3章 日常と異世界

第11話 新しい日常

「どういうつもりなんだ、いきなり荷物をまとめて出ていくなんて!」


 男は電話口に声を張り上げる。その声は震えており、男にとって非常事態が起きていることがわかる。


『いきなりじゃないわ。何度も言ったじゃない、このままじゃやっていけないって。』


 電話の相手は冷静な口調で話している。電話をしている男、蓬村智史よもぎむらさとしが冷静でいられないのも当然だ。仕事から帰ったら、妻も娘も家におらず、洋服などの持ち物も無くなっていたからである。娘が生まれて数年。子育てや家事の分担に折り合いがつかず、蓬村の妻は不満を抱えていた。そのことを妻は解決しようと蓬村にそれとなく意見を言っていたが、彼は会社で大きな仕事を任されたばかりで忙しく、あまり真面目に話を聞いていなかった。


「とにかく、一度ちゃんと話をしよう。帰って来てくれよ!」


『もういいの。離婚届けはテーブルの上に置いておいたから、印鑑を押して役所に出してちょうだい。』


 蓬村の懇願に、妻は聞く耳を持たない。切れてしまった電話をつかんだまま、まだ新しいソファーにうなだれる。買って2年しか経っていない一軒家も、1人では広すぎる。


「くそっ、今の仕事がうまくいけば出世して、家族も幸せにしてやれると思って頑張ってたってのに・・・。」


 蓬村の目から涙がこぼれおちる。


 そこで画面は切り替わり、ここまでの話には似合わない軽快な音楽が流れ出した。キャラクター達が踊り出し、目まぐるしく画面が移り変わる。ダンスが終わると、『バツイチな俺が異世界でモテモテ勇者に!?』というアニメのタイトルが大きく映し出された。


* * *


「蓬村さん、かわいそうです〜」


 ユキメが涙を流してテレビに食らいついている。このアニメはコメディだが、序盤は主人公の蓬村智史よもぎむらさとしが妻に出て行かれてから正式に離婚するまでのストーリーが生々しく描かれており、主人公に感情移入できるようになっている。


 俺にとってはずっと楽しみにしていたアニメだ。


 しかし、横でユキメが騒ぎながら見ていると落ち着いてアニメに集中できない。


* * *


 昨日は非常に疲れた。


 連れ帰ったユキメを家に住ませるため家族に紹介したのだが、案の定説明は難航した。


「えーと、この娘は一人で日本に来ていて、住むところが無いらしいんだ。しばらく家に置いてあげられないかな?」


 精一杯ごまかした言い方をしてみたが、我ながら苦しい説明だ。母さんも怪しんだ目で俺を見ている。というか困っている。子供の俺から見た主観だが、母さんは普通の人だ。そしてまともな人間で、一般的な感性を持っている。


 こういうときアニメだと、「あらかわいいじゃない、いいのよいくらでも泊まって行きなさい」なんて感じでご都合的に受け入れられたりするが、現実はそうはいかない。


「うーんと、何から聞いたらいいのかしら。まずその子はちゃんと合法的に日本に入国した人なのよね?」


 そうだよね。普通はそう思うよね、住む場所の無い外国人なんて、俺でも気になるよ。違法入国者を家に住まわせるのは抵抗あるもんね。


「大丈夫。外国から違法入国したわけじゃないよ。」


 嘘では無いと思う。異世界からの入国がダメなんて法律はないだろう。日本国籍もビザも持ってないから滞在は法律違反かもしれないけど、嘘は言ってない。法律そんなに詳しくないから間違っているかもしれないが。


「まだ小さい子みたいだし、親御さんは何をされているの?まさか家出じゃないでしょうね。学校は行っているの?」


「ご心配おかけします、お母様!こう見えて士官学校を卒業しておりますので、一人前と扱っていただいて問題ありません!」


 あいかわらず会話になっているのかよくわからないユキメの言葉を聴きながら、俺は背中に冷や汗をかく。異世界だの魔法だのは絶対に言わないでくれと事前に言っておいたが、ユキメを見ているとうっかり話してしまいそうな気がする。


「勇者様のご自宅に泊めていただくなんて大変ご無礼は承知ですが、できるだけお邪魔をせぬよう気をつけます。物置でかまいません。寝る場所だけでも貸していただけないでしょうか。」


 さらっと言ったな。一番言ってほしくない単語を。


「え、勇者?何?」


「な、なんでも無いよ!」


 また、ユキメのペースだ。ユキメがいると、いつもユキメのペースに巻き込まれる。ユキメをにらむと、はっと気がついたような顔をしてから頭をぺこぺこと下げる仕草をした。


「2階は1部屋余ってるだろ。おいてあげてよ。」


 再度頼んでみるが、かあさんは「うーん」と唸るばかりだ。


「いいじゃない、泊めてあげなよ。」


 助け舟を出したのは、意外にもアホだった。


「そのかわり、またイケメン紹介してね。」


* * *


「おはよう、勇者様」


 朝の通学路。


 後ろから声をかけられて振り向くとそこには琴寄がいた。


「やめてくれ、マジで。」


 昨日は助けられたとはいえ、このイジりだけは許容できない。


「で、結局なんだったのかよくわからないけど、解決はしたの?」


 琴寄からすれば部活休んで解決してこい、と送り出したのだから当然の質問だ。


「そうだな、まあ、状況は悪化したな。詳しいこと言えなくて悪いけど。」


 特に異世界人が家に住み着いたことは絶対に教えられない。


「ふーん、でもこれ以上練習休まないでよ。大会も近いんだから。」


「わかってるよ。俺だって次の大会は本気だ。田中さん達の最後の大会だしな。」


 そうだ。昨日はバタバタして練習できなかったが、本当はそんな場合じゃないんだ。俺には俺で目指すものとやるべきことがある。


 ユキメにも絶対にもう学校に来るなと念を押したし、肉まんはあいかわらず浮かんでるけど特に干渉してこないからもう大丈夫だろう。

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