絶対に異世界転生しない!

右城歩

1章 異世界には行きません

第1話 異世界に来てください

 男は誰だって正義の味方や勇者に憧れる。


 俺だってそうだ。


 冒険をしたり、悪の組織と戦ったり、美少女を助けたり。もちろん高校生になった今では現実と妄想の区別くらいついてるから、せいぜい漫画やアニメで主人公に自分を重ねて楽しんだり、寝る前にちょっと妄想したりするくらいだ。


 最近は主人公が異世界に行って活躍する話を読んだ。その主人公はいつも強くて、優しくて、人々の憧れの存在で、もちろん俺もそんな主人公に憧れた。


 とは言うものの、それは妄想の中だからいいのである。


 実際にはその主人公と俺は生まれも境遇も違うし、俺は俺で今の生活があるのだから、そう簡単に異世界に行ってしまおうというわけにはいかない。親もいるし、学校に行けば部活もあるし、もうすぐ中間テストだし、話したことはないけどクラスには好きな子もいる。将来だって考えなきゃいけない。異世界なんて電気もなさそうな世界じゃ好きなアニメも見れそうにない。


「そんなわけで、異世界に行くのはちょっと無理かな。」


「そんなこと言わずに、私たちの世界を救ってください!勇者様!」



 ***



 今日は貴重な日だ。


 いつもなら部活の時間だが、今は中間テスト前なので部活がなく、早く家に帰れるのだ。普段から授業をちゃんと聞いて勉強している俺はテスト前に慌てる必要はなく、試験期間の放課後は録画しておいた深夜アニメをまとめて観る時間と決めている。いつも部活に勉強にと規則正しい生活をしなければならない俺は、深夜アニメをリアルタイムで見ることができないので、この時間は本当に貴重だ。

 特に今日見る予定のアニメ『バツイチな俺が異世界でモテモテ勇者に!?』は原作から好きでアニメ化されるのを楽しみにしていた作品だから、誰にも邪魔されずに楽しみたい。


 家に着いたら早速さっそく鑑賞会の準備だ。


 荷物を置いて、着替えたらまずは台所に行く。アニメを見始めたら極力動きたくないので、飲み物やお菓子を用意しておく必要があるのだ。必要な物を揃えて自分の部屋に入ると、机の上にはアニメのためにと買ったテレビとレコーダーが置いてある。電源を入れ、迷うことなく『バツモテ』の第1話を選択する。テレビが一番観やすい位置に座り、さあ、いよいよ、至福の時間が始まる時だった。


 光を放ったのはテレビでは無かった。


 最初はアニメへの期待感のあまり画面が輝いて見えたのかと思ったが、そんなわけはない。光っているのはテレビの下、机の引き出しだ。引き出しの隙間から眩しい光が漏れ、ガタガタと揺れていた。意味がわからない。爆発でもするのか?なんだかわからないが身の危険を感じた俺は机から少しでも離れるために、後ろにあるベッドに飛び込んだ。


 その時、ガタガタと揺れていた引き出しがひとりでにぐいっと引き出され、放たれた光で部屋が満たされていく。


 光の中から腕がにゅっと飛び出してきて、机のふちを掴むと、はい上がるように1人の女の子の顔が現れた。女の子は引き出しの中から体を持ち上げ、そのままの勢いで足先まで飛び出し、俺の部屋の床に着地した・・・かったのだろうが、頭から床に落ちた。身長が足らなかったようだ。


 いつの間にか光は収まっていたが、俺は布団にくるまって防御の体制を崩さない。しばらく痛そうに床を転げた後、いてて・・と声を漏らしながら立ち上がったその女性は、見たこともない綺麗な銀髪が肩まで伸びていた。


 透き通った青い目は、吸い込まれそうなほど綺麗だ。幼さの残るその顔立ちに低い身長と、軍服のミスマッチが独特の雰囲気を醸し出している。


 引き出しから現れた女の子は、しばらく物珍しそうに青い目をキョロキョロと動かして俺の部屋を見渡していたが、俺を見つけると少し口元が緩んだ気がした。そして俺のいるベッドに向かって、数歩の距離をちょこちょこと足早に近づいてきた。


「あなたが、居住啓介いずみけいすけ様ですか?」


 彼女は俺の名前を呼ぶと、手を頭の位置に素早く動かし、敬礼の姿勢を取った。


「申し遅れました!わたし、ダイダラス帝国軍 第5特殊小隊所属、ユキメ・ホワイトリングと申します。」


 ポカンとしている俺に、ユキメと名乗った女はニコッと笑いかけた。


「状況を理解いただけないことは承知しています。しかし、私は啓介様に私たちの世界に来てもらわないといけないんです!」


 何も言えないでいる俺は、ユキメの後ろで流れている『バツモテ』のオープニングテーマソングが気になっていた。

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