リストラ賢者の魔王討伐合理化計画

平尾正和/ほーち

プロローグ

第1話『リストラ完了』

「……以上が、私がこの5年間で行なってきた『リストラ』の成果です」


 とある企業の薄暗い会議室。

 プレゼンテーションソフトの画面が映し出されたスクリーンの傍らに立つ私は、会議室に座る社の重鎮を前にしながら、落ち着きながらも少しばかり力を込めてそう言い切った。

 わずかの間、会議室を支配していた静寂を拍手の音が打ち破る。


「すばらしい。やしろ君、すばらしいよ!!」


 それはスクリーンの真正面、私から最も離れた席に座っていた男の言葉であり、拍手であった。

 そしてそれに追随するように、他の者も拍手始めると同時に、薄暗かった会議室に照明が灯される。

 拍手を始めた男は席を立って悠然と歩み寄り、満面の笑みで私の手を取った。


「ありがとう、やしろ君!!」

「恐縮です、社長」


 社長を始め、この場にいるほとんどの者がスラックスの上に社名の入った作業着という格好であるが、私だけは上下ともスーツを着込んでいた。

 その後、社長や役員たちと和やかな雑談へを移行したが、その雑談もある程度落ち着いたところで私は切り出した。


「ところで社長、辞めていただい方々のその後はいかがなものでしょうか?」


 リストラを行う以上、本人が希望しない部署への移動や、場合によっては解雇など少なからず実行されていた。

 それでも出来るだけ本人の要望に沿うよう努力し、解雇する場合も同業他社への紹介など、アフターケアにも努めていた。


「ああ、君のお陰でほとんどの者はその後もなんとかやっていけているようだ」

「そうですか、それはなにより」

「ただ……」


 そう言ったあと、社長の表情が曇る。


「金山くんだけはあまりいい噂を聞かないなぁ」

「金山……、金山課長ですか?」


 話題に上った金山という男は非常に問題のある社員だった。

 調べた結果、職務怠慢にとどまらず、背任や横領に近いことも行なっていたのだ。

 本来であれば解雇の上、刑事告発を行なってもいい相手ではあったが、会社の醜聞になってもつまらないと考え勤務態度を改善するよう説得を行なった。

 しかし再三に渡る説得も成果はなかった。


「彼にはそれなりの退職金を支払い、すぐに失業手当を受給できるよう会社都合での解雇とさせていただはずですが……」


 社長及び役員は懲戒解雇すべしと息巻いたが、なんとか説得し、数割減額した退職金を支払った上での会社都合による解雇とさせてもらった。

 あとになって変な弁護士でも雇われて訴訟を起こされてもつまらない。

 裁判など買っても負けても金と時間と名声を少なからず失うだけなので、リスクを回避する意味での手切れ金と考えれば安いものだ。

 無論、悪質な勤務態度が明らかになった以上、同業他社への紹介などはしなかったが、それでも、やり直すには充分な金と条件を与えていたはずだ。

 しかし社長の様子を見るに、それでも上手くいかなかったようだ。


「うむ……。噂によれば、退職早々にギャンブルと風俗に使い込んだらしい。失業手当に関しては面倒臭がって受け取りに行かなかったようだ。少し気になって調べさせたんだが、住んでいた部屋は半年ほど前に引き払っていたよ」

「そうですか……」

「あ、ああ、いや、あれだ。我々も、やしろ君も、出来る限りのことをしたと思うよ? あれで行き詰まるならそれは彼の自己責任というものだろう。君が気に病むことはない」


 どうやら表情が曇っていたらしく、社長に気を使わせてしまったようだ。

 半年前に住居を引き払ってなんのアクションも起こしていないのなら、問題はないのだろうが……。


「とにかくだ。君のお陰で我が社が、多くの社員が救われたのは事実だ。改めてお礼を言わせてくれ、ありがとう」

『ありがとうございました!!』


 社長が改めて頭を下げるのと同時に、他の社員や役員たちも立ち上がり、礼の述べて頭を下げた。


「みなさん……」


 私はこみ上げてくるものが溢れ出さないよう耐えながら、その場にいたひとりひとりに視線を向けた。

 すべての人を救えたわけではないが、自分のやってきたことに間違いはなかったと、そう確信できた瞬間であった。


「ふふふ、さすが『リストラ賢者』の名は伊達じゃなかったな」


 頭を上げた社長が、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう告げた。


「よしてくださいよ……」


 社長の言葉を受けた私は、少し照れながらぽりぽりと頭をかいた。



**********



「あれ、やしろさん、もう帰るんですか?」

「ああ。今日は報告だけだから、もっと早く帰る予定だったんだが、つい話し込んでしまってね。結局定時になってしまったなぁ」


 帰り支度を整えで会社を出ようとしたところで声をかけられた。

 終業時間を過ぎて人の少なくなった社内に、女性事務員がまだ残っていた。


「あの、やしろさんって、今日で最後なんですよね?」

「まぁ、一応ね。たまに様子を見に来ることはあると思うが」

「そうですか……。あ、そうだ、仁美ひとみちゃんに声かけてきますから、ちょっと待っててくださいよ」


 彼女が慌てて立ち上がったので、私は軽く手を上げて制した。


「急かすのは申し訳ないよ」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「それより君、もう終業時間は過ぎているのだから、早く切り上げろよ」

「ええ、もう一段落ついたので」


 ちらりと時計を見る。


「ふむ、15分……。君、タイムカードは正しく切って、残業代はちゃんともらうように。いいね?」

「はいはい。でね、やしろさん、仁美ちゃん呼んできますから、ちょっと待ってて――」

「いや、いい。急かすと悪いからな。私は行くよ」

「いやいや、ちょっとだけ、ね? 最後なんだし」

「ふむ。では松村君には君からよろしく伝えておいてくれたまえ」


 就業後にゆっくりしているところを急かすのは申しわけないからな。


「ちょ、おっさん!! ……ったく、そんなんだから四十過ぎても独身なのよっ……!!」


 なにやら女性事務員が呟き、どこかへ駆け込む音が聞こえたような気がしたが、私は気にせず会社を出ることにした。



********** 

 


「ここもしばらくは見納めか……」


 雨の中、傘を差して会社から駅までの道を歩き、あたりの風景を見回しながら、思わず呟いてしまう。

 ひと仕事終えた充足感と、一抹の寂しさが彼の胸を通り過ぎていった。


 それなりに都会でありながら、大きな工場が多く建ち並ぶこのあたりの地域は、車の通りこそ多少あるものの、人通りは少ない。

 夕方になると、周辺の工場から退社する人でごったがえすのだが、時刻は17時を数分過ぎただけなので人通りはまだ少ない。

 これから徐々に増えてくる、といったところか。


「ん……?」


 そんな人通りがまばらな道の先に、少し目立つ格好の男が立っていた。

 その男はグレーのロングコートを羽織り、雨の中傘も差さずフードを目深に被って佇んでいた。

 多少気味悪いが無視して通り過ぎることにしよう。

 そう思って歩く進路をずらし、少し離れてやり過ごそうとしたのだが、5メートルほどまで近づいたところで、男が突進してきた。


「なっ……!?」


 少しばかり警戒していたとは言え、まさか襲い掛かってくるとまでは予想していなかった私は、男の接近を許してしまう。


「ぐぁああっ!!」


 男がぶつかってきた衝撃とともに傘を取り落とした。

 腹にに焼けるような痛みを感じる。

 視線を落とせば、自分の脇腹に深々と突き刺さるサバイバルナイフが見えた。


「ぐ……がぁ……」


 ぐぅ……こいつ、何者だ?

 痛みで意識が明滅する中、とにかく私は男の正体を知るべくフードに手をかけた


「君は……、金山、くん……?」


 フードの下にあったのは、歪んだ笑みを浮かべ、血走った目を私に向ける金山君だった。

 さきほど社長との会話に登場した、リストラによって解雇された男だ。


「へ、へへ……お前のせいで、俺の人生めちゃくちゃだよ」

「ぐぅ……私は、君に……何度も、チャンスを――ぐぁああっ」


 私の言葉を遮るように、ナイフがさらに深くねじ込まれる。


「うるせぇ! お前さえいなけりゃ……俺の人生は安泰だったんだよぉ!!」


 それは完全な逆恨みというものだ。

 おそらく私がいなくとも、この金山という男は遠からず解雇されていたはずだ。

 その場合、退職金の出ない懲戒解雇どころか、横領や背任で訴えられていた可能性もあった。

 それを減額されたとは言え退職金を支払い、失業手当をすぐ受け取れるよう会社都合での退職扱いにしたのだ。

 二十代で課長にまで上り詰めたこの男は本来有能であり、まだ三十を過ぎてそれほど経っていないこともあり、心を入れ替えればいくらでもやり直しがきくはずだった。

 彼が身を持ち崩したのは完全な自業自得だ。

 こう言っては何だが、私に対しては感謝こそすれ恨むのは筋違いも甚だしいのだが、今の彼には自分の人生を変えるきっかけとなったリストラ請負人に対する憎悪しか寄る辺がなかったのだろう。

 脇腹をえぐられる痛みに耐えながら、私は悠長にそんなことを考えていた。


「俺の仁美ちゃんにも手ぇ出しやがってぇ……!!」

「うぐぁああっ!!」


 なぜここで松村君の名前が出るのか……?

 そう疑問に思った刹那、ナイフを握っていた金山の手から力が抜け、支えを失った私はは脇腹にナイフを刺したまま、膝をついた。


「きゃあああああああっ!!」


 女性の悲鳴が響き渡った。

 それは聞き覚えのある声だった。

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