第9話 表現一つで世界が変わる?

サツキ「あの子、お母さんの病院に行ったんじゃないかしら」

ばあちゃん「七国山の病院か? ○○○!」


 ばあちゃんは何と言ったでしょうか。ここに重要なポイントが隠されています。

 それは「程度の表現」の方法です。

 通常ならどのように私たちはこの場面を表現するでしょうか。


「七国山の病院か? そりゃ、えらい遠いで!」


 気持ちは伝わりますが、まあ遠いのか、それだけです。また、遠いという表現は人によって様々です。その人にとっては遠いかもしれないけど、あるい人にとっては近いかもしれない。ストレートな表現のようで、実はあまり効力は持っていない表現です。


「七国山の病院か? ここから10㎞以上はあんべ!」


 具体的な表現は論文などでは必須ですが、この具体的すぎる表現はそれを読者が一旦頭の中で、変換しなければなりません。


 10㎞か、この地方で、この人が、このように(歩いて)行くなら、大体……


 と考えている間にシーンは進んでしまいます。少しインパクトに欠ける表現となってしまいます。また、このシーンでいきなりばあちゃんがカーナビ並みの判断力で正確な距離を言い出すのも違和感があります。


「七国山の病院か? メイちゃんの足では8時間以上はかかるわ!」


 惜しいですが、ほぼ合格といえるでしょう。ですが、実際はさらに貪欲に上を行く表現を利用しています。

 ばあちゃんのセリフはこうでした。


ばあちゃん「大人の足でも3時間かかるわ!」


 なぜこのセリフが重要なのか、次の3点が挙げられます。


<イメージしやすい表現>

 まずこの「遠い」という表現を、ただ「遠い」と表現するのではなく、「とても大変だ」と読者がイメージしやすい表現を使っている点はいうまでもありません。


<具体的な表現を敢えて避ける>

 ここでは敢えて具体的な距離の表現を避けています。これは重要なことで、具体的な表現、例えば10㎞と言ってしまうと、10㎞という距離が固定されてしまい、読者のイメージと合えばいいですが、もしその距離を遠いと感じない読者には、その「遠い」というインパクトが薄くなってしまいます。ここはあえて具体的に言わない方が、イメージだけ伝えられるのです。

 これは特に時代や、受け取る人によってで価値が変わるお金の量の表現などで使えます。

 

部下「社長、A社は今回のわが社のミスに対し、1000万円の賠償を求めています」

社長「そんなに払えるか!」


 こんなシーンを書きたいとします。この具体的に金額を述べてしまうと、会社の規模によっては「1000万円か、何とかなりそうだな」となってしまったらおしまいです。そんなときはこんな表現はどうでしょうか。


部下「社長、A社は今回のわが社のミスに対し、こんな額を要求しています」

 社長は部下の差し出したメモに書かれた金額をまじまじと見つめた

社長「なんだって? こんな額を支払ったら、わが社の年間の売り上げは一気に吹っ飛ぶぞ」


 この表現なら、時代が過ぎてお金の価値が変わっても、読む人の価値観が変わっても、その金額が少なくともその会社においてはとてつもない額であることが伝わるはずです。


<読者に想像させる>

 ここでなぜメイの足では、ではなくて大人の足でも、だったのでしょうか。

「メイの足で8時間」と言ってしまえば、具体的にどれだけタイムリミットがあるのか分かるし、現実の世界では大事な情報です。ですが、ここで「大人の足でも3時間はかかる」と言うことによって、読者はまんまと罠にはまるのです。


 ……大人の足で3時間ってことは、メイだったら……


 具体的に何時間かはわかりません、ただ、とてつもなく時間がかかることが容易に想像できます。これは具体的な時間を聞くより、より一層恐怖心を煽られます。底抜けに遠い恐怖。下手をしたら永遠にたどり着けないんじゃないか、そんな不安感を読者に強烈に植え付けるのです。


 この後サツキはメイ探しに奔走します。そして、次のシーンはこれです。


「ばっきゃろー、あぶねー!」


 ここにも見逃せないポイントがたくさんあります、次の章で!

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