第16話 ダウジング

 クチバシにくわえた細い糸の先に赤い瑪瑙めのう勾玉まがたまをつけ、ゆらりゆらりと揺らす。雉野真雉は寝所の中にロウソクを灯し、十畳程もある大きな全国地図を広げて、その真ん中に立っていた。ゆらりゆらり、勾玉が揺れる。少しずつ、少しずつ体の向きを変えて行く。


 と、微妙に勾玉の揺れ方が変化する。その位置に朱墨でマーキングし、今度はその方向に少しずつ、少しずつ前進する。すると揺れが小さくなり、やがて止まってしまった。


 違う、この方向では無い。マーキングした位置に戻り、また少しずつ体を回転させてゆく。また揺れが変わった。再びマーキングし、またその方向へ前進してゆく。するとある地点で、突然揺れが小刻みになり、更に少し前進すると、勾玉がグルグルと回転し始めた。


 ここか。その地域の、より縮尺の大きな地図を足元に広げ、また勾玉を揺らせ始める。雉野真雉のダウジングは、このようにして一晩中続けられた。




 長い直線を抜け、ダクトは再び折れ曲がり始めた。幾度かの右折左折を繰り返し、ある地点で『彼』は立ち止まった。


「この真下だ」


 奪われた右前脚はこの下にあるらしい。見なくとも電波の発信位置でわかるのだ。


「脚の一本くらいなくとも大して不便ではないが、連中に技術をくれてやるのは面白くないしのう」


『彼』はダクト壁面に耳をくっつけた。耳の奥のセンサーで下の様子を探っているのであろう。心なしか楽しんでいるかのように見えた。


「警戒は厳重なの」

「いや、そうでもない。隣の部屋には五人ほど詰めているが、下には誰もおらん。だがこの反応は、どうやら金庫に入っとるようだな。さて、どうするか。まずは、だ」


「まずは?」

「充電じゃな」


「……また盗電」

「固い事言うな」


『彼』は再び牙でダクトに穴を開けると、音も無く下に降りた。コンセントはすぐに見つかったようだ。さて、これから充電が終るまで、しばらく休憩だ。




 雉野真雉は予言者でした、とタンチョウは言う。出自については諸説あるが、誰も真相を知る者はない。ただ若いころから予言、憑き物落とし、失せ物探しなどを良くし、地元の有力者との接点を多く持っていたという。ある時、真雉は中央政界と関わりの深い政治結社の代表と知り合った。その名を、大芭旦三おおばたんぞう


「あっ」


 コロが声を上げた。タンチョウもうなずく。あの大芭旦悟の父親であるという。


 大芭旦三と手を組んだ雉野真雉は、中央政界に急速に影響力を広げて行った。中でも予言は、天変地異から新技術の開発に至るまで具体的で詳細であり、外れる事がなかったと言う。


 やがて小国財閥をパトロンに迎えて勢力を拡大すると、大芭旦三の政治結社を事実上乗っ取り、神州鳳凰会を発足、キジカモ類優性論を唱えるようになった。大芭旦三はその数年後、失意のうちに死を迎える。


「そのキジノマキジが凄そうな奴だってのはわかるけど、神様を取り戻すとか言うのと、どう繋がるんだよ」


 圭一郎は歴史の授業が嫌いだ。そしていま、まさにそんな気分だった。


 方法はわからないけれど、とタンチョウは前置きし、雉野真雉は生きたニンゲンを見つけたのです、と言った。そしておそらくそのニンゲンは個体単体だけではなく、超古代のシステムと共に発見されたのだろうと。つまり雉野真雉の予言は、そのシステムの情報があってこそのものだというのだ。


 もちろん、そんな事を言われてハイそうですかと信じる者は居ない。怪しげな予言は信じても、桁外れの事実は受け入れないのが人というものだからだ。だから当初、雉野真雉は積極的に秘密を隠そうとはしていなかったという。しかしそんな真雉に危機感を与えた者が居る。それが大芭旦悟だった。


「あー、俺らが狙われる理由がやっとちょっとわかった気がする」


 そう言う圭一郎に、コロもうなずいた。そう、触れてはならぬ名前に触れてしまったのだ。


 とは言っても、最初に大芭旦悟が哺乳人類について自説を発表した時には、これを封じようとはせず、逆に小国出版から本を出す事を勧め、管理下に置こうとした程度だったらしい。だがそんな大芭旦悟が雉野真雉の逆鱗に触れた。それが児童小説『お山の大将』だった。


「なんだそりゃ、それは知らないぞ」

「私は読んだよ。圭一郎が持って来た本に収録されてた」


 そう言うコロに、圭一郎はばつのわるそうな顔をした。


「え、そうなの」


『お山の大将』とは、海の真ん中にある小さな島で、コンゴウインコの大将が、お山の神様と協力して悪い海賊をやっつける話である。


「何でそんなので怒るんだ? ただの子供向けのお話だろ」


 さあそこまではわからない、としながらも、雉野真雉にとって最大のタブーにいきなり迫ろうとしたあなたたちは、最重要危険人物であったのでしょう、とタンチョウは言った。


 コロはふと立ち上がって、窓障子をカラリと開けた。まだ上半分真っ暗で、下半分薄赤い空を、カラスコンビとイヌワシが飛んで行く。まあもうこんな時間、あなた達も仮眠を取りなさいとタンチョウは腰を上げる。圭一郎は一つ、欠伸あくびをした。




 工場の各部屋には、壁に時計がかかっている。午前五時。充電は終わった頃だ。ダクトから下を覗くと『彼』が尻を床に着け、左前脚をこちらに上げている。どうやら満タンらしい。では、作戦開始だ。


『彼』は金庫を背にし、反対側の壁を目がけて、最大出力でレーザーを発した。バリバリとコンクリート壁を削りながら大きな丸を描く。丸が閉じられると、くり抜かれた壁は轟音を上げて内側に倒れ込み、建物の内と外を繋げた。


 隣の部屋に居た五人のキジ達は驚き、こちらの部屋に飛び込んで来たものの、状況が把握できない。誰かが言った。金庫の中身は大丈夫か。慌てて金庫を開け、中の荷物を取り出す。一番上にあったのが、昨日届いたばかりのロボット犬の腕だった。その瞬間、『彼』は物陰から飛び出した。そして自分の右腕をくわえて奪い取ると、一つ見栄を切った。


「しかとこの腕、もろうたぞ」


 同時に僕はダクトの穴から飛び出し、一気に壁の穴に向かって飛んだ。一、二、三秒後、背中にトスン、と『彼』がしがみ付いてきた。そのまま外へと飛び出す。作戦完了、あとは全速力で飛び逃げるだけだ。


 しかし後ろから激しい羽音が。さっきの部屋に居たキジ達が、物凄いスピードで追い駆けて来ている。キジは飛ぶのは苦手だと聞いていたのに。僕はハイスピードの飛行が苦手だ。しかも背中に荷物を乗せてる。たちまち追いつかれてしまった。


 万事休すか、と諦めかけた僕の両脇を、何者かが上から鋼鉄の様な爪でむんずと、しかし優しくつかんだ。同時に、見覚えのある黒い塊が二つ、ミサイルの様にキジ達の中に突っ込んで行く。数は多くてもキジはキジ。空中戦ではカラスにはかなわない。たちまち雲散霧消し、僕らを追ってくる者は居なくなった。


 イヌワシに運ばれながら、横に並んだカラスコンビの、


「むーちゃん大丈夫ー?」

「大丈夫ー?」


 という声を聞いて、僕は肩の力が抜けた。しかし何故このタイミングで。どうして僕らがここに居る事を知ったのだろう。やはり監視が付いていたのだろうか。彼らには色々と聞かなければならない事がある。が、いまはとにかく眠い。何処かでゆっくり眠れるだろうか。


 イヌワシとカラスコンビは上昇気流に乗り、一気に高度を上げた。


 


 警護隊長が姿を見せたのは早朝、雉野真雉はまだ寝所から出ていなかった。


「真雉様」


(何か)


「第一工場がくだんの犬とヨウムの侵入を許し、犬の脚が奪われた模様です」


(石棺はどうなった)


「隣の部屋でしたが、こちらには特に影響はございません」


(ならば捨て置け。例の件は)


「はい、警察は既に動いております」


(うむ、では私は少し眠る。あとは頼むぞ)


「お任せを」




 早朝のドアのノックに、烏骨家の両親は困惑している。プリマスロックを何羽も引き連れたチャボは、警察手帳を見せた。


「ここ二日ほど、息子さんは帰っていませんね」

「はあ、ですがうちの子はあの」


「その件について、うかがいたい事があります。ご同行願えますか」


 願えますか、と言ってはいるが、断れる雰囲気では最初から無い。服を着替えて良いですか、と答えるのが精一杯だった。


 そして同じ頃、洋鵡家でも警官がドアをノックしていた。


 


 母は一晩で老いてしまった。とこせる定子の姿を見て、小国とき代の胸には複雑な思いが交錯していた。


 昨夜、母は病院に雉野真雉を見舞った。そこで何か恐ろしい体験をしたらしい。よれよれになって帰宅すると、そのまま寝込んでしまった。


 あんな男に関わるから。雉野真雉に対する怒りが湧き、母をなじってやりたい気になったが、いまもこうやって、床の中から震える手でとき代を手招きし、私に何かあったら小国の家はお前が守るのですよ、とすがる様な目で語る母を、哀れだとも思った。


 自分が死のうと思ったのは、その小国の家を継ぎたくないからだという事を、膨大な数の本来生まれるはずだった命を奪って誕生させられる、僅かな『人』の価値を認めたくないのだという事を、とき代は母に理解してほしかったのだが、もうそれも無理なのかも知れないと諦めの感情も湧いてくる。


 自分は一体、どうしたいのだろう。どうすれば良いのだろう。ふと、白い羽毛を思い出す。あのウコッケイならば、何と答えてくれるだろうか。




 森の中の無人の一軒家。用意されてあった食事を食べた後、僕は仮眠を取った。これといって何もない家だったが、コンセントはあったので『彼』は充電をしていたようだ。


 四時間と少しは眠ったろうか、ちょうど昼になる頃、カラスコンビが茹でたトウモロコシを持ってピョンピョンとやって来た。


「これ食べたら行くからねー」

「でも慌てないでねー」


 甘いトウモロコシだった。『彼』の充電もそろそろ終わる頃だろう。出かける準備をしよう。持って行く物は何もないが、それでも準備は必要だ。また何か新しい、より真実に近付く事実を知ったとしても、驚かずに済むよう心の準備が。

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