第4話『魔王軍との戦闘』
勇者一行が魔の樹海へと出発して数日が経った。
トレント材は、潤沢というほどではないにせよそれなりの量を確保でき、鋼の量産も少しずつ軌道に乗ってきた。
「鋼の生産もある程度軌道に乗りましたが、これ以上となるとトレント材が足りませんなぁ」
製鋼所を視察に来た宰相イーデンが、複雑な表情でそう述べる。
「勇者一行もレベルが順調に上がって採取量も増えてはおりますが、事業レベルにすれば誤差の範囲ですし、ひと月後には魔の樹海を出るんですよね? それ以降はどうするんです?」
「考えがあります」
「ほう。どのような?」
「冒険者ギルドを作りましょう」
冒険者ギルドとは魔物を狩って生計を立てる者を冒険者と呼び、その冒険者と彼らの活動を支えるギルド職員とで構成される職業組合である。
魔物のはびこる世界で、しかも魔物の死骸が素材となるこの世界にはそういった組織が必要だろう。
名前は冒険者ギルドでもハンターギルドでもなんでもいいのだが、ヤシロの好みで決めさせてもらった。
「なるほど。確かにそういった組織があれば、素材や魔石の安定供給につながるかもしれませんな」
「しかし、肝心の冒険者はどこで確保されますか?」
ヤシロの提案にクレアが疑問を呈す。
「そう! 私もそこが問題だと思うのですが」
イーデンもまた人員確保の点に不安があるようだ。
それもそうだろう。
冒険者の候補となる若い男性のほとんどは、軍に入って魔物と戦っているのだ。
「軍から徴集すればよろしい」
**********
数日後、ヤシロはクレアとともに前線に位置するベレイラの町を訪れていた。
この日は元帥であるグァンもヤシロに同行している。
「いやぁ、賢者殿が
「むしろ最も効率化すべきは軍ではないかと思いましてね」
「はっはっは! それは心強い!! ぜひとも知恵をお借りしたいものだ!!」
ベレイラの町は一度魔王軍に占領されていたものの、軍の力で奪還した場所である。
もともとは十万人規模の大きな街だったが、今は1万の軍と、それを補佐する人員や施設のみが機能している半ば砦のようになっており、一般人はほとんどいない。
奪還後、町は急ピッチで製造された市壁に囲まれており、各所に
そんな櫓のひとつに、ヤシロたちは陣取っていた。
「賢者殿の開発された鋼のお陰で、随分と楽になりましたわい」
「それはよかった」
生産された鋼は優先的に前線へと送られている。
ベレイラの町に駐屯する兵士たちにももちろん支給されているが、まだすべての装備が鋼になったわけではない。
それでも胸甲ひとつ剣の一振りが鋼になるだけで、戦いはかなり楽になっているようだった。
「そろそろ始まるようですな」
魔王軍との戦闘は、基本的に正面からぶつかる形となる。
魔物の群れはおよそ3万。
ゴブリンやコボルト、オークといった人型のものから、ラビット系、ハウンド系といった獣型のものなど、雑多な種類の混成部隊となっている。
それらが一応足並みを揃えて進んでくるというのは、なかなか恐ろしいものがあった。
そこから少し離れた位置に対峙する連合軍はおよそ5千。
総数1万の軍を擁するベレイラの町だが、一部は市壁の上に並ぶ迎撃部隊として、あるいは防衛時の戦力として市壁内に待機している。
他にもけが人の治療に当たる法術士や神官も控えていた。
「弓隊、
隊長の合図で市壁に並べられた千挺ほどのクロスボウから一斉に矢が放たれる。
高い位置から放たれた矢はまっすぐに魔物の群れへと飛んでいき、ゴブリンやコボルトたちがバタバタと倒れていく。
すべての矢が命中するわけでもなく、命中しても一撃で倒せるわけでもないが、それでも2発3発と放たれた矢によって、それなりの損害を与えることができたようだ。
やがて魔王軍が平地に敷かれた陣に接近する。
ここまでくると味方に当たる可能性があるので、クロスボウによる一斉掃射は一時中断される。
かわり魔術師たちの出番となった。
陣の最前列にはおよそ千人の魔術士と彼らを守る重戦士が並んでいる。
単体攻撃から範囲攻撃まで、各々使える魔術を片っ端から放っていき、魔物の数を減らしていく。
しかし、ここまで近づけば敵も黙ってはいない。
魔物の中にも魔術を使えるものはいるし、弓矢を持っているものもいる。
それに石などを投げることもできるので、そういった攻撃から魔術士たちを守るのが重戦士たちの役割である。
重戦士が構えるタワーシールドに隠れながら魔術を放つ魔術士たちだったが、敵の攻撃をすべて防げるわけでもないので、徐々に犠牲が出始める。
ある程度敵の数を減らしたところで太鼓の合図が鳴り、重戦士とともに魔術士部隊は後退した。
それと入れ替わるように軍の主力である歩兵部隊が前進する。
やがて両軍入り乱れての戦いとなった。
さらに、飛行系の魔物が上空から軍を攻撃したり、町へ侵入しようとするので、それらは市壁に配置された弓箭兵が対応する。
威力の高いクロスボウと、連射のしやすい弓とを適宜使い分け、上空の魔物を倒していく。
また、乱戦と言っても敵味方がまんべんなく入り乱れているというわけではない。
味方の少ない部分があれば、余裕のある弓箭兵は、市壁から援護射撃を行う事も可能だ。
そうやって少しずつ、着実に魔物を倒していく。
魔王軍の厄介なところは、退却をしないというところだ。
1匹残らず殺し尽くすまで、戦闘は終わらない。
「ふむ。すこし手こずっているようなので、ちょっと行ってくるわい」
そう言って櫓を下りたグァンは、下で待機していた兵から愛用の長柄刀を受け取ると、10メートルはあろうかという市壁の上から飛び降りた。
そのまま戦場に駆け込むと、長柄等を振り回しながら大暴れを始めたのだった。
「はは……すごいな」
グァンが長柄刀を一振りするたびに十匹単位で魔物が倒れていく。
そのお陰で士気が高まったのか、押され気味だった歩兵部隊が息を吹き返し、少しずつ魔王軍を圧倒し始めた。
「わたくしも少しお手伝いしましょう」
櫓を下りたクレアは、市壁に立ち、あたりを見回す。
ヤシロも彼女とともに櫓を下り、直ぐ側に立っていた。
なにかあれば〈賢者の法衣〉を使ってクレアを守るためである。
「《サンダーブレット》! 《アイスブレット》! 《フレイムブレット》!」
まずは接近する飛行系の魔物を倒していく。
彼女が使っているは単体向けの下級攻撃魔術だが、的確に相手の弱点を急所を突き、次々と魔物を撃ち落としていった。
「《サンダーストーム》!!」
飛行系の魔物を粗方撃ち落としたクレアは、市壁から狙える位置で、味方が近くにいない魔物の集団を見つけては、範囲攻撃魔術でまとめて倒していく。
結果、クレアひとりで千近くの魔物を倒した。
およそ半日に渡って続いた戦闘が終りを迎えた。
法術士たちが駆け回って負傷した兵士たちを治療していく。
兵士の中で余力がある者は、倒した魔物の素材や魔石を採取していた。
ある程度兵の収容や食事などが終われば、町に済む非戦闘員も採取作業に出ていくことになる。
「千名以上の犠牲ですか……」
通常、全体の1割を損傷したとなると軍としては壊滅状態と言っていいのだが、退却を知らない魔王軍を相手にした場合この程度の損害はよくあることのようだ。
今回はグァンとクレアの活躍により数時間は戦闘を短縮できていたが、それがなければ損害は更に増えていただろう。
「で、どうかな、賢者殿?」
「ふむう。なんといいますか、大規模な個人戦といった印象でしょうか」
最初の弓箭兵による一斉射撃や魔術兵による範囲攻撃はそれなりのものだったが、歩兵が投入されてからの戦闘は、兵士個人が魔物と戦っているという印象を受けた。
(やはり兵法が未発達ということか……)
驚くべきことに、この世界では人間同士が戦争を行ったことが有史以来一度もない。
戦争といえば人類と魔王軍との戦いであり、人同士が争うことはあっても、戦争というレベルに発展することはなかった。
そのせい、というべきかおかげというべきか、とにかく同程度の知性を持った集団同士の戦争を経験していないこの世界において、兵法というものが発達することはなかった。
「早急に軍の再編成、および訓練が必要ですね」
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