第4話 サスペンジョンで読者を追い込む
学校の教室、サツキをじっと見るカンタ。
「コレ!」先生から頭を叩かれるカンタ。
この何気ないシーンですが、実に良いアクセントとなっています。
カンタがじっとサツキをみて、それから目が合いそうになって急いで目を伏せる、そういったシーンはよくあるシーンです。
でもここでは違います。
先生に「コレ!」と叩かれることにより、カンタがそれだけ、ぼーっとサツキを見ていた事がより鮮明にイメージされます。そして、先生という存在がカンタがぼーっとしていたことを近くのクラスメイトに明らかにしてしまったため、カンタはとてつもなく恥ずかしい思いをすることになります。
このたった一つの「コレ!」と頭をこつんと先生が叩く事で、この今のカンタの状況をより鮮やかに描いています。
さらに目を見張る技法は続きます。
この先、一連のシーンのおおまかな流れを確認しましょう。
ばあちゃん家で待つはずだったメイがぐずり、仕方なくばあちゃんが学校に連れて来てしまう。仕方なく一緒の教室で授業を受ける。
このシーン、どこか面白いところがあるでしょうか。至って平凡なワンシーンのはずです。
実際にこのシーンがあれば、どちらかというと私たちはできるなら避けて通りたい、見るのもいやなシーンなはずです。
ところが宮崎駿監督はこのシーンを、沢山の技法を用いて、見事な名シーンに作り上げています、その一つ一つを見ていきましょう。
サツキはおもむろに窓の外を見ると、そこにはいるはずのないばあちゃんとメイが校門に立っています。この場面、普通ならどうなるでしょうか。
どうしているのか? どうしようか……。まずは戸惑うはずです。
しかしサツキはどうしたでしょうか。
サツキ「先生!」
先生「はい、サツキさん」
サツキ「あの、妹が……」
何気ないワンシーンに見えるかもしれませんが、ここにも絶妙なアクセントが効いています。
静寂のクラスの中、「先生!」と声をあげる事で、今この状況は何か大変な事が起こっている、という印象を与えます。ここで一つ、読者の注意を引きつけます。そして次のシーン、これがまだ実にうまくできています。
クラスのみんなが顔をにゅっと出す中、サツキが全力で走り去ります。
この一同が皆顔を出して、その事態を確認しようとする。この光景を見ると人は何故か、その先を気になってしまうものです。しかもそこの前をサツキが全力で走り去る。この実にうまいテンポの良さで、さらに読者の注意をひきつけます。
読者は、何だ? どうなるんだ? とまさにこのクラスメイトの一員になった錯覚を覚えてその先に起こる出来事を見守ることでしょう。
まだまだ続きます。さらに次のシーン、サツキはメイに何と言ったか覚えているでしょうか。実はこのセリフ、重要な効果を持ったセリフとなっています。
サツキ「メイ、今日はお父さんが大学に行く日だから、おばあちゃん家で良い子で待ってるって約束したでしょう」
このセリフ、少し違和感がありませんか。通常、このような声かけをすることはあまりありません。普通なら
「何で来ちゃったのよ!」とか、「お利口で待ってるって約束したじゃない!」
程度でしょう。しかし、敢えて「お父さんが大学に行く日だから」と説明を付け加えています。これは「さりげない状況説明」効果を有し、その次の強力なサスペンジョンへの追い風となります。
次の言葉、これこそが前半戦、憎い程きらりと光る技を見せてくれます。とても強力なサスペンジョンを効かせる言葉をサツキは呟きます。
サツキ「私もまだ二時間あるし、おばあちゃんだって忙しいのに」
もうお分かりでしょう。このセリフも不自然です。通常なら
「もう、困ったわ、どうしよう……」程度の言葉のはずです。しかしサツキはさりげない状況説明を加えていきます。
・私もまだ二時間あるし → サツキは手が離せない
・おばあちゃんだって忙しいのに → かといって戻ることもできない
(・お父さんは大学に行く日 → お父さんも頼れない)
こうやって事態を追い詰めて行き、どうする? どうしたらいいんだ? と読者を追い込んで行く、これこそがサスペンジョンの真骨頂です。
この、子を持った事がある人ならみんな一度は経験したことのある、子どものぐずり。この単純なテーマをこのアクセントや、さりげない状況説明、サスペンジョンで追い込んでいくことにより、見事に読者を引きつけているのです。
そしてそのあとはお約束の、教室で楽しそうに過ごすメイ。ほっと胸を撫で下ろすシーンへとつながり、まるで読者はジェットコースターにでも乗ったような気分でこのストーリーの中に引き込まれて行くのです。
<さりげない状況説明>
この技は、小説の方が得意と言えるでしょう。例えば、
サツキは正直参っていた。今日はお父さんは大学に行く日だったのだ。おばあちゃんは収穫の日で忙しいのいうのは以前から知っていた。かといって自分が学校を抜けるわけにはいかない。
といった表現も不自然ではないでしょう。映像の世界ではそうもいきませんから、このような手法を使って状況説明をしていたのかもしれません。
<サスペンジョン>
先ほどジェットコースターのように、と書きましたが、その通りで、追い込むばかりでは読者は疲れてしまいます。例えば、勇者が最初は手こずっていた相手に、ずっと手こずり続けていてはどこか読む気が失せてしまいます。ところどころ、息抜きとしてその追い込みを解放してあげることにより、より読者は疲れずに済むでしょう。しかし、この解放の時間が多すぎると今度は安心してしまい、離れて行ってしまうので、そのバランスが重要です。
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