第23話 突入

 ヒクイドリ部隊を乗せたトラックとシャモ部隊のトラックは、樹海の手前で合流した。やがて路肩に停めてあった雉野真雉の物と思われる乗用車を発見、そこから樹海に入り、オオタカ達の反応が消えた座標まで一直線に走った。


 約一時間半後、ほぼ陽の落ちた樹海の中で、ハヤブサが回すライトを見つけた。ハヤブサの案内で洞窟へと向かう。この時点で、シャモがヒクイドリに遅れず付いて来ているのは驚くべきことなのだが、今はそれを褒め称える者は居ない。ただ淡々と皆は洞窟へと歩き進んでいた。洞窟の入り口には自治体が設置したと思われる『立入禁止』と『落石注意』の看板が並んでいる。


 ハヤブサ小隊はその周囲を固め、人の出入りを確認している。もちろんそれはなかった。しかし中に居る。十名のオオタカ以外にも、相当数の敵が隠れている可能性があった。一刻の猶予もならない。ヒクイドリとシャモの二人の隊長は、簡単な足指のサインでコミュニケーションを取ると、互いの持ち場を確認した。そして頭を低くしてヒクイドリ達十名が突入した。洞窟内に銃声が響いた。




 この世界における銃は大きく分けて三種類ある。一つは足で撃つ拳銃。二つ目は移動用の台車に設置された自動小銃等。三つ目は戦車や艦船等の台座に据え付けられた重機関銃等。


 基本的に、銃は片足で扱える事が前提である。軍や警察の中には、小銃にグリップを二つ付け、両足で抱えて撃つという曲芸的な射撃が出来る者もいるにはいるが、その場合、尻の一点で体を支えねばならない。必然的に正確な射撃もできず、銃の反動にも耐えられないため実用的ではない。あくまでも例外である。


 この洞窟内での初撃に用いられた銃は、台車に取り付けられた自動小銃。洞窟の奥からの発砲であった。これに応戦したヒクイドリの銃も同様に台車に取り付けた自動小銃である。だが同じ銃ではない。何故なら全長五~六十センチのオオタカと、百五十センチ超のヒクイドリでは使用できる銃器の大きさが全く違う。当然破壊力も段違いである。


 実際オオタカ用の小銃の弾がヒクイドリに当たっても、急所でない限り致命傷にはならないが、ヒクイドリ用の小銃の弾がオオタカに当たれば文字通り粉砕される。最初から不公平な戦いだった。




 三軍が共同でそれなりの規模の作戦行動を取っているのであるから、普通ならばマスコミに相応の報道をされてしかるべきであろうが、しかし世のほとんどの人々はそれをまるで知らずにいた。主な情報源としてテレビを見ている大衆にとっては、今それどころではない事態が起きていたのだ。


 検察庁が、こともあろうに警察庁に強制捜査に入ったのである。そして同時に、小国財閥の幾つかの企業、更には小国が一社提供の番組枠を持っていたテレビ局にまで一斉捜査が入った。当該テレビ局は表現の自由に対する挑戦と喚き、他局は法務当局の暴走や首相の指導力不足を追及した。


 だが当然、これは軍の動きと無関係ではない。見る者が見れば、雉野真雉の影響力が高かった部門部署の切り崩し以外の何物でもないとわかるだろう。これは政権にとって、命がけの大粛清であった。




 暗闇の中で目が覚めた。ここは何処だろう。意識を失う前の事が思い出せない。体の感覚はある。二本の腕、二本の脚、手足に五本ずつの指。欠落はない。痛みもない。体は無事だ。だが意識はまだ少し朦朧としている。一体ここは何なのだ、ここは……ここは……ここは!


 意識が鮮明になる。そうだ、自分は天の眼の庵に居た。そこからタカにさらわれてきたのだ。なのに何故ここにいる、ここは、ここはあの。


「目が覚めましたか」


 壁の外から話しかける声がする。誰だ。


「自己紹介をしたいところですが、もう時間がないので失礼しますよ」


 咄嗟とっさにあの名前が浮かんだ。


「雉野真雉」

「おやおや、これは素晴らしい。よくわかりましたね」


「出せ、ここから出せ。私をどうするつもりだ」

「あなたほど聡明な方なら、自分がどうなるか、おわかりではありませんか」


「やめろ!」


 自分がどうなるか、それはわからない。まだ何も思い出せていないのだ。だが何か最悪の事が起こりつつあるのは感じていた。ガタンという衝撃、そして持ち上げられる感覚。




 石棺は木製パレットに乗せられ、フォークリフトで持ち上げられた。パレットの上、石棺の隣にはディーゼル発電機。石棺に電極が取り付けられ、一定の電圧がかけられ続けている。フォークリフトがゆっくりと前進を始めた。天井の低い洞窟の中である。地面は舗装されているが、壁や天井からは岩が突き出ている。慎重に運ばねばならない。


 フォークリフトの斜め前には、白衣を着た初老のキジがいた。この石棺の研究責任者でもあるこの男は、フォークリフトが安全に進めるよう、自ら誘導を買って出た。自分の研究対象を傷つけたくない、という気持ちもあったが、それ以上に、今回の『作業』が終ればこの石棺から興味を失ってしまうであろう雉野真雉に対し、作業終了後も研究を続けさせてもらいたいというアピールであった。


 この石棺は、謎の技術の塊だった。今の時点で判明しているのが、一定の電圧をかけると常温の長期貯蔵庫になるという機能である。


 現代の技術であれば、何か、たとえば生肉や生魚のような腐りやすいものをある程度以上の期間保存しようと思えば、冷凍するか、もしくは冷蔵、どちらにせよ低い温度の空間を作らなければならない。しかしこの石棺であれば、常温で、非常に小さな消費電力で、そしておそらく驚くほどの長い期間――まだ調査を始めたばかりだが、もしかすると数万年――中の物を保存し続ける事が出来る。


 もしこの技術が解明されれば、あっという間にこの世界から家庭用業務用を問わず、あらゆる冷蔵庫・冷凍庫を駆逐してしまうかもしれない(飲み物などを冷やす為の物は残るだろうが)。


 さらに凄いのが、この石棺は一万年以上――千数百周期――を内蔵のバッテリーで稼働し続けていたらしいということだ。その蓄電技術も省エネルギー技術も凄まじい。


 しかし何より最も驚異的なのが、この石棺はどう調べてもただの大理石で出来ているという事実だった。石棺を構成する六枚の石板の、外はもちろん内側にも、ネジ一本、歯車一つ、ハンダ付けのあと一つ、基盤らしき模様の欠片すら見当たらない。接着剤すら使われていない、ただの六枚の石板でしかないのだ。


 それを組み合わせただけで何故このような事ができるのか、全くの謎である。だがそれが明らかになった暁には、軍事から一般家庭に至るまで、ありとあらゆる製造技術が飛躍的な大発展を遂げるであろう。


 そう考えただけで心が震える。誘導をする手にも力が入る。なればこそ、なればこそ必ず、今回の作業が終わっても、この石棺の研究は続けねばならぬ。そう真雉様に具申するのだ、男はそう考えていた。




 キジの全長は八十センチほど、とはいえ半分は尾の長さなので体格はオオタカより二回りほど小さい。当然、扱える武器も小さい。そしてこの洞窟は極秘の研究施設である。情報の漏えいを避けるため、職員も警備含め総勢十数名と少ない。その半分が侵入者迎撃に回ったが、忠誠心こそ高いとはいえ、全長百五十センチを超える、しかも武装したヒクイドリ十名を押し止めるには、いかんせん力不足もはなはだしい。


 一方のヒクイドリ達はそんな事情は知らず、決死の覚悟で突入している。閉じたドアはことごとく蹴破り、曲がり角があればとりあえず手榴弾を投げ、動く物があればとにかく撃ってみる。嵐の如く破壊の限りを尽くしながら洞窟内を駆け抜けるその後ろを、少し離れて付いてくるのがシャモ部隊十名である。彼らは後方からの攻撃を警戒しながら、洞窟の隅々に目をやり、確保すべき物や情報がないかを探している。


 相手側の負傷者の救護は原則として彼らの仕事ではない。彼らはひたすらに持ち帰るべきモノを探していた。それは、神の存在の証明。




 俺たちが樹海に降りて三十分ほど経っていた。できれば目標の洞窟の真上辺りまで行きたかったのだが、陽が落ちる方が早かった。イヌワシにせよオジロワシにせよ、もちろん師匠にしても夜の飛行は得意ではない。適当な場所で降りて、あとは徒歩で行くしかなかった。


 イヌワシ二人とオジロワシは木の上で朝まで過ごすらしい。俺と師匠、洋鵡と『彼』、そしてシャモのオッサンの五人で出発した。先頭に立った『彼』の眼から出るサーチライトの明るい光が夜の樹海を照らす。


「すげえな、便利なもんだ」

「万能工具だからのう。夜の作業も万全だ」


 俺にそう答える『彼』はちょっと得意げだ。


「そりゃいいけどよ、肝心の洞窟まではどれくらいかかるんだ」

「いまのスピードでこのまままっすぐ進めば、一時間半というところかのう」


「おいマジかよ、そんなんで間に合うのかよ」


 何に間に合うのかはあえて言わない。言いたくもなかった。


「ワシに文句を言うな。今は急ぐしか方法があるまい」

「そりゃそうだけどよ」


「近道ならあるよ」

「すぐそばにあるよ」


 突然上から聞こえた声に『彼』が顔を向けると、光の輪の中に、枝に止まった真っ黒な影が二つ浮かび上がった。


「あ、おまえら、何でこんなところに」


「その説明はまた今度ねー」

「今はコロちゃん助ける方が先だからねー」


 そう言うと二人のカラスは地面に降り立ち、下り坂を降りて行く。


「こっち、こっち来て」

「早く、こっち来て」


 来てと言われても、方角が全然違う。俺たちが顔を見合わせて迷っていると、バチッと音がして、何かが焼けた様なニオイが立ち込めた。


「本部、本部」


 シャモが動揺している。無線が使えなくなったらしい。そうしている間にも、カラスコンビは坂を下っている。


「もーきん、はーやーくー」

「むーちゃんも、はーやーくー」


 俺と洋鵡は顔を見合わせた。『彼』も、師匠もうなずいている。迷っていても仕方ない。とにかく付いて行ってみるか。俺たちは坂を下り始めた。




 十分ほど下ると、小高く盛り上がった場所が現れた。カラスコンビはそこを下に回り込む。ついて行くと、そこは何とトンネルの入り口だった。しかもつい最近まで扉が閉じられていた形跡がある。無理矢理こじ開けられたかのように、ひん曲がった鉄製の扉が二枚、トンネルの脇にうち捨てられていた。


「何だ、このトンネル」


「雉野真雉が洞窟に秘密の研究所を造るときに使った、資材搬入用の坑道だよ」

「研究所の一番奥の真下まで繋がってるよ」


 何でお前らそんなことまで知ってるんだよ、と言いそうになったが、それを言ってる場合でもないのだろう。


「この中を走りゃいいのか」


 俺が飛び込もうとすると、カラスコンビに止められた。


「トロッコがあるよー」

「走るより速いよー」

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