第5話 状況を一気に劇的に:アンチテーゼ

 トトロとの出会いも経て、物語は徐々にクライマックスへと近づいていきます。

 のんびりとした昼下がり、畑で採れた野菜を頬張るサツキとメイ。そこにカンタが走って来ます。

 カンタが持って来た電報を読むサツキ。

 

サツキ「レンラクコウ、シチコクヤマ 七国山? お母さんの病院からだわ! お母さんに何かあったんだ……おばあちゃんどうしよう、連絡しろって!」


 まず強力なアクセント。電報一つで、信じられないほどの慌てぶりです。しかしもしここでサツキが落ち着き払っていたらどうでしょう。


サツキ「レンラクコウ、シチコクヤマ。何かあったのかな? 夕方お父さんが帰ったら聞いてみるね」


 この程度のシーンだったら、この電報のパンチはほとんど意味がありません。ここでサツキが全力で慌てることにより、何かあったのか? 大丈夫か? と思わせるのです。

 しかしここで気をつけなければなりません。あまりに強いアクセントは考えものです。例えば、電話が鳴ったのをみてとある小説の主人公が「ああ、まずい、これはあいつからの電話だ。もうおしまいだ、だめだ……」などと口走り始めたら、読者はひいてしまうでしょう。そんなわけないでしょう、と思われてしまったらおしまいです。

 それを防ぐために、アンチテーゼが役に立ちます。アンチテーゼとはある主張に対する対立命題、などと説明がありますが、ここでは対立する人物、事象その他を含めたものとします。

 慌てふためくサツキにばあちゃんは「落ち着いて、落ち着いて」となだめます。

 もしここでばあちゃんも一緒に「大変だ、こりゃ大変だ。何かあったに違いねえ」とまくしたてた場合、読者はひいてしまう可能性があり、それを未然に防いでいます。


 本家で電話をするシーン、ここからサツキのアカデミー賞ものの演技が次々と繰り広げられていきます。

 

サツキ「もしもし、考古学教室ですか? 父を、草壁タツオをお願いします!」


 迫真の演技に脱帽です。これにより事態はより一層差し迫ったものだ、という印象を与えます。一方でここでもアンチテーゼが登場します。お父さんの存在です。


タツオ「いやー、何だい? うんうん、病院から。わかった電話してみるよ」

サツキ「お母さんに何かあったの? どうしよう、お父さん……」


 慌てふためくサツキに、お父さんは落ち着いてなだめます。


タツオ「大丈夫だよ、病院に確かめたらすぐ電話するから」


 ここでもサツキに対応する人物はサツキをなだめます。


 この一連の、


 A サツキの慌てぶり+ B なだめる人物


 の対比により、この「一つの電報」、実際に内容は「レンラクコウ」しか言ってないのに、Aの存在によりあたかも何か重大な事が起こるのかもしれない、そんな予感を醸し出し、さらにそれを違和感ないようにBがバランスを取っている事がわかります。


 このアンチテーゼ、対比の技法は目的は違えど、いくつかの場面でも見られます。

 大長編ドラえもん「のび太の宇宙開拓史」で、ドラえもん一行が岩に扮して本拠地に忍び込もうとするシーン。見つかってはいけない、見つからないで欲しい、そんなシーンで見張りは「さっきからあの岩ごろごろ転がってるんです、バカみたい」という発言に対し、ギラーミンは「バカはどっちだ!」と一喝し、ドラえもん一行は見つかってしまうシーンがあります。ここでも Aきづかない見張り+B鋭い洞察力で気づくギラーミン というアンチテーゼが存在します。ただ単にギラーミンが「あれは怪しい」と言って見つけてしまうよりも、見張りには気づかなかったその違いをギラーミンがみつけた、という事で、より一層その「見つけた事実」の重要性が増してくるのです。


 また、私の書き途中の話「バカを夢見た男達」のテーマは和韓併合という大きな流れを何とか防ごうと奮闘する話ですが、ここでも併合をさせたくないという総理に対し、そんなものは手ぬるい、併合すべきだ、しなければ私は辞任し、内閣を解散させてやる、と目論む軍人が登場します。それにより、大丈夫だろうか、うまく行くのだろうか、と読者に対するサスペンジョンを効かせる効果を期待しています。物語に「味」を加えるためにも、ストーリーの進むべきおおまかな方向性に対し、逆の方向性の事実、人物を入れる、という事がポイントです。

 

 話は戻ります。ここでの一連のサツキの慌てる様子はクライマックスに向けての助走となります、いわば「ホップ、ステップ、ジャンプ」でいえば「ホップ」にあたります。


 ここからです。宮崎駿監督はさらなる強力なアンチテーゼを何発も送り込むことにより、最後のクライマックスの印象を最大限に引き出します。次は「ステップ」にあたるシーンです。

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