第22話 掌握完了

「できんものはできんよ、教えられんものは教えられん。銃を突き付けても無理なものは無理だ。ここは只の工場じゃない、あんたらもそれを知っててここに来たんだろう、だったら私の言ってる事もわかるはずだ」


 ウズラ工場長はまくし立てた。責任感なのか、それともプライドなのか、とにかく銃を持った相手に対してもひるむことなく、操作盤については頑として説明を拒んだ。


「これでは話になりませんねえ」


 ウミガラス隊長は残念そうにつぶやくと、操作盤の中央、モニタ画面の横にある受話器を持ち上げた。受話器の下にはいくつかのボタンがあり、そのうちの一つ、『外線』と書かれたボタンを押す。


「ここで一人で頑張っていても仕方ないでしょう、どうです、上の判断を仰いでみては」


 そう言いながらプッシュボタンを押した。


「上の判断?」


 ウズラ工場長は少なからず動揺した。ウミガラスは電話の向こうに話しかけた。


「ああ、私だ。そちらの状況は。そうか、了解した。そちらで誰か電話に出られる方はいらっしゃるかね。おお、それは有難い。代わってくれたまえ」


 するとウミガラス隊長は工場長に受話器を差し出した。


「さ、お話しください」


 ウズラ工場長は、箱の中の蛇でもつかむかの様な顔で受け取ると、受話器を耳に当てた。


「もしもし……えっ! と、とき代様でいらっしゃいますか!」




 海軍航空隊のミサゴ部隊が急襲したのは、小国の屋敷だった。見張りのレグホン達は苦も無く倒され、使用人たちは逃げ惑うばかり、床に就いていた小国定子と看病中のとき代の身柄が確保されるまでは、わずか数分の出来事、警察を呼ぶ間もなかった。


 ミサゴ隊長は事前の打ち合わせ通り、小国とき代を電話のある部屋で待機させた。できれば小国定子が電話に出られれば最善なのだが、無理ならば仕方ない。やがてかかって来たウミガラスからの電話にとき代を出させると、ミサゴ隊長は地下に向かった。


 地下では軍本部の技術研究所から来た小さなアマツバメたちが忙しそうに飛び回っている。曲がりくねった長い廊下の先に、大型のコンピュータがあった。オープンリールの磁気テープがカタカタと小刻みに回り、穴の開いた紙テープを延々と吐き出している。


「凄いなこりゃ」


 ミサゴ隊長は思わずつぶやいた。


「凄いですね、個人の屋敷に置いておくような代物じゃない」

 

 紙テープの情報を読んでいるアマツバメが下を向きながら言った。ミサゴ隊長はその足元を覗き込んで見たが、とにかく沢山の穴が開いている事以外、さっぱり理解不能だった。


「使えそう……なのか」

「今は例の工場に関する情報を読み出しています。今日中に終われば、なんとかですね。他の情報を分析するのは、いつまでかかる事やら」


「ふうん、大変そうだが、それでもこういうのを使うというのは便利なのかね」

「コンピュータなら軍でも使ってるじゃないですか」


「そうだな、我々が直接使っている訳では無いが」

「いずれみんなが使うようになりますよ。使い方さえわかれば便利な物ですから」


「だと良いがね。まあ、とにかく頑張ってくれ」

「了解しました」


 アマツバメは笑顔を返した。




「反応が消えた」


『彼』が声を上げた。発信機からの信号が途絶えたのである。夢一郎が尋ねた。


「まさか、電池切れ?」

「いや、そんなはずはない。場所を考えれば、深い洞窟か何かに入り込んだのだろう」


「座標はわかりますか。軍が調べます」


 シャモがすかさず声をかけた。




 ダチョウのソファの内線電話が鳴る。


「私だ」


 コウテイペンギンとオオワシが覗き込む。


「うむ、わかった。直ちに全軍に通達」


 受話器を置くのを待って、コウテイペンギンがたずねた。


「何が起きたんだい」

「例の犬の発信機の反応が途絶えた。だが座標はわかっている。該当地域には立入禁止の洞窟があるらしい」


「ハヤブサを偵察に向かわせる」


 オオワシは慌てて蹴り倒したソファを戻し、内線電話を取った。と、同時にコウテイペンギンの内線電話が鳴った。


「はいもしもし。ふむふむ、おお、そうか、よくやった、当面は現状を維持だ、以上」


 コウテイペンギンはニンマリと笑った。


「小国の工場だけど、コントロールを完全に握ったよ」




 タンチョウは眼を閉じ、両翼を合わせ、時折ハッ、ハッと強く息を吐き、体全体を揺らせ震わせながら、強く念じている。


「もう少し、もう少しです」

「タンチョウ様」


 カッコウは気が気ではない様子で、立ったり座ったりオロオロしている。タンチョウはカッと目を見開いた。


「見えた!」

「た、タンチョウ様」


「見えました。神様の居場所が、いまハッキリわかりました」

「ああ、では成功なのですね」


「何が成功なの」


 庵の入口に、カラスコンビが立っていた。


「コロちゃんはどうしたの」


 突然現れた二人にタンチョウとカッコウは驚いたが、


「喜びなさい、神様の居場所がわかったのよ」


 タンチョウはまず自分達の成果を誇示した。この成果の前では、前後の多少の問題など全て許されるであろう、それくらい大きな成果だった。その筈だった。しかし。


「それがどうしたの」

「だからコロちゃんを渡したの」


 カッコウが慌てて割って入った。


「大事の前の小事だろう!」


「その通り、確かにコロちゃんには少し危険な目に遭ってもらいました。でも相手の自由にはさせません。こちらに取り返す方法も考えているのです」


 タンチョウの言葉に、しかしカラスコンビの声は冷たかった。


「そのために軍を巻き込んだんですもんねー」

「もーきんや皆を巻き込んだんですもんねー」


 タンチョウにはカラスコンビの言動が理解できなかった。何を怒っているのだろう、何が不満なのだろう。


「何故わからないの、やっとよ、やっと雉野真雉から神様を取り戻せるのよ」


 けれどカラスは言った。


「それは天の眼の意志ではない」

「そもそも神様は誰の物でもない」


「何を言うの、雉野真雉の暴走を阻み、あの男が私物化した神様を取り返す事こそ、天の眼の崇高なる使命ではありませんか」

「そうだそうだ、お前ら失敬だぞタンチョウ様に向かっ……」


 カッコウの威勢のいい言葉は、しかし最後まで口に出す事は叶わなかった。突然卒倒してしまったのである。


「調子に乗りすぎちゃいましたねー」

「やりすぎちゃいましたねー」


 残念そうに笑うカラスコンビを見て、タンチョウは思わず飛び退すさった。


「あ、あなた達、何をしているのか自分でわかっているの」


「タンチョウ様は有能なのに理解力が低すぎる」

「霊力は高いのに霊的水準が低すぎる」


 タンチョウは翼を広げた。そして輝きだした。まばゆい虹色に、そう、警察庁長官を入院させた、あの時の美しい姿を見せているのだ。


「お前たちは危険です、排除します」


 目にもとまらぬ速さで、タンチョウのクチバシから光の針が、カラスコンビそれぞれの眉間に打ち込まれる。だが。


「な、何故」


 目を丸くするタンチョウに向かって、カラスの二人は平然と前に出た。


「こういうのは効かないから」

「僕らには効かないから」


 カラスコンビはゆっくりと近づいて来る。タンチョウは思わず背を向けて逃げ出した。


「いや、やめて」


「さようなら」

「ハイさようなら」


 タンチョウも泡を吹き、音を立てて卒倒した。

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