第6話 強力かつ二重のアンチテーゼ

 ホップステップジャンプの「ステップ」にあたるシーンです。

 お母さんの退院が延期されることがわかり、それをサツキがメイに伝えるシーン。


サツキ「お母さん、今度帰ってくるの、延ばすって」

メイ「いやだーー」

サツキ「仕方ないじゃない、無理して病気が重くなったら困るでしょ」

メイ「いーやーだーー」

サツキ「ちょっと延ばすだけだから」

メイ「いやだーー」

サツキ「じゃあお母さんが死んじゃってもいいのね!」

メイ「いやーーーだーーーー」(いやだしか言ってない……(笑))

サツキ「メイのバカ! もう知らない!」

メイ「お姉ちゃんのバーーカーー」


 強力、かつ絶妙なアンチテーゼが光るシーンです。

 このシーン、どこが絶妙なのでしょうか。

 まずこの「メイ対サツキ」の対比。激しいアンチテーゼとなっています。そしてこのアンチテーゼのすごいところは、通常のアンチテーゼとは異なる点にあります。この、二人とも色が違う、つまり利害関係が対立しているわけではなく、両方ともお母さんが大好きで、今の状況に困っていて、苦しんでいる、つまり同じ立場の二人なのです。

 「お母さんの退院が延期」

 この事実に二人はひどくがっかりします。それでもお母さんのために受け入れようとするサツキ。素直に受け入れられないメイ。この一つの事実から浮かび上がる、がしかし対立する感情が激しく対比するシーンなのです。ではそれがどういう効果を発揮しているのでしょうか。

 通常、対比する場合、読者はどちらか一方に共感することになります。自分の感覚に近い方に共感し、ストーリーを追っていきます。しかしここでは違います。両方の言いたい事がわかる、でも激しく対立する。これにより、読者のこころも激しく引っ張られるのです。

 ……どっちの気持ちもわかる、でもこの対立する気持ちに苦しい……

 と、まさに読者は鎖に繋がれ、ひっぱられた状態、虜になってしまうのです。


 それだけではありません、ここでメイ、サツキ、それぞれの役割について特筆すべきポイントがあります。


<サツキの中でのアンチテーゼ>

 ここではメイとサツキのアンチテーゼ以外にももう一つのアンチテーゼがあります。それはサツキの感情です。あれだけ慌てふためいていたサツキ、退院延期でお母さんはどうなってしまうんだろうときっと不安でいっぱいであるはずのサツキが、このシーンでは一変して落ち着き払った表情をしています。それは何故か。内容については読者それぞれの自由なので、決めつけはしたくはありませんが、お母さんのためと思って、ぐっとこらえているのかもしれません。もし「ホップ」にあたる前のシーンで、それほどまでサツキが慌てていなければ、この落ち着き払った表情も特に違和感がなく、空振りに終わってしまうことでしょう。この「サツキの中での気持ちのギャップ」がアンチテーゼとなって、次の「ジャンプ」にあたるシーンへのさらなる追い風となっていきます。


<メイの役割:物語をストレートに映し出す>

 ここで改めてメイの存在の重要性を再確認することになります。物語には一つの大きな流れがあります。いい事があれば嬉しい、悪い事があれば悲しい。目標があればそれに進む、至ってシンプルです。ただ物語はシンプルでは面白くありません。なので、色々問題が起こります。しかしそれでも物語の方向性は作者としてははっきりさせておきたいのです、いわば「軸」としての役割の存在です。

 メイは小さい女の子。我慢ができない4歳という年齢の設定で、ストレートな感情を表に出していいというのを良いことに、この物語の「軸」の役割を担っています。「お母さんに会いたい」という感情を強烈なくらいストレートに表現します。それにより、サツキのお姉さんとしてぐっとこらえるシーンが際立ってくるのです。


 そしてこれらのやりとりが、物語のクライマックスへとさらなる追い風となっていくのです。次はいよいよ「ジャンプ」にあたるシーン、サツキの感情が堰を切ったようにあふれだします。


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