第13話 異世界との会話

「あ、お、おかえりなさいませ。」


 学校の門を出ると、電柱に体を隠したユキメが声をかけて来た。学校には来るなとあれ程言っておいたというのに。約束を守れないのであればそれなりの対応が必要かもしれない。


 今は鈴木と琴寄が一緒にいる以上、とにかくこいつと俺は関係が無いというアピールをしなくてはいけないな。


「あれ、この子、この間もいなかったか。」


 俺がユキメを無視して通り過ぎようとしたとき、反応したのは鈴木だった。よりによって一番気づかれたくない奴に見つかってしまった。


「あ、あの、その節は大変ご迷惑をおかけしました。」


 ユキメが鈴木の声かけに反応する。電柱の陰から出てこないのは、ユキメなりに迷惑をかけたという自覚があるからだろうか。


「外国の子?啓介の知り合いか?」


 このまま鈴木とユキメに話をさせるのは危険だが、うまい言い訳が思いつかない。


「申し遅れました!私、ダイダラス」

「ラトビア」


 俺が迷っている間にいつもの自己紹介を始めようとしたユキメをなんとか遮る。


「この子はラトビアから来た留学生で、今俺の家に泊めているんだ。」


 咄嗟の言い訳だが、ユキメが下手なこと言っても鈴木はラトビアの文化なんか知らないだろうからごまかせるかもしれない。とりあえず鈴木には「ラトビアから来てユキメという名前だ。」とだけ伝えた。


「ほう、外国の方ですか。どうですかな、日本文化は。」


「はい、素晴らしいです!見たことのないものがたくさんあって楽しいです。特にアニメ!これは面白いです!今日は『バツモテ』を5話まで見ました。」


 こいつ俺が学校に行ってる間、俺の撮り溜めしたアニメを見てたな。何しに来たんだと言いたいところだが、これでおとなしくなってくれればありがたい。


「それは素晴らしい!ユキメさんは作品の価値がわかっている。しかし女性で異世界ハーレムものを見ているのは珍しいね。『バツモテ』はギャグ寄りだからただのハーレム系ラブコメとは違って見やすいかもね。主人公が異世界に行った後に登場する女性キャラが特徴的で面白い。特に4話の新キャラには笑ったね。まさかバツイチの主人公にあんなことを言うなんて。」


「おい、ネタバレはするなよ。」


 最近のごたごたで、俺はまだ2話までしか見られていない。


「おっと、啓介はまだ見てないのか。ユキメさんは他のアニメは見てないかい?よかったらオススメのDVDを貸すよ。どんなのがいいかな?」


 ユキメが目を輝かせる。


「ありがとうございます!『バツモテ』は蓬村さんがかわいそうな話から、いろんな人がでてきてわいわいするところが面白いので、そういうのが見たいです!」


「なるほど、それなら楽しげな雰囲気のアニメがいいかな。日常系で『ぱらぱら』とか、少女マンガが原作でちょっとどろどろ系も入った 『椅子取りゲーム』なんかもいいかもしれないね。」


「わー!気になります!」


 なんかこいつら意気投合してないか?


「ユキメさん、あなたとは仲良くなれそうだ。友情の印にこれをあげましょう。」


 そう言って鈴木が取り出したのは缶バッジだ。


「バツモテの主人公、蓬村の缶バッジ。くじ引きで当たったんだけど、男キャラのグッズはいらないのであげます。」


 確かに、鈴木の部屋は美少女キャラまみれだ。


 缶バッジを受け取って、ユキメは嬉しそうに笑っている。


「ありがとうございます!」


「じゃあ、俺は帰るわ。またな。」


 そう言って鈴木は自分の家の方向に帰って行った。

 その様子を琴寄は静かに見ていた。


「鈴木さんいい人ですね!」


* * *


 学校から家まではユキメと琴寄と3人で帰ったが、あまり会話はなかった。


 家の近くまで来たところで琴寄と別れ、最後に「私にはちゃんと話してくれるんだよね。」と相変わらずの無表情で念を押されたので、「もちろん」と答えた。昼休みに約束したことだし、琴寄には全部話して味方になってもらったほうがいいだろう。


 家に帰って自分の部屋に入ると、誰かの話し声が聞こえてきた。1つは肉まんの声みたいだ。そういえば夕方ごろから姿を見ていなかったが、家に帰っていたのか。


『そうか、勇者は難しそうか。わかった。引き続き説得を続けてくれ。』


「な、なんだ、それは。」


 思わず驚嘆の声が出てしまった。


 部屋に入ると、両手を広げたくらいの大きさの鏡が宙に浮いていた。鏡には体の大きな男が1人映っている。


「おっと、帰って来てたのか。驚かせちまったな。」


 肉まんが振り返って俺の顔を見る。すると、鏡の中の男が肉まんの方を向く。


『どうした、ニック。勇者殿か?丁度いいな、挨拶をしないといけないと思っていたんだ。』


 男の声に肉まんが「了解」と答えた。


「啓介、これは魔法の一種でな、遠くにいる人間と会話ができる鏡だ。ちょうど俺が本国に連絡をしていたところでな。今映ってるのがダイダラス帝国軍で一番偉い将軍だ。ちょっと挨拶させてやってくれんか。」


 肉まんに返事をする前に、鏡に映った男が話始める。


『はじめまして、勇者殿。ダイダラス帝国将軍のタクマ・ディエゴ・ライオネスだ。ユキメとニックが迷惑をかけてしまっていると聞いているよ。すまなかったね。』


 ユキメの上官で、あいつを送りつけて来た張本人だろうから、どんな奴かと思ったらなんだかまともそうな男だ。ユキメの話だと異世界の軍人は剣と魔法で戦うらしいから、ライオネスという将軍が筋骨隆々といった風貌なのも納得だ。


 俺が無言でいると、ライオネス将軍は気を使ったのか、話をはじめた。


『ユキメから聞いていると思うが、我々は戦争中でね。居住殿に勇者としての助けを求めているところだ。今はその気はないと聞いているが、気が変わったらいつでも言ってくれよ。』


「悪いけど、その気になることは無いよ。」


『まあ、そうだろうな。せっかく平和な場所にいるのに、見ず知らずの国のために命をかけようなんて人間はそうそういない。それはわかっているから、もっと肩の力を抜いてくれてかまわんよ。ただ俺たちが勝手に信じてるだけだ。予言だからな。どんな形でかはわからないが、きっと君は俺たちの国を救う鍵になる。」


 諭すような態度も、自分勝手な期待も少しイラっとする。しかし、この男が一番話が通じそうなのも確かだ。


 それにしても「予言」か。思い返せばユキメが最初の頃に賢者だの預言者だの言っていた気がするな。こっちの世界だったら迷信だとか怪しい宗教だとかで一蹴するところだが、魔法がある以上予言もあるのかもしれない。そうは言っても俺が異世界に行くとは思えないが。


『我々はお互いのことを知らない。どうだろう、まずは多少時間がかかっても親交を深めてお互いのことを知るっていうのは。」


 ユキメも同じようなことを言っていた。彼の指示でユキメは動いているんだから当然だろう。しかしユキメは本心で俺の心を変えようとしているように思えたが、この将軍は裏がありそうな気がする。


「そっちには時間がないんじゃないのか。戦争中なんだろう。」


『もちろんそうだが、焦ってもいい結果になるとは限らない。それに、こっちだって色々と対策をしているんだ。そう簡単に国ごと滅ぼされたりはしないさ。』


 ダイダラス帝国の軍隊で魔人を抑えるということか。ユキメの話だとかなり戦況は良く無いように思えたが、陸上で歩兵が戦ういくさというものは守る方が有利なものだ。攻める側は食料を用意しなくてはいけないし、守りの兵も必要だから全員で攻めるわけにもいかない。守る側はその心配はないし、慣れた土地で罠も仕掛けやすい。ライオネス将軍の口ぶりからしても、簡単に負けることは無いんだろう。


『せっかくの機会だ、何か聞きたいことがあれば聞いてくれ。ユキメやニックじゃあまり答えられていないだろう。』


 確かに、ユキメはあの調子だし、肉まんは気がつくと居なくなっているのであまり話はできていない。


「そうだな、じゃあいくつか質問させてもらおうか。」

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