第一章 現場のリストラ編

第1話『謁見』

 この世界の人類は魔王と戦っている。

 この世界における魔王とは、数十年から数百年に一度現れる災害のようなものらしい。


 今回の魔王はおよそ十年ほど前に現れ、その魔王が率いる魔王軍が人類の生存圏を侵し、多くの人命と領土が奪われた。

 しかし、生存圏が縮小したことによって守るべき領土が狭くなったことと、危機を目の前にした各国が連携したことで、ここ数年はなんとか膠着状態を維持できているようだが、それも長く続けばいずれ人類は疲弊し、滅びに至るかもしれない。

 そんな中、人類にとって希望となる存在が現れた。


「それが、神託の勇者というわけですか」

「はい」


 召喚の間を出たヤシロは、クレアとともに狭い石造りの回廊を歩きながら、彼女からことのあらましを聞いていた。


「つまり、私は勇者としてこの世界にび出されたわけではない、と」

「はい。勇者は神託によって選ばれるものですので」


 勇者たちは人類連合の盟主たるレジヴェルデ王の命により、魔王討伐の旅に出ることとなった。

 彼らはこれまでに、それなりの成果を上げているらしい。

 実際、勇者たちの活躍により、幾つもの領土を取り戻しているらしく、人々は希望に胸を膨らませているらしい。

 が、それは表向きのこと。


「実のところ人類連合は火の車であり、それをなんとかすべく私が喚ばれた、というわけですか」

「はい……、誠に情けない話ではありますが……」


 勇者が魔王を倒しさえすれば、人類の勝利は間違いないらしい。

 というのも、魔王が指揮する魔王軍のほとんどが魔物と呼ばれる存在で構成されている。

 魔王を倒しさえすれば、魔物たちは本来のテリトリーに戻り、今のように集団で人類圏を脅かすということはなくなるだろうとのことだった。

 だが、それにはまだかなりの時が必要であり、時間が経てば経つほど無辜の命は失われていく。


「魔物についてはまた機会を設けて詳しく説明いたします」

「わかりました」

「さぁ、着きましたよ」


 回廊の先にある分厚い扉を開けた先は、まだ薄暗い地下室のようだった。

 扉の脇には全身鎧を身にまとい、槍を手にした兵士と思われる男がふたり立っていた。


「筆頭魔導師さま、おつかれさまです!」

「おつかれさまです!」

「はい、ごくろうさまです」


 いささか元気過ぎる兵士の挨拶に答えたクレアは、そのまま出入り口をくぐり抜けた。

 そして後に続くヤシロが回廊から姿を現したとき、兵士たちは小さく感嘆の声を上げたが、それだけにとどまった。

 ただ、期待に満ちた視線を向けられたヤシロは、すこしばかり居心地の悪さを覚えた。


「言っておきますが、私はただの人ですよ。あまり期待されても困る」


 地下室から階段を登りながら、周りに人外にないのを確認した上で、ヤシロはクレアにそう告げた。


「ご心配なく。この世界に賢者として顕現されるにあたり、ヤシロ様にはいくつかの恩恵が神より与えられております」

「恩恵……?」

「はい。多少ご自覚はあるのでないかと……」


 目覚めてから感じていたことだが、言われてみれば妙に頭が冴えている。

 なにより、ここが異世界であるということを、あまりに素直に受け入れている自分に、ヤシロは違和感を覚えていた。


 ――いまさらだが彼はいま、異世界にいるのだった。



**********



(まさか自分がこんな目に合うとはな……)


 ヤシロは過去、中堅出版社のリストラを任されたことがあった。

 出版不況と呼ばれる昨今、ライトノベルというジャンルはそれなりに活気があることを知ったヤシロは、ライトノベル専門レーベルの立ち上げに携わった。

 無料オンライン小説投稿サイトの最大手と提携して小説大賞を設立したことが功を奏し、リストラはそれなりの成果をあげることになったのだが、その際に勉強がてらライトノベルに触れることがあった。

 いまでもちょっとした暇つぶしにスマートフォンでオンライン小説を読むこともあり、いわゆる『異世界もの』の『テンプレ』に関する知識は多少持ち合わせている。


(見たところ体に異常はないので転移だろうか? いや、あの状況で喚び出されたのだとしたら、転生かもしれないな。姿形が変わっていないのはありがたいところだが……)


 玉座に座り、朗々と喋る男性の話を聞きながら、ヤシロはそんなことを考えていた。


「つまり、勇者による魔王討伐計画を見直しつつ、慢性化した食糧難や資源不足をなんとかしてほしいと、そういうわけですか」

「うむ、さすが賢者殿! 理解が早くて助かる!!」


 先ほどから玉座で喋っている男は、レジヴェルデ王国国王にして人類連合の盟主アーマルドという。

 豊かな金髪をうしろに流し、立派な口ひげを生やした、なかなかに威厳のある壮年の男性である。

 太い眉の下にある空色の双眸には、為政者にふさわしい力強さがあった。


 現在ヤシロは、謁見の間にて玉座に向かい合わせで設置された椅子に座り、アーマルドと対峙している。

 向かい合うと言っても玉座からは10メートル以上離れ、玉座よりも低い位置にいるのだが、それでも破格の待遇であるらしい。

 アーマルドいわく、


「賢者殿はあくまで客分! 臣下の礼は不要であるっ!!」


 とのことだ。


「しかし、私はただの一般人ですよ? 多少の助言アドヴァイスはできるかもしれませんが、ご期待に添えられるかどうか……」

「それについてだが、まずは賢者殿の能力を確認させていただきたい」

「能力、ですか?」

「そうだ。フランセット、あれを」

「はい」


 この場にはヤシロとアーマルド以外に、彼をここまで案内した筆頭魔導師のクレア、宰相イーデン、元帥グァン、そしていま呼ばれた大神官フランセットと、数名の近衛兵のみがいた。

 フランセットは白を貴重とした祭服に身を包んだ褐色の肌を持つスレンダーな長身の女性で、長い銀色の髪を結い上げた、上品な雰囲気の持ち主だった。


(ダークエルフというやつではないか?)


 長く尖った特徴的な耳を見ながら、ヤシロはそんなことを考えていた。


「賢者さま、こちらを」


 フランセットはヤシロに1枚の厚紙を渡した。

 和紙に近い質感の紙をヤシロが手にしたのを確認したあと、フランセットは彼の頭に手をかざし、なにか念じるような素振りを見せた。


「む?」


 ヤシロが手にした紙が淡く光ったかと思うと、表面に文字が浮かび上がってきた。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


【名前】

 タカシ・ヤシロ


職業クラス

 リストラ賢者


【レベル】

 1


【スキル】

 〈言語理解〉〈賢者の目〉〈賢者の書庫〉〈賢者の法衣〉〈賢者の時間〉〈賢者の庵〉〈賢者の歩み〉……


■ □ ■ □ ■ □ ■ □  


「これは……?」

「はい。この紙は鑑定紙と呼ばれるもので、手にしたものの能力を見ることができるものです」

(ふむ、いわゆるステータスというやつだな)

「賢者様、よろしければ見せていただいても?」

「ん? ああ、いいですよ」


 見られて困るようなことは書かれていなさそうなので、ヤシロは鑑定紙をフランセットに手渡した。


「っ!?」


 それをみたフランセットは目を瞠り、アーマルドのほうを向いた。


「やはり、異世界の言葉で記されているようです」

「おお!!」


 フランセットの言葉を聞いたアーマルドは、なにやら嬉しそうに声を上げた。


(なるほど。いまさらだが、彼らは日本語を話していないのだな)


 おそらくは鑑定紙に表示された〈言語理解〉というスキルの影響で問題なく会話ができているのだろう、などと考えていると、フランセットから鑑定紙を返された。

 

「賢者殿よ、職業クラスはどうなっているかお聞かせ願えぬか? やはり『賢者』と記されておるか?」

「そうですね。『リストラ賢者』となっておりますが」

「りすとら……?」


 王が眉をひそめ、宰相たちがわずかにざわめく。


「すまぬが、『りすとら』とはなんであるか?」

「リストラとは、組織の再構築を意味する言葉です」

「再構築、とな?」

「はい。事業計画を見直すことで、無駄を少なくし、場合によっては新規事業を立ち上げるなどして、組織にもたらされる損害を減らし、利益を増やすことをリストラというのですが……」


 ヤシロの言葉を聞いていた王は途中で大きく目を見開いたかと思うと、ゆっくりと立ち上がった。


「計画の見直し……損害を減らし……利益を……」


 小さく呟いたアーマルドは、宰相のほうに目を向けた。

 王の視線を受けた初老の男は、口元に笑みを浮かべ、力強く頷く。


「おお! 賢者殿っ!!」


 アーマルドは半ば叫ぶようにそう言いながら、ヤシロのもとに歩み寄り、彼の目の前で膝をついた。


「なっ……!?」


 王侯貴族とは無縁の日本で暮らしていたヤシロであっても、国王が跪くということがただごとではないことくらいはわかる。

 戸惑うヤシロをよそに、アーマルドは彼の手を取った。


「貴殿こそ我らが求めた人材である!! なにとぞ、なにとぞ力をお貸し願いたい!」

「いや、お待ちください……」


 どうしたものかとヤシロがキョロキョロと視線を動かしていると、不意にフランセットが謁見の間の入り口に鋭い視線を向けた。


「陛下」


 フランセットの呼びかけに、アーマルドはわずかに表情を曇らせながら、頷いた。


「入りなさい」


 フランセットが言い終わるや、謁見の間の扉が開き、彼女のものよりも少しシンプルなデザインの祭服を着た若い男性が駆け込んできた。

 神官と思しきその男は、できるだけ音を立てないようにしながらも、可能な限り素早くフランセットのものへ駆け寄っていく。


「かまいません。その場で報告を」


 その言葉を受けて立ち止まった男は、王が見慣れぬ男に跪くという異様な光景に困惑しつつも、胸に手を当てて深々と頭を下げた。


「報告いたします」


 緊張でわずかに震えた声が謁見の間に響く。


「勇者一行が…………全滅いたしました」

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