第3話 肉まんおいしいです

 今日もテストだと言うのに、俺は寝不足で重いまぶたが閉じそうになるのを耐えながら通学路を歩いている。

 

 別に試験勉強をしていたわけではない。するつもりもない。本来なら夜までアニメ鑑賞会だったはずだが、机の引き出しから現れた謎の少女の異世界講座&勧誘によって阻まれたのである。

 

 何とか異世界に連れて行かれるのは拒否したが、その少女−ユキメは諦めた様子ではなかった。

 

 その証拠(?)に、今目の前に不思議なことが起きている。


「何で俺の前に肉まんが浮いてるんだ?」


 つい口に出してしまったそのままのことが起きている。なぜか目の前に肉まんのような物体が浮いているのである。


「ニクマンってのは何だ?」


 驚くことに、その肉まんは俺に向かって話しかけて来た。よく見たら小さな手足も生えている。意味はよくわからないが、心当たりはある。例の異世界関連だろう。昨日の時点では異世界というのは半信半疑だったが、とりあえずただのマジシャンや超能力者じゃないことはわかった。


「お前は何なの?」


 口から出たのは実にシンプルな質問だった。勝手に人の目の前でプカプカ浮かんでるんだから、名前くらい名乗ってほしいもんだ。


「俺か?俺はニック・マンガンジ・ジョンソン。ユキメの相棒みたいなもんだと思ってくれ。」


 とりあえず呼び方は肉まんで確定だ。しかし、人間ではないだろうから「誰」ではなく「何」と聞いたんだが、それは教えてくれなかった。名前を名乗る時のキリッとした顔が鼻につく。しかし、夜中まで話をされただけでなく学校にまでついてこられたら煩わしいな。


「ふーん、じゃあ肉まんも俺に異世界に行けって言ってくるのか」


「いや、それはユキメの仕事だ。俺はお前のそばにいるだけだよ。お前は俺たちの大事な勇者様だからな。何かあったら困るだろ?」


 人間にこのドヤ顔で同じことを言われたらムカついていたかもしれないが、相手が肉まんだからか、昨日からの展開について行けてないからか、不思議と苛立ちはない。しかし、俺の身に何かあったとしてこの肉まんに何ができるのだろう。


「俺としては、早くお帰り願いたいね・・」


***


 ユキメはまだ異世界に帰っていなかった。


 あの後すぐに姉の居場所が判明した。


 案の定異世界に飛ばされたていたらしいが、向こうの世界は勇者様がやってくるのを今か今かと待ち構えていたので、無事に保護されていたらしい。


 使った召喚魔法は時間が経つと元の世界に帰るらしく、姉もしばらく待ったらまた煙を立てて帰ってきた。「金髪碧眼のイケメンに口説かれた」とか喜んでいたが、いきなり異世界に飛ばされてそんな感想が出てくるのは我が姉ながらどういう神経をしているんだろう。


 ユキメはその後申し訳なさそうに帰って行ったが、朝起きると今度はキッチンに立っていたので驚いた。しかし更に驚いたのは、作っていた朝食がすごく古典的な和食だったことだ。土鍋で炊いたらしいふっくらとしたご飯からは、もくもくと湯気が立っていて、魚の焼き加減は見事という他にない。ユキメは小さな体でせっせと動いて料理を食卓に運んでいた。


「やっぱり朝はご飯とお味噌汁があると元気が出ますよね!」


 とか言ってたが、ダイダラス帝国の主食は米なのか?なんて日本人に馴染み深い異世界なんだ。ユキメは今日の朝は特に異世界に来いなどは言って来なかったが、食べ物で釣る作戦にしたのだろうか。


 そして問題はそこではない。昨日家から出て行った後、ユキメはてっきり異世界に帰ったものだと思っていたが、そうではなかったらしい。


「まさかこの家に住み着くつもりじゃないだろうな」


 それこそアニメにありがちな展開になってしまうが、現実的には無理な問題だ。よくあるラブコメの主人公は都合よく親が長期不在だったりするが、我が家はそんなことはない。


「そんなことはありません!」


 怪訝そうな表情から安堵の顔に変わりかけた俺に、ユキメがぴょんぴょんと飛び跳ねそうな勢いで畳みかける。


「勇者である啓介様の家に勝手に住み込むなど、あるわけありません!昨日啓介様が話を聞いてくださった後、寝泊まりできそうな場所を探してみたんです。」


 そういえば確かに、昨日失敗して落ち込み気味のユキメは家の外に出て行った。その出口が窓だったことは気になったが、疲れたので放っておくことにしたのだ。


「そうしたら、家のすぐ近くに丁度いい空き地を見つけたので、そこに野営しています!」


***


「このまま家の近くでテント張らせて、警察沙汰になられても困るし、とりあえず家に上げるしかないか・・・」


 今日は少し寝坊したので家族がいなかったが、いたらどんな反応をされることか、気が重い。もしかしたら既に鉢合わせているのかもしれないが・・・。


「心配するな。俺たちはこう見えて軍人だ。ユキメも多少の外敵は1人で倒せる。」


 心配のポイントがずれている上に、相手が警官だったら倒されたら困るのだが肉まんは誇らしげな顔だ。それにしてもユキメはあれだけ体が小さいのに強いとは、やはり色々な魔法が使えるのだろうか。


「・・・で?」


 何かを期待する顔で肉まんがこっちを見てくる。


「何が?」


「いや、何が?じゃないだろ、さっき聞いたじゃないか。ニクマンって何なんだ?ずっと俺のことをニクマンって呼んでるだろう。イケメンの俳優の名前か?」


 向こうの世界でも俳優はイケメンなんだろうか。というかこれはツッコミ待ちなのか?相変わらずキメ顔の肉まんを見ると、本気のように思えるが。


 この気さくな肉まんを見ていると無性に肉まんが食べたくなってきたので、ついでにコンビニで買って来ることにしよう。俺は思い立つと早速コンビニに入り、誰も並んでいなかったレジに直行する。肉まんも律儀にコンビニについて来て、俺の頭の上に浮かんでいる。


「これが肉まんだ。」


 コンビニで買ってきた肉まんを肉まんに渡すと、ムシャムシャと食べだしたその姿はまさに共食いである。


「これはうまいな!気に入った!それにしても俺が肉まんか、確かに似てるな。ガハハハハ!」


 怒り出すかと思ったが、意外にも気に入ったようだ。肉まんのくせになかなか陽気なやつだ。異世界人は元気が取り柄のやつばっかりなのか?こいつは異世界“人”ではないだろうけど。


 学校に近づくに連れて、人通りが増えていく。そういえば、こんな肉まんが宙に浮いているのに誰も気に留める様子がない。


「俺のことはお前以外は気がつかないぞ。そういう魔法なんだ。」


 察しがいいのか、不思議そうにしている俺を見て肉まんが勝手に答える。魔法、というものについては昨日ユキメに(半ば強制的に)教わった。人間の体の中にある魔力と、異世界の空気が合わさってできるものらしい。だから基本的にはこっちの世界で使えるものではないはずだが、肉まんに魔法がかかってるということは何かこっちでも使える方法があるんだろう。ちなみに昨日ユキメも魔法を使っていたがあれは”特別”なんだとか。


 空飛ぶ肉まんなんて、同じクラスの鈴木にでも見せたら面白がって興味を示すだろうと思ったが、見せられないのは残念だ。

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