第2話 異世界には行けません

「で、結局のところ、あなたは何なんでしょうか?」


 今俺は、ユキメと名乗る女と向かい合って座っている。異世界人のくせに座布団の上での正座が綺麗だ。場所は相変わらず俺の部屋だが、『バツモテ』は落ち着いて見られないので一旦停止した。


「はい!私の長所はとにかく元気なところです!」


 面接の時の就活生のように、聞いてもないのに長所やアピールポイントを喋って来られても、俺が聞きたいのはそんなことではない。にこにこと元気よく答えても点数は上がらないのだ。


「この世界とは別の世界とか、戦争しているだとか、全然信じられないんだけど。」


 ユキメの話を要約するとこうだ。この世界とは違う異世界が存在していて、ユキメはその世界の人間であり、さっきこの世界にやって来た。その世界で人間の国は戦争をしていて、相手はいわゆる魔物やら魔族やらといった生物らしい。


「はい!そして、啓介様は私たちの世界を救ってくださる勇者さまです!」


 そこが一番意味わからん。俺だって男だ。世界を救うだの、伝説の勇者だの言われて心が踊らないわけがない。でもこの歳になればみんな知っているんだ。世の中にうまい話はないし、耳障りのいいことを言ってくるやつはなんか企んでるやつだって。


 目の前の女が俺を騙しているようには見えないが、本人も騙されているとか、勘違いとか、色々あるだろう。机の中から突然出て来たのは説明できないが・・・。


「とりあえず異世界というのは信じたけど、何で俺が勇者なの?」


 まだアニメを見るのを諦めたわけではない。口では信じたと言うものの、俺の優先すべきは早くこの事態を解決して至福の時間を取り戻すことだ。


「よく聞いてくださいました!そもそも私たちの帝国はですね、300年の歴史を持つ世界最大の国なんです。北には雄大な山脈、東には広大な平原、西には美しい海!非常に環境に恵まれた土地で、大勢の人が暮らしています。鉄や金属の工芸品が優れていて、食べ物も美味しいんです!それで・・」


 やばい。これは長くなりそうな話し方だ。待ってましたと言わんばかりに自国の歴史から話し始めたユキメを何とか静止しなくては。


「うん、わかったけど続きはまた今度に」


「それで、北の森の先に、リュドウス山という山があるのですが、ある日山を越えて、魔族がやって来るようになったんです。彼らは強力な魔法を操り、見たこともない魔術を使い、人を襲います。はじめのうちは地の利と人数で耐えていましたが、どんどんやって来る魔族にだんだん帝国軍でも抑えられなくなってきて、とうとう帝都の手前、シンドの森まで魔族が現れるようになったんです。」


 ユキメの顔が深刻になる。魔族ってのがどんなものなのかはわからないが、自分の国が侵略を受けてるんだ、楽しい話なわけはないだろう。ユキメの真剣な話し方のせいだろうか、俺は異世界や魔族なんて話をいつの間にか信じはじめている自分に気づいた。詐欺にしては突拍子もなさすぎるしな。


「帝国全体が恐怖と不安に包まれていく中、1つの希望が現れたです!」


 すでに嫌な予感しかしない。


「帝国の賢者である預言者様が、帝国を救う勇者が現れると予言されたのです!それが啓介様です!」


 にこにことこちらを見るユキメに、ため息で返す。


「異世界に行くって言ったって、どうやって行くんだ。さっきみたいに机の引き出しから行けるのか?」


「いえ、啓介様は勇者様なので、違うんです。ただ来ていただくだけでなくて、1度生まれ変わっていただきます!」


「は?」


 思わず声が漏れた。生まれ変わる?死ぬってことだとしたら冗談じゃないぞ。


「生まれ変わるといってもご心配なく!魔法で行いますので、一瞬でダイダラス帝国に移動して、勇者として生まれ変わります!記憶や人格は変わりませんのでご安心ください。」


「ちょっと待ってくれ、今の俺は死ぬってことなのか!?」


「死ぬのとは違いますが、今の啓介様の存在はいなくなることになりますね。」


 さらっと言ってくれる。


 予言で勇者に俺が選ばれるなんて、アニメやゲームそのままで心が躍りそうになる。しかし、ユキメの話を信じたとしても、冷静に考えれば俺にできる答えは1つだけだ。


「状況はわかったけど、そんな大変な状況ならなおさら、こんな何もわからない痩せ型の男を連れて行っても意味ないよ。魔術?とかわからないし、剣も握ったことない。命だって惜しい。悪いけど、俺にしてあげられることはないよ。」


 若干嘘は混じっているが、概ね本心だ。かわいそうには思うが、見ず知らずの国どころか、見ず知らずの異世界の為に命はかけられないし、生活や人生も費やしたくない。


 俺の言葉はユキメにとっては唯一の希望が消えた瞬間で、絶望的な状況のはずだ。しかし、それを聞いてもユキメの笑顔は崩れていなかった。


「わかってます!」


 ユキメは正座の体制から膝を伸ばして上半身を起き上げ、手を伸ばして俺の手を握った。


 驚きのあまり、俺の手の先から肩、背中までがビクビクっと動いて、手を振り払う形になった。正直女性に触られるのは慣れていない。冷静を装っていたが、実は部屋に女の人と2人きりというだけで緊張していたんだ。しかも、ユキメはいちいち動きが大きいから、その度に大きな胸が動き、純粋な青少年は目を反らすのに一苦労だ。耳が赤くなっていないだろうかと心配になる。


「私、こっちの世界は初めて来ました。だから、啓介様がどんな生活をしてるか、あんまり知らないです。でも、いきなりこんな話して、すぐに来てもらえるなんて、思ってません!」


 ユキメの青い瞳が、俺の目線を捕まえる。俺は何となく逃げたくて、目を泳がせる。


「すぐに来てくれたら嬉しいですけど、まずは、もっと私たちの国の話を聞いてくれませんか?」


 結局は連れて行くのが目的なんだから、話なんか聞かない方がいいんだけど、断りにくい。むしろどうせ断るのだから、話くらい聞いてあげてもいい気がしてきた。しかし、今じゃなければの話だ。

 答えを詰まらせている間も、ユキメはじっと俺の目をまっすぐに見つめている。


 なんて断ろうか考えている中、突然、俺の部屋のドアが勢いよく開いた。


「ちょっと、啓介、うるさい!なに一人で騒いでるの!」


 入ってきたのは俺の姉だった。



 そして、姉は突然そこから跡形もなく消えた。




「は?」


 意味がわからないと思うが、俺もわからない。部屋から出て行ったとか、物陰に隠れたとかそんなことではない。ボフンという音を立てて、その場から完全に消え去ったのだ。


「キャー!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 それを見てユキメが騒ぎ出す。


「わたし、びっくりすると魔法を出しちゃうんです!今のはどなたでしょう?どうしようどうしよう。どうしたらいいですか!?」


 それは俺が聞きたいことだ。


 ユキメは完全に慌てているが、訳がわからないのはこっちなのだ。姉はきれいさっぱり消し飛ばされてしまったようだが・・。


「落ち着いて。あれは俺の姉ちゃんだけど、何をしたんだ。姉ちゃんは生きてるのか?」


 ユキメは俺の顔を見ると、少しだけ息を落ち着かせながら答えた。


「は、はい!ごめんなさい!生きているはずです!わたしの魔法は次元魔法なので、どこかに飛ばすだけです」


 とりあえず死んでなくてよかった。


「ただ、いつもは向こうの世界で使う魔法なので、近所に飛ばすだけだったんですけど、こちらの世界で使うのは初めてですが、私たちの国に飛ばしてしまったかもしれなくて・・・」


 姉があの世かこの世かもわからない世界に飛ばされたところで、俺はようやくアニメを見ることを諦めた。

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