第14話 天の眼

 夜。ほとんどの鳥達が飛ばなくなる時間。暗い空の更に暗い場所を選んで飛び行く一団があった。彼らは渡り鳥の様に隊列を組み、しかし声もなく音もなく、風の速さで暗闇を進み、レーダーも暗視装置も使わずに目標へとまっしぐらに向って行く。彼らこそ空軍の特殊作戦航空団、フクロウ部隊であった。


 目標地点に到着、二階建ての一軒家である。見張りのフクロウと合流する。対象は二階で既に就寝、母親は未だ帰宅せず、屋内には対象である一人と一体のみ。


 二階の窓の周囲に全員を配置、窓に鍵が掛かっていない事を確認。全員、耳栓の使用を再確認。準備は完了した。後はスタングレネードを投入するだけだ。


 スタングレネードは、轟音と閃光で対象を抵抗不能にする閃光手榴弾である。閃光発音筒とも言う。スタングレネードを用意、安全ピンを一本、二本と引き抜く。リーダーの合図で窓を開け、そして室内に投擲とうてき、二秒間目を閉じ顔を伏せる。百八十デシベルの爆裂音と、百万カンデラの閃光が室内を薙ぎ払う。


「突入!」


 リーダーの号令に全員が室内突入、ベッドを押さえ、犬のようなものを探した、が、居ない。いや、ベッドもおかしい。布団を剥ぐと、枕と丸めた毛布だった。しまった気付かれたか、と思ったとき、ベッドの毛布の下から真ん丸な玉がコロコロン、と転がり出た。途端に強烈な閃光! 意表を突かれたフクロウ部隊は完全に視覚を奪われた。


 二回目の閃光が発せられたと同時に、玄関のドアを開けて飛び出したのは夢一郎。『彼』を背中にヒモで縛り付け、表に走り出てそのまま空へと飛びだした。


「必殺閃光返しだ!」


『彼』はノリノリである。雉野真雉と対して戻る際、監視者が付いたことに気付いて、襲撃を今か今かと待っていたのだ。


「よくあんなの持ってたね」

「ストロボボールと言うのだ。ワシのは特別強力だがな。ちなみにエンターテイメント用のオプションパーツだ」


「どんなエンターテイメントだよ」

「オプションパーツの多彩さは汎用機の特徴である!」


「母さん帰ってきたら驚くかなあ」

「たまには親に心配をかけてみるのも良い息子だと思うがな」


「そういうものなの」

「いや、言ってみただけだ」


「それで、これから何処行くのさ。僕は夜に飛ぶ自信無いよ」

「心配するな、ワシがナビゲートをしてやる。お前は言われる通りに飛んで行けば良い」


「はいはい」


 夢一郎は闇夜に強く、翼を振るった。


 


 雉野真雉が目覚めたのは、小国記念病院の一室であった。白い天井に白い壁、白衣を着た白いニワトリがのぞき込んでいる。白色コーニッシュだろうか。真っ白な世界でトサカと肉垂の赤が目に染みる。


「真雉様、聞こえますか」


 真雉はこくりとうなずいた。


「ここは病院です、ご安心ください」


 再びこくりとうなずいた。


「真雉様は能力の使い過ぎで脳に過剰な負担をかけてしまいました。しかし検査の結果、脳に異常はありませんでした。後はゆっくりお休み頂けさえすれば、体調はすぐ回復するでしょう」


 白いニワトリ医師が何やら合図を送ると、真雉の視界に別のニワトリがいそいそと入って来た。小国定子である。


「真雉様、ご無事で何よりでした」

「……うむ」


「どうぞこの際ですからごゆっくりと養生なさってくださいませ」

「……うむ」


「真雉様にはまだまだ頑張っていただかないと」


 世辞を言う定子を翼で制し、真雉は大きく息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。


「……今回の」

「はい」


「今回の件は……どうなりましたかな」

「今回の件とおっしゃいますと」


「警察と軍部との衝突は」


 小国定子は笑顔で答えた。


「はい、無事回避されました」


 バリンッと空が裂ける音が響き、室内の照明が一斉に破裂した。護衛達が病室に飛び込むと、腰を抜かして倒れた医師と定子、そしてベッドの上に、仁王立ちになった雉野真雉が居た。


「服を用意しなさい、急いで戻ります」


 恐ろしい程静かな声で、真雉はそう命じた。


 


 各自には体のサイズに合った木の椀と木のさじが配られた。サイズに合ったとは言っても、一番小さなものでもカッコウサイズしか無いらしく、コロが持つと丼と柄杓ひしゃくにしか見えない。囲炉裏には鉄の鍋がかかっており、中身は川魚の雑炊だった。タンチョウがそれぞれの椀に自らよそってくれた。とは言え。


「こんな熱いもの、食べらんないぞ」


 不平を垂れた圭一郎に、


「冷めてから食べるんだよ!」


 とカッコウが怒鳴った。


「うっせーよ、いちいちおめーはよ、俺は猫舌なんだよ馬鹿野郎」

「なんだと! 失敬だろうがタンチョウ様に! だいたい鳥はみんな猫舌だろうが!」


「これこれ、もう、お止めなさいと言うのに。あ、コロちゃんは遠慮しなくていいのよ」

「はい、いただきます」


 コロはタンチョウに軽く一礼すると、一匙目に口をつけた。


「あれ、おまえ食えるの、こんなに熱いのに」


 驚く圭一郎にコロは微笑んでみせた。


「うん、熱いの美味しいよ」

「いやいやいや、俺は無理だわ、これは火傷するわ」


「だからお前は冷めてから食えよ!」


 切れながら突っ込むカッコウに圭一郎も切れ返す。


「だからうっせーっつってんだろ!」

「いい加減にしなさい! 話ができないでしょう!」


 そしてとうとうタンチョウが切れてしまった。年寄りとはいえ、流石に巨体である。迫力が違う。


「……さてさて、それにしても本当に何から話して良いやら、沢山ありすぎて困ってしまうわね」


 一瞬で落ち着きを取り戻したタンチョウに、カラスコンビが翼を上げた。


「困った時には自己紹介から始めましょう」

「始めましょう」


「そうね、まずはそこからね。えー、では、私たちは、『天の眼』と言います」


 圭一郎が胡散臭そうに眉を寄せた。ウコッケイに眉毛はないが。


「天の眼? 宗教団体か何かか」


 タンチョウは長い首を縦に振った。


「それに近い物と思ってくれて構わないわ。あ、大丈夫よ、変な物を買わせたりしないから。でね、あなた達を狙っている連中、彼らも宗教団体みたいなものなの。表向きは政治結社『神州鳳凰会』を名乗っているけれど、実態は雉野真雉という男を中心にしたカルトなのよ」


「あれ、俺らを狙ってるのって、小国財閥じゃねえの」

「小国財閥は昔は雉野真雉のパトロンだったけど、今じゃ神州鳳凰会のフロント企業ね。一体と言って良いわ」


「その雉野なんとかに、俺らが狙われる理由がよくわからんのだけど」


 その質問を待っていたのだろう、タンチョウは我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。


「理由は二つあります。一つは神様の問題、私たちが祀っている神様と、雉野真雉が祀っている神様は、同じ神様なのだけれど、その神様の秘密に、あなた達が迫ってしまった事」


 しかし圭一郎にはピンと来ない。


「神様の秘密? そんな面倒臭い事、した覚えはないぞ」

「そう、あなた達に自覚は無い、自覚の無いまま、あまりにもど真ん中に突っ込んできてしまった、それが一つ目の理由。そして二つ目が、コロちゃんね」


「コロが理由? 何だそりゃ、珍しいからか?」

「彼らは奇跡を欲しているの。より詳しく言うなら、神様に奇跡を起こさせたがっている。その為の触媒として、コロちゃんが必要なのよ」


 奇跡? 触媒? 言葉が圭一郎の頭の上を素通りする。


「うーん、全然わからん」

「わからないでしょう、それは神様の事を知らないから。私たちの祀っている神様はね」


 そう言うとタンチョウはコロをじっと見つめた。目がわらっている。圭一郎にはそう見えた。


「私たちの神様は、ニンゲンなの」




 二十四時間操業なのだろうか、もう夜も遅いというのにその工場からは明かりも音も消える事は無かった。河口の埋め立て地に建てられた、やたらと広大な面積の工場。小国医療化学第一工場、それが正面玄関の横に書かれてある名前だった。医療で化学、何だろう、注射器でも作っているのだろうか。


 僕達は今、その裏側の、納品や出荷作業をする受渡場から内部に潜り込もうとしていた。だが常に誰かが作業をしていて、ひっきりなしにトラックが出入りしている。受渡場の上には給排気口が大きな口を開けているので、そこまで飛べれば潜入は簡単そうなのだが、なかなかタイミングが合わない。


「こうなっては最後の手段だな」


『彼』はそう言うと僕の背中を降り、待っていろ、と言い残して単身受渡場から中へ入って行った。しかし早速人目について追いかけ回されている。どうするんだろう、と見ていると建物の中へとどんどん走って行き、とうとう姿が見えなくなった。


 そして数秒後。ジリリリリ! 非常ベルである。きっと火災報知器のボタンを押したのだ。人の動きが一気に慌ただしくなった。その足元をすり抜け、『彼』が走って戻って来た。そしてポーンと飛び上がり、僕の背中にしがみついた。


「いまだ、行け!」

「ああ、もう!」


 僕は給排気口に向かって全力で飛び、中に飛び込んだ。本当に誰にも見つからなかっただろうか。


「これ、大丈夫なのかな」

「大丈夫だ。多分な」


「多分かあ」




 給排気口と各部屋をつなぐパイプをダクトパイプと言う、などと『彼』に教わりながら中を進む。天井に埋め込まれている物もあれば、ただ金具で吊られているだけの物もあるそうだ。しかしどちらにせよ、ヨウムと小型のロボット犬程度の重さで落ちる事は無いだろうとも。


 しばらく進むと、鉄板が水平に二枚並んでいた。幅が狭くて通り抜ける事が出来ない。


「防火ダンパーだ。火事の時には自動でダクトを遮断して、火や煙が伝わるのを防ぐ装置だ」


 彼は右の頬を壁面にくっつけて、あーん、と口を開いた。細く赤い光が口から発射される。ダンパーの鉄板と金具をつなぐ接点をピンポイントで溶断した。


「え、レーザー?」

「バッテリーを消費するから使いたくないのだがな、まあ仕方ない」


 続いて左端の接点もレーザーで溶断した。ダンパーの鉄板は一枚落ち、どうにか進めるスペースが開いた。


「溶けた所に触るなよ、焦げるぞ」

「レーザーなんて使えたんだ、凄いや」


「ワシが作られた時代には、レーザーカッターは日曜大工用品だったからな」


 そのまましばらくは何事もなく進んだ。ときどき空気取り入れ口があったので下を覗いて見たが、何を作っているかはわからないまでも、とりあえず普通の工場の様には見えた。『彼』はずんずんと奥へ進む。所々分岐があったりしたが、迷うことなく進んで行った。


「ここに来た事あるの」

「来るのは初めてだ。だが小国の屋敷で見取り図を見た」


「ああ、そうか。で、この奥に何があるのさ」

「とりあえず、ワシの右前脚がある」


「え、何で」


「ワシの右前脚には盗難防止用の発信機が仕込んであるのだ。余談だが左脚にはボイスメール機能がある。とにかく連中、何も知らずにここに運び込んだのだろう。ここは単なる工場ではなく、分析場も兼ねておるのだな。やつらが見つけた『新しい技術』は、ここで分析され、使えるかどうか判断されて、使えるものはグループの企業に使わせる。小国財閥はそれを繰り返して大きくなって来たのだよ」


「つまりそれが小国財閥の秘密ってこと?」

「いいや、本当に隠したい秘密は、もっと先にある」


 その秘密が何なのか、『彼』はまだ僕には話してくれない。話したくないようにも見える。本当に隠したい、それはもしかしたら『彼』自身の気持ちなのかも知れない。

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