第12話 それぞれの自覚

 深夜、普段なら既に放送終了の時間だと言うのに、テレビはどの局も軍本部前から、機動隊と戦車部隊のにらみ合いの様子を実況中継していた。


「おい凄えぞ、こんな時間なのに砂嵐じゃない」


「驚く所、そこなの?」

「何でそこなの?」


 カラスコンビに呆れられながら、圭一郎はテレビに齧り付いていた。いま居る場所はよくわからないが、森の中の無人の一軒家である。日没近くまで空をイヌワシに運ばれ、そこから更に一時間近く道なき道を歩いて、やっと辿り着いた。


 あらかじめ用意されていた食事を摂り、数時間仮眠を取った後である。そのまま寝ていても良かったのだが、何気なしに圭一郎が付けたテレビが緊迫の生中継だったものだから、みんな目が冴えてしまった。


 報道の内容はどの局も似たようなもので、機動隊が配置された理由は未だ不明としながらも、軍本部に犯罪の容疑者が匿われているらしいとか、軍幹部と企業との癒着ではないかなど、警察側に立った推測がまことしやかに流されていた。


「へー、軍隊も悪い事してんだな」


 圭一郎の言葉に、カラスコンビは目を丸くした。


「あれあれ、信じちゃうんだ」

「まともに信じちゃうんだ」


 圭一郎はジロリとにらむ。


「何だよ、何かおかしな事言ったか」


「もーきんは自分が警察に追われてるって自覚ある?」

「自分が容疑者だって自覚ある?」


「……あんま無いな」


 さすがのカラスコンビも、これには倒れ込むしか無かった。


「いまテレビで言ってた犯罪の容疑者って、多分もーきんとコロちゃんの事だよ」

「あとハチクマ先生もだよ」


「はああ? 何だそりゃ」


 圭一郎は思わず飛び上がった。


「俺はともかく、何でコロや師匠が容疑者なんだよ」


「だーかーらー、来る途中で説明したじゃん」

「ご飯食べてる時も説明したじゃん」


「そ、そうだっけか?」


 コロを見ると、コクンとうなずいた。


「警察は完全にあちら側なんだって」

「マスコミだってあちら側に近いんだって」


 しかし圭一郎は首をかしげた。


「いや、そのあっち側とかこっち側とか言うのがよくわかんねえんだけど」


「もー」

「もー」


 カラスコンビは揃ってむくれてしまった。こいつらでも不機嫌になることがあるんだな、と圭一郎は思った。


「コロは大体わかってるのか」

「うん、大体は」


「お前は本当に頭いいな」

「大丈夫、明日会う人が詳しく教えてくれる」


「え、そんな事までわかるのか」


 権太と徹はずっこけた。


「だからそれも説明したってば」

「何度も説明したってば」


 カラスコンビは頭から布団を被ってしまった。


「もう寝るからね、おやすみ」

「あとは明日ね、おやすみ」


 結局カラスコンビとコロはその後眠り、圭一郎は朝までテレビを見続けていた。翌朝、もう一仕事あるからとカラスコンビは二人を置いて飛び立って行った。夕方までには帰ると言っていたが、それまでどう時間を潰したものか。仕方ないので圭一郎はまたテレビを見ている。圭一郎はテレビっ子なのだ。


 一方コロはテレビに飽きたのか、テーブルの上に置かれた本を手に取った。圭一郎が小国の家から持って来た本である。本と言うより、正確には分厚い雑誌だ。出版元は小国出版である。


 表紙には『季刊 児童小説』と書かれてある。この世界の暦で言えば、三年に一度発行されるのであろうか。コロは本を開いて目次ページを眺めた。前半には児童小説に関する記事や、連載作品が並び、後半には読み切り作品の名前が何本か載っている。その読み切り作品の記載の一つに、コロの目が釘づけになった。


 お山の大将  大芭旦悟


 あの名前がこんな所にあった。圭一郎に知らせよう、と思ったが、圭一郎はいつの間にかテレビの前で眠りこけていた。仕方ない、コロは該当ページを開き、大芭旦悟の児童小説を読み始めた。




 母さんはもう出かけている。今日は早く帰って来れると言っていたが、どうなるやら。土曜日なので少しは早いのかもしれないが、過去の事を思い出すと、あまり当てになる話ではない。


 テーブルに用意された朝食を食べながら、新聞を開き、テレビもつける。新聞の一面は機動隊と軍本部のにらみ合いの記事で一杯に埋まっている。テレビも全ての局が現場から生中継だ。僕は知らなかったが、どうやら夜中からやっていたらしい。


 テレビ画面にニュース速報が流れた。警察から軍本部に、犯罪の容疑者三名を引き渡すよう、非公式に要請があったらしい。でもそれがどんな犯罪で、何故非公式な要請なのかは説明が無い。適当にチャンネルを回して見たが、どこも同じような感じだった。


 まあいい。テレビや新聞に期待するより、『彼』が帰って来てからどう見るかを聞いた方が正しく理解できるだろう。『彼』は僕が目覚めるより早くから出かけていた。昼には戻ると書置きがあったが、こちらもどうなる事やら。とにかく、今は学校に行こう。今日は昼までだ。


 帰って来たらまた『彼』といろんな事を話そう。それでいい。僕にはそれだけでいいのだ。だがその前に。学校でもーきんに会ったら。どうしよう、僕は何と言えば良いのだろうか。




そんな心配は杞憂に終わった。今日の学校に、もーきんの姿は無かったからだ。


 予想通り休み時間のクラスの話題は、機動隊と軍隊がぶつかればどちらが勝つのか、だったが、僕には誰も話しかけては来なかった。興味が無いと思われているのだろうし、実際に興味は無かった。ただ、こういった事件が起きればクラス間を横断して大騒ぎしそうな、あのカラスコンビの姿が見当たらないのが、不思議と言えば不思議だった。




 何事もなく午前中の授業は終わり、ホームルームも特に長くなる事も無く、土曜日の学校は静かに終了した。もーきんが遅刻してくるかも、と思うと、少し不安だったりもしたのだが、どうやら完全にサボリだったらしい。


 今日は走る必要も、空を飛ぶ必要もないので、ゆっくりと歩いて下校する。幾つ目かの角を曲がり、気が付けば周囲に同じ制服の姿が見えなくなった頃、僕は突然呼び止められた。


「むーちゃん」


 僕をこんな風に呼ぶのは、あの二人しかいない。だが周囲を見渡しても、カラスコンビの姿は見えない。


「むーちゃん、こっち」


 もう一度周囲を見回すと、家と家の間の隙間、ゴミ箱の向こう側に隠れているカラスが居た。クチバシの形から見るに、おそらくハシブト権太の方だろう。


「何してんのさ、そんな所で」


 僕は近づきながら尋ねた。


「むーちゃんを待ってたんだよ」

「僕を? ていうか、もう一人はどこ」


 すると権太は上を見上げた。僕も釣られて見上げると、上空に黒い点が見える。良く見るとカラスだ。おそらくハシボソ徹なのであろうカラスが、上空を旋回していた。


「あんな所で何してんの」

「見張りだよ、むーちゃんが狙われないように」


「狙われる? 僕が? 何で」

「うわぁ、むーちゃんも自覚ないんだ」


 権太は頭を抱えてしまった。


「むーちゃんの友達の事、知ってる人は知ってるんだよ」


 僕の体から血の気が引いた。全身の羽毛が逆立ち、視界が薄らと暗くなった気がした。


「僕の、友達が何だって」

「犬型ロボットだってこと、人と喋れること、昨日小国の屋敷に潜入したこと、僕らは知ってるし、僕ら以外にも知ってる連中はいると思う」


 咄嗟に言葉が出なかった。何かが足下から崩れて行く音が聞こえるようである。いつかはこんな日が来るかも、と思った事はあるが、まさかこんな所から来るなんて。


「僕らと一緒に来てくれるよね、君たちを守りたいんだ」


 親しい友人の差し伸べる手を取るべきだろうか、しかしそれが邪悪な蛇の誘いではないという保証はあるのか。


「……明日まで、待ってくれ」


 今の僕には、そう答えるのが精一杯だった。




 外は真昼の暑さで大変な状態なのだろうな、と、冷房の効いた部屋のソファの上で、昼食のスズメバチを口に放り込みながら、ハチクマ先生はそう思った。


 ドアから入って正面奥に事務用のスチール机があり、その右手にベッド兼用のソファ、ドアのすぐ右には十四インチのテレビが台に乗っかっている。昨日の夜以来この一室を与えられていたが、窓のない部屋なので、外の様子は窺い知ることができない。それでもテレビは自由に観られるため、本部前で未だに睨み合いが続いている事は承知している。


 朝方に警察から非公式に要請があったという事は、現状は軍がそれを無視しているという形になるのだろうか。だとするとこの後公式な要請なり要求なりがあり、それも無視すると実力行使になるのかもしれない。


 もちろんその前に何か動きがある可能性が高いが、しかしそうなった場合、自分はどうなるのだろう。警察の言う犯罪容疑者三人の中には、おそらく自分が入っている。小国と警察との繋がりを知ってしまった今、向こう側に引き渡されるのは敵わんなあと思うのだが、だからと言って軍がどれ程信用できるかと言うと、それもなんだか怪しいので、守ってくれる事を期待するのも少なからず甘い気がする。


 まあどのみち、この暑さの中でそう長期間にらみ合いもできないだろうし、近々事態は動くだろう。いざとなったら逃げ出せるよう、今は体を休めておくのが得策なのかもしれない。


 ハチクマ先生が食べ終わった昼食のトレーを外の廊下に出そうとした時、ノックの音がした。


「はい」


 返事を待ってドアを小さく開けたのは、あの大シャモだった。


「お邪魔してもよろしいでしょうか」

「ああどうぞ、私の部屋でもありませんし」


「失礼します」


 昨夜一度会ってはいるが、鍛え上げられたシャモの肉体は、改めて間近で見るとそびえ立つ塔の如き迫力だった。彼の前では逃げ出すなどとは言わないでおこう。


「現時点で何かご不満な点はございますか」


 思わず苦笑が漏れた。監禁に近いこの状態で不満も何もあったものではないが、状況が状況である。彼にそれを言っても始まらない。


「さすがにホテル並みは期待してませんよ、大丈夫」

「ご配慮、感謝します」


「それで、何か御用ですか」


 するとシャモは、脇に抱えていた封筒から葉書大の写真を三枚取り出して、机に並べた。


「ご確認願えますか」


 出してきたな、とハチクマ先生は心の中でつぶやいた。手の内は一切見せないのかと思っていたが、軍には軍で思惑があるのか。それとも混乱や焦りか。写真はかなりの距離から望遠レンズで撮ったと見えて、どれもあまり鮮明なものではなかったが、とりあえずハチクマ先生には服を着せられた小型犬にしか見えなかった。


「犬、ですね」


 するとシャモは真ん中の写真を翼で指した。犬の後ろ姿が写っている。塀にでもよじ登っているようだ。シャモは至って事務的な口調で、


「この塀の高さは三メートルあります。塀の上には高圧電流を流した有刺鉄線が張られています」


 と説明した。続いて三枚目の写真を指し、


「この写真では塀の上に上りきっていますが、有刺鉄線がなくなっています。この犬が切り取ったと撮影者が報告しています」


 と言った。


「はあ」


 異様な事を彼が言っているのはわかる。高さ三メートルの垂直な壁をよじ登るのは、こんな小型犬では無理だ。まして高圧電流の流れている有刺鉄線を切り取るなど、有り得ない。だが、シャモの言わんとしている所はそこではないように思えた。


「我々はこれを犬型の兵器だと考えています」


 シャモは当たり前の様にそう言った。


「兵器? この犬がロボットとかサイボーグだとか言うんですか」

「そう考えています」


「いや、それはあり得ない、今の技術の粋を集めても、こんなに高い運動能力の、しかも小型のロボットが作れる訳がないでしょう」

「今の技術では無理です。しかし遠い未来、あるいは遠い過去、もしくは宇宙の彼方の技術なら可能かもしれない」


「本気でそんな事を言ってるのか」

「我々は学者ではなく軍人です。戦車であろうと魔法の杖であろうと、使える物ならば使います」


 ここでようやくハチクマ先生は思い至った。遠い未来あるいは遠い過去、そこからやって来た者を自分はよく知っている事に。


「彼女がロボットだとでも言うのか」

「それはわかりません。しかしあなたの言う『彼女』なら、この犬型兵器について、我々よりも知識があるのではないか、と軍は考えています」


 軍が考える、という言葉がハチクマ先生の中に不気味に響いた。まるで自分が嵐の中に投げ出された後、巨大な魚に飲み込まれてしまった男のように思えてならない。


「つまり、私の身柄を確保してあるのも彼女の情報を得る為という事か」

「順番は逆です。しかし結果的にはそうなります。今後もし、彼女について何か知る、もしくは思い出す事があれば、我々に教えて頂きたい」


「そんな約束はできん」


 顔を背けたハチクマ先生に、シャモは何を言うでもなく、写真を封筒に収めると、静かに一礼した。


「ご協力、感謝いたします」


 シャモの出て行ったドアに向かい、何か投げつけてやろうかとも思ったが、やめた。無意味だ。今はただ、事態が動く事に期待するしかない。ハチクマ先生は、ソファの上に寝転がって目を閉じた。




窓に吊るされた風鈴が、ちりりん、と鳴った。コロは本から顔を上げ、窓を見上げる。この世界にも風鈴があるのだと、初めて気が付いた。木々の隙間から見える空はもう夏の色である。間もなくここも、蝉の合唱で賑やかになるのだろう。


 圭一郎はまだ寝ている。テレビでは、またニュース速報が流れた。十三時に警察庁は軍本部に対し、容疑者三名の即時引き渡しを公式に要求したらしい。


 時計を見ると、確かにもうそんな時間だ。圭一郎を起こして昼食にすべきだろうか。だが圭一郎は、本当に気持ちよさそうに眠っている。自分もお腹はすいていない。カラスの二人が戻ってからでもいいか、コロはそう思いながら、再び本に目を戻した。

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