第18話 神託

 ゆらゆらと 胎液の中

 何度目の 目覚めだろう


 もはや肉体は 老化し

 システムは 朽ち果て


 任せられし 務めは

 既に次代に 譲り渡し


 あとは只 死に行くのみの

 この身にすがり 神と奉る

 哀れなる 人ならぬ者


 神を知らずに 神の名を呼ぶ

 浅はかなる 愚者の声が

 静かな眠りを 妨げる


 我は 神では無い

 我は 人間也


 そして 人間とは

 神のネットワークの 端末に過ぎない


 人の思考の中 行動の中に

 常に神は 存在し

 常に神は 干渉する


 神を 冒涜し 

 神に 挑戦し


 神を 創造し 

 神を 超越しようとする


 そのつたない 意志の中にも

 常に神は 存在するのだ


 それを理解せず 神を意に沿わせんとする

 浅ましき 穢れし者達


 所詮 鳥は鳥

 人間の意志になど 思い至らぬ

 まして 神の意志をや


 しかし この世界は

 いまはまだ 残さねばならぬ


 崩壊に 繋がる芽は

 潰さねば なるまい


 最後の力を 振り絞らん

 まだ青い 虚構の世界の為に




 雨戸は開け放たれ、奥の間には月の光が差し込んでいた。青白い夜に満ちた部屋の中では、コロポックルの少女が寝込み、もーきんがうちわであおいでいた。少し離れてカラスコンビも布団を被って眠っている。『彼』は僕の隣で、何処からか引っ張ってきたテーブルタップに尻尾を挿し込んで、眠っているようだった。僕は布団の上に座りながら、頭を抱えていた。


「寝ないのかい」


 もーきんが話しかけてきた。思えば、会話をするのは初めてだったかもしれない。


「眠る気にならない」

「ま、気持ちゃわかる」


「僕らは人じゃないって」

「ああ、驚くよな」


「とてもじゃないけど、受け入れられない」

「普通そうだろ」


「自分が遺伝子改造されてたって事を知った時より驚いた」

「へー、お前そうなんだ」


「僕だけじゃない、君も、カラスの二人もタンチョウ様もみんなだ」

「……ふうん、そりゃ初めて知った」


「でも驚いてない」

「俺は一番最初にこのコロに出会っちまってるからな」


「確かに、その子の事は物凄く驚いた」

「他の事にも驚いちゃいるが、まあそこそこだな」


「この『彼』と初めて会ったとき、もう人生で驚く事は無いだろうってくらい驚いたんだ。だけど今日は、それ以上に驚いた」

「喋る犬はかなりのインパクトだったろうな」


「中学生の時亡くなった祖父は秘密の部屋を持っていてね、誰もそこへは入れなかったんだけど、祖父の遺言で、僕だけは入っていいって言われたんだ。そして入って最初に『彼』を見つけた。でも動くとは思っていなかったし、まさか喋るなんて。初めて知った時は腰を抜かしたよ」


「あー、なんかわかる気がすんな」


 不思議だった。これまで同じ学校の同じクラスに居て、一度たりとも話してみようと思った事のない相手に――きっと向こうもそうだったに違いない――僕らの口からは自然と言葉が湧いて出てきた。


「あれ、もしかして『彼』って名前か?」

「そう、『彼』っていう名前。おかしいかな」


「いやあ、ユニークって言うか……あ、それじゃSANPOって何だ」

「商品名じゃないかな。『彼』のシリーズは月間三万台売れたって聞いてるよ」


「マジか。こんなもんが三万台も売れる世界があったのか」

「こんなもんとは失礼だな」


「あ、起きてた」


『彼』はひょこりと身を起こした。


「ワシらはロボットとしても工具としても画期的な商品だったからのう、それはそれは大人気だったよ」

「マジかよ」


「僕は買いたくなる気持ち、わかるけどね。でも不思議に思うところもあるよ。壁に穴を開けられるレーザー砲を、そんなに沢山の人が使って大丈夫なのか、とか」


『彼』は少し間を取った。僕には、何だか言いにくい事があるように見えた。


「ロボット三原則というものは、この世界にもあるのかのう」

「ロボット三原則? 何か聞いたことあんぞ」


「SF小説の設定じゃなかったかな」


 僕の言葉に『彼』はうなずいた。


「そう、元はSFだ。簡単に言えば、ロボットは人に危害を加えてはならない、人の命令に服従する、そしてその二つに反しない限り自分の身を守れる、の三つの原則で、ワシらにはそれが基本プログラムとして組み込まれておる。だからレーザーであれセラミックカッターであれ、滅多やたらとは使いたくても使えんのだ。人の安全が最優先されるからな、本来ならば」


 本来ならば、と『彼』は強調した。それはすなわち、有刺鉄線を切ったときも、工場の壁に穴を開けた時も、『本来』ではなかったと言う事か。


「しかし、この世界にはワシにインプットされた『人』が、すなわちあのタンチョウが言う『ニンゲン』がおらん。従ってロボット三原則のうち二つが無効になるのだ。だからレーザーも自分の判断で撃ちたい時に撃ちたい出力で撃てる」


「あ、なるほど」


 僕は思わず足を打ちそうになった。


「んー、俺は馬鹿だからイマイチよくわからんけど、つまりニンゲンがいる世界じゃ工具にしかなれないけど、ニンゲンがいなきゃ兵器にでもなれるって事か?」


 こういう言い方は良くないのだろうけれど、もーきんの理解力に僕は驚いた。


「まあそういう事だ。常にニンゲンの存在が行動を制限する条件になっていたが為に、当時のワシらは、電動ドリルやグラインダーよりも、よっぽど安全な工具だったよ」


 だがそのニンゲンは、まさか自分たちがこの世界からいなくなるとは考えていなかった。ニンゲンの存在によって行動を制限されていたロボットが、ニンゲンが滅んだ後も生き残るなんて、皮肉なものだ。


 でもそれは僕たちも同じかもしれない。僕らが延々と過去から続き、そしてきっと未来へと延々と続いて行くだろうと思っていたこの世界も、ほんの少しのミスで、あるいはちょっとした誰かの意図で、崩れ去る砂上の楼閣に過ぎないのだから。


「なあ、聞いていいか」


 もーきんの、うちわを扇ぐ足が止まった。


「うむ、何だ」

「ニンゲンって、このコロを大きくしたような連中なんだよな」


「ああ、そうだ。外見はこの娘を縦横十倍にしたような姿だ」


 それは大きい、と僕は思った。体長は大型猛禽類の翼長程もある。僕らからすると怪物級にデカい。


「それで、そのニンゲンはどんな奴らだったんだ。あのタンチョウの婆さんが言うように神様みたいな奴らだったのか」


 うーむ、と『彼』は一瞬唸った。


「文明は素晴らしく発展しておったよ。その点では今のこの世界とは比べ物にならん凄さだった。だが」

「だが?」


「今の世界の『人』と、かつての『ニンゲン』を比べても……大差はないような気がするのう。優れていた部分は本当に優れていたが、愚かな所はどうしようもなく愚かだった」


 しかし『彼』はどことなく、嬉しそうでもあった。


「愚かだが、それでもワシにとっては愛すべき支配者だった」


 その一言は、僕に小さなショックを与えた。かつてのニンゲンが『彼』にとって愛すべき支配者なら、僕は一体『彼』にとって何なのだろうか。


「もう一ついいか」

「何だ」


「コロの仲間が、人間に滅ぼされたってのは本当か」


『彼』は即答を避けた。


「その娘は覚えておらんのか」

「記憶喪失でな、覚えてないらしい」


『彼』は少し考えると、


「ワシも詳しい経緯を知っているわけではないから絶対とは言えんが、おそらくは本当だ」


 言葉を選ぶようにそう言った。


「でも何でそんな事に」

「食い殺されたのだよ」


「は?」

「簡単に言えば、コロポックルは皆、ニンゲンに食い殺されてしまったのだ」


「……」

「その娘が覚えていないと言うなら、思い出させない方が幸せかもしれ……」


『彼』の言葉をさえぎって、コーッと甲高い叫び声が上がった。戸の向こう、囲炉裏の間からか。もーきんが素早く戸を引き開けた。カッコウはうっとりと見つめていた。タンチョウ様を。虹のような淡い光を放ち美しく輝くタンチョウの姿を。やがて光が薄れ行くと、閉じた眼を開け僕らを見つめ、彼女は高らかにこう宣言した。


「神託が下りました」

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