2章 戦の様相

第8話 ダイダラス帝国の憂鬱

「ふむ・・・」


 石造りの薄暗い部屋で、一人の男が佇んでいる。外は太陽が出ているが、窓の小さいこの部屋には十分に光が届いておらず、男の顔が陰って見える。


「どうしたんですか?そんな真剣な顔をして。」


「ミラか。」


 ミラ・クラステンは若くしてダイダラス帝国軍の騎士団長を任される剣士である。短く切られた綺麗な黒髪が凛と整った顔立ちにマッチして、帝国軍内でもなかなかの人気だ。


「灯りをつけないんですか?魔法灯があるでしょう。」


「戦時中だ。魔力は節約しないとな。お前こそ珍しいな、城内のこんな上階にいるのは。皇帝陛下のお呼び出しか?」


「いえ、そういうわけでは・・・。陛下はこの時間まだお休み中でしょう。」


「それに、軽装とはいえ鎧まで着てるじゃないか。」


 ミラは肩、胸、腰だけを守れる小さな鎧を身につけている。


「いつ何があるかわからない状況ですから、いつでも戦えるようにはしていますよ。」


「真面目なやつだ。しかしその格好はセクシーだな。敵も魅了されてしまうのではないか?」


 ミラの足が男のすねを強く蹴る。男は激しい痛みに襲われたが、真顔を崩さない。


「侮辱は許しませんよ、将軍とはいえ。」


「ミラ、お前なあ、こんなこと他の人にしたら怒られるぞ。」


「他の人にはしないので安心してください。ライオネス将軍であれば耐えられると信じてのことです。」


 タクマ・ディエゴ・ライオネスはダイダラス帝国の将軍にして、魔族侵略に対する防衛戦の総大将だ。ダイダラス帝国はここ数百年大きな戦争をしていないため、帝国軍の役職は少ない。将軍が1人と4つの騎士団それぞれに騎士団長がおり、それ以外には兵隊数百人ごとに兵隊長がいるだけだ。とはいえ実力主義の軍内で将軍まで上り詰めるのは簡単ではないが、ライオネスはその鍛え上げた肉体と持ち前の性格で国の上層部からも軍内部からも厚い信頼を得た。


「それで、リュドウス山の様子はどうだ?」


 急に真面目な顔をして話始めるライオネスの合わせて、ミラも気を引き締める。


「調査に向かったシエスですが、昨日の定時連絡以降に伝令はありません。予定通りならそろそろ例の場所に着いている頃ですが・・・。」


「この作戦は情報と時間が命だからな。シエスが目的の情報を得たら、いつでも動けるように俺たちも準備しておかなければならん。」


 ミラが心配そうな顔でうつむき、拳を握る。


「シエス・・・無事だといいけれど。」


「大丈夫。シエスは剣も魔法もダイダラス随一だ。魔族にも遅れはとらん。」


 ライオネスがミラの肩に手を置くが、無言で払われる。


「ま、来るか来ないかわからない勇者様に期待してただ待っているわけにもいかないからな。俺たちは俺たちでできることをしよう。」


 力強い言葉で言ったライオネスを、ミラが見上げる。


「頼り甲斐があるわね。あの泣き虫だったタクマが嘘見たい。」


「いつの話をしてるんだよ・・・。だいたい、子供のころ泣いてたのはミラにいじめられてたからなんだが。」


「あら、そうだったかしら。でも3つも年下の女の子にいじめられるのが情けないんじゃない?」


「まあ、そのおかげで努力してここまでこれたってのはあるけど・・・。シエスは昔から優しかったなあ。」


ミラのつま先がライオネスのすねに勢いよくぶつかった。

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