第26話 それぞれの未来

 警察庁への強制捜査は結局、一部警察官僚の汚職という結末で幕を閉じた。スキャンダルには違いなかったが、マスコミを何日も賑わせるほどの値打ちはなかったと見えて、あっという間に報道されなくなってしまった。ただあれ以後、小国関係の企業の広告が目に見えて少なくなったのは間違いない。


 例の小国医療化学第一工場は、どうやら軍の管轄下に置かれたらしい、とカラスコンビから聞いた。あの日の軍の作戦行動は、未だに報道される様子もないし、僕らの見えないところで、まだ争いは続いているのかもしれない。だが僕らは、少なくとも僕はいまのところ平和である。


 あの後樹海から家に戻ってみれば、母さんは既に帰宅していたし、もーきんの家も同様だったと聞いた。ハチクマ先生は律儀にも一旦軍に戻ったもののすぐに解放され、コロちゃんもまたハチクマ先生の家で居候している。僕もときどき遊びに行くが、この世界での生活にも随分と慣れたようだ。記憶は全部戻った訳でもないけれど、日常生活に支障はないらしい。でも外に出るときには顔を隠さなければいけない。まだしばらくは不自由な生活が続きそうだ。


 不自由と言えば、シャモ中尉もいまは不自由な身らしい。あの後もーきんが手紙をもらったのだが、どうも懲罰人事をくらったようだ。


 あの樹海の洞窟で、ボロボロにされたシャモ中尉だったが、戻るときにはトロッコの発車準備をしていたばかりか、ハチクマ先生に叩き落されたキジたちの手当までして、降りた瞬間即出発できる状態にしてくれていた。しかも彼自身は後から来る部隊との連絡役をやらねばならないと、その場に残ったのだ。


 そこで何が起こったのかはわからないけど、とにかく僕らが、軍や警察の監視を受ける事も無く、いつも通りの生活に戻れたのは事実だ。


 いや、監視は受けているのか。


 軍や警察に監視は受けなくても、この世界に暮らす者は皆、ニンゲンに――あるいは神に――監視を受け、知らぬ間に干渉を受けている。僕たちが生まれる前から、そしておそらくはこれからもずっと。それを知ったことが幸せなのかどうかはわからない。それを他のみんなに知らせるべきなのかもまた。けれど、それは結果的に僕に目的を与えてくれた。少なくともその点に関しては、喜ぶべきなのだと思う。


 ふと、窓の外に目が動いた。一時限目も終わりかけのこんな時間に、堂々と正門から入ってくる奴がいる。もーきんだ。あれほどの事を経験していながら、もーきんは良きにつけ悪しきにつけ変わらない。その変わらなさをカラスコンビは「霊的水準の高さ」だという。本当かどうかはわからないが、あのニンゲンがもーきんに最期を託したがっていたのは、それが理由だと。しかし当の本人はその言葉を真に受けてはいない。


「霊的もへったくれもねえ、俺のハートは猛禽だぜ」


 だそうだ。そもそもカラスコンビの言う「霊的水準」が『彼』の言っていたそれと同じ意味を持つのかすら、いまの僕にはわからない。


『彼』の首と胴体は、家に持ち帰る事ができた。これもシャモ中尉のおかげだ。中尉がトロッコに『彼』の胴体を乗せていてくれなければ、あの状況の中、首だけしか持ち帰れなかったかも知れない。


 一時限目が終了し、先生が前の戸から教室を出ると同時に、タイミングを見計らったのだろう、後ろの戸からもーきんが入って来た。当人的には気を使ったのかも知れないが、何やらコントでも見ているようで笑ってしまった。こちらに気付いて翼を軽く上げたので、僕も上げ返す。もーきんは自分の机に鞄を置くと、僕の席までやって来た。


「親には言ったのか」

「うん、言ったよ」


「どうだった」

「何だか喜んでた」


「な、親ってそういうもんだろ」


 昨日僕は母さんに言ってみた。大学に進み、機械工学を学びたいと。もちろん学んだからと言って、何がどうなるというものでもないのかも知れない。そう、たとえば『彼』が再び動かせるようになる訳ではないだろう。『彼』の時代の技術と、現代の技術ではレベルに差があり過ぎる。だが少しでも、その可能性に近づいてみたいと思ったのだ。


「もーきんは大学に行かないの」

「俺は馬鹿だから無理だな」


「じゃあ高校出たら」

「しばらくは師匠に付いて物書き修行やるつもりだ」


「その後は」

「うーん、とりあえず……」


「とりあえず、就職?」

「いや、虫の国とか爬虫類の国とか見てみてえな」


 そう無邪気に笑った。

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