第7話『業務内容の見直し』

「まず最初に言っておくが、生き返った時に所持金の半分を徴収するというアレな。免除だ」

「おおおおお? マジかよっ!!」


 ヤシロの言葉に、アルバートは嬉しそうな声を上げたが、すぐに表情が曇る。


「いや、でも……」


 おそらく村でのことを思い出したのだろう。

 同じように喜色を表していた他のメンバーとともに、アルバートらは申し訳けなさそうな様子だ。


「別に君らをおもんぱかってのことではない。端的に言えば、君らの所持金を半分徴収したところで屁のつっぱりにもならんというだけの話だ」


 死んだ勇者を生き返らせる代わりに、所持金の半分を徴収する、というのは、昔からの慣習であって明確な規則があるわけではないらしい。

 死に対してなんらかのペナルティを与えることで、むやみに死ぬのを防ごうという意図があったのだろうが、アルバートたちには通用しないようなので、ヤシロは国王アーマルドを説得してこれを止めさせた。


「ただし、一度死ぬごとに債務を負ってもらう」

「債務?」

「簡単に言えば借金だな。実費となると魔石の相場によって変わってくるので、1人1回あたり100万ゴルド。その負債分は、私の言うとおりに働けば問題なく返済できるはずだ」

「ひゃ、100万……?」

「これでも安くしているんだぞ?」


 ゴルドとはこの世界の通貨単位である。

 一般庶民の平均年収が300~500万ゴルドで、家計のうち魔石代が占める割合は平時だと1割にも満たないのだが、ここ最近は3~4割ほどになるようだ。

 ただし、これには一部配給される魔石のぶんも含まれるのだが、そこまでは説明しない。


「ちなみに、過去の分も負債とさせてもらうからな」

「過去の……?」

「そうだ。これまで君らは1人あたり100回以上死んでいるが、端数はサービスしてやろう。なので、100万×100回で、1億ゴルド。それが君ひとりあたりに課せられた負債だ」

「いちおくー!?」

「ちゃんと契約書に書いてあるぞ?」

「いやいや、そんなの読んでねぇ――」

「“知らなかったでは済まない”、と言ったはずだが?」

「ぐぬぬ……」


 突然背負わされた多額の借金に呆然とする勇者一行を慰めるように、ヤシロが口を開く。


「事業計画を見直す上で、億単位の借金などよくある話だ。気に病むことはない」

「いや、どうやって返すんだよ、この借金!? 俺らぁ一生アンタにこき使われるのかよっ!!」

「はっは。バカを言うな。君らは魔王討伐、すなわち人類の救済という一大事業をなそうとしているのだぞ? 成功すればそれ相応の報酬を支払うに決まっているだろう」


 そう言いながら、ヤシロはクレアから新たな用紙を受取り、勇者たちに提示した。

 そこには現在判明している魔王軍幹部の名前と、討伐時の報酬が記載されていた。


「魔王……100億……!?」

「正当な報酬だ」

「い、いいのかよ……」

「もちろんだとも。職務を遂行する以上、正当な報酬を受ける権利が、労働者にはあるからな」

「な、なんかよくわからんけど、魔王倒しゃあ借金はチャラってことだな?」

「チャラどころか、一生遊んで暮らせるだけの生活を保証しよう」

「よ、よーっし……。じゃあ、俺たちはこれから何をすればいい? がむしゃらに戦い続けるだけじゃあダメだってことはわかったけど、どうすればいいかがわかんねぇんだ」


 どうやら『落として上げる』作戦がうまく言ったようだと悟ったヤシロは、次の段階に進むことにした。



********** 



「魔王討伐を行なううえで、クリアしなければならない大きな課題が3つある」


 契約を終え、王の承認を得たヤシロは、続けて魔王討伐計画の具体案を語り始めた。


「まず第一に勇者一行のレベルアップ。第二に資源不足の解消。そして第三に食糧不足の解消だ」


 ヤシロの言葉に、宰相イーデンがうんうんと頷いている。


「食料についてはまだ多少余裕があるので、魔王討伐計画に組み込む必要はないと考える」


 勇者一行だけでなく、この場にいる者全員に言い聞かせるように、ヤシロは続ける。


「さて、残りふたつの問題。勇者一行のレベルアップと、資源の確保、このふたつを一気に好転させる方法がある」

「ほ、本当か!?」

「ああ。君らは魔の樹海を知っているか?」


 魔の樹海。

 それは、王国南西部と魔王領とを隔てる死の山と呼ばれる霊峰の麓に広がる樹海である。


「魔の樹海の一角に、トレントを始めとする植物系の魔物が多く出現する場所がある。そこで君らには、そういった植物系、できれば樹木系の魔物を多く狩ってもらう」


 魔力をエネルギー源として活動する樹木系の魔物は、体内にほとんど水分を有しないのか、倒したあとの死骸は枯れ木の様になり、木材としても燃料としてもすぐに使えるのだ。

 無論、体内には魔石も有しているので、倒せば魔石と薪や木材などの資源、そしてレベルアップに必要な存在力を手に入れられる、一石二鳥どころか三鳥を得られる素晴らしい作戦である。

 また、勇者には〈アイテムボックス〉という、物を劣化させることなく無尽蔵に収納できる固有スキルがあるので、集めた素材の保管や運搬面での憂いもない。

 ただし、問題がひとつ。


「まってくれ! トレントはそんなに存在力が高くないはずだぞ?」


 そう、トレントを始めとする樹木系の魔物は、それほど存在力が高くないので、効率的なレベルアップには向かないのである。


「ま、まぁ、資源の確保を優先するってんならそれでもいいけどな」

「そうだね。最短ルートが最も優れたルートとは限らないし」

「多少時間はかかっても、あのような悲劇を回避できるのであれば……」

「うん。ボクたちはワガママばっかり言ってられないもんね」


 これまではできるだけ早くレベルを上げることだけに注力してきた一行だったが、先日のアバフラの村でのことがよほどこたえたのだろう。

 多少迂遠な方法であっても、苦しむ人を少しでも救えるのならと、彼らは意気込んでいたのだが、ヤシロはその様子を見て呆れたような表情を浮かべた。


「最初に言ったと思うが、これは資源の確保と効率的なレベルアップの両方を成すための方策だからな。君らには、ひと月でレベル30まで上げてもらうつもりだ」

「「「「えっ!?」」」」


 ヤシロの言葉に、4人が驚く。


「いやいやいやいや! 無理だよ無理!!」

「ヤシロさん、いくらなんでもトレント相手に1ヶ月でレベル30は無理だって」

「ええ。いったいどんな見積もりをされているのかわかりませんが、どう頑張ってもレベル20代前半がせいぜいといったところですわ」

「だよねぇ。不眠不休で戦い続ければいけるんだろうけど……」

「なら不眠不休で戦い続ければいいじゃないか」

「「「「え……?」」」」


 こともなげに発せられたヤシロの言葉に、4人の顔が引きつった。


「い、いくらなんでもそれは――」

「心配するな。いいものを用意してある」


 アルバートの抗議を途中で遮ったヤシロは、懐から1本の小瓶を取り出した。


「名前ぐらいは知っているかもしれんが……、『良き労働者の友』だ」


 ヤシロの告げたその名に、勇者一行に限らずその場にいた全員の顔が青ざめた。



 ――良き労働者の友。


 100年ほど前に開発された強精剤で、ひと瓶飲めば丸一日睡眠なしでも働けるといわれており、一時期労働者の間では当たり前のように飲まれていたものだ。

 飲めば疲れも眠気も吹っ飛び、精神が高揚して労働意欲が湧き上がってくるという夢のような薬だが、ここまで聞けば想像できる通り、決して体にいいものではない。

 依存性、中毒性が高く、飲めば飲むほど効果は薄れ、ひと月のあいだ毎日飲み続ければ廃人になる、ということで、とうの昔に禁制品となっているものだ。


「そ、それは……ヤバいやつじゃねぇか」


 いくら禁制品になったとはいえ、この手の薬物が消え去ることはない。

 所持するだけで終身犯罪奴隷になり、売買すれば処刑という重い罰を課せられるが、それでもやめられないのが人間というものだ。


「心配するな。連合軍各国首脳の許可はすでに得ている。超法規的措置というやつだな」


 アルバートが視線を移すと、国王アーマルドは気まずそうに視線を逸したが、ヤシロを咎めようとはしないので彼の言に嘘はないのだろう。


「これがあればひと月のあいだ、寝ずに戦い続けることができるぞ」

「アンタ無茶苦茶じゃねぇか!!」

「そうか? 戦い続ければその分レベルは上がるし、素材も魔石も獲得できる。もちろんそれらは正当な相場で連合軍が買い取るから、その分借金も減る。いい事ずくめじゃないか」

「で、でも――」

「ひと月休み無しでトレントを狩り続ければ、ひとりあたり1000万ほどは稼げるだろう。さらに、こちらが定めた期日までにレベル30に達したら、ボーナスを出そう」

「ボーナス……?」

「そうだ。ひとりあたり1000万。これは宰相の許可も取ってある」


 イーデンがわずかに頬を引きつらせながら、何度も頷く。

 ただ、彼の頬が引きつっているのはボーナスを用意させられることに対してではなく、良き労働者の友を使ってまで勇者たちを働かせようとするヤシロの所業に大してであるが。

 実際、ひと月で億単位の資源を得られるうえ、本当に勇者一行がレベル30に達するのであれば、彼らひとりひとりに1000万ゴルドを支払うことなど、痛くも痒くもないのだ。

 無論、勇者一行が採取できる資源量など国家規模で語れば微々たるものではあるが、ヤシロのプランに基づいた資源採取の人員確保ができるまでのつなぎとしては充分だろう。


「どうだ? たったひと月で借金が二割も返済できるぞ?」

「う……」

「騙されてはいけませんわ!!」


 アルバートが怯んだ所に、カチュアが割って入る。


「そんな恐ろしい薬、ひと月も飲み続ければ廃人になってしまいますわ!!」

「そ、そうだよなぁ。あたしも良き労働者の友に関しては悪い噂しか聞いたことないし」

「ボクも、できればそれは飲みたくないな……」


 仲間たちの言葉で気圧されていたアルバートが少しだけ立ち直る。


「そ、そうだぜおっさん! いくらひと月でガンガン稼いでレベルアップしても、薬のせいで身も心もボロボロになったんじゃ――」

「君らは何を言っているんだ?」


 ヤシロはアルバートの言葉を遮り、キョトンと首を傾げる。


「その時は、死ねばいいだろう?」

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