第2話『顔合わせ』

 勇者は魔王討伐の切り札であり、人類の希望であるという。

 その勇者一行が全滅したという報を受け、事情をよく知らないヤシロは大いに驚いたのだが、この場にいる他のメンバーはどこか呆れた様子だった。

 その反応に、ヤシロはさらに驚くこととなった。


「あの、全滅というのは、全員死亡という意味ではないのですか?」


 立ち上がり、額に手を当てて小さく頭を振る国王アーマルドに、ヤシロは訊ねてみた。


「いや、全員死亡だな」


 あるいは、全滅と言っても活動が困難になったために一時撤退する、といった意味合いのことも考えられたのだが、国王に否定されてしまう。

 普通に考えれば勇者一行を、すなわち人類の希望を失ったことになるわけだが、この場にいる者たちの反応を見る限り、どうやらそうではないらしい。


「はあぁぁ……、またですか……」


 宰相イーデンが力なく息を吐きながらつぶやく。

 “また”ということは、勇者一行が全滅するのは初めてのことではないようだ。


(替わりの勇者がいるのか?)


 神託の勇者というからには、神が勇者となる者を選ぶのだろう。

 であれば、現行の勇者が仮に死んでも、新たな勇者が選ばれるのかもしれない。


(あるいは――)

「賢者殿」


 アーマルドに声をかけられ、ヤシロは一時思考を停止した。


「いろいろと疑問に思うことはあるだろうが、あとで詳しく説明する。すまんがいまは付き合ってくれんかな」

「付き合うとは、なににでしょうか?」

「……茶番にだよ」



**********



「おお、勇者たちよ。死んでしまうとは情けない」


 どこか芝居じみた言葉を吐く王の前に、4人の少年少女が立ち並んでいた。


 中心に立つのは、燃えるような赤い髪と瞳を持ったヒト族の少年で、金属製の軽鎧に身を包んだ彼は名をアルバートという。

 職業クラスは『聖剣士』で、一行のリーダー的存在である。


 その左隣に立つ小柄な少女はドワーフ族のブレンダ。

 金属製の全身鎧を身につけ、背中にはタワーシールドを背負っており、兜からは癖のある明るい茶髪がはみ出していた。

 職業クラスは『守護戦士』。


 アルバートの右隣に立つのはエルフ族のカチュア。

 長いストレートの金髪に空色の瞳を持つ、スレンダーな美少女である。

 新緑のワンピースの上から革製の軽鎧を身にけた彼女の職業クラスは『天弓士』。

 さすがに謁見の間に愛用の武器であるロングボウは持ち込んでいない。


 アルバートとカチュアの間、一歩下がった位置に立つのは、狐獣人のディアナ。

 小麦色の髪の毛に黄褐色の瞳を持つ、可愛らしい少女であり、狐耳とふさふさの尻尾が特徴的だ。

 職業クラスは『神聖巫女』。

 白衣に緋袴という、いかにも巫女らしい格好である。


 以上が勇者一行のメンバーだ。


「いやぁ、悪ぃ悪ぃ! ちょっと無茶しすぎたわ」


 アーマルドの小言に答えたのは、リーダーのアルバートだった。

 ちなみに勇者は神に仕える者であるため、王に対して臣下の礼をとる必要はない。


「だからハイオークはまだ早いって言っただろ? アタシらまだレベル8だったんだよ?」

「でも、おかげで私たちのレベルは一気に10まで上がりましたわよ?」


 アルバートに対して少し批判的な態度をとったのは守護戦士のブレンダであり、それに軽く反論したのは天弓士のカチュアだ。


「みんなごめんねぇ……。でもボクのレベルが10になったから付与系と回復系の法術が充実してきたよ! だから次は大丈夫っ!!」


 神聖巫女のディアナは、最初の方こそ少しだけ申し訳無さそうだったが、すぐに元気を取り戻したようだ。

 その後、なにやらワイワイと反省会のようなものが始まり、それを前にアーマルドは玉座へぐったりと身を預け、額に手を当てて嘆息した。

 

 ――パンッパンッ!


 そんな中、王の傍らに侍る一団の中から初老の宰相イーデンが一歩前に出て手を叩き、その音で勇者一行の姦しい反省会は一時中断される。


「自分たちの行動を省みて次に活かそうという姿勢は素晴らしいが、続きは宿に帰ってからにしてもらいましょうか。他に報告すべきことがないならここで解散とするので、しばらく休養するといいでしょう」

「へへ、気を使ってくれてありがとよ、宰相さん」


 イーデンの言葉はほぼ嫌味でしかなかったのだが、アルバートは素直に労いの言葉と受け止めたようで、言葉を発した本人が困ったように眉を下げた。

 そんなイーデンの表情に気づいた様子もなく、アルバートは一歩踏み出し、ドンと胸を叩いた。


「でも、俺たちにゃ休んでる暇なんざねぇ!! すぐにでも出発して、次こそはセルド村を開放するぜっ!!」

「あー、いや、その意気込みはありがたいが……、無理はよくないですぞ?」

「恐れながら宰相閣下。私には一刻も早く魔王を討伐するという使命がございます。お気遣いは無用ですわ」

「そうかもしれんが、しかしこのひと月で君ら20回以上死んでますからな? いくらなんでも無謀が過ぎると思うのだが……」

「まあちっと無茶し過ぎかもしれないけどさ。でもひと月でレベル10つったら上出来じゃない?」

「確かに、人によっては数年かかるところですし、驚異的なペースですな。だからこそここらで一度ゆっくりと休息を……」

「宰相さまはお優しいんですね! でも大丈夫!! ボクたちは後何十回……いえ、百回死んだってくじけませんからっ!!」

「ひゃ……ひゃく……?」


 そこでイーデンの顔が青ざめ、足元をふらつかせ倒れそうになる。


「大丈夫ですか?」


 彼のそばに立っていたヤシロが支えてやった。


「あ、ああ……。申し訳ない……」


 イーデンはヤシロに力なく謝罪しながらも、なんとか気を取り戻し、足腰に力を込めて立ち直った。


「あれー? なんか見たことない人いるなぁ? おっさんだれ?」


 アルバートがヤシロを見てそう言うと、他のメンバーの視線も彼のほうに集まった。


「うむ。いい機会なので紹介しておこう。彼は新たに我々がお喚びした賢者殿だ」

「け、賢者さまっ!?」


 アルバートの質問に答えたアーマルドの言葉に、ディアナが大きな反応を見せた。


「賢者さまって、魔術も法術も全部使えるて本当? だったら凄く心強いんだけど!!」

「へええ。アタシらのパーティにゃ魔術士がいないから、それが本当なら助かるねぇ」

「えぇ。大幅戦力増強になりますわ」


 ヤシロが賢者だと知って好印象を示した女性陣に対し、アルバートはあからさまに不満げな表情を浮かべた。


(ふむ、ハーレムパーティーというやつか)


 アルバートら勇者一行を見たヤシロの感想がそれである。

 男1人に対して女が3人。

 みたところ彼らはなかなか良好な関係を築いているようにみえる。

 そこにヤシロが加わるとなると、少なくともアルバートにとっては面白くあるまい。


「あー、俺は――」

「僭越ながら」


 アルバートが何かいいかけたところで、ヤシロは一歩前に踏み出して彼の言葉を遮った。


「自己紹介をさせていただいても?」


 ヤシロの問いかけに、王が頷く。


「私はこのたび賢者として召喚された者で、ヤシロ・タカシという。まぁ、私のことはヤシロとでも呼んでくれたまえ」


 ディアナは目を輝かせてヤシロの言葉を待ち、ブレンダとカチュアは期待しつつもどこか値踏みするような視線を向けていた。

 そしてアルバートは相変わらず機嫌が悪そうだ。


「最初に言っておくが、私が君たちと行動を共にすることはない」


 ヤシロの宣言に、ディアナはがっくりと肩を落とし、ブレンダは少し残念そうな表情を浮かべた。

 カチュアはどこか安堵したように息を漏らし、アルバートは先ほどまでの不機嫌はどこへやらとばかりに、爽やかな笑顔を浮かべていた。


「まだ詳しいことは何とも言えないが、おそらく私は君らが活動しやすいよう陰ながらバックアップするのが役目になるだろうな」

「そっかそっか」


 そう言いながら、アルバートはごきげんな様子でヤシロに歩み寄り、彼の手を無理やり取って握手をした。


「いやぁ、話のわかりそうなおっさんで、俺は嬉しいよ」

「これこれ、賢者殿に対して失礼――」

「いえ、結構」


 アルバートを咎めるイーデンを、ヤシロは制した。


「同じ志を持つ者同士、対等な関係で行こうじゃないか、アルバート君」

「おお!! アンタいいねぇ!!」


 そのヤシロの言葉に、その場にいた王を始めとする国のトップたちは驚きの表情をうかべた。

 王に至っては、口元が緩みそうになるのを必死でこらえている。


 それもそのはずで、ヤシロはまだ王の依頼を引き受けるとは言っていなかったのだ。

 詳しい説明を受ける前に勇者たちが乱入したため、その辺りの確認は後回しになっていた。

 しかし、アルバートと志を同じくするということは、魔王討伐に力を貸すということだ。

 “陰ながらバックアップする”というのがどの程度の協力になるのかはまだはっきりしないが、少なくとも王の頼みを断るということはなさそうだとわかり、勇者全滅の報を受けて気分を損ねていたアーマルドは、一気に上機嫌となった。


 ヤシロとしては、あまりに情報が少ない中で先のことを決めるのはどうかと思わなくもないが、“なら断ってどうするのか?”というのが正直なところだ。

 この世界が平和なのであれば、国を離れて異世界ライフを満喫するという選択肢も悪くない。

 しかし現在は戦争の真っ只中で、挙国一致どころか各国が連携を取って魔王軍に立ち向かっているというではないか。

 そんな中、ふらりと喚び出された事情も知らない異世界人に何ができるだろうか。

 であれば、ひとまず王の頼みを聞き、情報を精査したうえで、どのような協力をするのか、という部分を詰めていくのが現実的だろうと、ヤシロは考えたのだった。


 無論、王たちが嘘八百を並べ、ヤシロをいいように利用しようとしている可能性もなくはない。


(ま、そのときはそれなりの意趣返しをさせてもらうさ)


 そうは思ってみたものの、自分を呼び出した筆頭魔導師のクレアや国王アーマルド、それに、先ほどから勇者一行の対応をしているイーデンを見る限り、彼らに悪意のようなものは感じられない。


「じゃあさー、話のわかるヤシロさんに早速頼みがあるんだけど」

「まだ私に何ができるとも言えないが、聞くだけは聞こうか」


 相変わらず笑顔を浮かべるアーマルドだったが、目からはふざけた様子が消えた。


「生き返ったときにカネ半分持っていくの、無しにしてくんない?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る