四話――白い鳥は空を翔る

――8



「初めましてあさがおさん。僕の名前は白鳥しらとりかける。気軽にかけるって呼んでくれたら、嬉しいな」


「ど、どうも……初めまして……」


 パーマがかったやや紫の混じった黒髪。

 整った顔立ちに、パッチリ二重の瞳。

 身長は男子の平均身長である百七十センチ程に見えた。


 机上探偵の足として紹介された男――その男こそ、今あさがおの目の前で、背景にキラキラを浮かべ、笑顔を放つその人である。


「いやぁ、まさかこんな綺麗な女性が今回の依頼人だなんて、頑張りがいがあるというものですっ」


「はぁ……それは、どうも……」


 歳の頃はあさがおと同じくらいか、それより少し上に見えた。

 キラキラと輝く笑顔に、光り輝く白い歯――好青年という言葉がよく似合う。


 ――しかし

 まだあさがおは翔と出会って間もないけれど、既に見抜いていた。


「シロ様に呼ばれて、急いで来て正解でしたね。あさがおさんの抱える事件、すぐにこの白鳥翔が、解決に導いてみせましょう」


「こらっ! 解決するのはシロの仕事だろうが!」


「おっと、これは失礼しました。シロ様の手足である僕が余計なまねを……」


 そう言ってシロに深々と頭を下げる翔が……


「あの……どうして――」


 嘘をついているのかと。


「……………………はい?」


 あまりにも純粋な感情から、あさがおはそう言った。

 対する翔は、今までの笑顔を少しも崩すことなく、けれど真っ直ぐにあさがおの瞳だけを強く見つめていた。


「いやぁ、さっきから翔さんは嘘ばかりついています。嘘というか、心ではそんなこと一ミリだって思っていないのに、笑顔で私のことを褒めたり、シロちゃんに頭を下げたり……まるで、芝居中の役者さんみたいな……」


「……いやいや……滅相もございません。僕はただ本心から……」


「いやいやいや、それも嘘ですよね? 全然、感情が感じられないですよ?」


 依然笑顔を崩すことのない翔。

 対するあさがおも、自身の意見を覆すことはなかった。


 そんな中、それを最高の笑顔で見やる人物が一人。

 こうなることを期待していた人物が、一人。


「さっすがあさがおっ! シロの期待通りだぞっ」


「えっ、なにがなにが?」


 いきなりあさがおに抱きつくと、シロはそんなことを言った。

 突然のことに驚きをみせるあさがおだが、翔は尚もその笑顔を崩すことは無い。


「どういうことですか。シロ様、期待通りとは……」


 翔がシロにそう言うと、シロは先程よりも憎たらしい笑顔を浮かべたかと思うと、口を開け舌をベーと伸ばした。そして翔に向かって言い放ったのだ。


「バーカバーカ!! お前が見栄っ張りで我侭わがままで自己中心的な男なことぐらい、この木漏日あさがおにはお見通しなんだよっ!!」


「ちょ、ちょっとシロちゃん。私はそこまで言ってないでしょ?!」


 慌てるあさがおだったが、本当にあさがおはそこまで思っていたわけではなかった。ただ、目の前の少年が浮かべる感情のない言動を不審がっていただけである。

 しかし、そんなことを知る由もない翔はというと……


「あっそ。んじゃ、こんな堅苦しいだけのする必要ねぇってわけね……了解だぜ」


 言って、先程までのお手本のような笑顔を一変させた。

 確かに口元は微笑んでいるが、それは微笑みというより嘲笑に近い。

 自分以外の人類すべてを馬鹿にしているような、自身が一番だと心から確信していなければ、あんな表情は出来ないだろう。

 あさがおにそう思わせる程、白鳥翔のその時の表情は酷いものだったのだ。


「なんだよ人が悪いなぁ……なぁ、あさがおさんよ?」


「えっ、私?」


「そうだよ、可愛い顔して酷いじゃないか。僕を騙すなんてさっ」


 言って、翔はリビングの中央にあるソファーに腰掛けた。

 あさがおの座る椅子からは、今の翔の表情は見えないけれど、翔が尚も憎たらしい嘲笑を浮かべながら口を開いていることは、容易に想像がついた。


「僕の笑顔に感情が無い? 言葉に嘘しか感じられない? 自己中心的で我侭で見栄っ張りだって? そうだよ、その通りさ」


「あのぉ……だから私はそこまで言ってないって……」


 挟まれた言葉を無視して、翔は座ったまま顔だけをこちらに向けた。

 ソファーに座ったまま首を伸ばし、こちらを見たのだ。

 ちょうど美容室や床屋で髪を洗うときのような体勢。翔のうねった前髪が重力に従い、翔のおでこを丸裸にする。逆さになろうと翔の顔立ちはやはり整っていて、あさがおでなければ、きっと翔の作るキャラクターにメロメロになってしまうこと間違いないだろう。


 そんな顔だけ美少年は、先程までの嘲笑も崩し、無表情なまま言葉を続けた。


「これはあれだよあれ……処世術っていうかさぁ……世の中を上手く円滑に渡っていくすべみたいなもんじゃんか……お世辞とか社交辞令みたいなもん。無くてはならない必要なもんなんだよ……なぁ、わかるだろう?」


「うるさいぞっ! 要するにそれは『嘘』ではないかっ!!」

 

 あさがおに抱きついたままのシロが、横からそんなことを言った。

 すれば、翔は『ふっ』とお得意の嘲笑を浮かべ言葉を返した。


「どっかの机上探偵様が空気を読めない『K・Y』じゃなかったらねぇ、僕もここまで好青年を演じなくても済んだんだけどなぁ……ねぇ、名探偵さん?」


「ぐぅ……それは……そうかもしれんが……」


 急にその勢いを弱めたシロに、追撃だとばかりに追い込みをかける翔。


「でしょ? いつもいつも依頼人と揉めたり刑事と揉めたり……挙句の果てに道を歩く小学生と揉めたり……僕がどれだけ厄介ごとを解決してきたと思ってるんだか」


 身振り手ぶり、過去の惨劇を思い出すように翔はそう言った。

 確かにシロは世渡りの上手い方ではない。

 思ったことをそのまま口に出してしまうようだし、敵も多いだろう。


 図星を突かれたシロは、『ぐぬぬぅ……』と小さくうめき声を出したかと思うと


「うぇぇん……翔の奴がいじめるぅーー……助けてあさがおぉ……」


 と、あさがおの胸の中で泣き出してしまったのだ。


「あぁあぁ……これじゃ僕が本当にいじめたみたいじゃないか……」


 それを見て、翔は額に手を当て首を横に何度も振った。

 見るからに、これはこの二人の間で何度も行われているくだりのようである。

 いつもはここから、自然とシロが泣き止むのを待つのが定番なのだが、今日は違った。


――パチンっ


 手と手を思いきり重ね合わせ、あさがおは大きな音を出した。

 そして――


「はいっ、つまんない喧嘩はそこまでだよ二人ともっ!!」


 この喧嘩を終わらせようと、口を開いたのだった。


「シロちゃんも翔くんも、一回落ちつこう。ね?」


「う、うむぅ……」 「お、おう……」


 突然のことに、シロも翔も驚愕の表情を浮かべる。


「二人は普段仲良しなんだから、つまんないことで喧嘩してどうするの。まったく、シロちゃんもシロちゃんだぞ?」


「…………はい……」


 自身の胸の中で泣き喚いていたシロの頭を撫でながら、あさがおはそう言った。

 対するシロは既に泣き止んでおり、小さな声でそうとだけ返事をした。


「翔くんはシロちゃんにとって大切な足なんでしょ? だったら大事に扱わなきゃダメだよ? 自分の足を乱暴に扱う人なんていないんだからっ」


 笑顔でそう言ったあさがおの顔を見て、シロも素直にその言葉を受け入れた。

 これだけ見ると、まるで姉妹のようである。


「それから――翔くんっ!」


「……はい……」


 次は自分の番だと悟っていた翔は、既にソファーの上で正座をしており、悔しそうな表情を浮かべあさがおの言葉を待っていた。


「翔くんは男の子なんだから、シロちゃんみたいな可愛い子をいじめるようなことしちゃダメでしょう? 今まで色々シロちゃんの為にしてきたことは凄く偉いことだと思うよ。だからこそ、もっと優しく接してあげて? シロちゃんのこと一番に理解してるのは、きっと翔くんでしょ? だって――」


 言って、あさがおはシロを抱きかかえ、そのまま机の上に置いた。

 そして椅子から立ち上がると、スタスタと正座をする翔の前に立ち、その頭を優しく撫でた。


「あんな上手な演技、本当の優しさを持つ人しか出来ないもんねっ」


 そう言ったあさがおの表情を見て、翔は驚愕の表情を浮かべた。

  

 それもその筈で、それこそが、シロが翔をあさがおに出会わせた、本当の理由であったのだから。


「ふふふっ、どうだ翔。懐かしいものが見られただろう」


 先程あさがおが机の上に置き去りにした机上探偵が、すべてを見透かしたかのようにそんなことを言った。

 あさがおにはなにがなんだか分からない状況だが、翔は納得がいったとばかりに立ち上がり、シロにひとこと。


「あぁ、あいつ以外にいるとはな……こんなやつ……」


「だ、だれのこと……?」


 一人だけ話に乗り切れていないあさがお。

 自身が二人にとって懐かしい存在? 二人に出会ったのは間違いなく今日であるし、知り合いということもないだろう。

 記憶力には自信のあったあさがおなので、それは断言出来た。

 しかし、二人は自身のことを知っているような……いや違う……自分と似た者の存在を知っているような口ぶりだ。


 二人だけの間で会話が成立しているのも気分が悪いし、なにより自身が大きく関係しているようである。あさがおがその事について二人に説明を要求するのは必然だったが、二人はなにも語ることはなかった。

 ただ、シロは小さな笑みを。翔は遠い過去を懐かしむような、複雑な表情を浮かべるだけであった。


「すまないなあさがお。時がくれば、また話す機会もあるだろう。今日のところは引き下がって欲しい……その代わり……」

 

 落胆するあさがおに、机上に座る探偵は手を差し伸べて言った。


「かなり遠回りをしてしまったが、あさがおの抱える事件を解決するとしようか。なぁに、心配するな。解決編は、一瞬だから」




――9




「それが、あさがおの抱える事件の全貌ぜんぼうか?」


「うんっ。そうだよ」


 何故、シロはあさがおが事件に悩まされているとわかったのか。

 その説明をあさがおは要求した。

 しかし、対するシロはこういうだけであった。


『我が、探偵だから』


 これでは要領を得ないが、机上に座る小さな探偵が嘘をついているようには見えなかった。仕方がないので、あさがおはまず自身の持つ事件をシロへ伝えることを優先した。このままでは堂々巡り……先へ進むことが出来ないと判断したからだ。


「うむ……まぁ、ほぼ解決したと言っていいだろうな」


「もうっ?!」


 あさがおが抱える事件とは、あさがおの通っている学校の男子生徒から託された事件。その生徒の名は小林灯火――妹である小林火鉢の自殺の理由をして欲しい。それが彼があさがおに対して行った依頼である。火鉢の自殺は警察によって確定と断定されており、その理由は火鉢が残した遺書によるものが大きかったという。依頼人である灯火の母は、その遺書に残された言葉に不信感を抱き、火鉢の自殺を受け入れられずにいるというのだ。そこで、灯火はあさがおに依頼をした。母親が納得する――少女が自殺するもっともな理由を偽装してくれと。


「だがなあさがお。我が解決するのはに限る。自殺の理由を偽装するなど、つまらないからな」


「えっ……じゃあシロちゃんは何が解決したって……」


「――真犯人……だろ?」


 その時、キッチンでコーヒーを淹れていた翔が口を挟んだ。


「真犯人……? 犯人もなにも、火鉢ちゃんは自殺……」


「では無かった。ってことなんだろ? なぁ、シロ」


 驚愕するあさがおは咄嗟に机上のシロを見た。

 すれば、そのシロは小さく肯定の意味を込めて頷いたのだった。


「ど、どういうこと…………」


 驚愕の事実に動揺を隠せないあさがお。

 それもその筈で、この事件はそもそも火鉢ちゃんが自殺をした。という事件である。あさがおの頭には、火鉢ちゃんがどうやって自殺をしたのか。という一点しかなく、まさか火鉢ちゃんが――誰に殺されたか――など、一ミリだってなかったのだから。


「まぁ、まだ断定するのは早い。だから、もう一度正確に教えてくれよあさがお」


 まだまだ動揺を隠しきれないあさがおだったが、冷静になることは誰よりも得意なことだったので、すぐに顔を上げ、シロを見た。

 すれば、シロは余裕の笑みを浮かべ、こう続けた。


「依頼人である少年――小林灯火の言動を、出会いから別れまで。すべてだ」

 



 

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