第17話 ダイダラス帝国の思惑

 彼女を見た最初の感想は「ちょっと怖い」だ。


 その整った顔立ちは、全く崩れない表情で固まっているかのようだ。しかしその印象はすぐに変わった。


「きゃー!!ミラ様!お久しぶりです!」


 ライオネス将軍を見たときよりも更に1段高い声でユキメが叫ぶ。


『ん?ああ、ユキメか。元気そうだな。』


「はい!ミラ様にお話ししたいことがたくさんあるんです。こちらの世界の素敵なお洋服のこととか、食べ物の話も!とくにお菓子が美味しいんです。ミラ様は栗がお好きでしたよね。ダイダラスの栗どら焼きも美味しいですが、こちらでは栗がケーキになっているものがあるんです!それもクリームがぐるぐるとしてて、食べるとトロっとしてて甘くておいしいんです。ミラ様にも是非お持ちして食べていただきたいなあって。」


 久しぶりのユキメマシンガントークが炸裂している。ミラと呼ばれた女性もユキメの勢いにはたじろいでいる。


『ユキメ、わかったからちょっと落ち着いてくれ。』


 ミラの様子をみてユキメが「やってしまった」という顔をする。


「すみません!ライオネス将軍や啓介様の前でこんな話をしてしまって!」


『ああ、ユキメがミラを慕っていることはわかっているよ。でも今は大事な話をするところだから、また今度にしてくれな。』


 ライオネス将軍がユキメを落ち着かせようと制止する。


『勇者殿、ユキメが騒がせてすまない。では、あらためて今の状況とこちらの作戦をお話ししよう。』


『はい、私からお話しさせていただきます。しかし将軍、状況はともかく作戦まで話してしまっていいのですか?軍事機密ですが。』


『それは大丈夫だろう。何せ異世界だ。勇者殿から魔人に情報が漏れることは万が一にも無いさ。』


 確かにその危険は無いだろう。別に作戦を聞きたくは無いが。

 将軍の言葉を聞いて納得したのか、ミラが話を始める。


『ダイダラスの北にリュドウス山という大きな山があります。今我々は、その山を超えてやって来る魔人から攻撃を受けています。』


 ここまではユキメが最初に来た日に聞いた気がする。


『初めに魔人が現れたのが3ヶ月前。1人の魔人がリュドウス山で訓練中の兵士と鉢合わせになり、交戦。兵士一人が戦死しました。』


 戦死・・・。ニュースの様に淡々と話される言葉が、現実の出来事だという実感として伝わって来る。


『それからリュドウス山で度々魔人との接触、交戦がありました。その数は徐々に増えていて、3ヶ月前は3回。2ヶ月前が8回。先月が22回です。リュドウス山での警備を強化してからは戦死者は出ていませんが、完全に防衛できてもおらず、ダイダラス城下町とリュドウス山の間にあるシンドの森まで魔人が入り込んだことが先日発覚しました。』


「大勢で攻めてきているっていうよりは、少人数と鉢合わせたって感じなんだな。」


『そうです。そもそもリュドウス山は非常に標高が高く険しい山ですので、大群が装備と兵糧を持って越えて来ることは考えにくいのです。しかし魔人達は少人数ではあるものの、山を越えて来ています。その数はどんどん増えていますから、軍隊で攻めてこないとは言い切れません。』


「確かに、今まで魔人が襲って来たことなんてなかったのに数ヶ月で急に増えて来たって言うなら、何かしら山越えができる技術を手に入れたか、無理してでも攻めてこなくちゃいけない事情があるかだろうな。」


『はい。そして魔人達の目的は解っていません。なぜ突然山を越えてやって来たのか。なぜ我々を攻撃するのか。その裏で何を企んでいるのかなど、現在具体的な情報を探っているところです。』


 本当に何も解ってない状態なんだな。だからこそ普通の住人達は不安を感じているだろう。何が目的かもわからず襲われ続けるというのは恐ろしいことだ。


『ここまでの話で解ったと思うが、今はまだ最悪の状況ではない。しかしこれ以上魔人が増えれば、いよいよ町にまで踏み込まれるかもしれない。そうなったら最悪の事態に発展することも考えられる。』


 画面は変わらずミラが映っているが、横からライオネス将軍の低い声が聞こえてくる。


『しかし我々はただ手をこまねいているわけではない。』


 画面に映っているミラが横に立っているであろうライオネス将軍に向かって頷き、こちらに向き直す。


『1つは先ほども言った通り、リュドウス山やシンドの森に警備を増やすことです。魔人は2人から4人の少人数で行動していますから、こちらは5人以上で行動して常に数の利を得ます。』


 それは戦闘面では確かに有益だが、人数が1箇所に集まってしまっては警備の目が粗くなる。とはいえ人数を減らして兵が殺される事態は避けたいだろうから、仕方がないのだろう。


『そしてもう1つが、攻勢に出る準備です。』


「攻勢?相手の本拠地は山の向こうじゃないのか?」


『確かに魔人は山を超えて来ますから、山の向こうに魔人の国があると考えられています。・・といっても数十年前に山の北側を調査した時には、そこに魔人の国があるという記録はなかったのですが。』


 ミラが地図をこちらに向けた。手前に森があって、奥に山があるので、これがリュドウス山周辺だろうか。


『攻撃するのは敵の本国ではなく、遠征地です。山を超えてきた魔人達はリュドウス山のどこかに補給地を作っているはずです。補給地にとどまり次の仲間と食料の補給を受ける。そうしなければ次々に魔人がその人数を増やすことも維持することができないからです。我々の作戦はその補給地を見つけ出し壊滅させることです。』


 彼女の言うことは概ね的を射ていると思う。しかし・・・。


 いや、これ以上考えるのはやめよう。作戦について、全てを話しているわけではないだろうし、余計なことを言って作戦に影響を与えてしまっても責任は取れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る