第3話『承諾』

 ――生き返ったときにカネ半分持っていくの、無しにしてくんない?


 アルバートの言葉を受けてヤシロが思い浮かべたのは、昔よく遊んだロールプレイングゲームだった。

 8ビット家庭用ゲーム機全盛期に少年時代を過ごしたヤシロは、ゲーマーというほどのめり込んではいなかったものの、有名なタイトルは一通りプレイした経験はある。


(全滅したら、所持金が半分になる、か……)


「ならぬ」


 国王アーマルドの低い声が、謁見の間に響いた。


「えー、なんでだよー? あれ結構キツいんだぜ?」

「昔からの決まり事だ。お前たちを生き返らせるのもタダではないのだぞ?」

「そうかもしんないけどさぁー。ヤシロさんからもなんか言ってやってよー」

「ならぬものはなら――」

「善処しよう」


 アルバートを窘めるように発したアーマルドの言葉を、ヤシロは遮った。


「け、賢者殿……?」


 それを咎めようとした宰相イーデンの言葉も、ヤシロは無言で制する。


「ほ、ほんとかよ、ヤシロさん!?」

「私はまだこちらの事情に疎いので、はっきりとしたことは言えないが、もし君の言い分に正当性があると判断した場合、その件に関しては善処すると約束しよう」

「おおーまじかよー!!」

「うむ。雇用主が労働者から不当に搾取しているのであれば、それを是正するのもリストラにおいては重要な事だからな」

「あー……なんかわからんけど、ヤシロさんは俺の味方ってことだな?」

「もちろんだ。というか、この場にいる全員が君たちの味方であることは忘れるなよ?」

「オッケーオッケー! よーっし、じゃあ1回宿屋に帰るかー」


 王や宰相がヤシロの言葉に一切反論しないことを確認したアルバートは、他のメンバーを連れて上機嫌で謁見の間を出ていった。


 ――善処する。


 便利な言葉である。

 善処以前に、アルバートの言に正当性があるかどうかがまず問題であろう。

 もし彼の言い分に正当性がなければ、そもそも善処する必要すらなく、仮に正当性があっても“善処したが力及ばず要望には添えなかった”と言えばそれで済む話である。

 それを察したからこそ、王を含むこの場にいる者は何も言わなかったのだ。

 だが、アルバートを始め、まだ若い勇者一行にはこの手の腹芸は理解できまい。


(ただし、合理的な理由があるなら制度を変えるのもやむなし、だがな)



**********



「では、死んでも生き返ることができるのは勇者のみ、とういことですね?」

「はい。神託の勇者は命を落とせば光の粒子となり、最後に祈りを捧げた神殿で生き返ることができるのです」


 勇者一行が帰った後、場所を変えて質疑応答が行われいた。

 国王アーマルド以外の4人が、ヤシロの質問に答えている。

 いまは彼の対応をしているのは大神官のフランセットだ。


「持ち物はどうなります?」

「身につけているものも含めて復活しますね」

「なるほど、便利だ」

「はい。しかし……」

「対価が必要。というわけですね?」

「……はい」

「必要な対価というのは?」

「それについては魔物について少し説明が必要かと」


 その質問に対して、筆頭魔導師のクレアが割って入った。


「魔物、ですか。私の住んでいた世界には存在しないものですね」

「そうですか……」


 魔物がなんであるかは、この世界の住人であってもよくわかっていない。

 ただ、特定の場所に自然発生する存在であり、狩り尽くしてもどこからともなく湧いて出てくるということは、有史以来の経験則で判明している。

 通常は一定数以上は増えることがなく、また、テリトリーとなっている場所の環境を大きく変化させてしまえば発生しなくなる。

 例えば森を切り開いて平地にすれば、森に棲む魔物は発生しなくなる、と言った具合に。


「ふむ。魔物とその他の生物の違いはなんでしょう?」

「その大きな違いが『魔石』です」

「魔石?」


 魔物は体内に、多くの場合は心臓に魔石という物を宿している。

 魔石が何か、というのも詳しくはわかっていないが、エネルギーの塊であることは確かなようである。

 そしてその魔石こそ、勇者一行が生き返るために必要な対価であり、それと同時にこの世界における重要なエネルギー源であった。


(なるほど。石油や石炭のようなものか)


「勇者ひとりを生き返らせるのに、四人家族が1年に消費する程度の魔石が必要となります」

「ふむ……、私はまだこの国のことを知らないから何とも言えないが、その程度の消費量で国が傾くとは思えませんが?」


 近年魔石の供給量が減り、市場価格が高騰しており、勇者一行がバカスカ死にまくるせいで魔石を大量に消費しているというのもまた事実なのだろうが、だからといって勇者の復活が国家レベルでの魔石供給量に直結するとは到底思えない。

 無論、この世界はヤシロが思っているよりも人口が少ないのかもしれないが……。


「ええ、もちろん勇者が何度死のうが……、たとえあと数百回死のうが彼らが市場に与える影響は微々たるものでしょう」


 ヤシロの疑問に答えたのは宰相イーデンだった。


「しかし、勇者が復活するのに大量の魔石が消費されるというのはある程度周知されている事実です。勇者一行の詳しい行動についてはそれほど公にはしていないものの、隠密行動を取っているというわけではありませんので……」

「なるほど。勇者が大量に消費する魔石について、なにかしら不満の声が上がっていると?」

「お察しのとおりです。いまのところはその手の不満は王都周辺にとどまっていますが、これが大陸全土に広まれば人類全体に厭戦気分が蔓延しかねません」

「ふむ、そうなる前に何かしら手を売っておかねばならないというわけですね。しかし、魔王軍とは魔物の集団なのでしょう? 戦いの結果魔石を多く入手できるのでは?」

「うむ。それについては儂が」


 そう答えたのは元帥のグァンだった。

 壮年の偉丈夫で、逆立つような青い頭髪を持ち、左右の側頭部から立派な角が生えている。

 聞けば彼は竜人族であるという。


「確かに軍は多くの魔物を駆逐しておる。しかし、魔石の回収は上手くいっておらんのじゃ」


 魔王軍との戦闘は苛烈を極め、兵士たちは戦い、生き残るので精一杯らしい。

 出来る限り回収はしているが、魔物の死骸を長時間放棄するとアンデッドとして起き上がるので、回収しきれない分は魔石ごと焼却処分するしかないのだとか。


「魔王軍には何人ものネクロマンサーがいるようでな。一晩放置すれば大抵はアンデッド化してしまうんじゃよ」

「なるほど。そして死骸を燃やすのにも魔石を使う、と……」

「収支がマイナスになることはないが、市場を安定化させるだけの魔石は回収するのは難しいのぉ……」

「まさに自転車操業というやつか……。では次に、レベルとはなんです?」


 この世界の魔物は、『存在力』というものを持っている。

 そしてその存在力は、魔物を倒すことで手に入れることができる。

 そうして得た存在力が一定値を超えると、レベルアップという現象が起こり、人は大幅に強くなれるのだという。


「鍛錬などで強くなることは出来ないのですか?」

「存在力とは人の格とでもいえばよいかな。ゆえに鍛錬などで存在力を高めることでレベルアップをはかることの可能じゃな。例えば生産職などは己の技術を磨き、経験を積むことでレベルアップするのでな」

「しかし、戦闘職の場合は魔物を倒すほうが手っ取り早い?」

「まぁの。それに、戦闘職の場合はレベル5を超えれば鍛錬のみでレベルアップすることは非常に困難なじゃな。といって、レベルアップを伴わない鍛錬が無駄というわけではない。いや、むしろレベルアップで得た力を十全に使いこなすためにも、鍛錬は大事じゃな。レベルアップで得られる恩恵に比べれば、鍛錬の成果は微々たるものじゃが、鍛錬で得た成果はレベルアップによって大きく増幅される」

「なるほど。レベルがすべてではないが、低ければ話にならないといったところですかな」

「そうじゃな。それに、レベルが上がればスキルや魔法を新たに習得できる」

「つまり、多少無茶をしつつも短期間でレベルアップをはかろうとする勇者一行の行動は、あながち間違いではない、と?」

「うむ。死を厭わずひたすら己を鍛えようとする勇者たちはあっぱれじゃな。あ、いや魔石が潤沢にあるのなら、であるが……」


 どうやらグァンは勇者一行に好意的であるらしかった。

 途中、イーデンから冷たい視線を受けて、言葉に力はなくなっていったが。


「ヤシロ殿、改めて伺いたいのだが、我らにご協力いただけるということでよろしいでしょうか?」


 宰相イーデンが縋るような目を向け、ヤシロに問いかけた。


「……私でよろしければ、微力を尽くしましょう」

「「「「おおっ!!」」」」


 一同が感嘆の声をあげる。


(ふふ……。このリストラは、なかなかやりがいがありそうだ)


 まだ状況を飲み込めたわけではないが、出来る限りのことはやってみようと、ヤシロは不敵に笑うのだった。



**********



 簡単な質疑応答を終えたヤシロは、クレアに連れられて王城内の一室に案内された。


「こちらがヤシロ様のお部屋になります。すぐ隣の部屋とは奥の扉で行き来出来ますので、そちらを執務室として使っていただけるかと。しかし、本当に良かったのですか? ここで……」


 案内された部屋は、ビジネスホテルのシングルルーム程度の広さしかない狭い部屋だった。

 奥に急ごしらえのベッドが配置され、その少し手前に隣室への扉があった。

 隣室は何もない物置のような部屋で、広さはそれなりであることを確認済みだった。


「かまいません。寝室など体を伸ばして眠るだけのスペースが有ればいいのですよ」


 本来国賓級の扱いをしなければならない賢者をこのような狭いスペースに押し込めることに対し、クレアは申し訳無さそうな様子だが、ビジネスホテルやウィークリーマンション、場合によっては社員寮を使うこともあったヤシロにしてみれば、むしろありがたい広さだった。


「それよりクレアさん。顔色がすぐれないようですが?」


 出会ったときから気になっていたことである。

 この世界で最初に会ったのがクレアだったので、彼女の青白い肌があるいは標準かもしれないと思ったが、褐色の肌を持つ大神官のフランセットはともかく、一般的なヒト族と思われる国王アーマルドや宰相イーデンと比べても、そして彼らよりもさらに色白であった勇者一行のカチュアと比べてもなお白い。

 エルフ族であるカチュアの肌の色はどちらかと言えば透明感のあるものだったが、クレアの青白い肌はどこか不健康さを連想させるものがあった。


「ふふ。わたくしはダンピーラですもの。これが普通ですわ」

「ダンピーラ?」

「はい。ヴァンパイア族とヒト族のハーフですわ」


 ちなみに男性の場合はダンピールと呼ばれるらしい。


「そうですか……」


 そう言われればなんとも言えなくなってしまうが、どうも彼女は肌の色に限らず、表情もどこか無理をしているように見えるし、足元も少しおぼつかないように感じられた。

 よく見れば、額にじんわりと汗が滲んているようにも見える。


「突然お喚びだてした上に、いろいろな話を聞かされてお疲れでしょう。わたくしはこれにて失礼させていただきますので、ヤシロ様はゆっくりお休みくださいませ」


 そう言って踵を返したクレアの身体がぐらりと揺れた。


「クレアさんっ――!!」


 そしてそのまま倒れそうになるクレアの身体を、ヤシロは咄嗟に抱きかかえた。

 その時、香水と汗が混じったような、甘酸っぱい匂いがヤシロの鼻腔を微かにくすぐった。


「もうしわけありません……、お見苦しい姿を……」


 荒い呼吸を繰り返す、クレアの半開きの口から、ヒトよりも少し鋭い犬歯が見え隠れてしている。


「ひとつ確認したいのだが、クレアさんのレベルはいくつかな?」

「ふふ……、女性に、レベルを尋ねるのは……、失礼ですよ……?」


 ヤシロの質問に対し、クレアはどこかからかうような笑みを浮かべ、か細い声で答えた。


「ふむ、非礼は詫びましょう。しかし無礼を承知であえて言わせていただくが、筆頭魔導師ともあろう方が、レベル1ということはないでしょう?」

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