第4話 学校に来ました

 チャイムが鳴ると同時に、周りからはいくつものため息や嘆きの声が漏れる。

 しかしその声とは裏腹に、生徒たちの心の中は過ぎ去ったテストの内容よりも開放感でいっぱいだろう。俺は勉強やテストを苦に思ったことはないが、全て終わった達成感は全身に感じる。


 しかし今回はいつものテスト後よりも気分が良くない。テストの手応えが悪かった訳ではない。俺にとってテスト期間はすなわち趣味の時間なわけだが、昨日は趣味に勤しむこともできず、しかも夜まで色々考えてしまって寝不足だ。


 この気持ちをぶつける先はもう決まっている。


居住いずみ、テストおつかれ」


 後ろから話しかけられて振り返ると、見慣れた顔の女子が立っていた。


 琴寄皐月ことよりさつきは中学からの同級生だ。高校に入るまではほとんど話したことはなかったが、今は同じ卓球部に所属していてクラスも同じだから毎日顔を合わせる。


「すぐ部活行くのか?」


「久しぶりだし、居住も早く練習したいでしょ。鈴木君と山田君はもう先に行ったよ」


 琴寄はいつも無表情で眠そうな顔をしているが、実はやる気に満ち溢れたやつだ。誰より練習しているが、勝ちたくてやってるというより単純に楽しくてやってるので、人には押し付けない。それほど強豪校でもない、うちの部ではそのくらいが丁度いい。


「それに、この間の大会は居住のヘボスマッシュが返されて負けたからね。もっと練習してもらわないと」

 

 しかしなぜか俺に対してだけは毒舌が鋭い。まだ癒えていない傷を撃ち抜く右ストレートを、俺は軽やかにかわす。


「よし、早く行こう。ほら、琴寄、さっさと行くぞ」


 そそくさと荷物を鞄に入れて立ち上がり、学校の玄関へ向かう。卓球部が練習をしている第2体育館は学校の門を外に出てた道の反対側にあるため移動はめんどくさいが、敷地内の第一体育館はバレー部とバスケ部が使っているので仕方がない。

 俺が教室から出ると、頭上の肉まんも一緒についてくる。学校に入ってから一言も声を出さないのは、邪魔をしないように気を使っているのだろう。


 階段を降り、玄関で靴を履き替えたところで、額から汗が垂れる。暑いわけではない。


 なぜ俺はこれを予測できなかったのか。


***


 後悔。

 油断。

 

 学校の門を出ると、女子平均身長の琴寄よりも一回り小さい影が待ち構えていた。


「啓介様!学業お疲れ様でした!」


 満面の笑顔で出迎えてくれたのはユキメだった。琴寄の本気で引いている視線が刺さる。いつも無表情で眠そうな目をしているくせに、その目線の冷たさは的確に伝えてくる。


「差し出がましいかとは思ったのですが、お迎えにあがりました!」


 ユキメは俺の腕を掴み、家の方角へと誘導しようとする。昨日から思っていたが、ユキメはちょっとスキンシップが激しいというか、密着が多い。俺はそういうことには慣れていないので、その度に動揺してしまう。


「ちょ、ちょっと待てって!琴寄、違うんだ。これは。ユキメ、ちょっと、いや、まだ帰らないから」


 慌てているせいで、出てくる言葉がめちゃくちゃだ。とにかくこいつを止めないと。


「居住、この子供なに?ストーカー?」


 なぜそう思ったのかはわからないが、後で説明するから一旦待って欲しい。

 しかしユキメが琴寄に気づくと、場を整理する余裕もなくなってしまう。


「おや、あなたは啓介様のご学友ですか?申し遅れました!わたし、ダイダラス帝国軍 第5特殊小隊所属、ユキメ・ホワイトリングと申します。」


 俺の時と一字一句違わぬ自己紹介だ。昨日も思ったが、琴寄もいきなり聞いたことない国名の所属部隊を言われても困るだろう。しかし、琴寄は相変わらず無表情を崩さずに対応する。


「はあ、そうですか。地理は苦手なので、ちょっとそのダイなんとか国は知らないんですけど、外国の軍人さんが居住に何か用でしょうか」


 自分に挨拶されて対応しないといけないと思ったのか、めんどくさいから追い返したいのか、琴寄の考えはいまいち読み取りにくい。


「啓介様は私たちの国の勇者様なんです!昨日は断られちゃいましたけど・・・、しかし勇者様のお側にいるのが私の役目なんです!」


 琴寄は表情を変えずに、俺の顔を見た。この意味はわかる。ユキメとの会話を諦めたんだろう。俺もその気持ちは昨日痛いほど感じたからわかるぞ。俺の肩に手を置いたそれは同情か?ようやく、俺が変なのに巻き込まれたということがわかってもらえたようだ。


 一方のユキメは相変わらずにこにことしている。堅苦しいのよりはいいが、悪気がなさすぎて文句が言いにくいのも考えものだ。


 しかし、ユキメはこういうことを他人にペラペラ話していいんだろうか。肉まんは姿まで隠しているというのに。肉まんを見ると、我関われかんせず、といった顔でそっぽを向いていたが、心なしか額に汗が流れているようにも見えた。お前も大変なんだな。


「あの、ご迷惑だったでしょうか・・」


 俺と琴寄、そして肉まんの態度を見てか、ようやくユキメがしょんぼりとした表情を見せた。今回は完全に暴走してたし、ご迷惑でしたと言いたいところだ。しかし、ユキメの見た目は卑怯だ。これだけ整った顔立ちで、しかも子供のように小さな体で悲しそうな顔をされると、いじめている気持ちになる。


「そうじゃないのよ」


 フォローしたのは意外にも琴寄だった。そういえばこいつも可愛いもの好きだ。

 

「でも、学校に来るのは良くないよ。ほら、公立の施設に軍人さんが来ると国際問題?とかあるし?」


 しかし内容は適当だ。


「すみません!お勉強中はお邪魔かと思って外でお待ちしていたのですが、ご迷惑おかけしました。」


 それでもユキメは納得した様子だ。会話になっているようでなっていない雰囲気の中、俺はどうやってこの場を終わらせようかと悩んでいた。


 そして、この時俺はもう1つ大きなミスをしたことに気がついた。


「おう!居住、琴寄!どうしたんだ、部活行かないのか?!」


 校門からこちらに向かう方向、つまり、ユキメの背後から同じクラスの山田が近づき、俺たちに声をかけた。大きな声で。


 その瞬間、山田はボフンと音を立てて消え去った。


「山田ああああああああああああああああ!」


 山田の後ろから来ていた鈴木が叫び声をあげた。


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