第19話 霊的水準
「『天の眼』をご存じですかな」
ダチョウは問うた。
「いや、初耳ですが」
ハチクマ先生は答えた。
「我々もなのですよ」
コウテイペンギンはため息をついた。
「どうやら、あなたのお弟子さんをさらった連中のようなのです」
オオワシが補足した。
「はあ」
夜中に呼び出されたと思ったら、いったい何だと言うのだろう。まるで話が見えない。ダチョウが説明する。
「突然で申し訳ないが、明日その『天の眼』と接触していただきたいのです」
「私が?」
「ご指名でしてね。向こうは圭一郎君を連れて来るらしい」
と、コウテイペンギン。
「圭一郎を? 何をさせる気ですか」
「情報のすり合わせ、でしょうな。敵の敵は味方という考え方なのでしょう」
オオワシの言葉は何やら含みのある言い回しであった。
「敵って、警察の事ではないんでしょうね」
「おそらくは」
ダチョウは即答した。
「もちろん、一人で行けなどとは言いません。護衛は付けますのでご安心ください」
護衛。見張りの間違いではないのか。
「情報のすり合わせができたら、私はまたここに戻らなきゃいかん訳ですか」
ダチョウはうなずいた。
「ご理解が早くて助かります。我々もできれば面倒はお掛けしたくないのですが、なにぶん縦社会なもので」
命令、か。天の眼とかいう連中も随分と上にまで手が回せるのだな、とハチクマ先生は思った。
翌朝、俺と洋鵡と犬――なかなか『彼』とは呼びづらい――は、二人のイヌワシに運ばれ、またまた空を飛んだ。後ろにはカラスコンビを従えて。コロはまだ体調が思わしくないようなので、とりあえず庵に寝かせてある。少し心配だったが、まあさすがに取って食うような真似はしないだろう。
目的地は例の森の中の一軒家だ。前回行った時には随分と歩かされたのだが、今回は直接乗り付けるんだそうだ。何か状況が変わったんだろうか。
空の旅は数時間続いたが、何とか昼前には到着した。やれやれだ。師匠はまだ到着していなかった。会えるのが待ち遠しい。ほんの数日会っていないだけのはずだが、もう何カ月も会っていない気がする。とは言え。
「もーきん、ご飯にするー?」
「どうするー?」
「おお、そうだな、飯にするか」
腹が減っては何とやらだ。師匠が到着するまでボーッと待っていても仕方ない、取りあえず食えるだけ食っちまおう。
持たされた昼飯は煮冷ましたグリーンピースだった。なるほど、これなら洋鵡でもカラスでも俺でも食える。考えてるっちゃ考えてるが、手抜きじゃないのか、これ。まあ文句を言っても始まらない。味の付いていないグリーンピースを俺たちは
俺たちが食事を終えた丁度その時、『彼』が声を発した。
「おい」
「どうしたオッサン」
「オッサン言うな。何かが近付いて来るぞ」
窓の外を見てみたが、森ばかりで何も見えない。カラスコンビが飛び出すと、屋根に上った。
「どうだ、何か見えるか」
「おー、見える見える」
「何か大きいのが飛んでくる」
「大きいのって、物か、人か」
「人だよ。んーとね、あれはね」
「オジロワシだね」
俺もジャンプして屋根に上った。洋鵡と『彼』もついて来る。カラスの隣に立って見たが、何とか辛うじてワシの姿に見えるだけだった。
「見えるか」
洋鵡に訊いてみたが、
「何かが飛んでるのはわかるけどね」
どうやら俺と変わらんようだ。
「へっへーん、僕らの眼は特別なの」
「特別に優秀なの」
「あーそうかいそうかい」
カラスの自慢を聞いている内にも、向こうはグングン近づいて来る。羽ばたきが見えるようになってきた。その足に何かぶら下がっているのも。
「ありゃニワトリじゃねえかな」
「でもニワトリにしては随分大きい」
洋鵡の言う通り、相当なデカさだ。そして俺は相当デカいニワトリに心当たりがあった。
おや、今気づいたが、よく見るとオジロワシの少し後ろに小さな影が付いて来ている。何だろう、シルエットではタカのようにも見えるのだが……
「師匠だな」
師匠がオジロワシの後ろからついて来ている。だが体力に余裕が無いのか、ゆったりと飛ぶオジロワシに対して師匠の飛び方は少々羽ばたきが多くて、見ていて痛々しかった。
やがてオジロワシは眼前まで迫り、ほんの少し高度を下げたかと思うと、屋根の上空で旋回し、つかんでいたニワトリを放した。屋根の上に落ちたそれはドスンと重い音を響かせる。やはり俺が思っていた通り、あのシャモだった。
「やっぱりあんたかよ」
「やあ久しぶり。今日は護衛を
シャモはそう言うと空を振り仰いだ。師匠が、ゆっくりと、いやのっそりと、降りてきた。落ちてきたって方が正確かも知れない。どしんと尻餅をついた師匠は、口を開けて大きく息を弾ませ、しばらくは立ち上がれそうになかった。
「師匠も運んでもらえば良かったのに」
「うる、せー、これでも、猛禽の、端くれ、だ馬鹿野郎」
意地っ張りなのは元気な証拠だ。俺は素直に安心した。そんな俺に、師匠は自力で運んで来たのであろう、新聞の束を俺に突き出した。
「おまえら、新聞やニュースは見てるか」
師匠の言うおまえらの中には、洋鵡も入っているようだった。
「いやあ、ここ一日二日はテレビどころじゃなかったんで」
「読め」
「はあ」
気迫に押されて新聞を広げると、一面トップに「三人の容疑者逮捕!」とデカい写植が踊っている。あれ、そう言えば俺と師匠とコロの三人も何かの容疑者じゃなかったっけか。と思って容疑者の名前を見ようとしたら。
「あああっ!」
と洋鵡が大声を上げた。新聞の記事を食らいつくように見つめている。
「おい、どうした」
俺が話しかけると洋鵡は震える翼で、新聞を指し示した。三人の容疑者の名前が並んでいる、えー烏骨……ん、烏骨? アレ? えーーっ!
「やっぱりお前の両親か」
師匠は落ち着いた声でそう言った。俺はうなずくしかできない。
「それと、君の母親かい」
洋鵡はうなずくと、
「くそっ」
いきなり飛び出そうとした。
「何処へ行く気だ!」
『彼』が鋭い声を発した。洋鵡の声が震えている。
「母さんを助けなきゃ」
「それを誘う為の罠だ。しかも連中の目的はワシだ。お前が一人で行っても何の解決にもならん」
厳しい言葉が洋鵡を押さえた。
「て事は、俺の親が捕まったのも罠って事ですか」
俺の言葉に師匠はうなずく。
「そういう事だろうな。まあこの場合にはコロが目的なんだろうが。そういや、コロはどうした」
「えーっと」
俺はシャモをチラリと見た。
「とりあえずは安全な場所におるよ」
『彼』が代わりに答えてくれた。
「そうか、ならとにかく……うえええっ、しゃ、喋った?」
「師匠、驚くの遅いっすねえ」
居間のテーブルを、俺と師匠、洋鵡と『彼』が囲み、シャモとカラスコンビは少し離れた所で座っていた。
「多分、私の持っている情報が一番少ないだろうし、私から話そう」
師匠は昼食のクマバチを食べながら話し出した。小国財閥の事、それに影響を与えているであろうカルトの事。
「雉野真雉だね」
「そうだな」
そう話す洋鵡と『彼』に師匠が訊いた。
「そのキジノマキジって何者なんだい」
洋鵡と『彼』が話し始めたのは雉野真雉とその謎の能力の事、神州鳳凰会の事、小国財閥との繋がり、キジカモ類優性主義の事、政界への影響、そして遺伝子改造工場の事。
ここで師匠はうーんと唸った。さすがに色々ショックだったか。しかし次に出てきた言葉は、俺にはちょっと意外だった。
「その工場は、いつから稼働してるんだろう」
『彼』が答える。
「そう言えば、いつからというデータはなかったな。随分と昔から、という事しか」
「そりゃそうだ、昔じゃなきゃおかしい。少なくとも小国財閥ができるより昔からでないと」
師匠の言葉に洋鵡は、あ、と口を開けた。
「そうか、小国財閥にあの工場が作れる訳はないのか」
「そう、小国財閥は誰かの作ったその工場を受け継いだんだ。問題は、誰から受け継いだか、だ」
「ニンゲン、じゃねえの」
と、俺が言うと、師匠はギロリと見つめた。
「そのニンゲンについて、どの程度わかってる」
「そいつは『彼』が一番詳しい」
俺に振られて『彼』は少し気まずそうな空気を漂わせたが、ぽつりぽつりと話し始めた。ニンゲンの姿形について、文化について、高かった文明水準について、そして霊的水準について。
「ちょっと待ってくれ、霊的水準って何だ、もう少し詳しく」
師匠の眼つきはもう情報のすり合わせどころではなかった。好奇心が
「当時のニンゲン、すなわち人類の偉業の一つに、霊的存在の実在を科学的に証明したことがある。この宇宙に、知性を持った高次のエネルギー的存在が居る事を突き止めたのだ」
「それは神の存在を証明したという事なのか」
「いや、神かどうかの結論は出ていない。ただそういう存在が居る、という所までだ。だがそれにより、人類は初めて自らの内側に霊的な物が存在すると確信し、同時にその内なる霊的な物が、いかばかりの水準にあるのかという客観的な物差しを得るに至った。これが霊的水準だ。当時の人類は自らの霊的水準を第四位、五段階の上から四番目だと結論付けた」
「そりゃまたエライ控えめな」
思わず口に出した俺に、師匠はシッ! と言った。俺は猫か。
「控えめだと受け止められれば良かったのかもしれんが、当時の人々には低すぎるという声が強かった。そこで人々は考えた。どうすれば霊的水準を上げられるかと。最初に皆が頼ったのは、やはり宗教、もしくは精神鍛錬、自己啓発等々だ。だが結果が出なかった。人々は次の手段を探していた。そんな折り、ある学者が人類よりも霊的水準の高い存在を、この地上で見つけてしまった」
「まさか」
師匠は息を飲んだ。
「コロポックル」
「そうだ」
『彼』はため息をついた。
「当時の人類の悩みの種は、霊的水準だけではなかった。まだ世界から戦争の火は消えていなかったし、資源の枯渇や食糧危機も克服できていなかった。そんな中、貧しい地域の人口だけは着実に増えて行った。一部の人々は考えていた。これら全てを一度に解決できる妙案はないものかと。そこに、妖精コロポックルが現れた。一部の人々はこう思った。人類をコロポックル化できないだろうかと。不幸だったのは、この一部の人々が金と権力を持っていた事だ。人間のコロポックル化が可能なら、人類の霊的水準を上げ、なおかつ肉体を小型化する事で資源や食糧の消費を軽減させられる、ひいてはそれらを原因とする戦争も回避できるかもしれない。その禁断の果実は権力者の眼に、さぞ魅力的に映った事だろう。ただ問題はその方法だった。どうすれば人間をコロポックル化できるか。学者達はその方法を研究し、結果、非常にシンプルな方法を見つけた」
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