十八話――最終回
――37
「っていう感じで……終わりました……」
灯火との対話を終えたあさがおは、その足で三人の待つシロの自宅であるマンションへと訪れていた。
三人とは、当然だがこの家の持ち主である机上探偵シロ。
そしてその『足』である白鳥翔。
最後に『手』である黒鷺みずきである。
三人はあさがおが到着する数時間前から、先にマンションに集まっていた。
そして、あさがおの到着を今か今かと待ち望んでいたのである。
「まぁ、あさがおにしては上出来なんじゃねぇか」
二人で共に夜を過ごしたソファでくつろぐ翔が、笑みを浮かべてそう言った。
あさがおはそんな様子の翔を見て、少し複雑な気持ちになるも、素直に褒められた部分だけを喜ぶことにした。
「ふふんっ。シロたちが協力したのだ! これは当然の結果と言えよう!」
このマンションの持ち主であり、この事件の真相を瞬時に解明した机上探偵――白髪美幼女シロはというと、リビングに置かれた大きなテーブルの横に置かれた、木製の椅子に座り、偉そうな態度でそう言った。
その姿はなんとも愛くるしいもので、あさがおはそんなシロを見て癒された。
「うんうん、でもね――今回のMVPは、やっぱりあさがおちゃんよね。まさかあさがおちゃんにあんな特技があるなんて、びっくりだわ」
そう言うのは、翔の恋人であり――今現在、翔の寝転ぶソファの肘置きに座る美少女、みずきだった。
みずきの言った通り、確かにあさがおの特技。
他人の言葉をすべてまるまる暗記するという能力は、凄まじいものだったのだ。
「確かにな。まさか本当に、僕とした五十通り以上の予行演習の会話内容すべて、まるまる暗記しやがるんだから、驚きだ」
そう、翔がトレースした小林灯火との対話の予行演習は、実は五十八通りという恐ろしい数だった。
しかし、あさがおはその会話内容を一度ですべて暗記してみせた。
「ちなみに、実際に使ったのはパターン四十三でした」
そう言ってはにかむあさがおは、誇らしげだった。
今まで何度も他人に自慢したことはあったが、誰一人信じてくれず、結果としてその能力を披露するタイミングがなかったのである。
唯一、あさがおがその能力を発揮するのは、学校の定期試験のみだった。
この能力のおかげであさがおは、まったく勉強することなく、授業を受けているだで好成績を獲得していた。
周りはそれを、単に陰で勉強しているのだろうと思っていたのだ。
だが――
「シロの目に掛かれば、あさがのその能力を一目で見抜くことが出来るのだ! まったく、机上探偵であるシロが言うのもなんだが、とんでもない能力だぞ!」
「えへへぇ……それ程でも……」
照れるあさがお。
その姿を見届けたシロは、唐突に口を開いた。
「これで、必要な駒はすべて揃ったな!」
その発言に、あさがおの敏感な聴覚を反応せざるを得なかった。
「ひつような……こま……?」
「あぁ、なんでもそういうことらしいぜ。あさがおさん。僕もみずきもさっきシロから聞かされて、驚いたぜ」
そう、あさがおがこの部屋に到着する前の話。
シロは翔とみずきにある計画を打ち明けた。
それは、シロがかなり以前から考えていたことだったらしい。
「シロは、机上探偵事務所を設立する!!」
そう言って、シロは今が好機と机の上に移動した。
すれば、当然のようにシロは机上探偵へとその姿を変貌させた。
そして、冷え切った瞳であさがおを見やり、口を開いた。
「この時を待っていたのだよ、あさがお。貴様のような人材を探し求めていた」
そう、実は――シロは探偵であるが、そこに組織はなかった。
あくまでシロ個人と依頼人のやり取りであって、翔もみずきも、個人的にシロのお手伝いをしていただけ。
翔は園長先生との約束の為に、みずきは翔の為にだ。
シロは駒が揃うまでは、組織を組み探偵業を営むつもりはなかったという。
そこには、シロの探偵としての美学があったらしく、それは翔にもみずきにも理解出来ないのだとか。
しかし、シロが言ったように、今この瞬間――正確には数日前、あの自動販売機の前で二つの才能が出会ったそのタイミングに、ピースは揃ったのだった。
「我は脳。翔は足。みずきは手。そしてあさがお、残りは貴様にくれてやる。これで、机上探偵事務所は完成するのだ」
「…………う、うん……?」
あまりに突然のことに困惑するあさがお。
それは、あくまであさがおとシロの関係は仲の良い探偵と市民。
今回はたまたま事件を持つあさがおが、探偵であるシロの前に現れたに過ぎない。
確かに今後、友人としてシロたちと会う機会もあるだろう。
しかしそれは、仲の良い友人としてだと思っていた。
シロが語ったその計画では、あさがおも翔やみずき同様――机上探偵側の人間になるということだ。
共に捜査し、共に一つの事件を終わらせる存在になるのだ。
もし、例えばの話――そうなったとする。
すれば、どうだ。
今回こそ、たまたまあさがおの特技が役にたったけれど、今回は特殊なケースだったというだけの話である。
他人の記憶を完全に暗記する。
確かに凄い特技ではあるのだが、それこそみずきが愛用しているらしい盗聴器や盗撮カメラで、事足りるだろう。
ならば、あさがおにはいったい何が出来るというのだろうか。
情報を支配する力もなければ、天才的な演技も盗みや侵入の技術もない。
あさがおはただの女子高校生なのだ。
しかし、シロは知っていた。
「あさがお。貴様には自身ですら気づいていない。もう一つの才能があるのだよ」
「わ、私に……他の才能が……?」
そう。
シロは見抜いていた。
あさがおのもう一つの能力を。
「確かに、あさがおの完全暗記は魅力的だ。しかし、我はそれだけであさがおを仲間にしようと決めたわけではない。というか、むしろもう一つ。その能力を知って、あさがおしかいないと決めたのだ」
あさがおの隠されたもう一つの能力。
それは――
「事件を無意識の内に吸い寄せる――体質そのものだ」
そう、シロは喉から手が出る程欲していた。
あさがおのような、自他共に認める――事件請負人とは名ばかりの、ただの事件に巻き込まれやすい人間を。
だが、あさがおのそれは――ただ運が悪く、事件に巻き込まれているのとは、かなり違っているのだ。
「そう、あさがおは勘違いしている。貴様が事件に巻き込まれてばかりきたのには、明確な理由がある。その原因は、あさがお――貴様にあるのだ」
「原因が……私に……」
そう、長年事件に数々の事件に巻き込まれてきたあさがおだったが、それは偶然ではなく必然だったのである。
その理由を、シロは机上の上で披露した。
ということは、それは机上の空論であるということ。
だが、それと共に、机上探偵が机上で披露するそれは、真実と同義だということを、あさがおは身をもって知っていたのである。
「あさがおが事件に巻き込まれやすい原因。それは……」
ごくり――固唾を飲み込んでその推理を聞くあさがお。
長年悩まされたこの体質の理由が、いとも簡単に解明しようとされているのだ。
そう、机上探偵――シロによって。
「いったい……その理由とは……」
拳を握ってそんなことを言ったあさがおを見て、シロは小さな笑みを浮かべ、口を開いた。
「うむ。それはな……あさがおが、単純に――優しそうだからだ」
「……………え……?」
呆けたような表情を浮かべるあさがお。
それも無理からぬことで、探偵の披露する推理とは、いつも周囲を驚かせるようなものだから。
今のシロの発言は、なんだかこう……ぱっとしなかったのだ。
「まぁ、あさがおがそんな顔になるのも理解できる。けれど、残念ながらこれが事実であり――真実だ。あさがおは、他の誰よりも、優しそうなのだ」
もう一度言われてしまえば、あさがおは黙るしかなかった。
なんだか不服そうな表情を浮かべるあさがおだったが、そんなあさがおに、横から口を挟んだ。
「まぁ、そうなっちまうのはわかるけどよ。よく聞いてたか? シロは言ったんだ。あさがおは、他の誰よりも優しそうなんだぜ? これって、凄まじいことじゃねぇか?」
そう、言葉にして聞けばなんだかぱっとしないが、その背景を考えてみれば、これは凄まじいことなのだ。
「誰よりも優しそう。つまり、事件を抱える被害者達から見て、あさがおはこの世の中で一番、頼りたくなるような存在なのだ」
今回の事件の依頼人――小林灯火も、あさがおの持つその雰囲気に釣られたのだろうと、シロは言った。
灯火だけではない。
これまであさがおを頼ってやってきた者すべて、それが原因なのだと。
「その才能は、この世であさがおしか持っていない――とても貴重なものだ」
ただそこにそうして立っているだけで、誰かに頼られてしまう存在。
「それは同時に、たくさんの人間を救える才能でもあるのだよ」
言われ、あさがおはまだしっくりきていなかった。
それもその筈で、突然そんなこと言われ、信じられるわけもないのだ。
しかし、シロはあさがおを仲間に加える気満々なのである。
そしてその気持ちは、翔もみずきも同様なのであった。
「こいよあさがお。お前なら大歓迎だ」
「そうよあさがおちゃん。きっと、後悔させないわ」
シロだけでなく、翔とみずきにもそう言われ、あさがおは考えた。
「うーん……私が……探偵事務所に……シロちゃんの……仲間に……」
今まで自身が経験した事件の数々を思い出し、考えた。
「……答えは……決まってるみたいだね……」
「ははっ、流石はあさがお。理解が早い」
そう、この展開は、やはりシロの思惑通りだったのだった。
「人が悪いよシロちゃん。だから私に、灯火くんを説得する道を教えてくれたんでしょ」
そう、あさがおは知ってしまったのだった。
事件を自分の手で解決する方法も、その快楽も。
「シロは事件の結末に興味などない。我が欲するのは、真実の探求ただ一つ。だが、そこに探偵としての美学は皆無だ。これでは、ただ数式を解く電卓のようなもの。それでは、真の探偵とは呼べないからな」
シロを軸とした机上探偵事務所。
探偵と公式に名乗るにあたって、シロは拘ったのだ。
事件を本当の意味で解決に導くことの出来る――あさがおのような存在を。
「ここまでお膳立てされて、断る理由はないかもねっ。確かに、翔の『いつも』のクレープも魅力的だしね」
その言葉を合図に、決着はついたようだった。
「よし、では写真を撮ろう」
そう言ったシロは、指をぱちんと鳴らした。
すれば――
「はいはーい。みんな机の周りに集まって~」
どこからか、みずきが大きな三脚が付いているカメラを持って現れたのである。
「おっ、集合写真か。いいねぇ」
「うむ。美男美女ばかりの探偵事務所。きっと話題になるに違いない」
「そういう意図もあるのかよ。まぁ、いいけどよ。シロが決めたことなら」
机上探偵の初期メンバーであるシロと翔が机に座り、あさがおはシロの前に中腰の姿勢で位置取った。
カメラのセルフタイマーを六秒後にセットしたみずきも、恋人である翔の前に急いで座った。
「よし、それではみんな。笑顔でいくぞ」
こんな事件――机の上で、充分だ。
「よっしゃ、作り笑顔なら誰にも負けねぇ!!」
どんな事件も瞬時に解決。
「ふふっ、なんか照れるわね。こういうのっ」
お困りの方、いませんか?
「ふふっ、はいっ――ちーーずーー!」
机上探偵事務所――ここに結成。
fin~
――エピローグ(おまけ)
「はーい、授業を始めまーす」
あたしはおにいちゃんが大好きだ。
「理科の教科書を机から出して~」
クラスの女の子は、同い年の男の子の話題ばかり話す。
誰々がカッコいい。誰々がモテる。
一応、あたしはその話題に参加はしていた。
だって、妹が友達のいないぼっちだったら、きっとおにいちゃんまで変な奴だって思われちゃう。
だから、あたしは我慢した。
本当は、誰よりもおにいちゃんのことを自慢したかったけど。
「教科書二十六ページを開いて~」
おにいちゃんのことを好きになったきっかけは、ない。
ただ好きだったんだから、仕方がない。
一目惚れという奴だろうか。
まぁ、あたしが赤ちゃんの頃。
きっと何度もおにいちゃんのことを見ているのだろうから、その言葉は少し合っていないような気もするけど、気持ち的には一目惚れなのだ。
「今日は、植物の授業をするぞ~」
あたしがおにいちゃんに抱く感情は、きっと『愛』を超えたなにか。
だって、殺して欲しいと思う程の想いって、日本語になくない?
とりあえず、辞書には載ってなかった。
あたしのこの気持ちを表す言葉。
「だれか、好きな花はあるか~」
「じゃあ~、あさがおとか!」
だけど、おにいちゃんは困っていた。
そりゃ、妹に殺してってお願いされたら、誰でも困るよね。
おにいちゃんには凄く申し訳ないことをしている。
自覚はあるけど、止められないから、仕方がない。
もう少しすればあたしは殺されるだろうから、我慢してもらおう。
大丈夫、きっと成功するから。
「あさがおか~。朝に花を咲かせて、昼にはしぼんでしまう花だね。開花時期は七月から九月だったかな」
「先生~、花言葉は~?」
おにいちゃんに、殺されたかった。
逆を言うと、おにいちゃん以外の理由で、死にたくなかった。
老いて死にたくない。
事故で死にたくない。
病で死にたくない。
大好きなおにいちゃんで、死にたかった。
「確か、『愛情』とか『深い絆』とかだったかな」
「へぇ~~!!」
それに、おにいちゃんに殺されたい理由は、もう一つある。
「花言葉って面白いかも!」
それは、おにいちゃんの中から、あたしを消さない為。
「そうかそうか! じゃあ、先生のおすすめの面白い花を紹介しよう!」
きっと、まだ足りないの。
命を奪うぐらいさせないと、おにいちゃんはあたしのことを忘れてしまう。
だから、あたしは心を鬼にして、おにいちゃんを惑わせる。
ごめんね。おにいちゃん。
「彼岸花――別名地獄花。他に色々あるが、先生が好きな名前は狐花、狐の松明って呼ばれ方だ」
彼岸花――その花のことを、あたしはよく知っていた。
「家に持って帰ると火事になるなんて言われたりしてな、狐が手に持って松明にしていた、なんて話もなるんだぞっ!」
周りを照らす灯。
それがなんだかおにいちゃんの名前みたいで、彼岸花という花は、あたしのお気に入りなの。
「花言葉は……『情熱』『再会』『諦め』色々あるぞ~」
その中でも、あたしのお気に入りは――『悲しい思い出』
おにいちゃんにとって、あたしは悲しい思い出になるの。
そうすれば、おにいちゃんはあたしのことを忘れないから。
「えっとなぁ……教科書のどっかに写真が載ってたと思うんだが……」
「せんせぇ! それなら四十四ページだよっ!」
「おぉ!! よく知ってたな。火鉢」
そう、あたしは火を受け止める鉢なのだ。
おにいちゃんとあたしは、相性もいいのだ。
「あれれ~? 火鉢ちゃん、彼岸花の写真に赤丸打ってる! なんで~?」
「ふふっ……それはね…………」
おにいちゃんに見せる為。
なんて、言えない。
「せんせぇと一緒で、彼岸花が好きなんですよぉ!」
だってこの気持ちは、あたしのものだから。
おにいちゃんは、誰にだって渡さない。
だいすきだよ、おにいちゃん。
あぁ……はやく…………
あたしを――燃やして
机上探偵―Shiroー ゆずみかん。 @bakoba0829
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