第3話『鋼』

「魔鉄で巨大な炉を作れ、だと?」

「ああ、これが設計図だ」


 工部省を訪れたヤシロの話を聞いた工部尚書は、素っ頓狂な声をあげたあと、クレアが差し出した設計図と賢者との間でなんども視線を行き来させた。


「つか、こりゃとんでもねぇ大きさじゃねぇか」


 ほどなく設計図に視線を固定した工部尚書ファーディナンドは、中途半端に長い赤茶けたボサボサの頭を掻きながら唸り始めた。

 ドワーフである彼の身長はヤシロに比べて頭ひとつぶん低く、横幅は五割増しといったところか。

 ただし、太っているというわけではなく、骨太で筋肉質という体格だった。

 ドワーフにしては珍しく髭がないのは、髭面を嫌って剃っているためであるが、といって身だしなみに気を使うたちでもないので口元は無精髭に包まれていた。


「これがあれば、魔鉄に近い鋼ってのが作れるんだな? それも大量に」

「そのとおりだ」

「炉の内側に貼る白雲石ってのは?」

「マルド山で多く産出される鉱物だ。建材として普通に使われているものだが、工部尚書のくせにそんなことも知らんのか?」

「俺は都市計画とか箱物の設計が専門なんだよ。細けぇこたぁ部下に任してるからな」

「そうか。まぁ、部下に任せようが調達できるのなら問題ないがな」

「しかし、このコークスってのはどうやって手に入れるんだ?」


 設計図とは別に製鋼法について説明した文書をペラペラとめくりながら、ファーディナンドが尋ねる。

 未知の技術であるにも関わらず一読しただけである程度理解できるあたり、さすが工部尚書といったところか。


「それについては少し考えがある。アテが外れればいちから石炭を探すことになるだろうが」

「そいつは……俺じゃなく宰相か国務省あたりに言ってくれよ」

「わかっているさ。ああ、それから、もし製鋼技術が確率できれば、その過程で分離されるリン酸カルシウムは肥料として使えるからな」

「はっ、そりゃ農務省のオバハンが泣いて喜びそうな話だな」

「そのあたりの連携も頼むぞ」

「へいへい」


**********


「ゴギャギャ!」「ゲゲゴゴッ!」

「《ファイアアロー》!」

「グゴッ……」「ゲ……ガガッ……」


 ヤシロはクレアとともに王都を出て荒野を歩いていた。

 王都を出れば魔物に遭遇することもあり、いままさにゴブリンの群れに襲われたのだが、クレアの魔術によってあっさりと倒されてしまった。


「いまのは、火属性の下級攻撃魔術でしたかね?」

「ええ。ゴブリン程度にはこれで充分ですわ」


 この世界には魔術と法術というものがある。

 空間に満ちている魔力を使って何かしらの現象を起こすものを魔術、天から降り注ぐ法力を使って神の奇跡を起こすのが法術といい、それら術と術を合わせたものを魔法という。


(魔術が攻撃、法術が回復や補助、といったところか)


 アルバートが使った《ライトニングボルト》のように、魔力と法力の両方を使う『魔法』も存在するがあれは勇者のみが使える例外のようなものなので、大雑把な認識としては前述したもので問題ない。

 

「その《ファイアアロー》というのは、どれくらいのレベルで習得できるものなんですか?」

「火属性に適正があれば、魔術士になった時点で覚えられる場合もありますね。遅くともレベル2か3くらいには習得できるかと」


 この世界の人々は職業クラスを得ることでその職業クラスに応じた魔術や法術、スキルを習得できるようになる。

 それらはレベルアップとともに習得できるのだが、どのレベルでどういった魔術やスキルを習得するかというのは、個人の才能やそれまでの行動に大きく左右される。

 特に魔術に関しては、生まれ持った属性への適正が大きく影響を受けるようだ。


「確か、クレアさんの職業クラスは魔導師でしたね?」

「はい」

「もし賢者召喚で存在力を消失しすぎた場合、魔術士への降格クラスダウンという可能性はあったのでしょうか?」

「……どうでしょう? 一応わたくしは魔導師のままでしたが、もしかするとそういうこともあったかもしれませんね」


 この世界の人々は、成人とともに職業クラスを得ることができる。

 神殿や祠で祈りを捧げることで、その人に適した職業クラスの候補からいくつか選ぶことができるようだ。

 その際に得られる職業クラスは一般職といわれるのだが、その一般職である程度経験を積むと上級職というものに昇格クラスアップできる場合があるのだ。

 たとえば魔術士の場合は魔導師へ、法術士は神官へと言った具合に。

 ただ、昇格にはかなり高いレベルが必要となり、上級職へと昇格できるものは人類全体の1割にも満たない。


 その後もゴブリンやコボルトといった下級の魔物を適宜倒しながら、ふたりは荒野を進んだ。

 王都付近に出る魔物は弱いものが多く、レベル10の魔導師ひとりで充分対処できるのだった。


「着きましたわ」


 ふたりの目的地は打ち捨てられた廃村だった。

 王都からさほど遠くない場所にあるが、徴兵などで働き手が少なくなり、維持できなくなった小さな村で、元の住人は王都を含む近くの大きな街へと移住していた。

 そこを魔物が通りかかったり、あるいは一部が棲みついたりしたため、残された家屋もボロボロに崩れているものが多かった。


「ここが村役場だった場所ですわね」


 廃村に棲みついた魔物を適宜討伐しつつ、村の中央部まで訪れたヤシロは、村役場だったという建物の前に立った。

 他の家屋に比べて損傷が軽微なのは、使われている建材のおかげである。


「これが、トレント材ですか」


 主に森や山に生息する樹木系の魔物トレント。

 その死骸から採れる素材は、トレント材と呼ばれ重宝されていた。

 他の木材に比べて重く、硬く、燃えづらい。

 重いといっても石材に比べれば軽いので、高級建材として人気があった。

 貴族の邸宅や公共の施設に使われることが多く、庶民の間でも“せめて大黒柱だけでも……”と、少ない生産量の割には広く普及している素材である。

 老朽化にも強いため、家屋を解体したあとなども再利用されることが多い。


 燃えにくいという性質のあるトレント剤だが、燃えないわけではない。

 そして、一度燃え始めると、なかなか火が消えないことで知られている。


「あの、本当にやるのですか?」

「お願いします」


 主要な柱にトレント材が使われていた村役場跡から、魔術を使って一部解体し、一本の柱を取り出してもらったヤシロは、その柱を燃やすようクレアに依頼した。

 かなり状態のいい素材なので燃やすのはもったいないと思ったクレアだが、ヤシロに考えがあるのだろうと観念し、トレント材に火をつけた。

 激しく炎を上げるわけでもなくチロチロと静かに燃えるトレント材だったが、かなりの高温になっているようである。

 その様子をヤシロは〈賢者の目〉でじっと見つめた。


(……よし、一酸化炭素がしっかり出ているな)


 トレント材を燃やした場合、コークスに近い性質があることを確認できたヤシロは、満足げにうなずくのだった。


**********


「トレント材を燃料にするって、お前ぇ正気か!?」

「燃料ではなく還元材だ」

「燃やすのに変わりはねぇだろうがよ!!」


 クレアと廃村を訪れた数日後、ヤシロたちは工部省が街はずれに新設した工場を訪れていた。

 かなり大規模な工場には、先日発注した高炉や転炉など、製鋼用の設備がある程度出来上がっていた。


「しかし、もうここまで設備できあがったのか」

「おう。そちらの筆頭魔導師さんが協力してくれたお陰でな」

「一応、肩書きはそのままですから……」


 ファーディナンドの言葉を受け、クレアが少し照れ気味にほほ笑む。

 この工場と設備類は数十名の魔術士や魔導師、そして鍛冶師と錬金術師とで作り上げたものである。

 この世界の魔術や錬金術は、大量生産には向かないが、特殊なものを短期間で作り上げるのにはかなり有用であるらしい。


「では早速始めようか」


 ヤシロの指揮で鋼の製造が始まった。


(しかし、製鉄関連の本に目を通しておいてよかったな)


 彼はリストラを行う上で、直接必要になりそうな知識以外に、その業種の歴史や小話などの雑学的なものも一応仕入れるようにしている。

 といってもすべてを頭に叩き込むわけではなく、本や資料を適当に流し見する程度のものなのだが。

 それでもちょっとした会話のきっかけで、ふとした知識を思い出すことがあり、単に話のネタに終わることもあれば、いいアイデアにつながるということもあった。

 そうやって覚えるでもなく流し見した情報も〈賢者の書庫〉の効果によって細部に至るまで思い出せるのだった。


「どうやら終わったようだな」


 コークスの代替品は見つかったが、炉に酸素を送り込む仕組みはまだ開発途中だった。

 いまは魔術士が送り出す風の酸素比率を錬金術師が高める、という方法を取っているが、魔術と錬金術を合わせれば液体酸素などを作り出すことはできそうだった。


 現状、鋳造までしかできず、圧延あつえんは鍛冶師による手作業によって行われた。

 しかし鋳造後の熱間圧延から酸洗、冷間圧延に至る設備も、動力を魔石に替えてやれば実現できそうだと、ヤシロが提供した設備の設計図を見た錬金術師たちは興奮した様子でそう言っていた。


「こいつぁ……」


 鍛冶師によって粗圧延までが終わった金属の塊を手にして、ファーディナンドが目を見開く。

 工部尚書である彼は鍛冶師の上級職である錬金術師であり、〈素材解析〉のスキルを持っている。

 より詳細な解析を行える〈賢者の目〉を持つヤシロも、できあがった金属を観察していた。


(ほう。わずかながら魔力が溶け込んでいるのか)


 どうやらトレント材を燃やすことで素材に含まれていた魔力が漏れ出し、その一部が結合しているようだった。


(ふむ、そのおかげでステンレスのように錆びにくくなっているわけか。これは思わぬ副産物だ)


「これほどの物が……」

「ふふ。これが鋼だよ」


 魔力を含む時点で元の世界の鋼とは多少異なるが、といってこれを魔鋼などと呼んでしまうと、上位の金属であるはずの魔鉄より優れたもののように錯覚してしまいそうなので、ヤシロはこれをこの世界における『はがね』と呼ぶことにした。


「しかし、鋼を作るのに必要なトレント材はどうやって調達するんだ?」

「最初のうちは廃材を使う。打ち捨てられた村や町など掃いて捨てるほどあるし、戦争による人口減少のせいで都市部にも老朽化した空き家はいくらでもあるからな」

「それにしたって限界があるだろう?」

「もちろんアテはある。いろいろとね」


 そこでヤシロは人の悪い笑みを浮かべた。


「まずは勇者一行に頑張ってもらうとしよう」


 しばらく後、勇者一行は魔の樹海へと派遣されることとなるのだった。

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