第4話『情報の収集と分析』

 ――筆頭魔導師ともあろう方が、レベル1ということはないでしょう?


 ヤシロの言葉にクレアが大きく目を瞠った。


「なぜ、それを……?」

「〈賢者の目〉はごまかせないということですよ」


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

〈賢者の目〉

 賢者の目はすべてを見通す。

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 どうやらヤシロが召喚の際に得たスキル〈賢者の目〉には、見たものを解析する効果があるらしい。

 その気になれば詳細なステータスも確認できそうだったが、ヤシロはあえてレベルを確認するにとどめた。


「本来交わるはずのない世界から人を呼び寄せ、特異な能力を与える。それに必要なエネルギーとはどれほどのものでしょうか?」

「…………」


 ヤシロの言葉を受け、クレアは気まずそうに視線をそらした。


「あなたは、賢者召喚とやらを行うために、ご自身の存在力を使ったのではありませんか?」

「…………賢者様に隠し事はできないようですね」


 クレアは諦めたような笑みを浮かべ、ため息をついた。


 とりあえずヤシロはクレアを抱き起こし、肩を貸して支えながら、彼女をベッドに座らせた。

 ヤシロ自身は部屋に置かれていた椅子に座り、ふたりは向かい合った。


「確認しますが、仮に存在力をすべて使い切ったらどうなります?」

「存在力とは、この世界に存在するために必要な力ですわ」

「……死ぬと?」

「はい」

「なんと無謀な……」

「心配してくださるのですか?」

「当たり前でしょう。私のせいで人がひとり死にかけたんですよ?」

「ヤシロ様はお優しいのですね……。しかし、わたくしのような人でなしのことなど、気にかける必要はないのですよ?」

「人でなし……?」

「だってそうでしょう? わたくしは遠い異世界から事情も知らない人を呼びつけておいて、無理難題を吹っ掛けているんですもの。これを非道と言わずしてなんといいましょう?」


 そこまで言い切ると、クレアはがっくりと肩を落とし、うなだれた。


「こんなこと、したくありませんでした……。自分たちの力で未来を切り拓きたかった……。でも、わたくしたちが不甲斐ないばかりに、ヤシロ様を……」


 消え入りそうな声でつぶやくクレアの両肩を、ヤシロはがっしりと掴んだ。

 クレアが驚いたように顔をあげると、ヤシロは真剣な眼差しを彼女に向けていた。


「ひとつ確認したいのですが、元の世界の私はどうなりますか?」


 その言葉に、クレアはまた、申し訳無さそうな表情で目を逸らした。


「わかりません……」

「そうですか。まぁ、死んでいるでしょうね」

「そんなっ……!?」


 クレアが弾かれたように顔を上げる。

 ただでさえ青白い彼女の顔が、さらに青くなっていく。


「ああ、勘違いしないでください。あなたのせいじゃない」

「でも……」

「私はね。元の世界で死にかけていたんですよ。暴漢に腹を刺されてね」

「え……?」

「傷はともかく、あの出血量じゃ助からないだろうなぁ……」


 それはクレアに対しての言葉というよりも、独り言に近いつぶやきだった。

 ヤシロはあのときのことを思い出し、突然意識が途切れたのは出血性のショック症状が出たからではないかと考えた。

 であれば、助かる可能性は非常に低いだろう。


「何がいいたいかというとですね、私はおそらく一度死んだ身なのです。その私にあなたは新たなチャンスを与えてくれた。感謝こそすれ、恨みはありませんよ」

「で、でも……、わたくしたちは、ヤシロ様に無理難題を……」

「それこそ心配無には及びませんよ」


 ヤシロは鋭い眼光をクレアに向け、ニヤリと口の端を上げた。


「仕事は難しいほうが燃えるものです」



**********



 クレアを説き伏せてヤシロの部屋で寝かしつけたあと、彼は宰相イーデンのもとを訪れた。


「情報ですか?」

「はい。あらゆる情報が必要です。私はまず、この世界のことを知らねばならない」

「でしたら、王立図書館の使用許可を出しておきます」


 レジヴェルデ王国の王立図書館は、この世界で最も蔵書の多い図書館である。


「助かります。あと、徴税や戸籍など、国家運営に関わる資料や、魔王軍との戦況などの資料もできるだけ多く目を通しておきたい」

「わかりました。賢者殿に国家機密もないでしょう。できうる限りの情報を提出させていただきます」


 その日から、ヤシロは情報の収集と解析を始めた。

 それには〈賢者の書庫〉というスキルが大いに役立った。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

〈賢者の書庫〉

 賢者は過去に学ぶ。

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 これは、過去に得たすべての場を瞬時に閲覧できるというスキルだった。


 人の脳は、見聞きするなど五感で感じたものを全て記録しているという。

 その膨大な記録と意識とをつなげる行為を記憶といい、“覚える”とは、本来“思い出す”作業だという説もある。

 例えば視界の端に映り込んだわずかな壁のシミや、数十メートル先で落ちた針の音など、意識にのぼらないような事象も脳はすべて記録している。

 〈賢者の書庫〉はそういったヤシロ自身が忘れ去っていたような、あるいはまったく意識したことのない事柄であっても、瞬時に思い出す・・・・事が出来るのだった。

 そしてそれは、新たに見聞きしたものも瞬時覚える・・・ことができるということだ。


「よし、次の棚のを持ってきてくれ」


 王立図書館の一角を借り切ったヤシロの周りには、図書館内の書物がうず高く積み上げられていた。

 それらは宰相イーデンが手配したスタッフによって運ばれており、ヤシロはそれらをパラパラとめくるだけ覚えていくので、ものすごい速さで書物が入れ替わっていった。


「ぜぇ、ぜぇ……。あの、次は児童書ですが……」

「構わん。必要かどうかは覚えた後に私が決めるから、君たちはすべての書物を持ってきてくれ」

「は、はひぃ……」


 思わぬ重労働を強いられることとなったスタッフたちは、疲れた身体にムチ打ちながらも、ヤシロの指示通りに動くのだった。


 半月かけて図書館を網羅したヤシロは、執務室に戻った。

 結局この間、ヤシロは図書館から一歩も出ることはなく、せっかく用意された寝室も初日にクレアが休んだだけとなっていた。


「随分物々しいな」


 執務室の前には武装した兵士が数名立っていた。


「そりゃお主、この中にはとんでもない資料もあるからの」


 ヤシロのつぶやきに、突然背後から現れた元帥グァンが答えた。


「これは、グァンさんが手配を?」

「ま、イーデンに頼まれての」


 グァンと共に執務室へ入ると、そこには所狭しと資料が積み上げられていた。


「おほぉ……、これ全部読むんか?」

「もちろん」


 そう言いながらデスクに座ったヤシロは、目についたものから手に取り、片っ端から目を通していった。


 王立図書館の書物も含め、これらの情報はただ覚えるだけでは意味がない。

 覚えた情報を元に、過去に何があったのか、いま何が起こっているのか、これから何をすべきか、といったことを考えなければならない。

 そういった情報の解析や思考に役立つのが〈賢者の時間〉というスキルだった。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

〈賢者の時間〉

 賢者はよろずの時に考える。

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 これは思考時間を引き伸ばすことができるもので、時間が止まったような世界の中で、ひたすら思考することができた。

 つまり、ヤシロにとって必要な時間は、物理的に本をめくって覚えるという行為に対してであり、すべての情報を頭に叩き込んだあとは、ほぼ無限ともいえる時間の中で考えることができるのだった。


「よし! では勇者一行を呼び出してください」


 ヤシロが召喚されておよそ一ヶ月。

 ついに賢者が動き出した。



**********



「おーっすヤシロさん! 例の件、やっと受けてくれることになったのか?」


 謁見の間に呼び出された勇者一行のリーダー、聖剣士アルバートが気楽な様子でヤシロに声をかけてきた。

 ちなみにヤシロが来てからの1ヶ月で勇者一行のレベルは15に達し、3つの村と2つの砦を奪還していた。

 なかなかのハイペースだが、その間に20回以上全滅しており、宰相イーデンは苦々しい表情で勇者一行を見ていた。


「うむ。それはあとで申し伝えるとしてだな。君たちには少し付き合ってもらいたいのだ」

「付き合う?」

「ああ。これからアバフラの村を視察に行くのでな。それに同行してもらう」

「アバフラ……?」


 それは王国の北東部に位置する寒村の名前であり、アルバートら勇者一行には聞き覚えがなかった。

 おおよその位置を伝えると、アルバートはじめ勇者一行は少し不満げな表情になる。


「いや、そこら辺って戦場から遠い平和な村だろ?」

「だよねぇ。あたしたちが行く必要あるかな?」

「私たちにそのような無駄な時間は……」

「いくら賢者様の言うことでも、ねぇ……」


 ――パンッ!


 不満を述べる勇者一行の言葉を、ヤシロは手を叩いて制した。


「これは命令だ。君らの意見を聞くつもりはない」

「んだと……?」


 ヤシロの言葉に対し、アルバートが反射的に抗議する。


「はっ! アンタはもう少し話がわかると思っていたんだがな。……行こうぜ」


 踵を返して去ろうとする勇者一行の前に、近衛兵が数名立ちはだかった。


「なんの真似だよ?」


 不満を露わにしたアルバートだったが、近衛兵の平均レベルは30。

 しかも全員が騎士や装甲騎士といった上級職に就いたうえでのことだ。

 勇者一行もいずれは近衛兵を圧倒する強さを手に入れるのだろうが、いまだ成長途中であり、武器を携帯していない彼らに勝ち目はない。


「どういうつもりだおっさん!!」


 アルバートがヤシロのほうを振り返って叫ぶ。


「アンタは俺らの邪魔をしたいのかよ!」

「まさか。ただ、君らのやり方は少々効率が悪いのでね。これからは私の言うとおりに動いてもらう」

「なんだと……?」


 アルバートの拳が怒りに震える。

 彼の刺すような視線を受けながらも、ヤシロは平然としていた。

 勇者一行の他のメンバーも、それぞれ不満げな、あるいは不安げな表情を浮かべていた。


「権力と武力の後ろ盾がなきゃなんも言えねぇヒョロいおっさんが、偉そうなこと言ってんじゃねーぞコラァ!!」


 その叫びとともに放たれる威圧感はさすが勇者というもので、彼の倍以上のレベルを有する近衛兵たちですら思わず一歩退いてしまった。

 国王を始めその場にいたもののほとんどが畏怖を覚えるようなすさまじい迫力だったが、元帥グァンとヤシロは平然としていた。

 グァンはどちらかといえば嬉しそうではあったが。


「ふむ。では力づくで私を黙らせてみるか?」

「なに……?」


 ヤシロがパチンと指を鳴らすと、10名ほどの近衛兵が謁見の間に入ってきた。

 彼らは王や宰相達の前に壁を作るように立ち、その内のひとりがアルバートに剣を渡した。


「どういうつもりだ?」

「簡単なことだ。私が気に入らないのなら、力づくで黙らせてみろという話だよ」

「本気かおっさん?」

「もちろん。ただし、私が勝ったらおとなしく言うことを聞いてもらうぞ?」

「……へへ、いいだろう」


 アルバートは不敵に笑いながら、受け取った剣を構えた。

 近衛兵たちが勇者一行の他のメンバーを遠ざけ、ふたりを中心に半径5メートルほどのスペースが出来上がる。


「で、おっさんのエモノは? 賢者だから魔法でも使うのか?」

「いや……」


 静かに答えたヤシロは懐に手を入れた。


「私の故郷にこういう言葉がある」


 そう言いながらヤシロが懐から取り出したのは、1本の万年筆だった。


「ペンは剣よりも強し」 

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