド・エンドの襲撃から一日経ったらしい。
「くそ、どうなってんだ!」
目が覚めたと同時に孝也が思い至ったのは、クレアの事だった。
自分がついていながら、彼女はさらわれた。何もすることができなかった。全て、敵の思うつぼで、自分たちはそれに振り回されたままだった。
「クレアを助けねぇと!」
が、どれほど意気込んでみても、体は動かない。
「チクショー! どうなってんだよ? なんで、動かねぇ!」
「御使いから離れすぎたんだよ……」
傍で聞こえてきたのはネリーの声だった。酷く弱々しく、かすれていた。
「ネリー! 無事だったのか!」
この世界に召喚された当初の時のように、孝也は視界だけは何とか動かす事が出来た。ネリーは仰向けに倒れた孝也の頭部に寄りかかっていた。汚れていたローブは更に酷くなっていて、雪のように綺麗だった白髪も所々がほつれ、焦げていた。全身にも細かな傷がいくつか見受けられる。
「御使いが離れすぎたってなんだよ。俺は、この状態ならクレアなしでも動けるんじゃねぇのかよ!」
「少し、違う」
喋る度に、どこか傷が痛むのか、ネリーは顔をしかめた。
「確かに、リーンの姿なら、クレアがいなくても君は動ける。だが、それは、彼女が近くにいる場合だ。クレアは、君の起動キーでもある。同時に、君はクレアを守る為にある程度の自由が許されていた」
「なんだそりゃ。なんで、そんな面倒臭い……」
「慎重に、なりすぎた。神の力を人間に与えるという行為に、私自身もどこかで警戒があったんだろう。悪用されないようにとかね……」
「なら、最初から御使いだの勇者だの……えぇい、今はんなことはどうでもいい。それより、ここはどこだよ。あの小屋の周りじゃねぇのは確かだが……」
あたりを見渡してみると、そこはまた見知らぬ土地だった。切り立った山のどこか、岩肌が露出した崖の所にでもいるようだった。
それなりに標高が高いらしく、遠くには街も見えていた。首都よりは規模は小さいが、それなりの街のようで、生命の息吹も感じられた。
「すまない、転移魔法をランダムでね……この大陸内だというのは確実だが。でも、幸いにも私たちが目指す場所は変わらない。大陸の中央にある塩湖、膨大なエネルギーが集約しているのを感じる……グランド・エンド、ヴィーダーも恐らくはそこに向かっているはずだ」
ネリーはゆっくりと立ち上がるが、ダメージが大きいのかふらついていた。結局、孝也に寄りかかってしまう。
「おい、大丈夫なのかよ」
「体力がないんだよ。乙女だからね」
「ぬかせ。それより、目的地はわかっても、動けないんじゃ意味がねぇだろ」
「おいおい、君のその体を作ったのは誰だか忘れたのか? 私は開発者だぞ。少し、待っていろ。完全とはいかないが、ある程度動けるように……」
折れた杖を孝也に向け、念じようとした瞬間であった。
低い音と共に大地が響く。地震であった。かなり、揺れが大きい。それだけではない。一応、魔導士であるネリーは地の底から這い出ようとしている邪悪な気を感じ取っていた。
「えぇい、こんな時に!」
「ジャべラスの連中か!」
機能が回復していない為、未だ敵を感知できない孝也であったが、地震が起きた瞬間には予想が出来ていた。このタイミングで敵襲は不味かった。グランド・エンドなのか、もしくはまた未知なる敵なのか。
その答えはすぐさま分かった。孝也たちのいる山と遠くに見える街、この二つを結ぶ地点から何かが地面を突き破り出現する。現れたのは巨大な土色の蛇、否、全長百メートルをゆうに超える巨躯を持つならば、それはもう竜と言っても差し支えはない。
全身のあちこちから岩盤を突き出した姿をした土の竜は、岩に覆われた顔面の奥に備える黒い瞳を街へと向けていた。
「ネリー、早くしてくれ!」
「わかっている。えぇい、こんな時に!」
ネリーの詠唱が始まる。すると、オフラインになっていた孝也のシステムが徐々に起動していくのがわかった。ピクリ、と指が稼働する。センサーも稼働し、敵の位置も把握できてきた。
焦る気持ちを抑えるように、孝也の体は稼働が遅く、各部にパワーが満足には回らないでいた。
「くそ、体が重い……」
「例外的な処置だからね、パワーは完全にはいかない。コクピットに入らせてもらうぞ。私は、燃料タンクに専念する。君は、言うまでもないか」
「当然だろ!」
何とか全身を起こした孝也は、戦闘機へと変形する。同時にキャノピーを開けると、そこへネリーを招き入れた。そこまでしてやっと、全てのシステムが稼働しだす。だが、やはりそれでもパワーは低かった。
「まずはあいつを倒す」
例え万全でなくとも、目の前で脅威にさらされているのであれば、戦わないといけない。確かに、クレアは心配だ。だからといって、街を見過ごせるわけがなかった。そんなことをすれば、勇者を演じていた事が、嘘になってしまう。
「クレアにとって、俺は勇者だからな。だったら、せめてことが終わるまでは勇者らしく戦うさ。そうでもしないと、俺の体は戻ってこないからな」
「フッ……君を勇者に選んで、よかったと思うよ」
「うるせぇ、そもそもこんなことになったのは全部てめぇのせいだからな。きっちり、責任はとってもらうぞ!」
「わかってるよ。よし、行けるぞ、勇者リーン!」
「おうさ!」
孝也は駆け出すような感覚をイメージして、アフターバーナーを点火、一気に飛び出す。崖を飛び越え、一瞬だけ、下降するが、すぐさま機体を上昇させた。機首は、真っすぐに竜へと向けていた。
各部兵装も問題はない。手始めに孝也はミサイルを装填した。
「行くぜ、てめぇをさっさと倒して、クレアを助ける! そのついでに魔王だか、なんだか知らねぇがジャべラスもぶっ飛ばす!」
***
時を同じくして、神殿への帰路についていたヴィーダーは奇妙な違和感に苛まれていた。胸騒ぎと言っても良い。なぜそんなものがでてくるのかはわからないが、とにかく嫌な気分だった。
「ちっ……なんだ」
物事は、順調なぐらい進んでいる。御使いの確保は完了している。御使いたる少女はコクピットの後部、余剰スペースに放り込んでいた。魔力によって創り出した三角錐の結晶体の中に、クレアを閉じ込めているのである。
こちらにさらわれてからというものの、クレアは泣き言一つなく、じっとこちらを睨んでいた。一言も言葉を発していない。
しかし、違和感の原因はクレアではない。
「大陸の制圧の殆どは完了した。邪魔な神々も殺し尽くした……あとは、小娘を生贄として、ジャべラス様の完全な復活を果たすだけ……全ては順調だ」
だというのにだ。
どうにも嫌な予感がする。
「まぁ、良い。ジャべラス様が復活すれば、それで終わることだ。古き世界も、消滅する。新たな秩序を担うジャべラス様の御力によって……」
神殿へと通じる塩湖へとたどり着いた瞬間。ヴィーダーは機体を翻した。急な機動だったためか、後ろでクレアが小さな悲鳴を上げた。
しかしヴィーダーはそんなことに気を使っている暇はなかった。翻ったグランド・エンドの傍を闇色の閃光が通り過ぎていった。
「魔力攻撃だと? しかもこの魔力は……!」
グランド・エンドを空中で人型に変形させながら、ヴィーダーは正面を見据えた。
そこには巨大な馬の頭を持った長躯の巨人がいた。それは、ゴシーシャの真の姿であった。しかし、ヴィーダーは目を疑った。
なぜならば、ゴシーシャは『単独では空を飛べない』からだ。だというのに、目の前にいるゴシーシャは一体どんなトリックを使ったのか、空中で浮遊をしていた。
「どういうつもりだ、ゴシーシャ」
ためらいもなくライフルを向ける。対するゴシーシャはニィと口角を歪ませて笑った。
「くははは! 間抜けめ、わからぬか? 感じぬか? この俺を通してでる力が」
「……もう一度聞くぞ、ゴシーシャ。どういうつもりだ」
ヴィーダーは冷徹に返した。今すぐにでも攻撃に出られる態勢だった。
「フッ、気が付いているのか、それとも本気でわからぬのか……まぁ、どちらでもよい。死ね、ヴィーダー! 貴様を消せば、全てが収まるわ!」
ブルルと、馬の嘶きに似た雄叫びを上げながら、ゴシーシャは背中から巨大なコウモリのような翼を生やして、グランド・エンドへと向かってくる。
「バカが、こちらは神殺しだぞ。偽神め……!」
一直線に向かってくるゴシーシャに対して、グランド・エンドはライフルを放ち、迎撃する。だが、直進するビームはゴシーシャに命中するよりも先に消失していった。
ゴシーシャを包むように薄いバリアが展開されていたのだ。
「ならば!」
グランド・エンドは爪先のドリルを高速回転させて、再び戦闘機形態へと変形する。エンジンを轟かせながら、急発進。ゴシーシャを迎え討つ。
「神々を屠ったデス・スパイラル・イリュージョンだ。死ね、ゴシーシャ!」
黒い閃光に包まれたグランド・エンドは、同時に自らの幻影を作り出す。それは人型、戦車であった。その二つの幻影を伴いながらさらに加速する。
「はっ、できると思うか!」
ドリルとゴシーシャ。両者が激突する。凄まじい衝撃波と共に吹き飛ばされたのは、グランド・エンドの方であった。
「な、に!」
吹き飛ばされながらも、人型に変形し、態勢建て直す。
必殺の一撃を防がれ、ヴィーダーは驚愕した。
「ハハハ! どうだ、ヴィーダーよ、これが神々の力だ! いかに貴様が神殺しとはいえ、数多の神の力を集約すれば、この程度容易いのだよ!」
吹き飛ばされたグランド・エンドを勝ち誇ったような目で眺めるゴシーシャ。その肉体は全身が脈打ち、溢れんばかりの力を凝縮していた。それは、神の力にも匹敵するものであった
「貴様、ジャべラス様に捧げる霊脈を……!」
同時に、ヴィーダーも何が起きたのかを悟った。
この地に集約されている霊脈の力の全てがゴシーシャに流れていた。何よりも、神殿から感じられるはずの主、ジャべラスの気配が、全く感じられないのだ。
「ゴシーシャ、貴様、乱心したか!」
「黙れ! 俺は世界を支配するのだ、それはジャべラスでも貴様でもない。俺なんだ! いや、俺たちが世界を支配する権利を持っていたのだ! だから、こそ、俺はジャべラスを殺したのだよ!」
凄まじい衝撃波を全身から放ちながら、ゴシーシャは高らかに宣言した。
「わかるかヴィーダーよ! 俺こそが真なる神、世界を統べる神なのだ!」
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