第12話 勇者山田の不安

「昨日はすみませんでした。急に練習休んで。」


「おう、なんか家庭の事情って聞いたけど、もう大丈夫だったか?お前はうちのエースだからな。ちゃんと卓球に集中してもらわんといかん。何かあれば相談しろよ。」


 そう言って俺の背中を叩く田中さんは卓球部の部長で、卓球を教えてくれた恩人のようなものだ。今では俺が勝つことが多くなってしまったが、それでも俺の練習をよく見て指導をしてくれる。


「お、啓介じゃないか。昨日はお前がいなくてつまらなかったぞ。」


  先に練習を始めていた鈴木が俺に気づいて話しかけてきた。鈴木は卓球以外で趣味の合う唯一の仲間だ。つまりはオタク友達である。


「ちゃんと撮り溜めは消化してきたか?今期はお前の好きな異世界系もあるが、他にもラブコメなら『伊勢コイ』日常系なら『たっきゅう!』もあるぞ。卓球部員としてもこれは見逃せないな。卓球のシーン全然ないけどな。ははは。あとは週間少年ソトマヨルで連載中の『KAMABOKO』もアニメ化するらしいな。まあ俺は原作派だから見ないけどさ。でもあの決め台詞を声優がどんな発音で読むかは気になるよな。ドスコイ完了!ってやつ。あれは普通に考えたらダサいのにストーリーでカッコよく見せてるところがすごいよな。あ、そう言えば久しぶりに本格的なロボット物もあるぜ。『超絶機動アガンライス』ってやつ。超絶機動て(笑)とか思ってたけど、かなり本格的だったぞ。まだ2話だけど、これは期待できるな。」


 この超早口オタクトークこそが鈴木の真骨頂である。この、会話というにはあまりにも一方的で、内容の偏った話についていけるのはこの学校でも俺くらいだろう。でも今は部活の時間だからやめておく。


「おい鈴木、その辺にしとけよ。もう練習はじめるぞ。」


 俺が止める前に、田中さんからストップがかかった。


「おっと、すいません部長。つい調子のっちゃって。あ、ところで啓介。」


 鈴木は田中さんに謝ったあと、改めて俺の方を向き直す。


「昨日山田が消えたじゃんか。急にさ。そんでまた急に出てきて、勇者がどうのって言ってたんだけど、あれってなんなんだ?」


 突然確信に迫ってくるな鈴木め。昨日山田が異世界に飛ばされた時、鈴木がそれを見て興味を持つことは予想していた。なぜならばこいつは異世界とか異能力とかにガチで憧れちゃう系のオタクだからだ。


「さあ、俺もよくわかってないんだ。山田に聞いたほうがいいかもしれんな。」


 昨日からごまかすことが多くて、だんだん苦しくなってきた。どう考えてもあの後ユキメを連れて行った俺が怪しいんだよなあ。しかし事実を話しても仕方ない。


「そう言えば山田は来てないのか?」


 鈴木に言われて練習場を見渡すが山田の姿は無い。もう練習が始まる時間になっている。


「授業には普通に出てたけどな。」


 部活だけ休んだということか。


「おい!練習始めるぞ、まずはランニングから。」


 田中さんの号令で練習が始まる。


* * *


「山田、昨日はどうしたんだ?部活を休んで。」


 俺と琴寄が昼休みに教室で話しかけると、山田は少し困った顔をした。


「ああ、悪いな、大事な時期だってのに。なんか気乗りしなくて、休んじゃった。」


 つまりはサボったということだが、山田はレギュラーだし練習にもかなり熱心な部員だ。理由もなくサボるとは考え難い。そしてさらに残念なことに、俺にはその理由に心当たりがある。


「なあ、ちょっと今時間いいか?お前らになら話を聞いてほしいけど、ここだとちょっと・・・。」


 教室は人が多いから、場所を移して話をしたいらしい。

 

 俺と山田と琴寄はすぐに屋上へ移動した。屋上で弁当を食べている生徒はいるが、教室より広いし屋外なので他の人の会話は聞こえ難い。


「なんか、俺勇者らしいんだ。」


 深刻な顔の山田が言った第一声がこれである。


「昨日居住に声かけた後、気がついたら知らない場所にいたんだ。何言ってるかわからないと思うけど、そこには知らない外国人がたくさんいて、でも皆日本語しゃべってて、そして俺のことを勇者って言って歓迎会を開いてくれたんだ。」


 昨日異世界に飛ばされた山田は、向こうで勇者が来たと勘違いされて歓迎会を開かれたって肉まんが言っていたな。途中で人違いに気づいたと聞いたが、本人は状況を理解していないようだ。突然こんなことがあったら仕方がないが、かなり混乱しているな。


「最初は夢だと思ったんだけど、その時にもらったお土産のどら焼きが今も俺の家にあって、やっぱりあれは現実だったとしか思えなくなって。」


 お土産だと?また余計なことをしてくれたものだ。


「どんなどら焼きだった?」


 琴寄が何故かどら焼きの話を掘り下げる。そこ興味あるか?


「どんな?えっと、生地は普通にどら焼きだな。ふわふわのほんのり甘い生地。中はつぶあん。そういえばあんこの中に何か入ってたな。栗みたいな味で、アロエみたいな食感だった。」


 ずいぶん記憶力いいなこいつ。気が動転していたんじゃなかったのか。


「ふーん、この辺でどら焼きだったら3丁目の甘村庵か駅前の滝沢屋だけど、どっちとも違いそうね。栗入りのどら焼きなら吉祥寺まで出れば有名な井浦亭があるけど、アロエみたいなぷるぷる食感は聞いたことない。」


「琴寄、ずいぶん詳しいな。」


「和菓子は私の主食だから。」


 たしかにいつも大福とか団子を食べている気がする。


「でも、どこのどら焼きかは今は関係ないんじゃないか。」


「そのどら焼きが何かわかれば、どうして家にあるかわかるかもしれないし、夢と関係ないってわかるかもしれない。」


 まあ、たしかにそうか。でもそのどら焼きが異世界のものなら、どうやっても答えにはたどり着けない。


「それはダイダラス名物のシンラ栗のどら焼きだな。」


 いつも頭上に無言で浮いている肉まんが珍しく話しかけて来た。肉まんの声は俺にしか聞こえていないみたいだ。ていうか何で異世界の名物がどら焼きなんだよ。


 肉まんの余計な情報はともかく、俺としては夢と思っておいてもらわないと困るし、フォローしておくか。


「あの日はテスト最終日だったし、疲れてたんだろ。前の日に家で見たどら焼きがたまたま夢にでてきただけだよ。それに勇者ってなんだよ。お前もずいぶんかわいい夢みるな。」


 山田をからかうように笑ってみせた。


「ははは、そうだよな。鈴木が異世界だの美少女だのよく分からない話ばっかりするから、俺も影響されたのかな。」


 そう言って山田は立ち上がった。


「悪いな、変な話して。今日からはちゃんと部活にも出るよ。ありがとうな、聞いてくれて。」


 ニカっと笑顔を見せて山田は屋上の出口に向かって1人で歩いていった。


「勇者ねえ・・・。」


 琴寄が俺の顔を見上げる。


「わかってるよ、あとでちゃんと話すから。」


 琴寄にはもう隠せそうもないな。正直に話してどこまで信じてもらえるかわからないが、事情を知って協力してくれれば俺としては助かる。信じてくれなかったとしても、琴寄なら人に広めたりばかにしたりといったことはしないだろう。


「でもひどいんじゃない?山田、納得してないみたいだし。信用して相談したのにからかわれて突っぱねられたと思ってるんじゃないかな。」


 その通りだろう。実際体験したことを夢だなんて言われても、なかなかそう思えないものだ。それを夢だと一蹴されて、山田からしたら俺に裏切られたと思っているかもしれない。とはいえ勇者だなんてめちゃくちゃな話だから、さすがに仕方がないと考えてくれたらいいが。


「もう山田にはこのことに関わらせないようにするよ。そうすればそのうち本当に夢だと思うだろ。」


昼休みが終わる合図のチャイムが鳴り、俺と琴寄は足早に屋上を後にした。


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